現代の流言 −「携帯ワンギリ広告」の例− 松山大学論集13-5,pp295-333 2001.12 中村 功
1.ことの始まり
 2001年11月、悪質な迷惑電話(ワン切り広告)に関して、一つの流言が出回った。その内容は「携帯電話に身に覚えの無いところからワン切り(着信音を1回だけならして電話を切ること)の着信があり、そこにかけ直すだけで10万円の請求が来る。取り立ては厳しいらしい。見知らぬ番号へはコールバックしてはいけない。」というものだ。私がこの話をはじめて知ったのは11月22日のことだが、私のホームページに、あるOGから次のような書き込みがあったのである。
         図1 掲示板への書き込み  (11月22日)
姉から教えてもらったのですが、巷でとても悪質な携帯を利用した出来事があります。私もその被害にあうかもしれないという状況にあります。
どういった内容かというと、東京や大阪、名古屋の番号で携帯に着信がありワンコールで切れてしまい、受信者がコールバックするとカセットテープが流れだしその通話料として後に10万円ほどの請求が来るというのです。私は2件そのような着信があり、コールバックしてしまいました。その内容はダイヤルQ2のような感じで私はすぐ切りました。
姉の話では取立てがとてもしつこいらしく、サラリーマンなどがかなり被害にあっているというのです。実際にまだ請求が来ていないのでなんとも言えませんが、とても怖いのでみなさんにも警戒していただきたく思います。
うわさがうわさを呼んで大きくなっている可能性もなきにしもあらずですが、注意するにこしたことはありません。みなさんご注意ください。
 
 このとき私は、この話がこれほど広がるとも思わず、翌日、当て推量でこう答えたのであった。
●●さんの体験は新種の迷惑メールのたぐいかも知れないよ。手当たり次第に電話してワン切りすれば、お金がかからないし、コールバックさせてツーショットなどの宣伝をすれば、中には利用する人もいるからね。まったく色々なことを考える奴がいるものだ。
 しかしその後、勤務先の学校の職員や(11月26日)、自らの参加するメーリングリストからも(11月28日)同様のメールが次々と入り、これはただごとではないと感じるようになった。
 
   図2  学内に同報された流言メール(11月26日)
携帯電話による被害が発生しています。
 下記の電話番号への発信は絶対にしないでください。

今後の請求書を十分チェックして被害が確認できたら然るべき対応をしてください。

<手口>  番号を通知した状態でワンギリ(一回コールしてすぐ切る)してくる。
     携帯電話に着信履歴が残り、その通知された番号に発信すると、
     ダイヤルQ2に似た応答メッセージが流れる。

<請求>  これだけで、携帯の通話料とは別に10万円程度の請求がくる。
      取り立ては厳しいらしい。
<番号>
06-6301-1999   052-733-1551   052-733-1288
052-733-8488   06-6301-7778   052-735-7300
03-3793-7552   03-5724-2929   03-3551-4330
03-3444-6555   03-5679-7844   03-5679-7848
03-3446-4567   03-3446-0990   03-5420-4466
03-5340-8877   03-5340-9330   0534-27-3172
03-5340-9381   03-5340-9382   03-3448-4760
03-3280-7660   03-3851-4141   03-3227-2828
03-5391-7600   03-3984-6761   03-3444-6710
03-5348-4441   03-3355-7550   06-4968-3114
03-5423-2570   06-6300-0702
<対策>
  ⇒絶対にかけないこと
  ■実際に被害がでているそうです。
   この番号以外にもあるかもしれません。
  ■着信履歴で心当たりの無い番号にはかけないよう注意願います。
  ■家族・知人等にも連絡してあげて下さい。



 
 
 典型的なメールは図2のようなもので、そこにはたいてい注意すべき番号が列挙してある。こうした特徴から、まず連想したのは1980年代にファクシミリを通じて流された、「あたり屋」の流言であった(詳しくは佐藤,1997)。
 
2.「流言」の確認
 そこで私は、この情報が間違いであることを確認することからはじめた。その結果、一回着信(ワン切り)の電話番号にかけ直すとツーショットダイヤルや伝言ダイヤルといった電話風俗業者の案内広告にかかる、という点は事実であった。しかしコールバックしただけで10万円の請求が来る、という点については、事実に反しており、流言であることがわかった。一般に流言とは、自然発生的に、口頭で伝わる、根拠のない情報のことである。
 この話が根拠のない流言である理由は、第一に、電話をしただけで電話会社から多額の請求が来るケースは2つあるが、技術的に携帯電話からはそれが不可能なことがある。すなわち@ダイヤルQ2サービスには携帯電話からは接続できないし、またA海外への通話も特別に契約しなければ携帯電話からはかけられないのである(1)。しかも表示されている番号は、0990や001から始まるものではなく、通常の電話番号であるわけだから、なおさらこの可能性はない。
  第二に、たとえ発信者の電話番号が知られても、それをもとに住所を割り出して請求する事は不可能である。電話による請求は可能だが、番号通知機能を使って出ないこともできるし、解約も容易なので、非効率的である。しかも、例示されている番号にすべて電話をしたところ、そのほとんどは番号非通知でもかかるものであった。つまり、そもそも相手はこちらの番号をチェックしていないことが多いのである。ただし一部(メールで指摘される32の番号のうち5つ)は非通知ではかからず、こちらの番号をチェックしていた。そのほとんどは、会員番号と電話番号を照合するためと思われるが、一部では18歳以上であることを入力すると、こちらから電話番号を入力しなくても自動的に登録が完了するものがあった。こうしたものは登録が容易なので、注意が必要になる。
  第三に、実際に筆者が「かけてはいけない」と言われる番号に電話したところ、そのほとんどは電話風俗業の案内広告で、コールバックしただけで請求される危険性のないものだった。典型的なシステムは次のようになっている。
 電話をすると利用者の性別が問われ、選択すると別の電話番号(通常の番号)が告げられる。そこにかけ直すと「ツーショット」「伝言」などの内容や料金が説明され、支払方法を選択する。選択肢には、ダイヤルQ2、クレジットカード、前払い銀行振り込み、後払い銀行振り込み等がある。ここまでは通話料だけで情報料はいっさい無料であった(と言うよりは、番号非通知でもかかるので、料金を取りようがない)。10万円の請求ということだが、後払い銀行振り込みで利用したときに、使いすぎて多額の請求が来ることはあるかも知れないが、そもそも利用料金は大体1分間で150円〜200円程度なので10万円も使うには8時間以上も使う必要がある。また後払いの場合は、通常、自分の電話番号を入力し、コールバックされた通話で暗証番号を入力して登録する。この場合は利用者の電話番号が知られ、払わない場合は督促の電話が来ることになる。
 また、国際電話を使った電話風俗の電話番号紹介が一件あった。(これは前述のとおり一般の電話でかけ直す必要がある。)
 ただ、すでに述べた、「ナンバーティスプレー」を利用して、番号非通知だとかからない一部のサービスには、注意が必要である。こちらの番号を入力しなくても登録されることがあるからだ。しかしその場合もテープの案内に従って利用者の年齢や、聞きたい番組のジャンルを入力して、利用する必要がある。またたとえ利用しても、最初の5分間程度は無料なので、すぐに切れば問題はない。
 いずれにしても、電話しただけで10万円の請求が来ることはなく、請求が来るとすれば、電話をかけ直したり、登録の手続きをしたり、実際にサービスを利用しなくてはならないのである。
  そして第四に、国民生活センターでは「「電話を架けただけで10万円を請求された」という事案は確認されていません。インターネット上の噂を鵜呑みにしてあわてないでください」という情報を11月28日に出している(2)。今までそのような例はなく、10万円請求に関しては完全に流言であるといえる。ただ、横浜市消費生活総合センターによると、コールバックしたところ利用料として1万4千円程度を電話で請求されたという相談があったという(神奈川新聞12月3日)。しかし、こうした事例は何らかの登録をし、利用した結果と思われる。国民生活センターもいうように「現在のところ、実際に請求を受けている人は、何らかの登録行為をしているものと思われ」る。現状では、ワン切り着信にかけ直しても、それだけでは、大きな問題は発生しないといえるのである。
 ただワン切りによる電話風俗勧誘の事実は確かで、それを利用すれば料金の請求も来る。この話は前半が事実で、後半が流言であるという特徴を持っている。
 
3.流言の広がり
 では、この流言はどのくらい広まっていたのであろうか。私はこの流言の流言性を確認した直後、11月30日(金)と12月3日(月)の2日間、松山大学の学生400名を対象にア
ンケート調査を実施した。この時期は、いまだに流言メールが流れていたし、マスコミの一部もその流言性に疑いを持っていない「ホット」な時期であった。
 
