3.2004年台風23号による水害と情報伝達の問題
中村功 中森広道 福田充
関谷直也 廣井脩 田中淳
1.災害概要
2004年台風は10月13日にグアム島付近で発生した超大型の台風である。10月20日に
この台風によって全国では、98名の死者・行方不明者という人的被害が発生し、家屋被害も全壊893棟、半壊7764棟、一部損壊10841棟、床上浸水14330棟、床下浸水41228棟という、大きな被害となった。これから取り上げる
河川では、九州、四国、近畿の7水系9河川で計画高水位をこえ、そのうち
本論では中でも被害が大きかったにおける円山川の水害に注目し、災害情報伝達の実態と問題点について検討する。
(国土交通省資料)
では
20日15時ころから、雨で道路が冠水し始めたが、17時頃まではびっくりするほどの雨ではなかった。この地域は平成2年の台風19号の際など、水害はしばしばあり、水害への意識は高いところである。
17時前に国土交通省(豊岡河川国道事務所)から円山川が増水し計画高水位をこえるという予測がFAXで市に伝えられた。この情報は国土交通省から市長へも電話で直接伝えられた。それを受けて市長は職員を招集したが、このとき総務課の職員は円山川が計画高水位をこえる(氾濫する)という予測に対して半信半疑であったという。しかしとにかく住民を避難させようということになった。問題はどこを避難所にするかということであった。水害用の避難場所が指定されていなかったのである。そこで高台の指定避難場所のほか、水害に耐えられる堅牢なビルを探して指定することにした。
(国土交通省資料)
そして市では18時5分に一部地域(港・奈佐)を除く全市に避難勧告を発令した。この避難勧告やその後に出される避難指示を住民に伝えたのが、2004年に市が導入した同報無線であった。豊岡
市では、市内各所の屋外拡声器の他に、85%の世帯に同報無線の戸別受信機を設置していた。この18時の段階で、市内の低地では浸水し始めており、広報車では避難勧告を伝えられない状態であった。このため、市では同報無線があってよかったと実感したという。
一方、丸山川の水位は、16時50分に警戒水位、18時50分には危険水位に達した。このころから市内から被災情報が電話で入りだした。このころは、まだ電話は通じていた。19時頃、市内の一部では停電したが、幸いなことに市役所だけは最後まで通電していた。
危険が高まってきたので、市では19時13分から19時45分にかけて、順次避難勧告を避難指示に切り替えて発令している。
19時半に円山川の水位が上昇し、円山川の本川が決壊するおそれが強まったので、水門を閉めた支流の水を円山川に排出するポンプを停止した。これにより支流は必然的に氾濫することになる。その後、市では避難所での対応や土砂崩れの対応に追われることになる。そして同報無線を通じて再三にわたり避難指示地域の人に避難を呼びかけた。
21時台に上流部で溢水した。そして23時15分頃ついに円山川が破堤・決壊した。破堤場したのは立野橋付近の右岸で、このあたりは水害の常襲地域である。市がこの決壊情報を知ったのは23時半頃であった。
市は住民に対して23時45分に破堤を伝え、危険性が高まったので、自宅の2階以上に避難するように呼びかけた。
この水害によって1人がなくなったが、この人は一人暮らしの高齢者で、いったんは「JA但馬農業センター」に避難したものの、21時ころ雨が小降りになり、道が歩行可能になったというので帰宅し、その後遭難してしまった。
避難
公的避難場所に避難した人は20日22時の段階では3753人であった。避難した人は市が期待したより少なかった。それは取り残されて救助した人が多いことで実感できたという。その理由として市では@自分が逃げなくては行けないと思わなかったことA避難勧告の発令がわからなかったことB逃げようとしたが、水に浸かって引きかえしたなどが考えられるという。さらに市では、これまで円山川左岸(市役所側)は避難を要することがなかったので、左岸住民は避難勧告を実感できなかったのではないか、また右岸では早く避難する人と、この程度では大丈夫と、たかをくくっていた人に分けられるが、それは、いままでは浸水しても、床下浸水程度だったためではないか、と考えている。
市の情報
今回の水害で、市では緊急事態においては、1つのメディアではではなく、多様なメディアを利用する必要があると感じたという。例えば避難勧告だが、テレビニュースでは
浸水マップは国土交通省が作っているが、市民向けには作っていない。決壊場所をつなぎ合わせてつくった浸水図で、市街地で水深4、5メートルにも達している。あまりに深刻なので市民の不安をあおるだけなのではないかと危惧されるという。市では土砂災害マップを作ったとき、市民から、「ではどうしたらよいのか」という問い合わせが多数よせられた経験がある。しかし今回の水害を受けて、洪水マップは来年度に作る予定という。
