若者の人間関係とポケットベル利用
キーワード:メディア・コミュニケーション、ポケットベル、表層的人間関係
【問題】
近年、若者の人間関係が表層的になっているのではないか、と指摘されている。たとえば高橋(1988)は、近年の若者の人間関係の特徴として、挨拶や談笑や一時的感情の共有以上の深さをもつ関係に展開しないこと、またかりに展開してもそれが一定の領域に限られること、等を挙げている。 あるいは宮台(1994)は、1980年代以降の若者の特徴として、自分のかかえる問題を他人に伝達したり共有したりすることについてほとんど期待していない点を指摘する。そして彼らのコミュニケーションはノリを同じくする者たちの「共振的コミュニケーション」であるという。カラオケボックスでの大騒ぎに見られるように、そこでは自分の内面を不問にしたまま同一の記号界内部での防衛的な自己提示のみがなされる。一方、大平(1995)は、「やさしさ」が現代青年の特徴的なパーソナリティーを表しているという。現代の「やさしさ」とは、相手の気持ちに立ち入らないようにしながら、なめらかで暖かい関係をつくろうとする人づき合いの方策のことである。たとえば、電車で老人に席を譲らないのは、年寄り扱いされたくない老人に配慮した「やさしさ」からだし、両親に深刻な相談をしないのも親に心配をかけたくない「やさしさ」からである。相手に同情したり、一体感を持つのは逆に「ホット」で「やさしく」ないということになる。
こうした若者の人間関係が、最近急速に広まってきた若者のポケットベル利用と密接な関係を持っていると指摘されている。たとえば大平(1995)は、ポケットベルは電源をオフにしたり、気づかなかったと言うことができるので受け手にとって強迫的なところがない。また呼び出す側にとっても直接電話をして迷惑がられることがないので気が楽である。したがってポケットベルは「やさしい」人々にぴったりのメディアである、という。あるいは岩間(1995)は、団塊の世代ジュニアと位置づけられる現代の若者の対人関係は淡泊で、人に多くを期待しない傾向がある、としたうえで、彼らがポケットベルを使うのは広く浅い人間関係を維持するためである、と指摘する。
しかし、これまで若者の人間関係とポケットベル利用の関係を明らかにする量的調査は全くなされてこなかった。そこで本研究では、ポケットベル利用者はどのような対人関係の特徴を持ち、それはどのような生活行動と関係しているのか、を明らかにし、メディア利用と人間関係の関わりを考察する。
【方法】
調査時期:1996年4月
調査対象:松山市の2大学の学生469人(男性166人女性303人)
調査項目:まず受信・発信両方を含めたポケットベルの利用頻度を「ほぼ毎日する」「週に数回する」「週に1回する」「月に数回する」「月に1回以下」「全くしない」の6段階でたずねた。次に高橋(1988)、大平(1996)を参考にしながら、表層的人間関係を測定するために「はい」「いいえ」の2段階で答える質問を6項目用意した。そして対面関係の活発度を測定するために、「人と会っておしゃべりすることが多い」「社交的な集まりにはよく出かけるほうだ」の2問と、昼食を一人で食べる割合(5段階)などをたずねた。
【結果と考察】
まず、表層的人間関係に関連する6項目を整理するために因子分析(主成分解・バリマックス回転)にかけた。その結果3つの因子が抽出された。第一因子(寄与率23.2%)は「親友といえども深刻な相談をして気をわずらわせるのは避けた方がいいと思う」「友達に頼ったり、頼られたりするのはわずらわしい」「友達とは自分の気持ちを話し合うよりも、あたりさわりのないおしゃべりや、だまってマンガを読んだりしている方が好き」など友人と表層的な人間関係をとろうとする態度の因子である。第二因子(寄与率18.8%)は「自分と友達の考えは違っていて当たり前だと思う」「人は裏では何を考えているかわからないと思う」など対人不信感の因子である。第三因子は(寄与
率17.9%)は「友達とむきになってけんかすることがある」の1項目で構成される。これは表層的人間関係をとろうとする態度とは別の因子で、興奮しやすいパーソナリティーを示す因子と解釈できるかもしれない。ここで第一因子を構成する3項目を表層的人間関係の態度を測定する尺度として採用することにした。すなわち、それぞれの項目に「はい」と答えた場合を1、「いいえ」とした場合を0としてたしあげ、0から3の尺度を構成した。0を表層的人間関係をとろうとしない者、1−3をとろうとする者としたとき、調査対象者の33.1%が表層的人間関係をとろうとする者だった。
一方、週に数回以上ポケットベルを利用すると回答した人をポケットベルの常用者とした。ポケットベル常用者は全体の34.8%だった。ポケットベル利用と表層的人間関係をクロス集計したところ、ポケットベル非常用者の38.5%が表層的人間関係をとろうとする人であったのに対し、ポケットベル常用者ではそれより少ない23.5%が表層的人間関係をとろうとする人だったのである。(図1)。カイ自乗検定の結果でもこの差は1%以下の水準で有意であった。つまりここではポケットベル利用者は言われているように表層的な人間関係をとろうとする「やさしい」若者ではなく、逆に、むしろ深くて「ホット」な人間関係をもとうとする若者である傾向が発見されたのである。
これは一体どうしたことだろうか。それを解くカギはポケットベル以外の対面的な人間関係にある。というのは、ポケットベル常用者は対面的人間関係が非常用者に比べて活発な傾向が見られるのである。たとえばポケットベル常用者は「私は人と会っておしゃべりをすることが多い方だ」し、社交的な集まりにはよく出かけるほうだ」し、昼食も誰かと一緒に食べることが多い傾向がある(表1)。こうした活発な対面接触の中で「ホット」な人間関係が育まれたと考えられる。
以上のように、若者のポケットベル・コミュニケーションは対面コミュニケーションの上に重層的になされるものである。たしかにポケットベルのコミュニケーションだけを取り出してみると、数字やひらがなのメッセージ伝達などがおこなわれ、そこには非強制的で独白的ともいえるコミュニケーションがある。しかし、だからといってポケットベル利用者は表層的な人間関係を持っているとか、あるいはポケットベルはそれを助長するとは必ずしもいえない。メディア外の利用者の生活も把握した上でメディアと利用者の関係を考えないと、メディアの社会的意味を見誤ることになるのではないだろうか。
【引用文献】
岩間夏樹(1995)『戦後若者文化の光芒』日本経済新聞社
宮台真司(1994)『制服少女たちの選択』講談社
大平健(1995)『やさしさの精神病理』岩波新書
高橋勇悦(1988)「大都市青年の人間関係の変容−1.5次関係の概念に関する覚え書き−」『社会学年報』 17 東北社会学会
図1 ポケットベル利用と表層的人間関係 96年調査
表層的人間関係をとろうとする人 χ2:p<.01
ポケットベル非常用者 **************** 38.5%
ポケットベル常用者 ********** 23.5%
表1 ポケットベル利用と対面関係 (%) χ2:p<.001 96年調査
人と会っておしゃべり 昼食を一人で 社交的な集まり
をすることが多い 食べる人の割合* によく出かける**
ポケベル常用者 76.4 13.3 59.4
ポケベル非常用者 50.5 32.9 36.2
*「ほとんど一人で食べている」と「どちらかといえば一人で食べている」を合算した値
** 「だいたいあてはまる」と「少しあてはまる」を合算した値