          図3 流言を知っていたか  松山学生調査 N=400
 
 調査では「コールバックしただけで多額の請求が来ると」という点は全く事実ではなく、その部分は完全に「うわさ」であると断った上で、この「うわさ」についてたずねた。その結果、この「うわさ」を知っていたのは、実に全体の88.3%にも及んだ。ほとんどの学生はこの話を知っていたのである。
 流言をはじめて聞いたのは何日ごろかとたずねたところ、最も早い者は10月1日と答えているが、大きくいうと11月20日と11月25日から4日間の2つの山ができている。20日は前後に一人もいないことから、20日その日というよりは、20日前後のことであろう。詳しくは後で述べるが、前の山はメールや人づてを中心に広まったもの、後の山はマスコミを中心に広まったものと考えられる。
 
      図4 流言をはじめて聞いた日  松山学生調査 N=353(うわさを聞いた人)
 流言を聞いた手段だが、直接会って人からというのが42.2%と最も多く、ついてテレビ36.5%、携帯メール19.5%となっていた。その他22.4%は具体的には電話が多いと
考えられるが(具体的記述に身近な人を挙げるげる人が多かったため)、中には授業で聞
いたとか、学内の掲示板で見たたという人も若干いた。調べてみると学内に流通した11月26日のメールを見たある教員が、それを信じて、授業中に注意を呼びかけたのであった。また同じメールを学生課ではプリントアウトした後、拡大コピーし、学生向けの掲示板に張り付けていた。
 そして、学生たちは、こうして広がった流言をかなりの程度真実であると考えていた。すなわち、流言を聞いた人の内64.9%は「本当のことだと思った」と答えている。「半信半疑」だったという人も32.0%おり、「そのようなことはないと思った」と完全に否定できた人は3.1%と、ほとんどいなかった。信じた人の割合は、聞いた手段や、実際にそのようなメールが来たかどうかとは関係なかった。ここから、物語の内容そのものが信憑性を持っていたこと、そしてそれを疑うかどうかは、この時点では、受け手の慎重さのみにかかっていたのだと考えられる。
 
     図5 流言を聞いた手段 松山学生調査  N=353 (うわさを聞いた人)
 
     図6 流言を信じた割合 松山学生調査 N=353(うわさを聞いた人)
 つぎに、実際に発信者に心当たりのない、不審な電話がかかってきた経験があるかをたずねた。その結果、流言を知っていた人の43.3%がかかってきた経験を持っていた。もちろんその中には、単なる間違い電話等の勘違いもあるだろうが、かかってきた人がかなり多くいることがわかった。さらにそうした電話にかけ直した経験を聞いたところ、流言を聞いた人の内8.9%の人がかけ直していた。
  そして、流言を聞いた際の不安を聞いたところ、聞いた人全体の中では19.5%がとても不安を感じ、52.1%が多少不安を感じていた。本当だと信じていた人が多いので、不安を感じた人も多くなっている。全体としては「そのようなこともあるのか」と漠たる不安を感じている人が多いものの、実際にかけ直してしまった人の不安は大変強くなっている。すなわち、かけ直した人の50.0%が「とても不安に感じた」のである。彼らはいつ10万円の請求が来るか、びくびくおびえながら生活していたのである。アンケート用紙には「実際にかけ直してしまって、2日間くらい悩み続けてしまいました。このようないたずらは心の底からかんべんしてほしいですね。ほんと悩みますよこれは!」と書いてきた学生もいた。
   図7 ワンギリコールがかかってきた経験、かけ直した経験  N=353(うわさを聞いた人)
 
    
 このように、口コミやテレビを通じて、この話は学生のほとんどに知られており、かつ信じられていた。そして中には大きなストレスを感じた人もいたことがわかった。
 
      図8 不安とかけ直した経験の関係 松山学生調査 N=353(うわさを聞いた人)  
 また、調査の過程で、学内では教員や、学内掲示板によっても広められていたことがわかった。しかしこのような半「公的」といえる場にまで流言が広がっていたのは、何も松山大学に限ったことではなかった。すなわち、後で述べるNTTをはじめ、学生調査でも親の勤務先やアルバイト先で流言のリストが配られていた、という話が出ていた。また、私の元に届けられたリストには次のようなものまであった(図9)。これには11月28日に松山中央郵便局のファックスから発信された記録が残っているが、「写」と判が押され、「怖い迷惑電話のお知らせ」と文字もレイアウトされている。ここから半「公的」な印まで押された印刷媒体が、公的機関である郵便局経由で広がっていた事がわかる。このように、流言の広がりはきわめて広範囲に及んでいたのである。
       
        図9 郵便局経由の印刷媒体で広がった流言(部分)
 
 
 
 
 
 
 
 
4.流言の始まり
 流言の始まりを突き止めるのは、いつも場合でも容易ではない。しかし今回は電子メールが伝達に使われていたので、流言をある程度さかのぼることができた。その結果、現在の所、私は、11月19日付けの次の文章が、爆発的なメールによる伝播の源(ないしはそれに近いもの)であると考えている。
 
       図10 流言メール・トヨタ版
      携帯電話に関るトラブル(高額請求) 電話番号追加しました

 通知日付:平成13年11月19日

 携帯電話に関わるトラブル情報が入りましたので、お知らせします。

 <手口>  番号を通知した状態でワンギリ(一回コールしてすぐ切る)してくる。
 携帯電話に着信履歴が残り、その通知された番号に発信すると、

 ダイヤルQ2に似た応答メッセージが流れる

 <請求>  これだけで、携帯の通話料とは別に10万円程度の請求がくる。
 取り立ては厳しいらしい

 <番号>
 06-6301-1999   052-733-1551   052-733-1288
 052-733-8488   06-6301-7778   052-735-7300
 03-3793-7552   03-5724-2929   03-3551-4330
 03-3444-6555   03-5679-7844   03-5679-7848
 03-3446-4567   03-3446-0990   03-5420-4466
 03-5340-8877   03-5340-9330   0534-27-3172
 03-5340-9381   03-5340-9382   03-3448-4760
 03-3280-7660   03-3851-4141   03-3227-2828
 03-5391-7600   03-3984-6761   03-3444-6710
 03-5348-4441   03-3355-7550   06-4968-3114
 03-5423-2570   06-6300-0702
(絶対にかけない)
 実際に被害がでているそうです
 この番号以外にもあるかもしれません

 着信履歴で心当たりの無い番号は開かないよう注意願います。

 家族・知人等にも連絡してあげて下さい。
 
 その理由は、第一に、知り合いや、学生に呼びかけて、流言メールやその打ち出しを10パタンほど収集したところ、その日付の最も古いものが、この文章であった。第二に、こ
れより後の日付けのメールは、この文章に極めて似ていた。まず重要なのがここで挙げられている32の電話番号である。その後の番号もこれと全く同じ32(ないしその一部)を挙げていた。またそのレイアウトも全く同じで、<手口><請求><番号>といった項目
のタイトル、順番、そして<>で囲うレイアウトともに同じであった。ただしより新しい日付のものには、「絶対にかけない」という所の前に<対策>というタイトルが付け加えられているものが多かった。第三に、NTTドコモ広報部に問い合わせたところ、現在持ち合わせている問い合わせメールのうちもっとも日付の古いものが、やはり11月19日のものであった。第四に、文章の日付は爆発的流通の直前のものとなっている。というは、この流言が急速に広まったのは11月20から21日頃だったからである。例えばすでに述べたように松山の学生調査では11月20日前後に知った人が最も多く、また後述するが、NTT持ち株会社の危機管理担当部門がはじめてメールを認知したのも11月21日頃であった。
 次に、この文書の詳細である。私はこの文書を2つのルートで入手した。一つは紙だったが、もう一つは添付ファイルだった。それは「気をつけろ.doc」と命名されたワードファイルであった。そのプロパティを開けてみると次のような情報がわかった。すなわち、この文章の作成が開始されたのは2001年11月20日午前1時20分で、5回更新され、総編集時間は19分、最後に更新したのは「トヨタ自動車株式会社」名で登録されたパソコンであった(図11参照、ただしここにおける「更新日時」および「アクセス日」は私がこのワード文章にアクセスした日になっている)。
 ここで重要なのは、第一に、この文書は日付は19日であるが、本当は20日の深夜に制作が開始されている事である。これは日付けが変わっていることに作成者が気づかなかった、あるいは19日付の別文章をコピーして新文書に張り付けたことの2つが考えられる。しか
          図11  流言メール・トヨタ版のプロパティ
 
し編集時間が20分近くあるので、単に張り付けたとしてもかなりの情報が改変されていると考えられる。第二に更新者は「トヨタ自動車」であるが、文章の作成者欄は空白であった。したがって、この文章は更新者以外の者が作成し、それをトヨタ自動車関係者が修正し、完成させたと考えられる。そこで、今後これを「流言メール・トヨタ版」と呼ぶ。
 しかし、このメールがその後の爆発的伝播の源だったとしても、流言メール自体の始まりであったわけではない。NTTドコモ広報部に問い合わせたところ、この件に関する問い合わせは、9月に270件、10月に約400件ほどあったといい、そのほとんどがインターネット情報の真偽に関する問い合わせだったという。夏過ぎからすでにネット上ではこうした情報が流れていたのである。そしてそれは「流言メール・トヨタ版」等をきっかけにして、11月20日前後に爆発したのである。事実、NTTドコモへの問い合わせにしても、そのピークはやはり11月20日前後であったという。
 しかし、電話風俗業者による「ワン切り広告」行為そのものは2001年の春頃からあったようだ(毎日新聞(Mainichi interactive 11月27日)より)。これは携帯メールを使った迷惑メール対策が進んだために、業者が新たな広告手段を考えたものと思われる。
 