マスコミ対応としては、市長が定例の記者会見を行い、それをかなりの期間続けた。それによりマスコミは正確な情報を伝えてくれたし、定例会見までの間は他の業務ができ、時間的余裕ができたという。
同報無線の内容(主なもの)
時間 |
概要 |
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大雨注意報 円山川河川敷に水が上がっている |
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避難に備え公民館を解放 |
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避難勧告(奈佐・港をのぞく全市に)過去にない雨量 |
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避難勧告地域追加(奈佐の宮井・栃江) |
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避難指示(梶原・本庄境、中庄境、上庄境、百合地、河合、中谷)川の増水により床上浸水の恐れがある。 |
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避難指示(今森、江本、大篠岡、木内、駄坂)川の増水により床上浸水の恐れあり |
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(宮井をのぞく奈佐と港以外の)全市に避難勧告 排水ポンプ停止 |
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19:45の再放送 |
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危険水位を大幅に越え、堤防を越えて流れ込んでいる。大変危険。直ちに避難を |
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円山川小康状態。なお危険水位を大きく超えている。厳重な警戒を |
(23:15に円山川が破堤する)* |
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円山川が破堤しました。六法方面に大量の水が流れ込んでいる。大変危険。直ちに2階以上へ避難を。 |
0:15 |
緊急にお知らせします。2階以上へ避難を。今は真夜中であり外に出るのは危険。 |
*放送内容ではない
アンケート調査の実施
円山川の氾濫により深刻な被害を受けた
アンケート調査概要
調査対象 調査日 2005年1月21日〜2週間 調査方法 訪問面接法 回収数・率329票(82.3%) |
市に出る以前に出た地区(梶原・本庄境、中庄境、上庄境、百合地、河合、中谷、今森、江本、大篠岡、木内、駄坂)の20歳以上の住民400人である。調査日は2005年1月21日から2週間で、調査方法は訪問面接法である。その結果、329票の回答を得、回収率は82.3%となった。
以下では、この調査の結果について報告する。
(中村功)
2.決壊前の情報
危機感の欠如と同報無線
水害はさまざまな対策を施すことにより、その被害を最小限に食い止めることができる自然災害のひとつである。例えば、河川の氾濫をくい止めるための堤防の建設などハード面に関する対策も有効であるし、水害が発生する前に住民に対して避難勧告や避難指示等の災害情報を伝達するようなソフト面に関する対策も非常に有効である。大雨による雨量の増加、河川の水量の増加を、行政が気象庁やマスコミ報道の気象情報や、河川情報センターからの河川情報から早い段階で察知すること、そして、その情報を住民に対して素早く伝達する情報システムを構築すること、そしてその災害情報を受け取った住民が素早く避難などの対応行動をとれるような防災計画を立てること、そしてその防災計画の内容を広報し、よりよく運用するための訓練を日常化させることといった、多重的な防災対策が必要である。そういった日頃の地域の防災努力が実る災害のひとつが水害であるといえる。
それでは、今回の
図2.2 20日当日午後3時過ぎから午後6時頃にかけての防災無線の認知率(N=316)
