学生の電話・社会人の電話 −電話利用の状況依存性−『日本語学』2002年3月号 中村 功
1 はじめに
1990年代の末から、大学生・高校生を中心に、急速に携帯電話が普及した。それにともない、着メロや携帯ストラップがブームになり、携帯メールに熱中する若者が話題になった。そのころ携帯電話文化の中心を担ってきた学生達も、卒業の時期を迎え、次々と社会人となっていく。大学を卒業して、スーツ姿が板に付いてくるようになると、言葉使いがはきはきとしたり、立ち居振る舞いが変化してくる。そうなると、彼らの電話(携帯電話)の利用のしかたも、ずいぶん変化するはずである。
一般に、電話や携帯電話の利用様態は、その人のもつ人間関係や生活状況によって大きく規定されている。たとえば、携帯電話が普及し始めた頃は、建設業、運輸業、電気・ガス・熱水道業、不動産業などで利用者が多かった。いずれも仕事で車を使い、よく移動する職業で、そうした生活状況が携帯電話を必要としていたのである。私はこうした現象を電話利用の「状況依存性」と呼んでいる(中村1996、1997)。社会人における電話利用の変化も、こうした文脈の中で考えることができるだろう。
本論では、社会人になると、電話・携帯電話の利用の仕方がどう変化するのか、を検討することによって、電話利用の状況依存性を確認していく。またこの作業は同時に、主に学生によって発達してきた携帯電話文化が、このまま社会全体に広がってゆくのか、それとも一定の歯止めがかかるのか、といった、メディア文化の今後を占う材料も提供してくれるはずである。
ところで社会人とは何であろうか。広辞苑(第五版)によると、「@社会の一員としての個人。A実社会で活動する人。」となっている。@だと学生も社会人としての一面を持つことから、Aの定義が、ここではより妥当であるといえる。しかし実社会とは何なのかは、はっきりしない。たとえば、学生が活動する学校が実社会ではないとすると、教職員は社会人ではないことになってしまう。他方、いくつかの大学の社会人入学の募集要項を見ると、社会人の条件として「定職に就いている」という項目がある。こちらの方がより明確である。定職に就いているとは、生活を支えるだけの収入がある労働者で、通常はフルタイム労働者のことである。そこで本論では、学生、無職、専業主婦、アルバイト・パートタイム労働者等を除く、フルタイム労働者を社会人と定義することにする。
2 社会人の電話文化
電話に関する、学生と社会人の相違として、まず思い浮かぶのは、電話の対応の仕方であろう。職場には独特の電話電話の仕方に関する決まり事(電話文化)があり、社会人はそれを習得し、実践しなければならないのである。この職場の電話文化とはどのようなものであろうか。ここでは、いくつかのマニュアル類からその概要を見てみよう。
たとえば学生が就職活動をする際のハウツー本には、電話をかける基本として、次のような記述がある(表1)。大学生対象のマニュアルであるだけに、いずれもごく基本的な内容で、挨拶、メモ、簡潔・明瞭な話し方、確認など、礼儀と合理性がその基本となっている。学生向けということで注目されるのが、重要な用件は一般電話からするように、という注意である。学生は携帯電話を常用しているが、電波事情により聞き取りにくいこと
表1 就職活動向けの電話対応マニュアルの例
<かけ方>
●どこへかけるか、正しい電話番号を確かめる。
●相手が忙しい時間、いない時間を頭に入れて、タイミングを見計らってかけるようにする。
●安易に携帯電話に頼らず、大切な電話は必ず一般電話からすること。
●電話をする前に用件をメモして話す内容をまとめ、簡潔に話すようにする。
<話し方>
●明るい声、明瞭な声でハキハキと話す。
●「お忙しいところ恐れ入ります。○○大学○○学部の□□と申します」まず何はなくとも自分の名前を名乗る。
●何のための電話なのか、最初に用件をきっちり伝える。
●本題にはいる前に、用件に合致する相手を呼びだしてもらうよう依頼する。
●担当者が出ても、電話を話し続けてよいかを確認する。また担当者が出たらもう一度自分の名前を名乗る。
●相手が話をしているときには腰を折らずに聞く。わからないこと、聞き取れなかった重要な事柄はしっかり確認し、メモを取る。
●電話を切る前に対応してくれた事への謝辞を忘れずに。 |
吉田典生『採用担当者をググッと引きつけるメール・手紙・電話の法則』
永岡書店(2001)より抜粋
表2 秘書向けの電話対応マニュアルの例
<かけるとき>
●用件の主題や話す順序をメモする。
●必要な資料を手元にそろえる。
●電話番号を確認してから電話をかける。
●相手が出たら名乗り、相手を確かめる。
●簡単な挨拶を述べる。
●要領よくつたえる「○○についてお願いが二つございます。一つは...、もう一つは...」と用件を箇条書きのように話すと相手は自然にメモを取る。
●用件の確認をする。
●受話器を静かに置く。
<受けるとき>
●右手にメモの用意をして、左手で受話器をとる。
●ベルが3回以上鳴ったら「お待たせしました」と詫びる。
●こちらの社名を名乗り、相手を確かめる。