5.流言拡大の特徴
 この流言はなぜこれほどまでに急拡大したのだろうか。その原因には現代における流言現象の特徴がみられる。
(1)インターネットの即時性
 その特徴の第一は、この流言が電子メールや掲示板といった、インターネットを媒介として広がったことである。もちろんインターネットによる流言の伝播は今回が初めてというわけではなく、90年代中盤以降しばしば見られた。とくにあるコンピュータウイルスに注意を喚起するチェーンメールはその典型例である。たとえば、川上(1997a)は1994年に広がった「Good times」と呼ばれるウイルスのうわさを紹介している。あるいは最近もウインドウズを構成するあるファイルをウイルスとして指定し削除を求める「デマメール」が出回っている(日本経済新聞2002年1月13日)。川上(1997a)によれば、こうした誤情報は、会議室やニュースグループといった不特定多数の参加する場では余り広がらず、個人間のメールといった閉じられた空間で広がっていくという。なぜなら公的な空間では根拠のない情報が出ても、それを多くの参加者が否定する力の方が強いからだという。
 今回注目されるのは、その広がりのスピードの早さである。これは第一に中継が短時間に繰り返し行われること、そして第二に一度に転送する人数が多いこと、によって生じている。
 それでは、例として先の「流言メール・トヨタ版」が添付された、あるメールの転送経過をたどりながら、それを見てみよう。このメールはまず、@21日午後5時56分にあるメーリングリスト(表示上はQQQQQQ)にあるカード会社のfxxxxx氏から投稿された「Q会忘年会の件」と題された投稿文章に始まっている。Aそれを7分後の午後6時3分にある商社のYxxxx●●氏がなぜかまた同じメーリングリストに今度は「Q会忘年会と警戒メール」と題を変えて再投稿している。Bそしてこのメーリングリストを見たと思われる●●touru氏が翌日の午前11時42分に「警戒メール」と題して23人もの人に転送している。Cさらにこれを受けた●●Chie氏が11分後の11時53分に10人に転送している。D次にそれを受けた●●Makiko氏が1時間15分後の午後1時8分に3人に転送し、Eそれを受けた●●Kaori氏が15分後の午後1時23分に10人に転送した。さらに、Fそれを受けた●●Mayumi氏はわずか6分後の1時29分に3人に転送した。Gこれを受けた●●Miki氏はやはりわずか6分後の1時35分に12人に転送し、Hそれを受けた●●Kaori氏はその夜午後10時25分に22人に転送しているのである。

       図12 転送経路の例
Date: Thu, 22 Nov 2001 22:25:48 +0900
From: "●●かおり" <XXXXXX@h5.dion.ne.jp>
To: ●●弘子 <XXXXX@XX.mnx.ne.jp>,   ●●美恵 <XXXXX@XXX.ne.jp>,     ●●和奈 <XXXXX@XX.dion.ne.jp>,
  ●●有里 <XXXXX@XXX.ocn.ne.jp>,   ●●惠子 <XXXXX@XX.dion.ne.jp>,   ●●瑞枝 <XXXXX@hotmail.com>,
  ●●和美 <XXXXX@XXX.biglobe.ne.jp>, ●●貴子 <XXXXX@XX.infoweb.ne.jp>, ●●美樹 <XXXXX@hotmail.com>,
  ●●洋子 <XXXXX@hotmail.com>,    ●●智生 <XXXXX@XX.dion.ne.jp>,   ●●聖子 <XXXXX@docomo.ne.jp>,
  ●●歩  <XXXXX@XX.so-net.ne.jp>,  ●●真奈美 <XXXX@XXX.so-net.ne.jp>, ●●一浩 <XXXX@XX.dion.ne.jp>, 
  ●●功 <XXXXXX@nifty.ne.jp>,    ●●典孝 <XXXXX@XXX.so-net.ne.jp>, ●●美智 <XXXXXXXX@docomo.ne.jp>,
  ●●理絵 <XXXXXXX@ezweb.ne.jp>,   ●●大輔 <XXXXXXX@XXXX.ttcn.ne.jp>, ●●智美 <XXXXXXXX@docomo.ne.jp>, 
  ●●Yumi <XXXXXXX@hotmail.com>
Subject: Fw: 警戒メール

私はコールバックしてしまいました。
どうしよう・・・。
----- Original Message -----
From: "●●Miki" <XXXXXX@ZZZ.co.jp>
To: "●●Yoshiko" <XXXXXX@ZZZ.co.jp>; "●●Eri"<XXXXX@ZZZ.co.jp>; "●●Eriko" <XXXXXX@ZZZ.co.jp>;
"●●Masayo"<XXXXX@ZZZ.co.jp>; ●●Ayaka" <XXXX@ZZZ.co.jp>; "●●Fumie" <XXXXX@ZZZ.co.jp>;
"●●Rika" <XXXXX@ZZZ.co.jp>; "●●Hitomi" <XXXXX@ZZZ.co.jp>; "●●Noriko" <XXXXX@ZZZ.co.jp>;
<XXXXX@XX.dion.ne.jp>; <XXXX@XX.dion.ne.jp>; "yoshiko'"<XXXXXX@XX.ezweb.ne.jp>
Sent: Thursday, November 22, 2001 1:35 PM
Subject: FW: 警戒メール
> ちょっと恐いので皆に転送します。
> ご注意!!
>
> > -----Original Message-----
> > From: ●●Mayumi
> > Sent: Thursday, November 22, 2001 1:29 PM
> > To: ●●Reiko; ●●Miki; ●●Tomoko
> > Subject: FW: 警戒メール
> >
> > 番号が東京だけじゃなくて、名古屋・大阪方面にも
> > あったのでお知らせしておきますね。
> > 皆さんも気を付けて下さい!
> >
> > -----Original Message-----
> > From: ●●Kaori
> > Sent: Thursday, November 22, 2001 1:23 PM
> > To: ●●Rumiko; ●●Yoshie; ●●Mayumi; ●●Makiko;
> > ●●Masako; ●●Asako; ●●Kazuko; ●●Kotoko; ●●Atsuko; ●●Shiori
> > Subject: FW: 警戒メール
> >
> > 首都4佐瀬さんからのメールです。
> > 仕事じゃないけど、みんなにも転送しておきますね!
> >
> > -----Original Message-----
> > From: ●●Makiko
> > Sent: Thursday, November 22, 2001 1:08 PM
> > To: ●●Kaori; ●●Mariko; ●●Shoko
> > Subject: FW: 警戒メール
> >
> > 私は17日に不在着信になっていました。
> > 誰かの自宅かな?なんて思っていて
> > よくわからないから、又かかってくるだろうなんて思っていて
> > 忘れてました。
> >
> > さっき確認したら、ひゃーって感じ   私にもかかっていた・・・
> > -----Original Message-----
> > From: ●●Chie
> > Sent: Thursday, November 22, 2001 11:53 AM
> > To: ●●Makiko; ●●Kiyomi; ●●Kazuyo; ●●Ayumi; ●●Kayoko;
> >●●Tomoyo; ●●Yuriko; '●●Baru';●●Fushimi (E-mail);みおちゃん (E-mail)
> > Subject: FW: 警戒メール
> >
> > -----Original Message-----
> > From: ●●Touru
> > Sent: Thursday, November 22, 2001 11:42 AM
> > To: ●●Masaaki; ●●Keiko; ●●Toshiyuki; ●●Ryoya; ●●Junko;
> > ●●Hiroaki; ●●Kazumi; ●●Michiyo;●●Isamu; ●●Ryuichi; ●●Tomoko;
> > ●●Hideo;●●Hiroko; ●●Eiko; ●●Fumiko; ●●Mikihisa;●●Eiko;
> > ●●Miho; ●●Miki; ●●Chie;●●Yutaka;●●Mine; ●●Emi
> > Subject: 警戒メール
> >
> > -----Original Message-----
> > From: Yxxxx,●● [SMTP:XXXXX@XXX.mitsui.co.jp]
> > Sent: Wednesday, November 21, 2001 6:03 PM
> > To: 'QQQQQQ@XX-XX.infoseek.co.jp'
> > Subject: [QQQQQQ:00340] Q会忘年会と警戒メール
> >
> > 私の友人から下記の警戒メールについて情報がありましたので
> > 注意して下さい。
> > 各位
> >
> > 証券会社間の情報交換から添付の警戒情報あり。
> > ご参考。
> >
> > -----Original Message-----
> > From: fXXXXX@smbc-card.com [mailto:XXXXXX@smbc-card.com]
> > Sent: Wednesday, November 21, 2001 5:56 PM
> > To: QQQQQQ@XX-XX.infoseek.co.jp
> > Subject: [QQQQQQ:00339] Q会忘年会の件
> >
> > <<気を付けろ.doc>>
 