水害当日の夕方頃、住民の心理状態がどのようなものであったかを示したのが図2.3である。「水害によって自宅が被害を受けるのではないかと非常に不安だった」住民が16.8%、「水害によって自宅が被害を受けるのではないかと多少不安だった」住民が24.4%いるように、ほぼ4割の住民が、水害の発生に対して不安を感じていることがわかる。この住民の心境は、自宅がある場所と円山川との位置関係によっても異なってくるといえるが(つまり、自宅が円山川とその堤防に近いほど、その不安感も高まるであろう)、この数値は、他の水害事例における住民調査の数値と比較してもやや高いといえる。例えば、同じく平成16年に発生した
図2.3 水害当日午後3時から午後6時頃にかけての住民の心境(N=316)
では、20日の水害当日に住民の中に不安が発生しなかった理由はどのようなものなのだろうか。不安を感じなかった住民(N=185)に対して複数回答で質問した結果を示したのが図2.4である。ここで問題となるのは、1)「未経験・未体験」、2)「正常化の偏見」、3)「経験の逆機能」の3つの側面である。まず、「未経験・未体験」というのは、それまで災害の経験がなかったために、災害の発生可能性や恐怖を全く感じ取ることができず、その結果、不安も感じることがなく、対応行動をとらなかったという現象である。この
図2.4 水害当日、不安を感じなかった理由(N=185)
また、「自宅は高台なので水が来ないと思ったから」の33.5%、「堤防や水門が整備されているので安心していたから」の23.2%も看過できない。整備された環境を絶対視して安心する心理、環境に対する過剰な信頼は、水害への対応行動を遅らせる要因にもなることを認識する必要がある。実際、今回の水害で円山川の堤防は決壊したのである。
図2.5 水害当日午後の時点で行った水害に対する準備状況(N=316)
では、そのような心理状態の中で、住民は水害に対してどのような行動をとったのであろうか。水害当日の20日午後、住民が水害に備えて行った行動を複数回答で示したのが図2.5である。このグラフを見ると、「特になにもしていない」住民は21.2%で、残りの約8割の住民は何らかの対応行動をとっていることがわかる。その中でも多かったのが、「車を高台に避難させた」の40.8%、「家財を2階など高いところにあげた」の28.5%である。今回、ヒアリングを行った被災地域内に住む自治会長の50代男性(Y氏−資料参照)は、自宅1階で定食屋を営んでおり、これまでの何度かの水害の被災経験から、水害で水かさが増す前にその1階の家財を2階に上げたという。彼の場合、水害により実際に1階はほぼ2m近くまで水没している。彼は、こうした家財の安全を確保した後に、家族と一緒に2階に避難している。「家族を自宅の2階以上に避難させた」住民は19.9%である。そうしながら「テレビなどで気象情報を集めるようにしていた」住民が39.9%いた。このように、水害という自然災害には対応行動をとる時間が比較的ある。平成16年の
避難勧告の認知
水害において、住民が避難すべきかどうかを決定する一番の基準となるのが行政の出す避難勧告、避難指示である。今回の水害では20日午後6時5分、円山川河口の港地区と奈佐川上流域を除く市内全域に最初の避難勧告が発令されている。
図2.6 避難勧告や避難指示発令の確認状況について(N=316)
では、住民がそれぞれの情報を聞いた詳細について見てみよう。まず、避難勧告を聞いた住民200名の実態についてみると、最初に避難勧告を聞いた時間帯は図2.7のように、18時台が57.5%、19時台が25.0%とこの2時間で8割に達している。その後急速に減っているが、水害の避難勧告は素早く住民に伝わらなければ意味がないため、最初の避難勧告がどれだけ早く伝達されるかが勝負となる。また、その避難勧告をどういう媒体から聞いたか認知経路を示したのが図2.8である。このグラフからわかるように、82.0%の住民が同報無線の屋内受信機から聞いている。ここに同報無線を導入した
図2.7 避難勧告を最初に聞いた時間帯(N=200)
その避難勧告を聞いたときの意識を示したのが図2.9であるが、「危険なので、すぐに避難しなくてはと思った」住民は20.5%で、すぐに避難をしようと考えた住民は2割程度であった。そして「危険なので、そのうち避難しようと思った」住民が14.0%、「危険なので、様子を見ようと思った」住民が38.0%と、危険を認知しても、そのうち避難しよう、様子を見ようと思った住民が52%と半数を超えている。「自分のところは危険ではないだろうと思った」住民も27.5%いて、危険を知らせ、避難行動を促すための避難勧告の効果があまり見られなかったことがわかる。
それでは、続いて出された避難指示を聞いた住民の反応について考察する。午後7時13分、円山川右岸の梶原、上庄境、中庄境、本庄境、百合地、河谷、中谷の地域に出ていた避難勧告が、避難指示に切り替えられた。またその後7時24分には、円山川右岸の大篠岡、木内、駄坂、今森、江本にも避難指示が発令された。
