携帯電話の利用と満足
携帯電話の「利用と満足」 ーその構造と状況依存性ー
はじめに
通信技術の発達や規制の緩和などにともなって、近年、携帯電話・PHS・ポケトベル・ファクシミリ・パソコン通信・携帯情報端末など新たな通信メディアが次々と登場し普及しつつある。そうしたメディアが社会にどのような影響を与えるかを主に技術的特性から推定する議論が盛んに行われている。しかしそこには二つの問題点がある。第一に、テレビ電話やキャプテンなどのように、技術的には優れていても人々がそれを受け入れなければメディアは社会的に存在できないし、逆に伝言ダイヤルやポケットベルのように供給者が思ってもみなかった使い方をされながら定着しているメディアもある。このようにメディアの定着には利用者がメディアを受け入れ使いこなす作業が不可欠である。従って新しいメディアがどのように社会に定着しどのような役割を果たすのかを知るには、メディアで何ができるかという議論も大事だが、人々がメディアをどのように受け入れどのように利用するかという利用の観点がより重要である。第二に、人々が自らの置かれた状況にあわせてメディア使いこなしているとすれば、利用者がメディアのあり方に一定の決定権を持つことになる。もし利用者が決定権を持つとすれば通信メディアのインパクトもその技術的特性からダイレクトには生まれない。
本論の目的は携帯電話の利用と満足の実態と構造を明らかにし、さらにその状況依存性を指摘することである。その結果としてメディアのあり方に利用者が決定権をもつ可能性を確認する。携帯電話を取り上げたのは新しい通信メディアの中でも携帯電話は最近もっとも急速に発展しつつあるからだ。初めは大企業の幹部など一部の人だけが利用していたが、今や五〇〇万加入を越え、街角でもごく普通に見られるようになった。マスコミ関係者や実業家など特殊な人が持つというイメージも依然としてあるが、その実態はまだほとんど研究されていない。
研究方法としては、マスコミュニケーション研究で発達してきた「利用と満足研究」のアプローチを用いて、兵庫県南部地域に住む携帯電話利用者に対してアンケート調査を実施した(1)。
一 「利用と満足研究」の意義
(1)メディア社会構成主義との関係
メディアの技術的性格からその社会的インパクトを考察する議論は、メディアと社会の関係を扱う議論の中では中心的な存在であった。たとえばMartin(1978)は、光ファイバーや衛星といった新しい通信技術が人間活動のあらゆる局面に浸透し、社会を大きく変えるといっている。具体的には、職場では業務が効率化し余暇が拡大し、家庭では買い物、教育など在宅のまま何でもできるようになる。通信技術の発達により実際の移動は代替され、その結果人々の活動範囲は地域に限定され再び地域社会が活性化し、これまでの物財中心の文明は根底から変化する、という。あるいはMcLuhan(1964)によればメディアは人間の知覚習慣を規定し、思考様式や社会構造にまで影響を与える。すなわち活字メディアは人々の思考様式を線的・論理的にして近代社会を生み、テレビは触覚的で全身感覚的な感覚パターンを作り出し、モザイク的で非論理的な思考様式を生み、部族的な社会を生み出すという。あるいはMeyerowitz(1985)は、電子メディアは物理的場と社会的「場」を完全に分離し、その結果、場所の差による文化的差が縮小し、プライバシーが減少し、かつては公的視線から守られていた「背後領域」が暴かれるようになる、という。あるいはPoster(1990)はデータベースや電子会議においては書き手と印刷されたあるいは手書きのテクストの手で触れることのできる物質性との結びつきが無くなり、主体とシンボルとの関係性が覆されると述べる。これらの議論は論点こそ異なるが、メディア技術が社会の外からやってきて社会にインパクトを与えるという思考方法には共通のものがある。