x,z,Qはプライバシー保護のために他の文字を置き換えたもの また●●は名前を置き換えたもの   
 
 この例では、21日の夕方から22日夜にかけてのわずか1日の間に、9段階も転送が繰り返されているのである。転送間隔は6分、6分、7分、11分、15分と短いものが多い。短時間で転送が繰り返された理由は、第一に、この話のインパクトが非常に強く、転送せずにはいられなかったためである。そして第二に、これが現代的特徴ともいえるが、利用者
の多くが常時接続のインターネットを利用していたためである。さらに、短時間で転送されているものは全て業務時間内であることから、多くは職場のインターネットを使っていると考えられる。職場でパソコンを使う作業をしているときに合図とともにメールが着信する。それを見て転送するので、転送間隔が短いのである。最短で6分の転送とはメッセージのチェック間隔を3分とか5分の短時間に設定しているのであろう。またメールアドレスから判断すると女性が多いが、これは、いつもパソコンに向かって作業する人に女性従業員が多いせいかもしれない。一方逆に比較的長い間隔があいているのは、昼食時間や、夜間をまたいでいる場合であった。
 一方一度に転送する人の人数の多さにも注目すべきである。この場合は3人から最高23人に及び、平均すると11.9人である。さらにメーリングリストもあるので、一度の転送で送られる先はより多くなるかもしれない。このように多くの人に転送できるのは、現在では多くの人がインターネットを利用しているために、アドレスを知っている知り合いの数が多くなっているためである。仮に1人が10人に転送しそれを9段階繰り返したとすると、10億人に到達することになる。もし日本人全員がメールアドレスを持ち、例に挙げたメールの調子で転送されたとすれば、わずか1日で一つのうわさが日本人全体に知れ渡ることもあり得るのである。(もちろん実際は、転送間隔、人数そして仲間集団の異質性等によって計算道りには行かないだろうが。)しかし、いずれにせよ、インターネット利用者の広がり、常時接続の普及、そしてiモード等の携帯電話による常時アクセス環境などにより、ネット経由の流言伝達力がアップしている事は間違いないことである。
 
(2)社内メールの公共性−信憑性の源泉
 流通しているメールのいくつかには、次のようなNTT関係者への言及がなされ、情報の信憑性を高めている。
 
NTTに勤務している親戚のものからメールが来ました。
個人的なメールで恐縮ですが、私の親しい知人には知らせたくメール致しました。

 
 
 これは私の属するあるメーリングリストに11月27日に投稿されたメールに見られたものである。そのほか私が勤務する学内に流されたメール(11月26日付)の発信者に聞き取りをしたところ、やはりもとはNTT関係者からのメールであるということであった。それを聞いたときは、まさかこのような誤情報が専門家の間で流通するはずはなく、単に信憑性を高めるために付け加えられたのだと考えていた。しかし以下の文章(図13)に接してそれが事実であることが分かった。
 これはNTT西日本愛媛支店で、コピー(紙)の形で配布されたもので、ある職員が持ち帰ったものである。著者は情報流通の実態を確かめるために、名前が載っていた3人全員に電話で聞き取りをしたところ、次のような流通実態が確認された。
 このNTT社内メールのもとをたどっていくと、図中@の▲▲氏になり、▲▲氏に問い合わせたところ、確かにここが発信元であった。▲▲氏はNTTの持株会社である日本電信電話株式会社の危機管理を担当する「第五部門」の総務担当である。▲▲氏がこの情報
     図13  NTT社内で流通したメール
総務部様
研開C総務■■です
情流総研⇒西研開C(武蔵野)より下記情報が転送されてきましたので周知します.
開研C内は周知済みです
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 各研究所 緊急連絡窓口 等 様
 いつも御世話になります。
 情報流通基盤研究所 企画部 第一総務担当の●●です。
 持株第五部門より「最近多発しているトラブル情報」が届きました。
 内容については、下記の通りです。実際に私も下記の番号から電話があり、
 発信した経緯があり、ビックリです。(:..:)
 各所の社員の皆様にも情報提供してあげてください。
 また、情報があれば連絡させていただきます。
 *********************以下、五部門よりの情報内容です*****************
 第五部門総務担当▲▲です
 東日本お客様センタ等より、携帯電話に関するトラブル事案の情報を頂き
 ましたのでお知らせします。
 <手口>  番号を通知した状態でワンギリ(一回コールしてすぐ切る)してくる。
 携帯電話に着信履歴が残り、その通知された番号に発信すると、

 ダイヤルQ2に似た応答メッセージが流れる。(出会い系など)

 <請求>  これだけで、携帯の通話料とは別に10万円程度の請求がくる。
 取り立ては厳しいらしく、実際に被害が出ているそうです。
 また、下記番号にも可能性あり

 <番号>
 06-6301-1999   052-733-1551   052-733-1288
        −中略−
 03-5423-2570   06-6300-0702
(対応策)
 着信履歴で心当たりの無い番号へは絶対にかけないこと。
 (その他)携帯の持ち主の住所をどのように調べているかは、不明のとのこと。
       新しい情報が入りましたら、その都度周知します。
 以上
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
 西日本電信電話株式会社 研究開発センタ
  総務担当
  ■■△△
〒554-0024 大阪市此花区島屋x-x-xx
      xxxxxxxxビル
 TEL 06-xxxx-xxxx
 FAX 06-xxxx-xxxx
 E-Mail: xxxx@xxx.west.ntt.co.jp
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
1/2                               01/11/26 8:50
←D
←C
←B

←A




←@














←C




←E
 
を知ったのは11月21日であったが、情報源は、社外の知り合いからメール、東日本お客様センタ、そして社内の知り合いからの電話などであった。10万円請求の話は社外の知り合いからと、知り合いの社員から、実際にひっかかった、という「また聞き」情報もあり、事実だと思ったという。ただし住所がどのように調べられたのは不審だったので、その点はメールに付け足したという。以前、加入者データの漏えい問題などもあったので、その可能性も考えたという。ある知り合いからは請求は電話であるとの話だったので、▲▲氏はそれはあり得ると思った。▲▲氏の部署では番号のいくつかに電話をして、相手が電話風俗業者であることを確かめている。
 「若干の修正をしたが発信したメールの基本的なフォーマットは、まわってきたメールであり、それを22日に発信した。しかしこれはあくまで持ち株会社内だけを対象にしたものであった。信憑性については不安だったが、速報と言うことで送信した。取り扱い注意のつもりだったが、それがこれほどひろがるとは」と▲▲氏は困惑していた。とくに発信先の●●氏が「各所の社員の皆様にも教えるように」とメールに付け加えて転送したことについては、●●氏に電話して注意したという。12月第1週に話を聞いた時点では、▲▲氏は国民生活センターの情報を知らず、10万円請求の件についても、まだ本当のことだと思っているようであった。
 ▲▲氏がメールを送った先は、武蔵野市にあるNTT情報流通基盤総合研究所の企画部総務担当の●●氏であった(図中A)。▲▲氏によると22日にメールを受け、その日の夕方に社内向けということで、図中のような付け足しを若干して転送したという。転送先は同じ武蔵野市にあるNTT西日本研究開発センター(図中B)であった。メールはさらに大阪にある同センタの総務担当の■■氏(図中C)に転送された。■■氏によると同22日の夕方に受信し、すぐにNTT西日本本社総務部(図中D)に情報を転送したという。■■氏によると、どうやらそこからNTT西日本の各支社に送ってしてしまったらしい。■■氏自身は当時、内容については半信半疑だったという。そして■■氏の所には、その後いろいろなところから問い合わせの電話がかかり、大変困惑していた。
 伝達を担ったのは全て総務担当者であるから、業務であるとはいえ、ここまでの5段階が全て11月22日内に伝達されており、その伝達速度は極めて速いといえる。しかし、コピーの右端には11月26日の日付が見られる(図中E)。これは、メールをプリントアウトしたときにつけられた日付だが、最後の社員がコピーの形で配布されたのは、総務部が受信した4日後の26日以降ということになる。
 ここで最も重要なのは、NTT社内のこのメールが、流言メールに大きな信憑性を与えたことである。この話は電話に関することで、その電話の総本山とも言うべきNTTの情報であり、しかも総務部経由のメールなのである。このメールを見れば、誰もが信じたくなる気持ちも分かる。
 しかし、担当者に直接聞いてみると、これは必ずしも公式な情報として伝達されたわけではなかったのである。たとえば発信元の●●氏は持ち株会社内の非公式な情報として、正確さは疑問符が有りながら、第一報として伝えたと言っているし、▲▲氏も社内とくに武蔵野研究所内だけの情報として伝えたつもりらしかった。その非公式な感じは▲▲氏の使ったスマイリーマーク(:..:)にも現れている。また■■氏もとりあえず自分の知った情報を上部に上げたというニュアンスであった。しかしこれが何段階か経るにつれ、そして外部に漏れたときには、信憑性のあるNTT情報として「公式化」してしまうのである。
 非公式であやふやな情報が、公的性格を持つ組織の、社内メールというフィルターを通過することによって、権威ある情報に変質してしまう過程をここに見ることができる。そもそも、組織におけるメール情報といっても、その内容や語り口から私的性格をつよく持っている。しかし外部的、組織的には公的な性格も併せ持っている点に注目しなければならない。今回、メールないしはインターネット情報の公共性というものについて改めて考えされられることになった。
 信憑性を高める同様の例としては次のようなものもあった。
これは出所はとある電気会社Hの社内メールですので信憑性はあります。
 