図2.8 避難勧告を聞いた媒体(N=200)
図2.9 避難勧告を聞いたときの意識(N=200)
図2.10 避難指示を最初に聞いた時間帯(N=195)
このグラフを見ると、19時台に避難指示を聞いた住民が49.2%、20時台に聞いた住民が26.7%いることがわかる。ここから今回の水害では、約半数の住民が18時台に避難勧告を聞き、19時台に避難指示を聞いている実態が明かとなった。続いて、その避難指示を聞いた媒体についてみると、図2.11のように同報無線の屋内受信機で避難指示を聞いた住民が80.5%と避難勧告とほぼ同じような傾向が見られた。
図2.11 避難指示を聞いた媒体 (N=195)
図2.12 避難指示を聞いたときの意識 (N=195)
そして、避難指示を聞いた後の意識を示したのが図3.12である。「危険なので、すぐに避難しなくてはと思った」住民は26.7%で、すぐに避難をしようと考えた住民の割合は、避難勧告の時よりは少しだけ増加していることがわかる。続いて「危険なので、そのうち避難しようと思った」住民が15.9%、「危険なので、様子を見ようと思った」住民が32.8%と、危険を認知しても、そのうち避難しよう、様子を見ようと思いとどまっている住民が約半数いることがわかる。「自分のところは危険ではないだろうと思った」住民も23.1%いて、避難勧告よりも避難の緊急性の高い避難指示が出ても、その効果はあまり大きくなかったことが明かとなった。避難勧告を聞いたときの住民の心理的効果と、避難指示を聞いたときの住民の心理的効果には、今回の水害では大きな差が見られなかったのである。何らかの避難要請の情報を聞いた住民(N=57)に同じ質問をした結果も、上記の傾向とほぼ同じであった。
本来、制度的には避難勧告よりも避難指示の方が緊急性が高く、危険を示すレベルが高い。避難指示が出た場合には素早く避難しなければならないにも関わらず、今回の水害では、なぜ避難指示が避難勧告と同じような効果しか持たなかったのだろうか。それは、住民の側にある避難勧告と避難指示に対する知識、態度に問題があったといえる。避難勧告と避難指示の違いについての住民の知識を示したのが図2.13である。これを見ると、避難勧告と避難指示の違いを「全く知らなかった」住民が20.7%、「あまり知らなかった」住民が40.1%、「言葉すら聞いたことがない」住民が4.0%と、知らなかった住民が6割を超えていることがわかる。「よく知っていた」8.2%と、「だいたい知っていた」27.1%を足しあわせても35.3%の住民しか、この避難に関する情報の違いを認識していなかったことが明かとなった。
図2.13 避難勧告と避難指示の違いについての知識(N=329)
図2.14 避難勧告と避難指示の違いについての認識(N=329) 択一回答
続いて、住民がこの避難勧告と避難指示の違いをどのように認識していたかを示したのが、図2.14である。複数回答ではなく、択一回答であるが、結果をわかりやすくするために横帯グラフで示している。「避難勧告も避難指示も同じようなものだと思っていた」住民が50.8%と半数おり、「避難勧告の方が避難指示より重大な事態だと思っていた」と勘違いしている住民も32.2%いたことが明かとなった。また避難勧告、避難指示両者ともに法的な強制力はない。しかし「避難勧告は法的な強制力がなく、避難指示は強制力があると思った」住民が17.3%おり、反対に「避難勧告には法的な強制力があり、避難指示にはないと思っていた」住民も4.6%いた。このように、行政の側の防災計画で避難勧告や避難指示に関する細かい基準を作ったとしても、その避難勧告や避難指示にどのような意味があるかを住民が正確に認識していなければ、災害情報伝達の意味がなくなってしまう。災害で伝達される災害情報がどのような意味を持ち、どのような対応行動をとるべきなのか、避難勧告や避難指示に関する住民の啓発、教育のための広報活動がさらに必要である。
(福田充)
3.避難
3.1 避難率と当初の行動
次に避難の実態を見よう。今回の調査によると、台風23号において、
そして、増水してきたときの行動をみても、避難行動は全体として緩慢であったといえる。まず、水が迫ってきたときの最初の行動として、「避難所に避難した」人は15%に過ぎず、「近所や親戚・知人宅に避難した」人も8.9%、「近所のビルの高い会や高台にある建物の中に避難した」人も1.6%に過ぎない。最も多くの回答としては、「そのときに居た建物の2階以上にあがった」という人が39.6%で最も多かった(図3.2)。そして、最終的にも、5割強の人が自宅にとどまっている(図3.3)。
図3.1 水害当日の避難行動(N=329)
図3.2 水が迫ってきたときの最初の行動(N=329)
