8章 携帯電話と変容するネットワーク 『情報行動の社会心理学』北大路書房 中村功
1.はじめに
 ある日新聞の投書欄を見ていると、娘が大学生になって携帯電話を持ち始めたある母親が次のように嘆いているのが目にとまりました。「娘が家にいるときの携帯電話は家族にとっての敵と化す。ピロピロと耳障りな電子音が時をかまわず流れだし、時にはテーブルの上に置いた携帯が突然ガタガタと振動して周りを驚かせる。貴重な家族団らんの中にも携帯は遠慮なく割り込んできて娘を別の世界に連れていく。個人の電話とあって時も場所もお構いなし。家族が「取り次ぐ」こともなくなって、話している相手がだれかも分からない。」(渡辺厚子・主婦46歳『朝日新聞』2000年3月23日朝刊)この母親は携帯電話の便利さ認めつつも、携帯電話には家族団らんを乱し、娘を家族から引き離す作用があるのではないかと、いらだちを感じているようです。さらにラジオ・パーソナリティーのケン・マスイという人は『朝日新聞』(2000年2月25日名古屋版)で次のように言っています。「携帯電話だと直接自分にかかってくるために、親に気づかれずに話が続けられる。でも、そのため、家族のコミュニケーションが減り、親も子供のことがわかりにくくなってきている気がする。」これらの意見を聞くと、携帯電話は家族をバラバラにする作用を持つようにみえます。しかし、一方では次のような投書もありました「我が家では携帯電話を各自が持っている。メール交換ができる機種なので時々、お互いの近況をメールで交信し、娘や息子などとも会話を欠かさないようにしている。(後略)」(佐藤正一46『読売新聞』1999年12月26日)このように携帯電話を親子で積極的に使えば、逆に家族関係が強化されることもありえます。いったい、携帯電話は家族にどんな影響を与えているのでしょうか。
 携帯電話の普及にともない、携帯電話はわれわれの社会にさまざまな影響を与えています。本章では、人間関係を中心として、移動電話がわれわれの生活に与える影響について社会心理学的に考察していきます。なお、本章では自動車・携帯電話とPHSをあわせて携帯電話という表現を使います。PHSと特に区別する場合には「携帯電話」と「」をつけて表現します。
 2.影響の種類
 携帯電話の影響にはどのようなものが考えられるでしょうか。ここではカッツ(Katz,1999)の説を紹介しながら、その範囲と種類について考えてみましょう。彼は移動体通信の社会的影響について社会生活、職業生活、組織構造と影響分野ごとに提示しています。そして前2分野については、利用者に認識され、かつ直接的な影響としての「一次的影響」、利用者に自覚されるが直接的でなく、続いて起こる「二次的影響」、利用者に認識されず、外部の観察者によって認識される「三次的影響」の3段階に分類しています。
 例えば社会生活の分野では、一次的影響に、パーティーの日時設定がすぐできるなど、スケジュールの不確定性が減少したり、緊急時の援助要請が容易になり個人的安全感覚が高まったり、生活上の効率性が高まったりすることが含まれます。二次的影響には、生活上のスケジュール決定が効率的になる結果、スケジュールの隙間が減少し、緊密化してきたり、あるいは、即時的なサービスが可能になる結果、サービス提供側に過重な負担を与えたりすることがあります。また携帯電話は人に連絡をとりやすくする反面、人につかまりやすくなってしまうということもあります。三次的影響には、物理的には近いが親しくない人との関係性が減り、遠いが親しい人との相互作用が増加するといった、社会的相互作用の変化があります。あるいはレストランでの利用が禁止されるなど、新たなエチケットが作られることもここに該当します。また携帯電話を持つと即時に連絡がつくために、所有者は上司、家族、友人などからの社会的コントロールに対してより従属的になることがあげられます(表8-1)。
      表8−1 想定される移動体通信の影響    (カッツ,1999より作成)
   社会的/非業務的 生活    職業生活   組織構造
一次的影響
 
不確定性減少 個人的安全 効率性向上 生産性向上
遊びと仕事の融合

環境における複雑性、荒々しさ、競争性の増加
  ↓
非集中的業務組織の成功
二次的影響
 
スケジュールの緊密化
即時性 入手可能性増大
参入障壁減少
経済成長
三次的影響

 
社会的相互作用の変化
エチケット創出
社会的/組織的管理強化
労働者に対するコント    ロールの変化
 







 
 