●「いつもお世話になっております」などとあいさつする。
●要領よくメモする。
●わかりにくいときにはわかるまで尋ねる。
●聞き終わったら復唱する。
●相手が切るまで待ち、静かに受話器を置く。 |
松田光江『これ1冊!秘書技能検定2級ガイドブック』成美堂出版(2001)より
があるためである。
もうひとつ、今度は秘書向けのマニュアルを見てみよう。名乗る、メモを取る、確認するなどの基本は、大学生向きと同じだが、より進んだ記述も見られる。たとえば、受話器は左手にもつ、電話をかけた方が先に受話器を置く、ベルを3回以上鳴らせてしまったら
詫びをするなどである。また「いつもお世話になっております」という企業社会特有の決まり文句も登場している。この挨拶は、その会社に初めて接触する人には当てはまらないはずだが、企業社会では確固とした文化となっている。
こうした電話のかけ方は新人教育として伝授され、仕事の場で使われる。学生の時には仕事をしていなかったのだから、職場でこのように電話をするのは、一つの変化といえる。 ただし、こうしたマナーが、実際にどの範囲の職業で、どの程度行われているのか、また仕事以外の私的な電話でどこまで行われているのかは不明である。
3 変化の少ない携帯音声利用
次に、携帯電話について、実際の利用行動の違いを見てみよう。学生については、2001年7月に松山市内の3大学の学生、386人を対象に行った調査(松山学生調査2001)をもとに、また社会人については同年10月に松山市民529人を対象に行った調査(松山市民調査2001)から、フルタイムで働く20歳代の対象者49人についてのデータをもとに検討する。
携帯電話音声利用をみると、毎日1回以上利用する人がいずれも6割程度と、ほぼ同程
図1 携帯電話音声利用頻度の比較(松山学生調査2001、松山市民調査2001)
度になっている。だが、毎日5回以上使うヘビーユーザでは、学生が9.9%、社会人が16.3%と、社会人のほうが多く、携帯電話音声については社会人の方が、若干活発に利用しているといえるだろう(図1)。
この理由としては、社会人の経済的な余裕も考えられるが、ヘビーユーザーが多いことから、むしろ社会人では仕事で頻繁に利用する人が出てくるためと思われる。すなわち、携帯電話で話す相手を見ると、社会人では47.9パーセントの人が職場の相手とよく話すと答えているのである。
しかし、社会人になると仕事利用が加わり、ヘビーユーザーが出てくるという変化は、就職して生活や人間関係が変わったためで、ある意味では当然の変化といえる。私の元ゼミ生にインターネットの掲示板を使って、社会人になって携帯利用が変わったかを尋ねたところ、次のような回答があった。
僕自身、「社会人になったから」といって特に変わったとは思いません。学生時代からあまり電話をかけるほうではなかったからかもしれません。実際、毎月の利用料もあまり変わっていません。かける相手や内容の変化についても、生活環境が変われば自然と変わるものだと思うので(学校の友達→会社の同僚、大学のこと→会社のこと)特にウ〜ン?といった感じです。 (98年度卒、男) |
この例では、生活環境が変わって人間関係が変わったので、かける相手や内容は変わったが、利用頻度や料金はあまり変わっていないということである。携帯電話音声利用については典型的な回答といえるだろう。
その一方で、携帯電話を利用しない職業に就いている人は、携帯音声の利用がしづらくなったと感じている人もいる。たとえば塾の講師をしている、ある卒業生は次のように述べている。
あたしは仕事で携帯を使うことがないので,学生時代とさほど変わらないような気がします。ただ,あたしの場合,友達に電話をする量は減ったような気がします。仕事の時間が終わるのが遅いので,みんなのことを考えると,なかなか電話しづらくなっています。 (98年度卒、女) |
以上のように携帯電話音声利用に関して見ると、社会人になって生活環境の変化に応じて相手や内容、及び利用態度は変化しているものの、利用頻度そのものはそれほど大きく変化していないといえる。学生の方が圧倒的に暇な時間が多い割にその変化が少ないのは、学生のコミュニケーションが、次に述べる携帯メールに多くを依存しているためである。
4 激減する携帯メール
学生の携帯電話利用の大きな特徴は、「iモード」等の携帯メールの利用が極めて頻繁であるということである。学生調査によると、毎日10回以上メールを利用する人が31.9%、5〜9回の人が26.7%と、毎日5回以上利用するヘビーユーザーが全体の6割ちかくを占めている。全体の利用状況にしても学生の8割以上が毎日利用しており、学生生活に携帯メールが欠かせないものになっていることがわかる。
それに対して、20代の社会人で毎日5回以上メールをする、ヘビーユーザーは全体の3割弱で、毎日利用する人をみても5割であるから、学生に比べると利用が激減している(図2)。