  NTTや、電気会社の社内メールだとしても、私的で不確かな情報もあるのだから、こうした解釈にはいささか無理があるように思える。しかし、こうしたクレジットは、多くの人に対して、メールの信憑性を高める効果を持つことになった。
 
(3)マスコミの罪
 すでに見たようにこの流言が爆発的に広がったのは11月の下旬であるが、11月27日から28日に新聞各紙がこの問題を取り上げている。
『携帯ワンギリトラブル続出 高校PTA連が注意』(読売新聞11月28日)
『悪質「ワンギリ商法」消費者センターに照会殺到』(Mainichi interactive 11月27日)、
『「迷惑電話」携帯で急増』(朝日新聞11月27日)
『迷惑ケータイ県内急増 ドコモなど「悪質」注意呼びかけ』(愛媛新聞11月28日)
 
 これらの記事は上記のようにいずれもセンセーショナルな見出しが掲げられ、読者の不安をあおっている。うわさについて、朝日新聞では「携帯電話からダイヤルQ2へとつながることはなく、通話料以外はかからない。しかし、利用者が会員登録などの手続きをするとサービス料金を請求されることもある」と一応否定している。また毎日新聞では「10万円の請求がくる」とのメールが自社に寄せられたことを紹介しながら、国民センターの「いまのところ代金を請求されたなどの事例は起きていない」とのコメントとともに、「風評の方が先行している側面もある」と記事本文では比較的、冷静に報じている。
 ところが誤情報を紹介するだけで、それを全く否定していない新聞もある。例えば読売新聞の記事は次のようになっている。
        図14 流言を広げた新聞報道の例1
  携帯電話のコールを1回で切る「ワンギリ」を悪用し、通知された番号をリダイ ヤルすると出会い系サイトなどの案内テープが流れる迷惑電話のトラブルが相次ぎ、 全国高校PTA連合会(本部・東京、田辺一徳会長)は高校生が巻き込まれる恐れが あるとして、全国の高校PTA連合会に注意を呼びかける文書を配ったことが27日、わかった。
 文書は各都道府県と大阪、神戸、京都3市の連合会あてで「番号を通知した状態で 1回コールして切る。着信履歴に発信すると応答のテープが流れる。携帯通話料とは 別に10万円程度の請求がくる」と事例を紹介。東京や大阪、名古屋など32の“迷 惑電話番号一覧”を掲載し、26日午後、ファクスで流した。
 一覧表の番号に電話すると、録音された女性の声で出会い系や風俗産業の宣伝がア ナウンスされる。ワンギリは相手が出なければ無料で済むため、高校生らの間で「経 済的」「コミュニケーションの簡素化」として流行。メールに代わる若者のコミュニ ケーション手段を悪用したとみられ、8月ごろからトラブルが発生した。
                             (読売新聞11月28日)
 
 ここでマスコミは「うわさ」を広げる元凶となっている。PTA連の行為自体は事実だとしても、情報の確認を怠り、結果としてうわさを広めてしまったという非難は免れないだろう。
 読売新聞ほど極端ではないが、同様の事は愛媛新聞にもあてはまっている。
         図15 流言を広げた新聞報道の例2
(前略)手口は、無作為に選んだ携帯電話にかけ、一回呼び出し音をならしただけで 切り、着信番号を残す。携帯利用者がその番号にかけ直すと、出会い系の案内ガイド につながる。発信者はワンコールで着るため通話料がかからない仕組みだ。ドコモは 「だれかが用があるのかもしれないという利用者心理を巧みにつかんだ悪質なもの」と 警戒。
 国民生活センターでは「音声ガイドに従った場合、利用料請求が来る可能性がある」 と注意を促す。松山市市民生活課では「もし、脅迫まがいの請求があったら、すぐに 警察へ通報してほしい」と呼びかけている。
                             (愛媛新聞11月28日)
 ここでは国民生活センターの呼びかけの一部だけが利用され、いたずらに不安をあおる結果となっている。
 同様の情報は27,28日にテレビでも報道され、人々の不安をかき立てただけのものも少なくなかったようだ。
 
(4)専門家の対応力不足
 今回の流言で、最も重要な部分は「かけ直しただけで10万円請求される」という点である。しかし、これまで見てきたように、この点について、NTTの社内メールにしろ、マスコミの報道にしろ、全く否定してこなかった。そればかりか最後には必ず「かけ直さないこと」などと注意を喚起し、流言を広め、すでにかけ直してしまった人の不安を増幅させてしまった。同様の事は電話の専門家や、犯罪の専門家についてもあてはまる。
 例えばNTT東日本のホームページでは、「かけ直しは、悪質な迷惑電話の被害に遭う可能性がある」と指摘し、自社の提供するダイヤルQ2サービスとは関係ないことを明言しているが、かけ直しただけで高額な請求が来ることについては全く否定していない。
          図16 流言についての電話会社のお知らせ
「お客様相談センターからのお知らせ」
〜「ワン切り」にご注意!〜
 着信履歴に知らない電話番号を残し、その番号にかけ直しをさせる悪質な迷惑電話(ワン切り)が広がっており、お客様からのお問い合わせが相次いでおりますのでご注意ください。
 電話は一度鳴った後に切れ、ナンバーディスプレイをご利用のお客様には着信履歴を残します。該当の番号にかけ直すと、出会い系サイトの案内ガイドやアダルトテープの販売案内などにつながるようです。
 見知らぬ着信番号へのかけ直しは、悪質な迷惑電話の被害に遭う可能性があるのでご注意ください。なお、この件で請求書が送付されてきた場合は、国民生活センターや法律の専門家にご相談されることをおすすめします。また支払いを強要された場合は警察等へご相談願います。
 見知らぬ着信履歴番号へかけた後に、様々な方法を使って住所・氏名等を聞き出してくるケースがあるようですが、NTT東日本では、電話でお客様のプライバシーを聞き出す事は一切しておりませんのでご注意願います。
 また一部の報道、およびインターネットの掲示板において「ダイヤルQ2でつながる」「ダイヤルQ2に似たメッセージが流れる」と記載されているようですが、弊社としては以下の理由から、ダイヤルQ2との関連はないものと考えております。
  (1) 現時点の情報として、携帯電話等に通知しているとされる電話番号はダイヤルQ2の電話番号(0990-*-*****)ではなく、一般の電話番号(例:03-****-****)であること。
  (2) 携帯電話からは直接ダイヤルQ2に接続できないこと。
                       NTT東日本のホームページより
 一方NTTドコモのホームページでは、「掛け直しただけで通常の通話料金以外の高額な請求が来ることは考えられませんがと一応否定している。しかし「考えられない」というだけで、否定力はあまり強くない。
         図17 流言についてのNTTドコモのお知らせ
悪質な迷惑電話について
最近、見知らぬ番号の着信履歴が残っており、その着信履歴を見た持ち主が番号を掛け直すと、いわゆる出会い系サイトの広告やアダルト系番組等の案内テープにつながるという、悪質な迷惑電話が見受けられますのでご注意ください。
なお、掛け直しただけで通常の通話料金以外の高額な請求が来ることは考えられませんが、着信履歴で心当たりのない番号へは、お掛け直ししないことをおすすめします。また、発信者番号通知でのお掛け直しは、先方にお客様の着信履歴が残り、無用なトラブルを招くおそれがございますのでご注意ください。
※携帯電話からダイヤルQ2サービスはご利用できません。
                         NTTドコモのホームページより
 またau(KDDI)のホームページでは、「折り返し電話により、思わぬトラブルに巻込まれる可能性がありますので、心当たりのない電話番号への通話については、ご注意の程お願い申し上げます。」と流言メールと全く同じ論調で、流言の否定はない。ただし国民生活センターへのリンクを張っているので、そこでまで行けば否定的な情報が手に入ることになる。
         図18 流言についてのKDDIのお知らせ
ご注意ください〜au電話をご利用のお客様へ
平素はau電話をご利用いただきまして、誠にありがとうございます
最近、携帯電話に番号通知の状態で1コール鳴らして切断するいわゆるワンギリにより着信履歴を残し、その着信履歴へ折り返し電話したお客様が、アダルト系や出会い系などの有料番組につながる悪質な行為が発生しております。
折り返し電話により、思わぬトラブルに巻込まれる可能性がありますので、心当たりの
ない電話番号への通話については、ご注意の程お願い申し上げます。
<参考> 国民生活センターへのリンク  http://www.kokusen.go.jp/
                              auのホームページより
 
