「携帯ワンギリ」流言とインターネット      
A Rumor of ONE-GiRi Extortion and Internet      
                          中村 功
                         NAKAMURA Isao
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 本論では、「携帯ワンギリ」流言を題材に、インターネット時代の流言の特徴を明らかにした。
 In this paper, I study the characteristics of the rumor in the age of
internet investigating the rumor of ONE-GIRI extortion.
キーワード
流言 インターネット 携帯電話 ワンギリ
要旨
 本研究では、「携帯ワンギリ」流言を題材に、流言メールの分析、いくつかの機関に対する聞き取り、学生に対するアンケート調査、などを通じて、インターネット時代の流言の特徴を検討した。その結果、メールが流言拡大のきっかけであったこと、インターネットが流言伝達の範囲とスピードを拡大したこと、社内メールが流言に信憑性を与えたこと、ネット上の流言には変容が少ないこと、ネット流言の伝達は多段階で行われたこと、などが明らかになった。
 昨年(2001年)の11月、悪質な迷惑電話に関して、一つの流言(「携帯ワンギリ」流言)が出回った。この流言はその内容が携帯電話に関するものであったこと、そしてその伝播にインターネットが大きな役割を果たしたこと等から、きわめて現代的な特徴を持っていた。そこで本研究では、「携帯ワンギリ」流言を題材に、流言メールの分析、いくつかの機関に対する聞き取り、学生に対するアンケート調査、などを通じて、インターネット時代の流言の特徴を明らかにしていく。
(1)流言の内容
 図1は典型的な流言メールで、11月26日に筆者の勤務校で一斉配信されたものである。流言の内容は「携帯電話に身に覚えの無いところからワン切り(着信音を1回だけならして電話を切ること)の着信があり、そこにかけ直すだけで10万円の請求が来る。取り立ては厳しいらしい。見知らぬ番号へはコールバックしてはいけない。」というものである。
    図1  流言メールの一例(11月26日)
携帯電話による被害が発生しています。
 下記の電話番号への発信は絶対にしないでください。
今後の請求書を十分チェックして被害が確認できたら然るべき対応をしてください。
<手口>  番号を通知した状態でワンギリ(一回コールしてすぐ切る)してくる。
     携帯電話に着信履歴が残り、その通知された番号に発信すると、
     ダイヤルQ2に似た応答メッセージが流れる。
<請求>  これだけで、携帯の通話料とは別に10万円程度の請求がくる。
      取り立ては厳しいらしい。
<番号>
06-6301-1999   052-733-1551   052-733-1288
052-733-8488   06-6301-7778   052-735-7300
03-3793-7552   03-5724-2929   03-3551-4330
03-3444-6555   03-5679-7844   03-5679-7848
03-3446-4567   03-3446-0990   03-5420-4466
03-5340-8877   03-5340-9330   0534-27-3172
03-5340-9381   03-5340-9382   03-3448-4760
03-3280-7660   03-3851-4141   03-3227-2828
03-5391-7600   03-3984-6761   03-3444-6710
03-5348-4441   03-3355-7550   06-4968-3114
03-5423-2570   06-6300-0702
<対策>
  ⇒絶対にかけないこと
  ■実際に被害がでているそうです。
   この番号以外にもあるかもしれません。
  ■着信履歴で心当たりの無い番号にはかけないよう注意願います。
  ■家族・知人等にも連絡してあげて下さい。



 
 