 他方職業生活では、一次的影響には、第一に生産性の向上が挙げられます。第二に人的資源を含む組織的資源の管理の変化があります。たとえばジャストインタイム化が進む運輸業では、携帯電話を使って指示の変更をすることが簡単にできます。第三に遊びと仕事の融合をもたらすことが考えられます。しかし、現在でも仕事の電話はめったに家庭にかけないという習慣があり、いつでも融合が起こると考えるのは安直過ぎる、とカッツは指摘します。二次的影響には、とくに個人事業者などの小規模事業者の参入障壁を減らし、事業開始コストを下げることがあげられます。携帯電話は会社の受付の役割をし、パートタイムビジネスを容易にします。第二に携帯電話により、より多くの仕事や、労働時間の延長が可能になった結果として、経済成長が考えられます。そして第三に、たとえば店頭から直接商品情報をメーカに問い合わせるなど、顧客と組織のコミュニケーションが容易になり、両者の関係がよりよくなることが考えられます。三次的影響としては、労働者に対するするコントロールの変化があります。携帯電話は直接労働者をコントロールできる一方、労働者同士のコミュニケーションも活発化するために、コントロールの強化と弛緩の両方の混合的な結果を持つと考えられます。
 次に組織構造への影響ですが、そもそも組織というのは、環境にその行動や構造が適している場合には存続するが、そうでない場合は存続が難しいといいます。組織を取りまく環境の要素には、@組織が対処しなくてはならない要素の「複雑性」A環境が組織に影響を与える際の「荒々しさ」B資源獲得のための「競争性」があるが、移動体通信の普及はこの3つを高めます。そうした環境下では情報処理能力が高く、複合的決定あるいは柔軟に変動する組織構造を持ち、有機的な調整メカニズムをとる組織がより有効になります。時間がたつにつれてこうした組織が多くなり、結果として組織の風景が変化するだろう、とカッツは考えます。
 カッツは以上の影響について、できるだけデータを集めて論証しようとしていますが、彼自身認めているように、その多くはデータによる裏づけが不十分です。また一次的影響、二次的影響、三次的影響の区別も現実に適用しようとすると曖昧な点があります。しかし広範囲にわたって影響を整理しているので、その点は参考になります。
 一方、影響レベルと影響のメカニズムによって携帯電話の人間関係および日常生活への影響を整理することもできます(表8-2)。すなわち、影響レベルとしては意識面、行動面、関係性、規範の各レベルに分けることができます。一方影響のメカニズムでは、おもに携帯電話のどのような特徴がそれらの影響を引き起こしているかを考えます。固定電話と比べると、第一に携帯電話はいつも手近に持ってい
    表8−2  携帯電話の人間関係・日常生活への影響
影響
 レベル
           影響メカニズム
 簡便化   −  直接化    −   常態化       その他
意識面


 
          直接意識   連帯意識       電話のファッション化
         場所不明感覚   ストレスの増減    (着メロ、ストラップ)
                  束縛感 自由感
                  連絡可能安心感
行動面



 
通話増大        通話・交際の深夜化      手帳・時計の代替
          会合増大     行動の効率化
固定電話の減少
          計画の直前決定  
          仕事プライベートの境界曖昧化
カエルコールの促進     小さな用件でも連絡               
関係性

 
         P友      フルタイム・インティメート・コミュニティー 携帯伝言ダイヤル
        家族の個別化    家族結束強化   通信相手の選別
                   リモートマザリング 
規範
 