それに対して最近注目されている議論にMarvin(1988)など社会史的な研究に源を発する議論がある。そこではメディアのありかたはその技術的性格からアプリオリに決定されるのではなく、発明家・投資家・競争相手・組織的顧客・政府などがイノベーションをめぐり葛藤し、社会的関係の中で構成されていくものだと考える。こうした考えをFischer(1992)は社会構成主義 (Social Constructivism)と名づけた。日本では電話、蓄音機などの音響メディアがさまざまな技術的可能性の中から今日の姿に社会的に構成されてきた過程を描いた吉見(1993)や、無線技術がスポンサーシステムを伴ったラジオというメディアに生成されていく過程を産業論的立場から明らかにした水越(1993)らの研究がある。技術が社会の外から挿入されるという従来の技術決定論的な議論に対して社会構成主義は社会を出発点として技術との相互作用を重視している点でよりダイナミックな議論だといえる。
吉見(1994:94)によると、このようにメディアを社会的に構成されるものと考えたとき、少なくとも二つの観点から研究を進める必要があるという。第一に情報技術が「どのような社会的文脈の中で、いかなる技術が結びつきながら形成され、発明として認知されていったのか」という観点だ。ここでは発明家や資本家たちが問題となる。第二は「そうして登場したメディアを、受け手がどのように受容し、使いこなしていったのかという点である。」これは受け手の日常的実践がメディアの社会的様態を方向づける側面を指している。ここで注目されるのは第二の点だ。これまで第一の側面に重点が置かれがちであった社会構成主義だが、ここではっきりと利用の重要性が指摘されているからである。
この利用の側面に注目して社会構成主義の立場を発展させたのがFischer(1992)である。彼は最終消費者である利用者がある技術を選択し、採用し、経験するなかでメディアが社会的に構成されると論じる。Fischerは利用者の主体性を重視し、自らのアプローチを利用者自己発見的(user heuristic aproach)と呼ぶ。そして実際に一九四〇年までのアメリカの電話史を辿りながら@誰がそれを採用したかAどんな目的だったかBどのようにそれを利用したかCそれは生活の中でどんな役割をはたしたかDその利用はどのように生活を変えたか、を明らかにしていった。Fischerのこうした問題意識は本論と共通するものがある。彼は社会史的な方法で利用者が主体的に電話を利用するさまを捉えようとしたが、全く同様の問題をマスメディア利用に関して長年追求してきた研究系譜がある。それがマスメディアの「利用と満足研究」である。
(2)「利用と満足研究」の展開
マスメディアの効果研究がメディアが人々にどのような影響を与えるかを問題としてきたのに対し、利用と満足研究は利用者がどのようにマス・コミュニケーション内容を利用し、どのような満足を得ているのか、を中心的主題としてきた。問題関心、アプローチの仕方ともにFischerと共通なものがあり、両者は容易に結びつく。さらにDimmick(1994)も指摘するように電話や携帯電話はマスメディアと異なり内容を利用者が作るいわば「内容が空」なメディアである。従って利用者の能動性を重視した「利用と満足研究」のアプローチは(携帯)電話研究においてより有効だと思われる。ここでは利用と満足研究の展開過程を辿りながらアプローチの仕方を学ぶ。
古典的な研究、例えばHerzog(1944)やLazarsfeld(1940)は、人々が番組から送り手の思いもよらないような多様な満足を引き出していることを示したが、注目すべきは早くから利用者の置かれた状況と満足の関係を明らかにしようとしてきたことである。たとえばRiley and Riley(1951)は子供が仲間集団に加わっているか否かによってマンガやテレビ番組の利用の仕方が異なることを発見したし、Bogart(1955)はタブロイド新聞のマンガが会話の共通の話題として大人達に利用されていることを発見している。ここから利用と満足研究では利用者の状況に注目すべきことがわかる。
停滞期の後、一九七〇年代に入ると研究は再び盛んになる。その特徴としては、第一に量的調査に基づいてメディア利用による満足の構造を明らかにしようとしたこと(たとえばMcQuail,1972)、第二に欲求(needs)を中心としたモデル化とそれに基づく実証的研究が試みられた(たとえばKatz,1974;Rosengren,1974;Katz et al.,1973)ことが挙げられる。しかし同時にさまざまな批判が展開し、その後それに対する対応も取られてきた。携帯電話への応用にあたってはさしあたり次のような点が重要である。