図3.3 水が迫ってきたときの2番目にとった行動(N=329)
3.2 避難しなかった人の実態
今回の水害では、多くの人が、まず2階に避難し、自宅にとどまっている(前節参照)。その結果として、当日避難しなかった/避難できなかった人のうち、半数以上の人が浸水して家に閉じ込められている(図3.4)。
避難しなかった理由としては「突然水が襲ってきて避難する余裕がなかったから」とやむを得ず避難できなかったという人も3割程度いる。しかし「いざとなれば、二階ににげればなんとかなるとおもったから」という人が約半数、「避難するほうが危険だとおもったから」という人が4割程度、そして「高台なので浸水しない」という人が3割程度と、自分の意志で避難しないことを決めた人がかなりいた(図3.5)。
しかしその結果として、「浸水のために何日か孤立してしまった」という人が、避難しなかった人の約4割にまで達したのである(図3.6)。
図3.4 浸水して家に閉じ込められたかどうか
(N=212, 避難しなかった/避難できなかった人のみ)
図3.5 当日、避難できなかった理由
(N=212, 避難しなかった/避難できなかった人のみ)
図3.6 今回の避難であてはまること(N=316)
3.3 避難行動の実態
(1)避難した契機と避難時刻、避難するまでにかかった時間
本調査では、避難したきっかけとしては、5割以上の人が「避難勧告・避難指示を聞いたから」と答えている。次いで33%の人が「家族や近所の人に勧められて」、24%の人が「同報無線を聞いたので」と答えている。これも、さまざまな方法で避難勧告・避難指示を聞いたことを表しているといえる(図3.7)。避難勧告・避難指示を聞いたと答えた人の8割近くの人が7時台にこれを聞いており(問10の付問参照)、また実際に、多くの人が7時台に避難している(図3.8)。
本調査において、全体の避難率は3割程度ではあるが、実際に避難した人のうち非常に多くの人が、避難勧告・避難指示が避難のきっかけであったという結果がでている。ここから、早い段階での避難勧告・避難指示の伝達が、住民の避難行動を促すことに非常に効果があったと評価することができる。
付問2−1によれば、この地域で浸水が本格化したのは21時以降と考えられるが、多くの人が避難行動をとったのは19時前後であった。この時間帯には、浸水の量はほとんどなかったと考えられる。そのためなのか、避難しようと決心してから外に出るまでに30分から60分程度とかなりの時間をかけた人が多い。(表3.1)避難の初動は緩慢で、緊迫感は薄いようであった。
図3.7 避難したきっかけ(N=104)
図3.8 避難した時刻(N=104)
表3.1 避難した時刻と避難のため外に出るまでに要した時間(N=104)
(2)避難手段と避難所までの時間・距離
本調査によると、避難した人のうちでは、7割程度の人が車で避難をしている(図3.9)。これは、「車を避難させる」という意味もある。しかし、避難した人の多くが、避難勧告や避難指示を聞いて、7時前後に避難している。そのため、道路の浸水がほとんどなく、車で避難することが可能であった、というのが実態であろう(表3.2)。
図3.9 避難形態(N=104)
表3.2 避難形態と水量(N=104)
表3.3 避難時間と避難距離(避難形態別)
3.4 地域特性を加味した災害教育を
またすでにみたように、出水がおきる前に、早いうちに車で避難行動をした人が多かった。通常、豪雨時においては、避難経路が浸水する可能性もあり、車での避難は危険である。しかし
いずれにせよ居住地によって、地理的特性や災害の特性が異なり、適切な避難行動も異なる。居住地の地理的特性や災害の特性を、十分に住民が認識したうえで、適切な避難行動に結びつけられるようにすることが重要であろう。
3.5 災害弱者の避難援助
本調査では、「浸水が始まった頃、あなたの近所には、1人で避難するのが困難な人(高齢者や病人等)がいましたか。」と近所の災害弱者の存在を聞いたところ、36.2%の人が近所にそのような人がいると答えている(図3.10)。だが、「一緒に避難した」という人は11.4%、「避難するように声をかけた」という人は25.4%と、避難の援助を行った人は非常に少数であった。「何かしたかったが時間的に余裕がなかった」という人が15.8%「近所のほかの人が支援したので何もしなかった」という人が21.9%である(図3.11)。
これは、災害弱者が避難する際の避難を援助する仕組み、ないしは、そのようなことを促すような地域の日ごろからの結びつきを深めるような仕組みが必要であることをあらわしている。
図3.10 災害弱者(N=316)
図3.11 災害弱者(近所に災害弱者がいると答えた人;N=114)
(関谷直也)
4.情報ニーズと伝達メディア