 流言とは一般に、自然発生的に、口頭で伝わる、根拠のない情報のことである。ここで、一回着信で切れてしまう(ワン切り)の電話が無作為にかけられ、着信履歴の番号にかけ直すとツーショットダイヤルや伝言ダイヤルといった電話風俗業者の案内広告にかかる、という点は事実であった。しかしコールバックしただけで10万円の請求が来る、という点については、そのような事実はなく、この点が流言なのであった。
 この情報の無根拠性について簡単に述べておくと、次のようになる。第一に、電話をしただけで電話会社から多額の請求が来るケースは、ダイヤルQ2や国際電話を使った場合があるが、特別な手続きをしなければ通常携帯電話からはその利用が不可能なことがある。第二に例示されている番号に筆者が実際にかけ直したところ、そのほとんどは番号非通知でつながり、そもそも発信者の番号をチェックしていないことが多かった。これでは請求のしようがない。(ただメールで指摘される32の番号のうち5つは非通知ではかからず、こちらの番号をチェックしていた。)第三に、実際に筆者が例示された番号に電話したところ、そのほとんどは電話風俗業の案内広告で、コールバックしただけで請求される危険性のないものだった。典型的なシステムは次のようなものだった。
 電話をすると利用者の性別が問われ、選択すると別の電話番号(通常の番号)が告げられる。そこにかけ直すと「ツーショット」「伝言」などの内容や料金が説明され、支払方法を選択する。選択肢には、ダイヤルQ2、クレジットカード、前払い銀行振り込み、後払い銀行振り込み等がある。多額の請求の危険性があるのは後払い銀行振り込みだが、その場合は、自分の電話番号を入力し、コールバックされた通話で暗証番号を入力して登録する作業が必要になる。
 そして第四に、国民生活センターでは「「電話を架けただけで10万円を請求された」という事案は確認されていません。インターネット上の噂を鵜呑みにしてあわてないでください」という情報を11月28日に出している。また警視庁の「ハイテク犯罪対策総合センター」に問い合わせたところ、かけ直しただけで高額な請求が来たという事例は、今のところ(2002年1月中旬現在)、確認していない、とのことであった。このように、10万円請求に関しては完全に流言であるといえる。
(2)流言の広がり
 今回の流言の広がりには、@その伝搬の広がりが大きかったこと、A拡大までの時間が短かったことという、2つの特徴がある。例えば私が11月30日(金)と12月3日(月)の2日間、松山大学の学生400名を対象にアンケート調査をしたところ、この流言を知っていたのは、全体の88.3%にも及んだ。また、はじめて聞いたのは10月1日が最も早かったが、11月20日が19.4%、25日が15%、26日が10.8%、27日が11.5%、28日が16.8%と、流言を聞いた人は11月20日から1週間あまりの間に集中していた。ただし同調査では聞いた経路は直接会って人からが42.2%と最も多く、ついでテレビ36.5%、携帯メール19.5%などとなっていた。(数字はいずれも聞いた人全体に対する比率)
 このように、11月20日以降、急速に、そして広範囲に広がったのはなぜなのだろうか。
(3)流言爆発の原因となったメール
 筆者が流言メールを10パターンほど収集したところ、最も古い日付のものが11月19日付けのものだった(図2)。NTTドコモ広報部に問い合わせたところ、持ち合わせている流言メールの内で最も古いものがやはり19日付けのものであったという。この日付は流言が爆発的に普及した20日の直前であること、またこれ以降の日付の流言メールは内容・形式がこれと極似していることから、このメール(またはその周辺)が流言爆発の原因となった可能性が高いと考えられる。
       図2 11月19日付け流言メール(部分)
      携帯電話に関るトラブル(高額請求) 電話番号追加しました
 通知日付:平成13年11月19日
 携帯電話に関わるトラブル情報が入りましたので、お知らせします。
 <手口>  番号を通知した状態でワンギリ(一回コールしてすぐ切る)してくる。
 携帯電話に着信履歴が残り、その通知された番号に発信すると、

 ダイヤルQ2に似た応答メッセージが流れる
 <請求>  これだけで、携帯の通話料とは別に10万円程度の請求がくる。
 取り立ては厳しいらしい
 <番号>
 06-6301-1999   052-733-1551   052-733-1288
                  −後略−


 
 