第一の論点は利用と満足のモデルが欲求を強調している点だ。Elliot(1974)は欲求概念の導入は議論を循環論にし、いたずらに複雑にしている、と述べている。この批判は特にKatz(1974)やRosengren(1974)のモデルにあてはまる。また欲求を説明の出発点に置いたために、人間の欲求構造が解明できていない現状では研究がいきづまってしまった。そこで最近の利用と満足研究のモデルでは欲求の重要性が低下している。たとえばLull(1995)は利用と満足が扱う情報や娯楽の欲求は欲求というよりもむしろ「欲求充足のために動機づけられた方法」であるとして「メソッド−充足/欲求−満足モデル」を提出している。一方McQuail(1994:319)は欲求を完全に除外した次のような修正モデルを提出した。「@個人的・社会的状況や心理的性質が一緒になってAメディア利用の一般的習慣とBメディアによって提供される利益についての信念や期待に影響を与えるが、それらはCメディア選択や利用の特定の行為を形作り、その後D経験の価値の査定がなされ(結果としてより一層のメディア利用がなされ)あるいはひょっとするとE経験や社会的行為の他の分野で得られた利益の適用がなされる。」McQuail自身述べているようにこのモデルはまだ意識的で合理的な利用者像を前提としており必ずしも十分なモデルとはいえない。しかし利用者の欲求に依拠せずモデルが利用者のおかれた心理的社会的状況から始まっている点で評価できる。そこで今回はMcQuailのモデルを基本にして携帯電話の利用と満足を考える。
第二の論点は欲求、動機、利用、満足、機能といった主要概念の定義が論者によって異なり、独立変数と従属変数の関係が曖昧だという点だ(Elliot,1974)。Herzog(1944)にしてもMcQuail(1972)にしても「利用と満足研究」の多くが実際に測定しているのは知覚された「獲得された満足」だと考えられるが、利用動機や利用目的や利用方法を測定しているものもあるし、欲求や機能を同等にあつかうこともある。しかし厳密には利用動機や目的はRayburn & Palmgreen(1984)流にいえば「追求される満足」に近く「獲得された満足」とは異なるし、欲求は獲得された満足に先行するはずだ。
そこで今回は次のような概念を用いる。利用者のおかれた状況、利用開始動機、利用習慣、利用目的、利用頻度、獲得された「満足」である。状況はMcQail(1994)のモデルの個人的社会的状況や心理的性質に対応するが、今回測定したのは個人の行動的状況と心理的特性だ。利用開始動機は利用による満足の期待に対応するがそれ以外のきっかけ的要素も入っている。利用目的とは仕事用に使うか私用に使うことが多いかということでどちらかと言うと利用習慣に近い。McQailのモデルでは状況から始まる連鎖的影響関係を措定している。今回も基本的考えとしては同様だが、統計的処理の段階では状況を独立変数としその他の変数を従属変数として考えた。
第三の論点としては、利用者はそれほど能動的(active)ではない、とか能動性の概念が多義的で曖昧だという批判がある(Elliot,1974)。前者について最近は能動性を前提としてではなく段階性を持った一つの変数としてとらえるようになった(例えばRubin,1994)。後者については、例えばMcQuail(1994)は受け手の能動性には、選択性、意図性、計画性、関与性(involvement)、影響への抵抗、批判性、動機づけ、目的志向性、相互作用性などがあるといい、この概念は確かに多義的である。携帯電話利用の場合にはメディア入手、利用、満足の各段階で意図性、選択性、計画性、目的志向性などの能動性が考えられる。通話中の相互作用性はテレホンサービスなどを除いてほぼ保証されているが、利用の半分を占めるかかってきた電話の場合は利用開始時には意図性、計画性などの能動性が欠如している。今回、利用者が自らの状況にあった利用をし満足を得ているという現象を取り上げるが、そこには利用者の意図性・選択性・計画性・目的志向性といった能動性が作用していると考えられる。どのよう能動性がどれだけ作用しているか、その確認は今後の課題である。