         電話挨拶の省略   利用場所制限 番号公開の積極化
         番号公開の制限          















 
             下線は4割以上 文字囲は5割以上の回答率(3節で詳述)
るために、電話のある場所まで行かずに簡単に電話ができます。これが簡便化です。第二に携帯電話は個人の専用電話であり、直接本人と話すことができます。これが直接化です。第三に、固定電話がないところや移動中でも電話ができること、直接電話ができるのでいつでも気がねなく電話ができること、などによって電話コミュニケーションが常態化します。以上の3つは互いに重層的な関連を持っています。そして第四にその他の特徴、たとえば時計機能、メモリー機能、発信番号表示機能、着信音の多様性、加入・解約の容易さなどがあります。
 こうした影響のレベルと影響のメカニズムを組み合わせると、携帯電話の様々な影響を想起し、整理することができます。例えば行動のレベルと簡便化の作用が組み合わさると、容易に通話できることから、電話全体の通話数が増大したり、逆に固定電話の通話が減少したりといったことが考えられます。しかしこのような一覧表を作っただけでは不十分です。それぞれの影響が実際にどの程度あるか、データによって明らかにしなければならないからです。
3.影響の実態
 携帯電話の影響を知るために、筆者らはこれまでいくつかの調査を行ってきました。本節では1999年2月に東京30キロ圏内に住む15から40才までの806人を対象に行ったアンケート調査(首都圏調査)の結果を主に紹介します。本節で特に断りのない場合はこの調査の数字を示します。第二に1998年から1999年の間に25人の携帯電話利用者に対して行った深層インタビュー(グループインタビュー形式)からいくつかの例を紹介します(両調査とも詳細は橋元ほか,2000を参照)。第三に、2000年4月に松山市内の大学生486人に対しておこなったアンケート調査(大学生調査)の結果も紹介します。ただし、最近盛んになった移動電話を使ったメールについては次節で述べます。
 影響の実態に入る前に、首都圏調査の結果から、まず移動電話の利用実態を簡単にみておきます。被調査者のうちで「携帯電話」の利用率は53.0%、PHSの利用率は13.3%で、「携帯電話」またはPHSのどちらかを使う人、すなわち移動電話の利用率は63.8%でした。移動電話で話される内容としては、待ち合わせの約束(67.9%)、居場所の確認(54.3%)、帰宅の連絡(51.9%)、遊びの誘い(47.3%)、仕事関係(38.1%)などもっぱら道具的な内容が多く、特に用件のないおしゃべりをよくする人は21.0%にとどまりました。移動電話は通話料金が高いことや、音質や電波の安定性に問題があるために、長電話には向かず、短い用件連絡に適しているようです。こうした移動電話の使い方は当然その影響にも関係してきます。
(1)意識面の影響
 まず直接化の影響ですが、首都圏調査では全回答者の67%の人が「携帯電話・PHSを持っている人には直接本人に連絡できるので、相手の家族や職場を気にしなくてよくなった」と答えています。これが直接性の感覚です。直接性は通話相手をその居場所から分離する不思議な感覚を生みます。たとえば休暇でリゾート地に来ているときに、それを知らない相手から仕事の電話がかかってきた、などというときに感じる、不思議な感覚です。調査では、携帯電話・PHSでは自分の居場所が知られないので、便利なときがある、とした人が利用者の42.4%いました。便利かどうかは別として、こうした感覚はかなり広がっているようです。
 次に常態化の作用ですが、ほとんどの携帯電話利用者(81.9%)が、いつでも連絡がとれるという安心感がもてるようになった、と感じています。安心感はさらに人間同士の連帯感につながります。調査では約半数(51.4%)の利用者が、よく携帯電話・PHSで話す相手とは、いつでもつながりあっているという安心感がある、と感じています。携帯電話の常態化作用は、連絡可能の安心感や連帯意識を多くの人に与えているようです。
 常時連絡可能性はストレス意識にも影響を与えます。73.5%の利用者が、連絡がつかずいらいらすることが少なくなった、と答えています。しかしこのような感覚に慣れてしまうと逆に、相手が携帯電話・PHSを持っているのになかなか連絡がつかずいらいらすることが多い、とする人も多くなります(全回答者中47.1%)。移動電話はときには両刃の剣となるようです。