この変化の原因は、学生による携帯メールの使い方と、携帯メールとしてのメディア特性、そして社会人になってからの生活環境の変化にある。第一に、学生の使い方だか、学生調査によると、その相手は、良く会う友人(89.7%)、あまり会わない友人(64.3%)などで、内容は待ち合わせの連絡(69.9%)、現況報告(62.2%)、身のまわりの情報(61.6%)などとなっている。待ち合わせは別としても、学生の利用の多くが、親しい友人とのたわいもないおしゃべり的やりとりであることがわかる。第二に携帯メールのメディア特性として、メールは発信とほぼ同時に相手に認識されると考えられている。この点が、立ち上げられたパソコンの前にいないと着信が認識できない、パソコンのメールと異なる点である。既に述べたように内容はおしゃべり的な内容である。もし何らかの理由で(相づち的)返信が遅れると、それはメール内容に対する異議だと、とらえられかねない。学生の間ではこれを避けるためにこまめに返信がなされ、それが彼らの利用頻度を増加させているのである(詳しくは中村,2001,p300)。
図2 携帯メール利用頻度の比較(松山学生調査2001、松山市民調査2001)
そして第三に、社会人になると多くの時間が仕事に費やされ、自由にメールをやりとりする時間が減少するという生活変化がある。たとえばある卒業生は次のように述べている。
| 携帯利用で変わったこと・・・
思いつくことといえば、みんな、お互いが学生時代と比べて自由のきかない身になったことがわかってるので、メールを送ってもその返事をあまり真剣に待たなくなったような気がします。メールを受けた方も、自分の都合のいい時間に返事を送ったり、ときには返信しなかったり。そして、返信が遅れたり返信しなかったりしたことへの言い訳や理由もいくらでもあるので、学生時代よりメールの自由度が増したような気がします。(自由度・・学生時代は、メールのやりとりに多少なりとも束縛されてた節がある気がするので。) (98年度卒、男) |
|
仕事でお互いに自由がきかなくなったために、メールの返信をしなくてもよくなったという証言である。もちろん、学生の時にも授業やアルバイトがあるが、それは質的に仕事とは異なるものと認識されている。授業中でもメールの返信は出来るが、仕事中はそうはゆかないのである。このあたりが、社会人の社会人たるゆえんといえよう。
また、社会人は仕事には拘束されるものの、逆にそのことがメールの束縛からの自由をもたらしている、という点は逆説的で、興味深い。
5 おわりに
以上のように、社会人になると職場独特の電話文化があり、電話の対応が変化する。社会人になると、携帯電話音声の利用頻度は若干増える。これは仕事で利用するヘビーユーザーが出現するためと考えられる。一方携帯メールの利用は社会人になると激減する。これは社会人になるとお互いにメールを返信する時間的余裕が無くなると考えられるために、ちょっとした内容に返信する義務がなくなるためである。このように、学生から社会人へと生活環境や人間関係が変化するにつれ、電話(携帯電話)の利用様態が変化する様がわかり、電話利用の状況依存性が確認された。もちろん社会人としての変化は全体としての傾向で、一口に社会人といっても様々であり、電話利用はその置かれた個々の状況によって変化することはいうまでもない。
一方学生によって創造された携帯文化の将来についてである。彼らが作ったのは、おしゃべりのような、たわいもない内容の携帯メールを、四六時中やりとりし続けるような人間関係である。その相手の多くは、日常的によく会う友達で、「フルタイム・インティメート・コミュニティー」(吉井他1999)とでもいうべき親密な関係である。しかし社会人になると携帯メールの利用頻度が激減する事を考えると、そのような関係は、暇を持て余した学生特有のものである可能性が見えてくる。もちろん、社会人になったからといっておしゃべり的メールを全くしなくなるわけではない。しかし、離れていてもその瞬間瞬間の気持ちを同期的に共有する、という感覚は、忙しい社会人になると、次第に失われていくことになるのではないだろうか。
一般に固定電話では、女性であることと未婚であることが長電話の促進要因となっており、結婚すると以前より長電話をしなくなる傾向がある。この原因は、必要性や私生活における自由度が減少するためと考えられる。もし携帯メール利用にも同じことが当てはまるとすれば、結婚後はさらに携帯メールの利用頻度が減少する可能性がある。
このように考えると、学生によって開花した携帯文化が、すぐに全社会的な傾向になっていくと考えるのは危険で、その将来的展開については、利用者のおかれた状況を考えながら、慎重に見極める必要があるといえるだろう。
文献
中村功「携帯電話の「利用と満足」−その構造と状況依存性−」『マス・コミュニケーシ ョン研究』48号 1996年
中村功「生活状況と通信メディアの利用」水野博介・中村功・是永論・清原慶子著 『情 報生活とメディア』北樹出版、1997年
中村功「携帯メールの人間関係」東京大学社会情報研究所編『日本人の情報行動2000』
東京大学出版会、2001年
中島一朗、姫野桂一、吉井博明「携帯電話の普及とその社会的意味」『情報通信学会誌』59号、1999年、pp79-92