(3)「利用と満足研究」の応用
一九八〇年代に入ると利用と満足研究はマスメディア以外のメディアへも応用されるようになった。例えばWilliams & Rice(1983)はKatzらが構成した三四のメディア関連欲求を使い、それらの満足のためにケーブルテレビ・ビデオカセット・電話・対面接触など一二のメディアはどれほど重要と思うかを調査した。その結果パーソナルな欲求は対面接触と関連し、社会的存在(social presence)を必要としない欲求はマスメディアと関連していた。電話が最も関連していたのは「友人と時を過ごす」という欲求であった。ただWilliamsらの研究はマスメディア関連の充足項目を流用しておりパーソナルメディアの利用と満足には十分迫れなかった。
ニューメディアの分野では、例えばRubinら(1989)はホームビテオ利用と満足の調査を行い、池田(1990)はパソコン通信の利用動機と利用行動を正準相関分析を用いてパターン化し、マスメディアにはなかった利用を発見している。
電話については、川浦(1989)が大学生を対象にメディア観としての電話の効用を尋ね、四点法による評定を因子分析した結果三因子を得た。第一因子は、孤独解消、ひまつぶし、おしゃべり、人との結びつきを強めるなど「目的的コミュニケーション」の側面を表している。第二因子は情報を入手する手段、生活を合理化する手段など「道具的コミュニケーション」の手段を表している。第三因子は「緊急連絡の手段」が独立して因子として抽出された。一方Dimmickら(1994)は電話について利用と満足の調査をアメリカで三回行い、因子分析の結果、三つの充足パターンを抽出した。第一因子は社交性の因子と名付けられた。具体的な項目としては、友人や家族と交際する、安心感、家族や友人を近くに感じる、安全感覚、会話する楽しみ、友人・家族が元気か確認、人が気づかっていることを感じる、暇つぶし、仲間意識、噂話、接触の保持、心配の解消などが含まれる。第二因子は道具性の因子とされ、項目には、時刻や天気の情報、消費情報、商店・食堂の閉店時刻を知る、通信販売、注文、スケジュール、計画をたてる、留守電でプライバシー保持などがあった。第三因子は安心(reassurance)因子と名づけられ、緊急医療、遠くの人と話す、友人や家族が元気か確かめる、安心感、警察消防、安全感覚などの項目からなっていた。川浦、Dimmick両者ともほぼ同様の三因子、すなわち道具的利用、自己充足的(コンサマトリー)利用、緊急連絡利用による満足を抽出していることは興味深い。
携帯電話についてはまだ利用と満足の研究例はない。あるのは利用法に関する断片的な調査だけである。たとえば一九九二年にギャラップ社がフィンランドで行った調査では自由回答で利用法を調べたところ、@業務のためA安全のため(自動車事故や車輪が雪やぬかるみでスタックしたとき等)B 社交のため(別荘や船で休日を過ごすとき)など三つの利用法が発見されたという(Roos,1993)。あるいはRakow(1993)は一九人の女性の利用者にインタビューを行い、母親が外出先から子供に指示するなど家事に携帯電話を使っていること(remote mothering)を発見している。
二 調査
検討してきた利用と満足研究の方法をふまえ、携帯電話の利用と満足について調査した。具体的には、第一に獲得された満足から「利用と満足」の構造を明らかにする。第二に各変数の特徴を見ることでどのような人がどのように利用しどのような満足を得ているかの典型的パターンを描く。第三に利用者の状況・心理特性がどのように利用や満足と関連しているかを調べ、利用と満足の状況依存性を示す。
(1)方法
調査対象は兵庫県南部(神戸市・芦屋市・西宮市・宝塚市および淡路島)に在住の「NTTドコモ関西」の携帯電話加入者一五〇〇名。標本抽出方法は一九九五年二月現在の携帯電話加入者名簿から無作為抽出した。調査方法は自記式郵送法で、六八三(四五.五%)の有効回答を得た。調査期間は一九九五年五月一三日から五月二八日である。