さらに、Jフォンのホームページでは、「出会い系サービスやアダルトコンテンツの宣伝テープ等に接続される」とワンギリが宣伝行為であることを言っているが、高額請求の流言に対する否定は全くない。
         図19 流言についてのJフォンのお知らせ
迷惑電話にご注意ください
昨今、悪質な迷惑電話が発生しております。見知らぬ番号が携帯電話の着信履歴に残っており、それをご覧になったお客様がかけ直すと、出会い系サービスやアダルトコンテンツの宣伝テープ等に接続されるという、悪質な迷惑電話が増加しております。
1.無作為に携帯電話へ電話をかけ、1コールで切断する。
2.お客様が着信履歴機能を利用してその着信番号に電話をかけると出会い系のサービスに接続される。
3.出会い系サービス等の音声ガイダンスにて、「使用料を請求する」という趣旨の説明がある。
見知らぬ電話番号から不在着信があった際には、ご注意頂きますようお願い致します。






 
                        Jフォンのホームページより
 では、警察はどうか。警視庁庁のホームページでは、ダイヤルQ2からの請求はあり得ないと断った上で、「電話の相手先を確認する程度の利用であるのに、法外な料金を請求されるような電話があれば、相手の身分をよく確認して、利用していない旨を相手に申し立て、毅然とした対応をしてください。」と、電話をかけ直しただけで法外な請求をされたことが実際にあるかのような書き方をしている。そこで警視庁の「ハイテク犯罪対策総合センター」に問い合わせたところ、ツーショットなどの電話サービスで高額な請求が来たという相談事例はあるが、それは通常、利用後のことである。かけ直しただけで高額な請求が来たという事例は、今のところ(2002年1月中旬)確認していない、とのことであった。警察では実際の事例は確認していないものの、犯罪被害防止の観点から、いわば安全策をとって、このような警告を出したのであろう。
         図20 流言についての警察のお知らせ
最近、携帯電話に見知らぬ番号からの着信履歴が残っており、電話を掛け直すといわゆる「出会い系サイト」の広告やアダルト系番組等の案内テープにつながり、後ほど、かけた電話に対して料金請求をしてくる悪質なケースがあります。
@  心当たりのない電話番号には原則として、かけ直さないこと。
A  心当たりのない電話番号の着信にリダイヤルするときは、携帯電話等の電話番号通知を非通知にしてから電話をかける等の注意をすること。
B  電話をかけても、アナウンス等に従って操作したりせず、すぐに切ること。
C  携帯電話からはダイヤルQ2につながりません。よってNTTからのダイヤルQ2利用代金としての請求はありません。
D  電話をかけてしまっても、その電話の相手先を確認する程度の利用であるのに、法外な料金を請求されるような電話があれば、相手の身分をよく確認して、利用していない旨を相手に申し立て、毅然とした対応をしてください。
 さらに、脅迫めいた請求の電話がある場合は、地元の警察署にご相談ください。
                          警視庁のホームページより
 
 結局、流言を比較的早い時期から、はっきり否定したのは、「国民生活センター」(11月28日)、「総務省」(11月28日)、「経済産業省」(11月30日)の3つだけであった(日付はいずれもホームページ上のもの)。たとえば、総務省は『「着信履歴に残された番号にコールバックしただけで、業者に登録も行っていないのに、10万円程度の請求が来た」という事例は、現在のところ、実際には確認されていません』と否定し、経済産業省も「電話をかけ直しただけで電話料金以外の情報提供料等の請求を受けるようなトラブルは、今のところ確認されていません」としている。
 一体なぜ多くの専門家たちは流言を否定できなかったのであろうか。第一に挙げられるのは、流言を否定するには総合的な情報が必要だが、各専門家の専門分野が部分的なものであったことがある。例えば、(携帯)電話会社では、自社のネットワーク内の事には詳しいので、携帯電話からはダイヤルQ2にはつながらない、とかワンギリのかけ直しで住所がわかることはない、などとは言える。しかし電話風俗業者のことになると、それは客側の事情であり、社外のことなので、詳しくはない。あるいは警察は、刑事事件捜査が中心なので、詐欺・恐喝・不正アクセスなど、はっきりとした法律があり、刑事事件に至るものについては詳しいが、それ以前の民事的なことがらについては詳しくなかったのである。逆にこの分野に最も専門的知識を有していたのは、民事的な紛争を扱っている、国民生活センター(あるいはその地域版である各地の消費生活センター)であった。しかし、電話会社もマスコミも、そのことに気づくのがおそかったようである。第二に、このように専門家の情報が断片的であったのは、電話風俗業界が比較的新しく、周辺的であることが挙げられる。従って監督官庁などもはっきりしていない。第三に流言メールで提示された情報の一部が事実であったことがある。確かにワンギリの電話広告があり、かけ直してみれば電話風俗業者につながる。メールに示された32の電話番号もかけてみれば多くはそうした業者である。ここまでは真実なのである。専門家たちもかけ直して確かめてその事実を確認したので、流言の指摘する事例が発生する可能性を否定できなかったのであろう。第四に関連する事件が実際にあったことがある。電話会社社員による顧客情報流出事件、ツーショットやダイヤルQ2に関わる高額料金トラブル、架空請求書乱発事件、インターネット不正接続による高額請求事件(3)などは今回とは異なる事件だが、確かに存在している。例えば国民生活センター(2001)によると、ツーショットダイヤルを利用し多額の代金を払ったところ、その後50社から請求が来た例や、携帯電話で出会い系サイトを利用し、1800円の請求があり、2ヶ月放置しておいたところ10万6800円の請求が別の業者から来た、という実例が紹介されている。これらはいずれも利用したり、登録した場合の、高額料金請求、および代行業者による強圧的な取り立ての例である。このような状況を知っていた場合、たとえワンギリ・コールバックで10万円請求の実害が確認されていなくても、流言を肯定する気持が生じるのは、不思議ではない。
 
6.ワンギリ流言と流言理論
 次に、今回の流言をこれまで研究されてきた様々な流言理論と照らし合わせることによって、今回の流言の特徴を整理しておく。
(1)流言の用語
 さきに、流言とは、自然発生的に、口頭で伝わる、根拠のない情報である、と述べたが、「流言」の用語法には専門家によって多少の違いがある。流言に関するものはだいたい、T社会情報的なもの、U意図的なもの、V身近なもの、の3つに分類できる。多くの研究者が一致しているのはデマとその他の違いである。デマは誰かが何らかの目的のために意図的に誤情報を流すもの(U)で、他は自然発生的である。その一方、社会的な出来事に関して広い範囲で発生する(社会情報的な)もの(T)を流言蜚語ないしは流言と呼ぶことも一致している。それに対して、身近な人やものについて、狭い範囲で語られるもの(V)については、噂話・うわさ・ゴシップなどとして、流言と区別する考え方(清水、藤竹、廣井、川上ら)と、流言と本質的には変わらないとする見方(木下、橋元ら)がある。流言と噂の区別は難しいので、本質的には変わらないとも言えるが、社会的影響力の差を重視することにも意義があるので、そのどちらがよいとは言えない。いずれにせよ、今回のワンギリ広告の話はTの社会情報的な「流言」であることには間違いのないことである。
 
          表1 流言関連用語の整理
 全体を指す用語T社会情報的 U意図的 V身近なもの
オールポート他(1947)
ロスノウ/ファイン(1976)
清水(1937)
藤竹(1974)
廣井(2001)
木下(1977)
橋元(1984)
川上(1997a)
 rumor(デマa)
 



 噂さ

 うわさ
rumor(デマa)
  rumor
 流言蜚語
 流言蜚語
 流言
 流言
流言・うわさ          流言
rumor(デマa)
  rumor


  デマ
   デマ
   デマ
   デマ
  rumor(デマa)
   gossip
   噂話
  うわさ
  うわさ
  流言
流言・うわさ/ゴシップb
  ゴシップ
                       a南博訳(1952) b人に関するもの
 また本論ではメールによる流言の伝達を主に扱ってきた。これは口頭で伝わるという流言の定義に照らし合わせると問題があるように思える。しかし、アンケート調査でも明らかになったように、最も多くの人が触れたのは、直接会って人から聞いたものであった。この点、今回の流言も定義上の問題はない。今回は、おそらくメールによって広まった流言が、人づてを介してさらに広まったのだろうと考えられる。しかし問題は、今後もそのようなパターンで、必ず口頭コミュニケーションが主要な役割として伝達過程に入ってくるのか、それとも主にメールだけで広まるような方向に行くのかということである。これまで多くの流言研究者は流言の聴覚的特徴に注目していたが、メールや携帯メールの普及という新たな状況に、聴覚的流言との差など、流言の本質についての再考が必要となっているようだ。
 