情報ニーズ
人々は、この水害において、どのような情報を求めたのか。また、その情報ニーズは充たされたのであろうか。
まず、この水害全体の情報ニーズについて質問したところ(問27、複数回答)、最も多かった回答が「川の水位に関する情報」(71.5%)で、以下、「越水や堤防の決壊情報」(67.1%)、「どの地域が浸水しているかについての情報」(63.0%)、「現在の降雨量・今後の雨の見通し」(55.7%)、「自分の住む地域が大丈夫かどうかという災害予測情報」(51.3%)の順であった(表4.1)。このようなことから、災害発生前および発生時における水位や雨量といった災害因に関わる数値や被害および被害予測に関する情報ニーズが高かったことがわかる。また、次いで、水害後の「ライフラインに関する情報」(41.1%)や「食事や風呂などの生活情報」(30.1%)などのニーズも高かった。これらの情報に対して、避難に関する情報や安否情報などは、この災害では、相対的にそのニーズが少なかったようである。
表4.1 情報ニーズならびにニーズを満たさなかった情報(%)〔M.A.〕[N=316]
回答選択肢 |
欲しかった情報 |
十分に得られなかった情報 |
川の水位に関する情報 |
71.5 |
53.5 |
越水や堤防の決壊情報 |
67.1 |
52.2 |
各種河川情報 |
41.1 |
35.4 |
どの地域が浸水しているかについての情報 |
63.0 |
52.8 |
現在の降雨量・今後の雨の見通し |
55.7 |
40.2 |
自分の家族が避難すべきかどうかの情報 |
22.8 |
15.5 |
避難勧告・避難指示 |
29.1 |
12.0 |
自分の住む地域が大丈夫かどうかという災害予測情報 |
51.3 |
35.1 |
水害時に何を注意して行動したらよいかの指示 |
21.5 |
14.2 |
自分の住む地域の被害情報 |
46.5 |
37.0 |
家族・知人の安否情報 |
18.7 |
13.0 |
避難場所・避難方法などの避難に関する情報 |
24.1 |
18.7 |
道路・鉄道などの交通情報 |
26.6 |
19.0 |
ライフライン(電気・ガス・水道・電話など)に関する情報 |
41.1 |
34.5 |
食事の配給や風呂のサービスなどの生活情報 |
30.1 |
21.5 |
その他 |
5.1 |
2.8 |
それでは、これらの情報ニーズは充たされたのであろうか。「十分に得ることができなかった情報」について質問したところ(問28、複数回答)、表4.1のような結果となった。概ね、情報ニーズが高ければ高いほど、その情報ニーズが充たされなかったと回答した人も多いという傾向にあるようだ
役に立ったメディア
次に、この災害時において、人々は、どのメディアが役に立ったと評価しているのだろうか。
まず、災害当日の情報入手に役に立ったメディアについて尋ねたところ(問29、複数回答)、回答者数が最も多かったものは、「同報(防災)無線の戸別受信機」(63.9%)で、次に多い「NHKテレビ」(33.9%)と、30%近く差が出ている(図4.1)。これは、災害当日は、
このようなことから、水害当日、人々が役に立ったと評価しているメディアは、市から発表される詳細な情報は「同報無線の戸別受信機」、マス・メディアの情報に関しては、停電などがない状況では「ラジオ」よりも「テレビ」、個人的な情報のやりとりは、「電話・メール」に依存する人が多いことがわかる。
図4.1 災害当日の情報収集に役立った手段(%)〔M.A.〕[N=316]
次に、水害の数日後(復旧期)の情報入手に役に立ったメディアについて尋ねたところ(問30)、最も回答者が多かったものは、水害当日と同じく「同報無線の戸別受信機」で全体の46.5%だったが、水害当日は、30%以上の差のあった「NHKテレビ」が45.6%と、「同報無線の戸別受信機」と回答した人とほぼ同じ割合を占めた(図4.2)。また、マス・メディアでは、水害当日は回答者の割合が低かった新聞が、数日後では25.6%を占めている。そして、「電話・メール」に加え、「直接の会話」が22.5%という数値になっている。
まず、「同報無線の戸別受信機」を回答した人が減り、「テレビ」と回答した人が増えた理由は、水害当日の避難勧告・避難指示などといった市が発表する緊急性の高い情報が多い時期は、市が住民に直接情報を伝える「同報無線」が何よりも有効な手段になるが、災害発生から時間がたって復旧期になると、緊急性の高い情報が比較的少なって、説得性のある詳細な情報へのニーズが高くなることなどにより、「テレビ」への依存が高くなっていくわけである。加えて、災害の復旧期は、水・食料・衣類といった物資や掃除・かたづけなどに使う器具やゴミ処理といった生活情報のニーズが高くなる。このような情報は、一過性(見逃し・聞き逃し)が高く、確認が難しい放送よりも、「新聞」などの文書情報が有効になる場合が多い。「新聞」の回答が増えた理由は、このようなメディアの特性にあると考えられる。また、生活情報は、町・丁といった市町村よりも小さい単位での情報ニーズが高くなり、例えば、物資や水がどこにあるとか、掃除に必要なものがどこに売っているかといった情報は、放送などよりも近所の人や知人などの会話から得ることが多い。このようなことが「直接の会話」の回答が多くしている理由であると考えられる。