調査項目はMcQuailのモデルを参考にして、利用者の@社会属性A個人的・社会的状況・心理特性B利用開始動機(予期された満足(2))C利用習慣D利用頻度・相手(利用の特定の行為)E獲得された満足(経験の価値の査定)を測定した。
(2)「利用と満足」の構造
具体的方法としてはまず、Dimmick(1994)やRoos(1993)らの研究を参考にしながら、携帯電話から得られるであろう満足を一五項目設定した。それぞれについて「大変役にたつ」から「全く役立たない」まで四つの選択肢を用意し、それぞれに四から一までの得点を与え、それに対してバリマックス回転を用いた因子分析を行った。
表1 携帯電話利用による満足の構造
その結果(表1)、四つの因子が抽出された(累積寄与率は六二.七%)。第一因子は仕事上の指示、仕事上の連絡手段確保、仕事のスケジュール調整など仕事に関連した満足の因子といえる。第二因子はステータスシンボル、おしゃべり、プライバシー確保、通常電話のかわり、近況報告など携帯電話の所持や利用そのものによる満足すなわち「自己充足的」あるいは「コンサマトリー」な満足を示している。第三因子は私的なことに関する問い合わせやスケジュール調整など私的用事の因子を表す。第四因子は移動しやすくなるため、いつでも連絡が取れるため、電話がない場所での連絡、いざというときの備えとして、などいつでも連絡がとれるという外部世界とのアクセシビリティーの確保の要素を意味している。
これを従来の固定電話の利用と満足と比べると基本的にはよく似ている。すなわち固定電話の利用と満足は共通して@道具性A自己充足性B安心(緊急連絡手段)の三つが析出されてきた。今回は道具性の因子が仕事上の用件と私的用件に別れて四因子の構造となっているが、この二つを一緒にすると基本構造はかわらない。携帯電話で四因子化したのは今までの研究は家庭の電話を対象にしており仕事に関する質問がなかったのに対して、今回は仕事に関する質問を多く入れたためである。もっとも仕事用と家庭用の区別ができないという点に携帯電話の特徴が現れているとも言える。
意外だったのは固定電話では「緊急時の連絡手段」や「安心」と名付けられた因子が携帯電話ではアクセシビリティー確保という携帯電話特有の因子に取り込まれていることだ。予想ではアクセシビリティーの因子は固定電話の因子とは別に抽出されるのではないかと考えていたのである。しかし考えてみれば家庭の電話の場合もいつでも連絡がとれるというメリットは大きく、それ故に加入した人も少なくなかったのだ。従って、固定電話にもあるアクセシビリティー確保の満足が、携帯電話ではさらに拡大されていると理解できる。
(3)典型的利用パターン
次に、どのような利用者、利用パターンが多いのか見てみる。まず社会属性だが、性別では九一.〇%が男性と圧倒的に男性の利用が多く、年齢では二〇才未満が〇.一%、二〇代が一〇.九%、三〇代が二三.七%、四〇代が三三.〇%五〇代が二二.四%、六〇代以上が九.九%と三〇から五〇代の働き盛りが約八割を占める。職種で特徴的なのは建設業の多さで、全就業者にしめる割合がそれほど高くない(九〇年国勢調査では全国で九.五%)にもかかわらず、携帯電話利用者では最高の二一.七%を占めている。次いでサービス業(二二.五%)、卸売り業(一八.二%)製造業(一二.五%)の利用者が多いが、みな就業者そのものが多い職種である。これに対して運輸業(九.七%)、電気・ガス・熱供給・水道業(六.三%)、不動産業(二.八%)は就業者数に比べて利用者の割合が高い(3)。職業上の地位は自営業種が五五.五%と多く、雇用者は四〇.五%、家族従業者が三.九%だった。料金は四四.五%の人が会社等の法人が支払い、自分個人が払っているのは五三.四%だった。
利用者の置かれた状況で特徴的なのは、移動することが多い仕事をしている(七八.三%)、仕事で車を使っている(七六.三%)、一般の人と比べて忙しい方だ(六八.五%)と仕事でよく移動し、かつ忙しいのでなかなか連絡が取れないという人が多いことだ。こうした状況が携帯電話利用に結びついていると予想される。またこのような状況は利用者の属性を背景としている。利用密度の高い建設業、運輸業、電気・ガス・熱水道業、不動産業などはいずれも仕事で車を使い連絡が取りにくい人が多く、また仕事で車を使うのは女性より男性の方が多い。