 私はこの文章を2つのルートで入手した。一つは紙だったが、もう一つは添付ファイル(ワード)であったため、プロパティからいくつかの情報がわかった。すなわち、この文章の作成が開始されたのは2001年11月20日午前1時20分で、5回更新され、総編集時間は19分、最後に更新したのはある自動車会社名で登録されたパソコンであった。しかし文章の作成者欄は空白であったので、この文章は更新者以外の者が作成し、それをある自動車会社関係者が修正し、完成させたのである。
 もっとも、このメールはその後の爆発的伝播のきっかけであったとしても、流言メール自体の始まりであったわけではない。NTTドコモ広報部に問い合わせたところ、この件に関する問い合わせは、9月に270件、10月に約400件ほどあったといい、そのほとんどがインターネット情報の真偽に関する問い合わせだったという。夏過ぎからすでにネット上ではこうした情報が流れていたのである。そしてそれはこのメール等をきっかけにして、11月20日前後に爆発したのである。事実、NTTドコモへの問い合わせにしても、そのピークはやはり11月20日前後であったという。
 このように11月20日前後にネット上で爆発的に広がった流言が、さらに人から人へ口づてに伝わったのだと考えられる。もっとも逆に、9月からネット上で静かに密かに広がっていた流言が11月20日頃、口頭で広がり、それがネット上にものってきたという仮説も成り立つ。しかし、流言メールには必ず32の電話番号が載せられているので、これが口頭で伝わるとは考えられず、口頭で広がった情報がネットにのってきたとは考えられない。
(4)インターネットの即時性
 今回注目されるのは、流言拡大速度の早さである。これは第一に、中継が短時間に繰り返し行われたこと、第二に、一度に転送する人数が多いこと、によって生じている。
 例えば先の11月19日付け流言メールを例にとると、21日の夕方から22日夜にかけてのわずか1日の間に、9段階も転送が繰り返されていた。転送間隔は6分、6分、7分、11分、15分と短いものが多い。短時間で転送が繰り返された理由は、第一に、この話のインパクトが非常に強く、転送せずにはいられなかったことがある。第二に、これが現代的特徴ともいえるが、利用者の多くが常時接続のインターネットを利用していたためである。さらに、短時間で転送されているものは全て業務時間内であることから、多くは職場のインターネットを使っていると考えられる。職場でパソコンを使う作業をしているときに合図とともにメールが着信する。それを見て転送するので、転送間隔が短いのである。最短で6分の転送とはメッセージのチェック間隔を3分とか5分の短時間に設定しているのであろう。またメールアドレスから判断すると女性が多いが、これは、いつもパソコンに向かって作業する人に女性従業員が多いせいかもしれない。一方逆に比較的長い間隔があいているのは、昼食時間や、夜間をまたいでいる場合であった。
 一方一度に転送する人の人数の多さだが、19日付けメールの場合は、3人から最高23人に及び、平均すると11.9人であった。さらにメーリングリストの利用もあったので、一度の転送で送られる先はより多くなるはずである。このように多くの人に転送できるのは、現在では多くの人がインターネットを利用しているために、アドレスを知っている知り合いの数が多くなっているためである。
 このように、インターネット利用者の広がり、常時接続の普及、そしてiモード等の携帯電話による常時アクセス環境などにより、ネット経由の流言伝達力は急速に増大しているのである。
(5)社内メールの公共性
 流通しているメールのいくつかには、NTT関係者からの情報であるとの言及がなされ、情報の信憑性を高めていた。筆者は初めは単に信憑性を加えるために誰かが付け加えたのだろうと考えていたが、NTT西日本愛媛支店で、コピー(紙)の形で配布されたメールを入手した。その情報流通の実態を確かめるために、流言メールの中に名前が載っていたNTT社員に直接電話して聞き取りをしたところ、NTT社内でも流言メールが流されていたことが確認された。
 メールの発信元はNTT持株会社の総務担当部門で、それがNTT西日本の総務部門を経由して流れたのである。ここで重要なのは、NTT社内のメールが、流言メールに大きな信憑性を与えたことである。この話は電話に関することで、その電話の総本山とも言うべきNTTの情報であり、しかも総務部経由のメールなのだから誰もが信じたくなる気持ちも分かる。
 しかし、メールを流した担当者に直接聞いてみると、これは必ずしも公式な情報として伝達されたわけではなかった。たとえば発信元のA氏は持ち株会社内の非公式な情報として、正確性には疑問をもちながら、第一報として伝えたと言っているし、それを受けたB氏も社内とくに研究所内だけの情報として伝えたつもりらしかった。その非公式な雰囲気はB氏がメール内で使ったスマイリーマーク(:..:)にも現れている。またその送信先のC氏もとりあえず自分の知った情報を上部に上げたというニュアンスであった。しかしこれが何段階か経るにつれ、そして外部に漏れたときには、信憑性のあるNTT情報として「公式化」してしまうのである。