図4.2 水害数日後の情報収集に役に立ったメディア(%)〔M.A.〕[N=316]
情報の緊迫感
まず、市の同報無線について尋ねたところ、全体の約85%の人が、市が発表した避難指示・避難勧告などを市の同報無線から得たと回答している。ただし、その情報を聞いて「緊迫性を感じた」と回答した人が40.2%、「緊迫性を感じなかった」と回答した人が44.9%と、市の同報無線から情報を得た人の半数が「緊迫性を感じなかった」と評価している(図4.3)。
図4.3 避難指示・避難勧告を聞いたときの切迫感〔同報無線〕(%)[N=316]
次に、コミュニティFMについて尋ねたところ、コミュニティFMを聞かなかったと回答した人が88.6%を占めていた(図5.4)。つまり、コミュニティFMへの接触率は少なかったわけである。コミュニティFMから避難指示・避難勧告を聞いたと回答した人に、切迫感の有無を聞いたところ、切迫性を感じた人と感じなかった人の割合が、ほぼ半数ずつという回答だった。
同様に、一般のテレビ・ラジオについて尋ねたところ、テレビ・ラジオから避難指示・避難勧告を見聞きしたと回答した人は半数以上を占めていたが、切迫感の有無について尋ねたところ、やはり、切迫性を感じた人と感じなかった人の割合が、ほぼ半数ずつという結果が出た。
このようなことから、このアンケートの結果を見た限りでは、避難指示・避難勧告を聞いた人は、その情報を入手したメディアの違いに関わらず、切迫性を感じた人と感じなかった人の割合は、ほぼ半々だったということになる。
図4.4 避難指示・避難勧告を聞いたときの切迫感〔コミュニティFM〕(%)[N=316]
図4.5 避難指示・避難勧告を聞いたときの切迫感〔テレビ・ラジオ〕(%)[N=316]
報道評価
では、この台風23号におけるマス・メディアの報道を、
表5.2 マス・メディアの報道に関する評価(N=316)〔M.A.〕[%]
川があふれたり決壊したことなどを、いち早く、詳細に伝えてほしかった。 |
52.2 |
避難勧告について、いち早く、詳細に伝えてほしかった。 |
33.5 |
被災地域外向けの放送ではなく、被災者に役に立つ情報を流してほしかった。 |
54.7 |
直後に起った「 |
33.5 |
テレビは、テロップだけでは切迫感があまりないので工夫してほしい。 |
9.5 |
安全な避難方法や身の守り方など具体的に伝えてほしかった。 |
12.3 |
大雨・洪水警報の発表だけではなく予想される事態についても伝えてほしかった。 |
44.9 |
同じ台風被災地でも、自分の住む地域の情報をもっと伝えてほしかった。 |
13.0 |
被害映像が多くて、あまりテレビを見たくなかった。 |
2.2 |
コミュニティFMはとても役に立った。 |
1.9 |
被害の状況だけではなく、被災者を励ます言葉も伝えてほしかった。 |
6.3 |
復旧活動の時期は、新聞などの文書の情報が役に立った |
17.1 |
その他 |
9.8 |
無回答 |
3.8 |
マス・メディアの報道の評価について尋ねたところ(問32、複数回答)、最も多かった回答は、「被災地域外向けの放送ではなく、被災者に役に立つ情報を流してほしかった」(54.7%)であった(表5.2)。この災害だけでなく、マス・メディアの報道は、もともと対象とする人が多く、地域も広いことから、伝達内容も一般的になりやすく、特に、テレビは、被害状況を、視聴者が一見してわかるような画像が中心となる報道が多く、そのため、取り上げられる画像も、河川の決壊場所、浸水のひどい場所、建造物の被害が著しい場所といった、言わば「絵的に派手」なものが多くなりやすい。そのようなことが、この回答に反映されているのではないかと考えられる。
次いで回答者が多かったものは、情報ニーズの質問でも回答者が多かった「川があふれたり決壊したことなどを、いち早く、詳細に伝えてほしかった」で、52.2%を占めていた。そして、「大雨・洪水警報の発表だけではなく予想される事態についても伝えてほしかった」という回答も、44.9%と比較的高い数値を占めていた。これは、単に警報を出すだけではなく、その警報が何を意味するかを解説する必要があることを示しているだろう。そして、「避難勧告について、いち早く、詳細に伝えてほしかった」と回答した人と「直後に起った『