利用開始動機で最も多かったのは、移動が多く連絡が取りにくいので(七七.五%)で、これは利用者の置かれた状況を反映している。ついでポケットベルで呼び出されることが多かったので(三〇.五%)、値段が下がったので(一五.四%)、出張が多いので(一五.一%)、公衆電話をよく使うので(一四.六%)、仕事場に電話がないので(一三.八%)、自分専用の電話が欲しかったので(一三.二%)、会社に持たされたので(七.八%)、安全のため(六.〇%)などとなっている。面白いのは一〇.八%を占める「その他」の自由回答だ。中で最も多かったのは「入院したので」というもので九人の回答があった。病室に置くというより病人からの連絡のために家族が持つというケースが多いようだ。また釣りやヨットやゴルフといったアウトドア・スポーツ時に連絡を取るために利用を開始した人も六人いた。
利用習慣では「自動車の中で使うことが多い」が七〇.三%と、これも利用者の置かれた状況が反映されている。また、自分の携帯電話の番号はごく限られた人しか知らない(六八.七%)、携帯電話からの発信相手の数は通常の電話よりかなり少ない(六七.一%)と、携帯電話ではごく限られた相手とのみ通話するという習慣が確認された。同様の習慣はフィンランドでも見られ、Roos(1993)によれば移動電話は自動車内で利用されることが多く電話帳を利用できないために電話番号を覚えていたり短縮登録してあるごく少数の親しい人だけにかけることになるという。
つぎに利用頻度だが、一日に五回以上が三五.三%、一日に数回が四一.九%、週当たりに換算すると(4)二〇.三回であり、かなり頻繁に利用されていることが分かる。利用目的は仕事目的が多く「私用で利用するのがほとんど」とする人はわずか一一.五%しかいない。しかし「仕事のために利用することがほとんど」とする人は三九.六%にとどまり、「仕事にも私用にも両方利用している」とする人が四九.〇%と最も多くなっている。
利用から得られる満足だが、「大変役にたつ」と「多少役にたつ」を合わせて満足したとみなしてスコア一を与えそれ以外に〇を与えた。因子ごとににその平均(因子別満足率)を計算し、さらに被験者全体の平均を算出した。最も多くの人が満足したのはアクセシビリティー確保の満足(八六.二%)でついで仕事(七九.七%)私的用事(七〇.七%)となり、自己充足の満足(二八.五%)は最も低かった。
以上をつなぎ合わせると、建築業やサービス業などの職業を持ち、仕事で車を使い移動が多いので、連絡をつけるために携帯電話を利用し始め、車の中で比較的少数の相手と通話する習慣をもち、仕事の相手と一日数回以上通話するが仕事と私用の両方で利用し、その結果としてアクセシビリティーの確保・仕事・私的用事の満足を得ている、という利用者像が描ける。
(4)利用と満足の状況依存性
McQuail(1994)のモデルでは「利用と満足」過程の出発点に利用者のおかれた「個人的社会的状況と心理特性」を設定している。そこで利用者の置かれた状況・心理特性を基本に、各変数との関連を見ることによって、上で描いた利用者像が単に最頻値を集めただけのものではなく、変数間に相関関係があることを示す。
手続きとしては、まず利用者の置かれた状況の各変数を因子分析にかけて諸変数を整理した。因子分析の結果、二つの因子が抽出された。第一因子(寄与率24.1%)は、移動することが多い仕事をしている、仕事で車を使っている、私の生活は一般の人と比べて忙しい方だ、以前からポケットベルを持っていた、など仕事がらみの移動の因子といえる。第二因子(寄与率19.6%)は、流行には敏感だ、電話でのおしゃべりが
表2 利用と満足と状況との関連性