 非公式であやふやな情報が、公的性格を持つ組織の、社内メールというフィルターを通過することによって、権威ある情報に変質してしまう過程をここに見ることができる。そもそも、組織におけるメール情報といっても、その内容や語り口から私的性格をつよく持っている。しかし外部的、組織的には公的な性格も併せ持っている点に注目しなければならない。今回、メールないしはインターネット情報の公共性というものについて改めて考えさせれられた。
(6)ネット流言のマスコミへの流入
 11月20日頃からインターネットを介して爆発的に広がった流言は、マスコミに流入し、
11月27日から28日にかけて新聞やテレビがこの問題を取り上げている。毎日新聞(11月27日)では「10万円の請求がくる」とのメールが自社に寄せられたことを紹介しており、メール情報がもとになって、記事が作られていることがわかる。大学生調査で11月27日、28日に知った人が多いのはこのマスコミ経由のものであろう。
 これらの新聞ではいずれもセンセーショナルな見出しが掲げられ、読者の不安をあおっている。うわさについて、朝日新聞(11月27日)では「携帯電話からダイヤルQ2へとつながることはなく、通話料以外はかからない。しかし、利用者が会員登録などの手続きをするとサービス料金を請求されることもある」と一応否定している。また、毎日新聞(11月27日)では国民センターの「いまのところ代金を請求されたなどの事例は起きていない」とのコメントとともに、「風評の方が先行している側面もある」と記事本文では比較的、冷静に報じている。ところが読売新聞(11月28日)では、高校PTA連合会が携帯ワンギリトラブルへの注意を呼びかけていると、誤情報を紹介するだけで、流言を全く否定していない。ここではマスコミが「うわさ」を広げる元凶となっている。PTA連の行為自体は事実だとしても、情報の確認を怠り、結果としてうわさを広めてしまったという非難は免れない。
(7)流言の変容
 メールによる流言伝達特徴の一つに、内容の変容が少ないことがある。その最たるものが添付ファイルという形で転送されたもので、その内容は一字一句変化していない。その他の全く別の系統で伝達された場合でも、特に32個の「警戒すべき番号」はどのメールでも全く同じで、これには驚きを感じる。メールの場合は添付でなくても簡単に転送や、コピー+張り付けができるので、不注意による変容の可能性がほとんどないのである。
 しかし、基本的内容には変化がないとしても、内容が全く変化しないわけではない。なかでも話に尾ひれが付き、精緻化していく現象はよく見られる。たとえばNTTで流れたメールでは、「携帯の持ち主の住所をどのように調べているかは、不明のとのこと」といった付け足しがなされた。これはシブタニ(Shibutani,1985)のいうところの、Improvised News的といえる。また「自らもかけ直してしまった」といった体験がつけ加えられる例もよく見られる。これは説得力と緊迫感を付け加え、さらなる伝播に貢献している。中にはかけ直しただけなのに「ひっかかった」と、まるで10万円請求されたかのように言う例もあるようだ。一般に流言は「こういう話をお聞きになりました?」といった問いかけのパタンで始まり、あやふやな話が確信に変わったり、新たな解釈がつけ加えられる事が多いと言われるが(藤竹1974)メールの場合は一方的に「このような情報が入ったので転送します」と、一方通行で伝えられる特徴を持っている。しかしその中でも少しづつ改変(バージョンアップ)がなされるのである。
(8)ネット流言伝達の多段階モデル
 今回伝達された流言の経路をまとめると図3のようになる。まず9月から11月中旬にかけてけて、ネット上で流言が静かに流れていた。それが11月20日前後からメールやメーリングリストで爆発的に流れはじめた。その情報は20日以降、直接ネット経由で知った人もいたが、ネット経由で知った人の口づてで知った人もいたし、メールがプリントアウトされたりコピーされて知った人もいた。そしてメール情報は11月27日以降マスコミを介してさらに広まった。中にはマスコミに接した人から間接的に聞いた人もいるだろう。このようにネットで流された流言は単にネット経由で広まるのではなく、2段階、3段階と様々な手段を介して広まることに注目する必要がある。
 
         図3 ネット流言伝達の多段階モデル

 これまで多くの流言研究者は流言の聴覚的特徴に注目してきたが、ネット流言の展開という新たな状況を前にして、流言の本質についても再考する必要があるのではないだろうか。
文献
藤竹暁『パニック』日経新書、1974年
中村功「現代の流言−「携帯ワンギリ広告」の例−」松山大学論集13-5 2001(http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~nakamura/ryugen.htm)
Shibutani,T.,Improvised News - A Sociological Study of Rumor(廣井脩他訳『流言と社会』東京創元社、1985年)