(2)流言の発生
 オールポートとポストマンは流言は伝達時のゆがみであると考えていた。その方向性は、@話が単純化していく(平均化)、A話し手の偏見に従って歪む(同化)、Bある部分だけが選択的に語られる(強調)、の3つである。ひょっとしたら、流言の発生過程ではこのうち、特に平均化の作用が働いたのかも知れない。すなわち、ある人がワンギリコールにかけ直し、それに登録し、後払い振り込みを選択して、ある程度利用したところ、その後に電話で請求があったということがあったのかもしれない。それが電話をかけ直しただけで多額の請求が来たという風に短縮化したのかもしれない。あるいは雑誌などの広告を見て電話風俗を利用した人に多額の請求が来たという話と、ワンギリの広告が入ってきたということが合体したのかも知れない。
 またメールに列挙されている32の電話番号だが、示されている順に1つ1つ電話してみると、互いに同じ録音パターンが、連続して並んでいる部分がある。たとえば、図2で、左上一番初めの「06-6301-1999」から二段目左から2番目の「06-6301-7778」までは「ねえねえ寒くない?」で始まる同一業者の広告であった。この中には大阪、名古屋、東京の市外局番が見られる。かかってきたデータを1つ1つ集めたとしたら、このような順番で並べるだろうか。32の番号のうち、基本は雑誌や張り紙広告から電話風俗業者の番号をピックアップし、それに実際にかかってきた番号を付け加えていったのではないだろうか。
  一方、シブタニ(Shibutani,1985)によれば、情報が不足している中で人々が納得できる解釈を求める結果として、流言が創られると言う。彼によれば流言は即興のニュース(Improvised News)であるのだ。この考え方からすると、「ワン切り広告」という今までにない経験をした人々が、それがいったい何なのかについての確たる情報が欠如した中で、コールバックすると10万円とられる、という解釈を作り上げていった、と考えることもできるだろう。
 
(3)流言の流布量
 今回の流言は学生の8割以上が知っており、大変な広がりを見せた。なぜこれほどまでに広がったのだろうか。オールポートとポストマン(1947)は有名なR〜i×aの図式、すなわち流言の流布量は、その問題の重要度と曖昧さの積に比例すると述べた。重要度といえば、多くの人が携帯電話を持っている今日、自らも被害者になる可能性があり、その点で重要性が高いと言えるだろう。一方曖昧さについてだが、多くの人に不審な電話かかり、そのうち少なからぬ人がかけ直したところ、電話風俗業者らにつながる経験をしている。「これはいったい何だろう」と考えるものの、それに答える確固とした情報はない。この曖昧な状況から解釈の余地が生まれ、流言が発生したと考えられる。しかし伝達の広さを考えると、必ずしも曖昧な状況に陥った(不審な電話がかかってきたりかけ直してしまった)人だけに広がったわけではない。橋元(1986)も、曖昧さが存在しないときでも流言は広がると指摘している。むしろ、この流言の、話としてのインパクトが大きかったこと、具体的には10万円請求されるとか、取り立ては厳しいらしいなどといったものの力が、流布量増大に寄与しているのではないかと考えられる。
 話のインパクトといえば、実験社会心理学の知見によると、人が流言を伝達する可能性について影響力するのは不安、あいまいさ、信用度の3要因だが、中でも不安が最も影響力があると言われている。すなわち、不安を感じやすい人、不安を喚起する噂、あるいは不安を引き起こす状況などが、流言を伝達しやすくするという(川上,1997b)。10万円の請求が来て、やくざなどが厳しく取り立てをするという話は、十分に不安をあおる話といえる。
 また、出会い系サイトなどの迷惑メールがしつこく送られてきた経験や、同時期に流行した「アライズ」などのコンピュータウイルス、あるいは現実に起こった電話風俗の多額請求事件といった社会的状況も、不安や信用度を増す原因となった。 
 
(4)メールによる伝達と変容
 第一に、メールで伝達された内容を見る限り、話の変容は限られたものであった。その最たるものが先に紹介した「流言メール・トヨタ版」である。紹介した例では9段階を経て伝達されているが、添付ファイルという形で転送されたので、その基本的内容は一字一句変化していない。その他の全く別の系統で伝達してきた場合でも、特に32の「警戒すべき番号」はどのメールでも全く同じで、これには驚きを感じる。メールの場合は添付でなくても簡単に転送や、コピー+張り付けができるので、不注意による変容の可能性がほとんどないのである。国民生活センターのホームページでは、同センターの相談受付電話番号が記入されている変形が見られた、と報告しているが、逆にそうした変形がある方が意外なことである。これは32の番号の内一つである「03-3446-0990」が一つ違いで「03-3446-0999」となったためと思われるが、普通にコピーしたのではなく、携帯メールで送るために書き写した際のミスであろうか。
 第二に、メールによる変化の特徴としては、「平均化」とは異なり、むしろ話に尾ひれが付き、精緻化していく現象がよく見られる。たとえばNTTの第五部門でみられた「携帯の持ち主の住所をどのように調べているかは、不明のとのこと」といった付け足しがそれだ。あるいは次のように、もっともらしい解釈が付加されて、信憑性を高めたものもあった。これらはシブタニ(Shibutani,1985)のいう「Improvised News」的である。メール情報について不明な点を、即興のニュースをつくることで、補っているのである。
          図21 流言精緻化の例
着信履歴に発信・・・携帯通話料とは別に10万円程度の請求がくる。(携帯電話会社かどうかは確認が取れていませんが、携帯電話会社の名称をかたっているか類似の名称を使用している可能性が高いです)
 携帯電話の番号と所有者のデータはかなり出回っており、ダイヤルQ2の使用料として(偽って)請求されていると考えられる。
 第三に、「自らもかけ直してしまった」といった体験がつけ加えられる例もよく見られる。これも説得力と緊迫感を付け加え、さらなる伝播に貢献している。中にはかけ直しただけなのに「ひっかかった」と、まるで10万円請求されたかのように言う例もあるようだ。一般に流言は「こういう話をお聞きになりました?」といった問いかけのパタンで始まり、あやふやな話が確信に変わったり、新たな解釈がつけ加えられる事が多いと言われるが(藤竹1974)メールの場合は一方的に「このような情報が入ったので転送します」と、一方通行で伝えられる特徴を持っている。しかしその中でも少しづつ改変(バージョンアップ)がなされうるのである。
 第四に、精緻化と似ているが「調整」の作用も見られる。たとえば11月26日に松山大学学内に伝達された内容には、「今後請求書を十分チェックして被害が確認できたら然るべき対応をしてください」となっていたが、その発信人に来た元のメールを確認すると「総務部に連絡してください。」となっていた。学内の発信人は総務部の人間ではないので、総務部に連絡されても困るというので、学内向けに調整したのである。
 