 さらに、自分の行動が縛られているような感じがする、と束縛感を感じる人が利用者の36.4%いました。仕事の電話が上司からかかってくるような人は特にこの束縛感を感じるでしょう。また家庭からの電話が束縛感につながる例もあります。グループインタビューに答えた30代のある男性会社員は、よく飲み会に参加するほうですが、妻から頻繁に携帯電話に電話がかかり、束縛感を感じていました。しかしその一方で逆に自由感を得ている人もいます。グループインタビューに答えた20代のあるOLは、携帯電話を持つようになっていつでも連絡がつくために、厳しかった門限がゆるみ、親からの束縛が減少したと感じていました。調査でも約3割(34.2%)の利用者は、行動が自由になったような気がする、と答えています。束縛感と自由感については感じる人がそれぞれ3割程度と微妙な数字です。しかしこれはある意味で移動電話の影響を典型的に表しています。すなわち移動電話はある程度の影響を与えているが、その方向性は正反対である。そして影響は移動電話のメディア特性によってあらかじめ決められているわけではなく、その方向性は利用者の置かれた社会的文脈に依存している、ということです。たとえば男性会社員のケースでは、本人の飲みが頻繁で、妻が規制を強化しようとしていた家族的文脈があります。一方OLの場合は学生時代から強かった門限規制が、年齢とともに緩和されていくという流れが存在していました。携帯電話はこうした流れに沿って影響していることが少なくありません。
 また特に若い人に顕著にみられるのが、身につけることによって電話機がファッション化、ガジェット化(おもちゃ化)してきたという点です。首都圏調査では、利用者の約半数(47.3%)が電話機に自分の好きなストラップやシールをつけているし、また着信音を自分の好きなものに変えています(48.2%)。着信音を変えるのは、着信音を他人と区別するという実用面もありますが、電話機にオリジナルの着信メロディーを設定できるようになって以来、自分らしさを表現する手段として独自の発展を遂げました。ヒット曲を電話に入力するためのコードを集めた本が発売され、人気を呼びました。たとえば『携帯着メロ♪ドレミブック』(双葉社)の第1集は1998年に出版され、その後10巻以上が次々と出版されました。最近ではネットワーク経由で着メロが配信されたり、和音を出せる機器が発売されたりと、ハード面の変化も進んでいます。
(2)行動面の影響                行動面の影響では、最も単純なものとして、電話をかける回数が増える、ということがあります。首都圏調査でもこうした人は利用者の47.3%に達していました。ここには携帯電話の手近さやメモリ機能による「簡便化」のメカニズムがあります。また携帯電話からかけることが多くなった結果、一般加入電話を使う回数が減った人も同程度(47.3%)います。一般電話から携帯電話に利用がシフトしながら、携帯電話は電話コミュニケーション全体を活発化しています。
 つぎは直接化の影響です。直接化は時間帯や相手の場所を気にせず電話できるようにします。たとえば、携帯電話を深夜家族に迷惑をかけずに連絡を取るために使う、という利用者が34.6%いました。その結果、深夜・夜間に人と連絡を取り合うことが増えた、という人が41.1%もいました。コミュニケーションの深夜化にともなって、交際活動の深夜化の傾向も1/4(24.5%)ほどの利用者にみられます。直接化や常態化はコミュニケーションの増加をもたらしますが、その結果として友達と会う回数が増えたとする人が3割(28.6%)程度いました。また、小さな用件でも連絡することが多くなった、という利用者が57.2%と半数を超えているのは注目に値します。携帯電話はコミュニケーション行動に大きな変化を与えているのです。
 携帯電話の直接性や常時性は、仕事とプライベートの境界を曖昧化する可能性があります。携帯電話ならいつでも直接相手に通じるので、アフター5や休日にも比較的気軽に仕事の電話をかけられます。逆に直接相手が出るので、気軽に職場に私用電話がかけられます。調査でも「仕事中や学校にいるときに私的な電話をすることが多くなった」という人が約2割(23.9%)いました。プライベートの領域が仕事に浸食されるのか、それとも仕事の領域にプライベートが侵入するのか、どちらの効果が大きいのか、これまでの調査でははっきりしません。ただカッツも言うように、影響の方向性はメディア特性によって決まっているのではなく、その人の置かれた状況に依存しています。例えば医者などはその職業特性によってプライベート領域が仕事に浸食されやすくなります。また規律の厳しい職場や学校では、プライベート領域の侵入を防ぐために、移動電話の使用が禁止されることもあります。実際調査でも、職場(学校)で移動電話の利用について規則が決められているという人が15.0%いました。これは後述する規範の形成にあたる現象ですが、影響が社会的に望まれないものである場合、それを相殺する作用が働くことがあります。
 一方常態化のメカニズムが強く働くものには、第一に行動の効率化があげられます。常に連絡がつくので、電話待ちで動けないということもなくなるし、移動中の予約や、待ち合わせの間のショッピングなどもできます。調査でも「時間が有効に使えるようになった」と答えた人は約6割(57.8%)に達しています。またいつでも連絡がつくことを見越して詳細を事前に決定せず、遊びの予定などを直前に決定する、という現象も約半数(48.6%)の利用者に広がっています。