好きな方だ、夜間外出していることが多い、など遊び心や遊び行動に関係した因子といえる。それぞれの因子を構成する項目に「はい」と答えた場合を一、「いいえ」を〇として因子ごとにたし上げた。「仕事移動」状況の因子は四項目からなるから〇ー四、「遊び」状況因子は三項目で〇ー三の値をとる状況を表すスコアとなる。仕事移動スコア三以上を「仕事移動」状況の程度が高い人、二以下を低い人とし、遊びスコアは一以下の人を「遊び」状況の程度が低い人、二以上を高い人とした。その結果、仕事状況程度の高い人は全体の六三.三%となり、いっぽう遊び状況程度の高い人は二四.〇%と少数派であった。そのうえで各状況の程度が利用や満足とどの程度関係性を持つかを調べた。すなわち第一に各状況の程度の高低と利用開始動機、利用習慣、利用目的をそれぞれクロス集計し、関連性をカイ自乗検定で調べた。第二に各状況程度の高低を独立変数(各要因は二水準)、そして週当たりの利用頻度と先に計算した「因子別満足率」をそれぞれ従属変数として一元配置の分散分析を行った。
その結果(表2)「仕事移動」状況の程度が高くなるほど、移動が多くて連絡がとれないため、職場に電話がない、ポケットベルで呼び出されることが多かったのでといった利用開始動機が多かった。さらにそうした状況では自動車の中で利用することが多く、ポケットベルも併用し、仕事のみに利用する人が多く利用頻度は高い(いずれも有意水準は〇.一%以下)。一方遊び状況の程度が高い人は仕事のみに使う人が少なく、携帯電話なしでは居られないとする依存的利用習慣の人が多い。また自分の電話が欲しかったという利用開始動機の人も多かった。
最も注目されるのは状況と満足の関係だ。仕事移動状況の度合いが高い人は仕事満足及びアクセシビリティー確保の満足が明らかに高い(有意水準〇.一%以下)。一方遊び状況の度合いが高い人は私的用事の満足や自己充足の満足が高かった(有意水準〇.一%以下)。
ここから、第一に先に示した典型的利用者像の利用プロセスが確認された。すなわち仕事で移動することの多い人がそれにあった利用法(たとえば自動車の中で使う)をし、それに対応した満足(仕事やアクセシビリティー確保)を得ていた。第二にまだ少数派ではあるが遊び心理や行動をもつ人が仕事用とは異なる利用や満足を得ていることもわかった。そして第三に、なにより重要なのは携帯電話利用から得られる満足が、利用者の置かれた状況と強く関連している点だ。実態をみると、利用や満足が逆に状況に影響を与えているとは考えにくい(例えば携帯電話でアクセシビリティーが確保されたので建設業者が車の中で携帯電話を利用したり仕事で車を使うようになるとは考えにくい)。したがってこの関連性は利用と満足が状況に影響されているという利用と満足の状況依存性を強く示唆していると考えられる。
三 結論
調査から次のようなことがわかった。第一に獲得された満足には仕事、私的用事、アクセシビリティーの確保、自己充足の四カテゴリーがあった。第二にマスコミ関係や実業家がステータスシンボルとして利用しているというイメージも残る中で、実際は仕事に車を利用し移動が多い建設関係やサービス業などの人々が車の中で実用的に利用することが多かった。第三に携帯電話の利用と満足の状況依存性が指摘された。携帯電話利用者がその状況に合わせて様々にメディアを使いこなしていることはメディアの社会的あり方に利用者が決定権をもつ可能性を示している。技術決定論が盛んな中でとかく忘れられがちな利用者の役割の重要性を再認識し、通信メディアの利用者や利用に関する実証的な研究をいっそう進める必要があるだろう。
注
(1)この調査はNTT移動通信網株式会社との共同調査の形で行われた。質問表・単純集計は中村功・廣井脩「阪神大震災時の携帯電話の役割と問題点」『1995年阪神・淡路大震災調査報告書−1−』東京大学社会情報研究所 1996年参照。
(2)ただし厳密な意味の予期された満足とは異なる。特に「値段が下がったので」「なんとなく」「会社にもたされたので」などは予期された満足とはいえない。
(3)携帯電話利用者の職業特性については郵政省(1995)でも調査しているがほぼ同様の傾向を示している。
(4)一日五回以上を週三五回、週に数回を週二.五回、月に数回を二.五÷三〇×七回、月に一回以下を〇.五÷三〇×七回として計算。
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