(中森広道)
5.通信の問題
災害時はいつも電話の混乱が起きるものであるが、災害当日の各通信手段のつながり具合をたずねた。まず固定電だが、40.8%の人が「つながりにくく、全く使えなかった」としている。しかしこれは必ずしも輻輳によるものばかりではない。というのは全体の44.3%の人が、電話が水没して使えなくなった、と答えているからである。また携帯電話音声のつながり具合を見ると、つながりにくく全く利用できなかった、とした人は利用しようとした人の16.7%であった。確かに携帯電話は輻輳していたので、固定電話も輻輳していたと考えられるが、全体的に輻輳の程度は、他の災害よりも軽微であったといえるだろう。
そうした中で、もっとも疎通がよかったのは携帯メールであった。つながりにくく、全く使えなかった人は利用しようとした人の6.5%にとどまった。
図5.1 水害当日の疎通程度(利用しようとした人のうち)
図5.2 通信メディアの問題発生率(%は全体にしめる割合)
つぎに通信メディアでどのような問題が発生したかをたずねた。この結果、水害時には多くの固定電話が1階にあるために水没して使えなくなるのに対して、携帯電話は持ち運べるために比較的に水没しにくいといのである。すなわち、携帯電話が水没したのは全体の5.1%、携帯電話を利用する人(244人)のうち6.6%であった。水害時には持ち運べる携帯電話がライフラインの主役となるのである。
しかしそうした携帯電話にも弱点がある。それは充電の問題である。今回停電を経験した人は全体の66.3%いたが、充電できずに携帯電話が使えなくなった人が全体の33.5%に達したのである。今回、停電時に携帯電話をどう充電するか、という問題があらためて浮き彫りになった。
図5.3事業者別の携帯音声疎通度
図5.4事業者別の携帯メール疎通度
次に事業者別に携帯電話音声と携帯メールの疎通状況をみてみよう。問題なく利用できたという人をみると、携帯電話音声、携帯メールともに利用者の多いドコモが少なく、ついでau、ボーダフォンの順に多くなっている(つながりやすくなっている)ことがわかる。しかし全く使えなかった人をみるといずれもautが少なくも比較的つながりやすくなっている。ここで注目されるのはドコモがパケットの別制御によって、メールがつながりやすくなっているか、という点である。携帯音声では17.7%が全く使えないとしたのに対してメールでは6.8%になっており、若干の効果があるともいえるしかし「全く使えない」と「つながりにくい」をあわせると、つながりやすさの順位は、ボーダフォン>au>ドコモという順位で、音声もメールも変わらない。今回は、別制御の効果が若干みられるが、それほど顕著なものではない、といえる。これは、音声の輻輳が、今回はそれほど激しくなかったからなのかもしれない。
一方、「テレビ・ラジオが使えなかったり、電話や携帯電話が使えなくなって、周りの状況が分からず、また誰にも連絡でできなくなって、情報的に孤立したことがあったか」をたずねたところ、42.4%がそのような状態だったと答えている。
図5.5 情報的に孤立したことがあったか
災害時ら電話が使えなくなったとき、もっとも困る事の1つが家族や知人の安否がわからないことである。そこで「水害当日、家族や知人と連絡がとれず、安否が心配になるようなことがあったか」をたずねたところ、39.6%の人が「連絡が取れずに心配だった」と答えている。
図5.6 安否がわからず心配したか
輻輳時に安否伝達に役立つのが、災害用伝言ダイヤル(171)やiモード災害用伝言板といった災害用の伝言サービスである。しかし今回それを使った人は171が0.6%、iモード災害用伝言板が0.3%と、極めて少数であった。
表5.1 災害用伝言サービスの利用率
|
使った |
使わなかった |
災害用伝言ダイヤル |
0.6 |
99.4 |
iモード災害用伝言板 |
0.3 |
99.4 |
図5.7 災害用伝言ダイヤル(171)の知名度
利用率が少なかった原因は、その知名度の低さにある。そうしたサービスについて災害前に「聞いたこともなかった」とした人は災害用伝言ダイヤル(171)で63.6%、iモード災害用伝言板で78.2%に達した。しかもその知名度が年を経てもあまり変化していないことが問題である。近年の災害放送では、一時より取り上げなくなったことがその一因であるとおもわれる。
図5.8 iモード災害用伝言板の知名度
他方、近年災害情報をメールで配信するサービスが、各自治体で行われているが、もしそのような仕組みが
図5.9 メールによる防災情報配信サービスへの要望
(中村功)