7.おわりに
 今回の「ワンギリ」流言はインターネットを元に、口づてを通して急速に、かつ、広範囲に広まった。多くの人々はそれを本当のことだと信じ、不安を感じた人も少なくなかった。流言はその終わりに「不審な着信には絶対にかけ直さないように」と結んでいた。その結果として、知らない着信にはかけ直さない人が増え、かけ直さない習慣ができたかもしれないが、社会的には実質的な被害はほとんどなかったといえる。
 しかしこうした流言現象をより大きな社会的文脈の中においてみると、様々な問題が浮き彫りになってくる。第一に、インターネットの発達は流言を急速に広める基盤を作っていることがある。利用者の増加は伝達範囲を広め、常時接続や携帯メールなどのアクセス環境の向上は、伝達スピードの増加に寄与している。第二に、今回のような危険を指摘する流言は今後も増えることが考えられる。技術の発達に伴って、世の中には中身がよくわからないブラックボックスが増加している。今回は電話ネットワークの発達に伴う、電話風俗の世界がそれに当たる。狂牛病、遺伝子組み替え食品、環境ホルモンなど食品の分野や、航空機の問題等でもブラックボックスは広がり、そこにどのような危険が潜んでいるかわかりにくくなっている。第三に、そうした危険を指摘する流言は、否定しにくい問題点がある。それは、危険の可能性を全て完全に否定しなくては、安全を宣言することができないからである。第四に、人々にとってはその流言に従うことが合理的な面がある。それがたとえ誤情報であれ、安全が保障されない以上それに近づかないことは、最も損失の少ない方法であるからだ。今回の、とにかく不審な電話にかけ直さないという行動も、失うもののない、合理的な行動といえる。第五にマスコミの問題点がある。流言をマスコミが広めてしまうことは、今までにもしばしばあることだった。たとえば、トイレットペーパー騒ぎの際(藤竹1974)や、オウム事件後の異臭騒ぎの時(川上1997b)などに、それが見られる。流言を否定しなければならない立場のマスコミもミスを犯すのである。第六に今回の流言では実質的な被害は無かったが、こうした危険を指摘する流言はしばしば風評災害を発生させる事があるので注意しなければならない。農産物や、食品、あるいは観光地等で危険とされたものが退けられて、大きな経済的被害をもたらすからである。
 ではこうした現代の流言にはどのような対策が可能なのであろうか。まず一般市民の対応だが、転送を促すメールは基本的に流さないという「ネチケット」の徹底が挙げられる。これまでは幸福の手紙や、ウイルス注意のチェーンメールが繰り返し出回ってきたが、特に気をつけなければならないのは、今回のような危険を警告する情報である。これは不安心理をあおり、さらなる伝達を促進しやすい情報である。危険を警告する情報については、とりあえず知らせるという態度でなく、一旦その真偽を確かめてから発信する、という心構えが大切である。
 次にマスコミだが、「危ない情報は危ない」という、基本的なスタンスを忘れてはならない。即ち危険を警告する情報は、マスコミとしてはインパクトがあり、報道に載りやすい。加えて、すでに述べたようにその否定が難しいので、誤報がされやすいということである。「最も古いマスコミは流言である」という言葉もあるように、マスコミは流言の混入に細心の注意を払わなければならない。その際重要なのは、その方面の専門家を常に把握しておくことである。今回であれば、まず電話会社に取材したくなるが、本当の専門家は国民生活センターなのであった。流言の打ち消しに当たってはマスコミが威力を発揮する。今回も否定的な報道に接して、流言に惑わされなかったと述べる学生もいた。一般に、流言の否定の公表は、それを知らない人にまで広めてしまったり、それぼど否定するのはかえって怪しい、と受け取られることがあり、難しい一面がある。とくに流言の利害関係者が否定すると、自己弁護と受け取られ逆効果となる。現に、流言否定に対して「否定戦略」「対抗戦略」(流言の持つネガティブなイメージに対抗して、ポジティブなイメージを示すやり方)「無視戦略」のどれが有効かを実験的に確かめた研究によると、「否定戦略」は無効で、「対抗戦略」だけが有効であった。とくに自分にとって不利なうわさを否定するのは最悪の結果で、中立的な機関が否定することは有効であるとされた(川上1997b)。ここで、マスコミは一般的には中立的な機関であり、否定戦略が有効に働く可能性が高いといえるだろう。また、「デマがひろがる」といった見出しなら、あやまって流言を広げてしまうこともないだろう。(ちなみにこの「デマ」の用法は学問的には間違っているが、マスコミの伝統となってしまっている感がある。しかし流言拡散を防ぐという意味では、誤用もやむを得ないのかもしれない)
 しかし猛威を振るう流言の鎮圧には、言葉だけでは十分ではない。例えば藤竹(1974)はトイレットペーパー騒ぎを押さえるには、マスコミや公式情報は無力で、実際にトイレットペーパーをうず高く積み上げることのみによって可能となった、と述べている。今回の例ではかけ直しても何の請求もなかったたくさんの例、狂牛病では食べ続けても何も起こらなかった多くの人の例、飛行機に対する不安では、毎日何万ものフライトが無事に終了している事実、そういった事実の提示が、「対抗戦略」となり、有効と考えられる。ちなみに狂牛病の際、農水大臣らが肉を食べるセレモニーを行った。それ自体は悪くない方策だったが、農水省が中立的な立場と認められず、(すなわち自らの失策を隠そうとしている利害関係者ととられたために)、自己弁護と解釈され、最悪の結果となってしまった。
 そして最後に、流言に関係する各機関の対策である。今回は電話会社が、国民生活センターの情報を持っておらず、流言拡散を防止できなかった経験がある。ここから、各機関が自らと関わりのある他の組織と連絡を取り、事態の全体像を把握する重要性が指摘できる。また、流言研究から言えることは、各機関が情報を発信するときは、中立性に注意し、自己弁護と解釈されないような配慮も必要となる。
 今回のワンギリ流言を調べると、現代では流言がはびこる、新たな状況が生まれつつあることがわかった。そうした新たな状況は、また新たな対応策を必要としているのである。
 
 
(1)携帯電話からの電話とは関係がないが、海外に電話をかける電話風俗とは次のような仕組みになっている。まず相手先はセイシェル、モルディブ、ディエゴガルシア島などで、番号は001か122-001で始まる。001はKDDIの国際通話で、122はマイラインプラスを解除する番号である。国際電話料金は半分は発信国(この場合はKDDI)の収入となり、半分は着信国の電話会社の収入となる。電話風俗業者はこれらの国の電話会社と話し合い、通話収入の何割かをバックしてもらうようにしている。そのようにして業者は国際電話通話料から利用収入を得ているという。(「ネット被害対策室(別館)」http://www02.u-page.so-net.ne.jp/ya2/njkson/higai24-4.htmlより)
 
(2)国民生活センターの呼びかけ
   携帯電話のいわゆる「ワン切り」に関する相談について
                         平成13年11月28日
                         国民生活センター相談部

 自分の携帯電話に残っていた着信記録を見て、その電話にかけ直したところ、ツーショットダイヤルやアダルト番組の案内だった、という、いわゆる「ワン切り」に関する相談が、国民生活センターおよび全国の消費生活センターに突然大量に寄せられています。
 こういった相談が突然大量に寄せられた背景には、現在インターネット上で、「ワン切りで通知された番号に発信するだけで、10万円程度の請求がある」「取り立ては厳しい」などという内容が、かけてはいけない電話番号のリストと共に、電子メールや掲示板への書き込みとしてまん延していることがあります。
 この問題について、国民生活センターでは、下記のとおり消費者の方へお伝えします。
(1)知らない着信記録にはかけ直さないで
 知らない相手に電話番号を記録されることは、将来的に不利益をもたらす可能性もあります。知らない番号の着信記録があっても、かけ直さないで下さい。自分もかけ直さないし、他人がかけ直してくれなくても、それを失礼だと思わないで下さい。「着信記録があればかけ直す」という常識がある限り、それを悪用しようとする人がいます。携帯社会の常識を少し変えて「着信記録にかけ直さない」ということにして、とりあえずの自衛をする方がいいのではないでしょうか。
(2)ただ電話をしただけでは支払いの義務なし
「請求される」ということと「支払いの義務がある」ということはまったく違いますただ電話をして、そこで流れている音を聞いたからといって、支払いの義務が生じるわけではありません。
(3)噂を鵜呑みにしないで
 可能性がないとはいえませんが、「電話をかけただけで10万円請求された」という事案は確認されていません。インターネット上の噂を鵜呑みにしてあわてないで下さい。現在のところ、実際に請求を受けている人は、何らかの登録行為をしているものと思われます。
(4)電子メール転送はしない
「知人にもこの情報をおしえてあげよう」と、親切のつもりでこのメールを転送しても、それ自体が迷惑メール行為です。絶対に転送したり掲示板に書き込んだりしないでください。
(5)すでに電子メールは変形している
電子メールは、人の間を流れている間に、故意かミスかはわかりませんが、内容が変化しています。現に、「ワン切り」の番号としてインターネット上で流れている番号の中に、すでに関係の無い電話番号が混じったものを確認しています。一部の電子メールに掲載され出回っている03−3446−0999は、国民生活センターの消費生活相談受付電話です。
(6)請求されたら相談を
もし、「ワン切り」がもとで請求を受けることがあったら、その時に、地元の消費生活センターや国民生活センターに電話でご相談下さい。
               (http://www.kokusen.go.jp/soudan/now/keitai.html)
(3)アダルトサイトを見て、あるボタンをクリックすると、ダイヤルアップ接続を書き換えるソフトがダウンロードされ、ダイヤルアップ先を海外に設定し直されることにより、多額の通信料金を請求されるという事件が、近年頻発している。
 
 
 
文献
Allport,G.W., Postman, L.,THE PSYCHOLOGY OF RUMOR,1947(南博訳『デマの心理学』岩波書店1952年)
藤竹暁『パニック』日経新書、1974年
橋元良明「災害と流言」東京大学新聞研究所『災害と情報』東京大学出版会、1986年
廣井脩『流言とデマの社会学』文春新書、2001年
川上善郎「転送されるうわさ」川上善郎・佐藤達哉・松田美佐『うわさの謎』日本実業出版社1997年a
川上善郎『セレクション社会心理学16うわさが走る』サイエンス社、1997年b
木下是雄「流言」池内一編『講座社会心理学3集合現象』
国民生活センター相談部『特別調査「債権取立代行」に関わる問題−電話等通信回線を通じて提供される情報(ダイヤルQ2、ツーショットダイヤル、インターネット上の有料サイト)、レンタルビデオ等の延滞料など−調査報告書』2001年
Rosnow,R.L., Fine,G.A., Rumor and gossip : the social psychology of hearsay,
1976.(南博訳『うわさの心理学 : 流言からゴシップまで』1982年岩波書店 )
佐藤達哉「うわさの検証−流言としてのあたり屋チラシ」川上善郎・佐藤達哉・松田美佐『うわさの謎』日本実業出版社1997年
清水幾太郎『流言蜚語』日本評論社、1937年
Shibutani,T.,Improvised News - A Sociological Study of Rumor(廣井脩他訳『流言と社会』東京創元社、1985年)
 
        (本稿は平成13年度松山大学特別研究助成による研究成果の一部である)