 その他のメカニズムによる行動面の影響ですが、首都圏調査では、ダイヤル登録(メモリ)をアドレス帳代わりにしている、という人が利用者の約7割(68.7%)もいました。また大学生調査では「移動電話をアドレス帳代わりにしているので、アドレス帳は持ち歩かない」という人が38.4%いました。一方大学生調査では「移動電話を時計代わりにしているので、腕時計は持ち歩かない」という人が利用者の65.7%にも達しました。これは単なる偶然かもしれませんが、通産省の『機械統計年報』によると、腕時計の出荷販売数量は、ポケットベルがブームになった92年から落ちだし、携帯電話が急増した95年以降は91年以前の1/3ほどの水準に減少しています。昔の所持率が分からないのではっきりしたことは言えませんが、携帯電話の普及により、腕時計やアドレス帳を持たなくなる傾向があるようです。
(3)関係性への影響
 さて関係性への影響ですが、まず若い人の人間関係からみていきましょう。近年若者はメディア上の世界に閉じこもりがちになり、現実の人間関係が希薄になってきた、という議論があります。たとえば大平(1995)は若者は表面的コミュニケーションを好むためにポケベルコミュニケーションが好まれるのだ、といいます。これに対して中村(1997)は学生に対する調査から、ポケベル常用者では非常用者に比べて表層的人間関係をとろうとする人がむしろ少ないこと、またポケベル常用者は対面的人間関係が活発であることなどを発見し、ポケベル利用が表層的人間関係につながるという論を否定しています。さらに橋元(1998)は各種調査をみる限り、1970年代以来、日本の若者において親しい友人の数が減少したり、友人とのつきあい方が表層化したりはしておらず、若者の関係希薄化論そのものに裏づけがない、といいます。携帯電話についてもポケベルと同様のことがいえます。橋元(橋元他,2000)は首都圏調査の結果から友人関係の親疎に関する尺度をつくりました。すなわち、「親友とはお互いの性格の裏の裏まで知っている」とか「親友とは何も言わなくてもわかりあえる」と答えた人に高得点をあたえ、「親友であってもすべてをさらけ出すわけではない」「親友ではあってもあまり深刻な相談はしない」「親友といえる人はいない」と答えた人に低い点数を与えました。この尺度と携帯電話所有との関連をみたところ、携帯電話利用者ほど深いつきあいを好むことがわかりました。そのほか、携帯電話所有者は外向的で自己開示的な明るい性格の持ち主であることもわかりました。こうしたことから、携帯電話が表層的なつきあいを助長するとはとうてい考えられません。
 第二に、携帯電話は日常的に会い、夜には固定電話でおしゃべりをするような親しい間柄で使われ、結果として四六時中べたべたとつながりあう関係を作り上げるという、上とは反対の議論があります。吉井ら(1999)は携帯電話が成立させるこうした関係を「フルタイム・インティメイト・コミュニティー」と名づけました。
 首都圏調査で、若者(29歳以下)の通信メディア相手との関係を調べると、最も多いパターンは携帯電話と固定電話と日常的対面接触を同時におこなう関係でした。ついで携帯電話と対面接触、固定電話と対面接触の組み合わせです。携帯電話の利用は固定電話や対面接触とともに行われることが多いのです。これは携帯電話が「フルタイム・インティメート・コミュニティー」を作り出している、という議論に肯定的な結果といえます(詳しくは橋元ほか2000)。しかしその広がりはあまり大きくないようです。大学生調査によると、移動電話を持つようになって、よく会う友達と1日中連絡をとりあうようになった、としたのは利用者の18.5%にとどまりました。すでに述べたように、小さな用件でも連絡することが多くなった、という人は多いのですが、それが「フルタイム・インティメイト・コミュニティー」にまで至っている人は少ないようです。
 第三に、携帯電話では着信時に発信者番号が表示されるので、通信相手、すなわちつきあう相手を選別するようになり、その結果好きな人とだけつきあうようになった、という議論があります。松田(1998)らは街頭インタビュー調査でそうした若者を発見しているし、大学生調査でも、かかってきた電話には、表示された相手の番号によって出るかどうかをきめている、という利用者は42.9%に達し、確かに番号表示が電話相手の選択に使われているようです。しかし首都圏調査では、親しい人とだけつきあいがちになった、と答えた利用者は17.7%でした。これは着信者番号以外の移動電話の影響も入った数字です。これをみると発信者番号の人間関係への影響は一部にとどまっているようです。それはなぜかというと、そもそも携帯電話はコミュニケーションの常態化をもたらし、緊急性のない通話を常時受けなくてはならなくなります。また学生調査によると「移動電話の番号は自宅の番号より気軽に人に教えられる」という人が半分(55.1%)ほどいます。気軽に教えた結果、あまり重要でない相手からの電話もかかってきます。発信者番号による選別は実はこれらの影響を調整し、相殺する面があるのではないでしょうか。基本的に大きな変化が望まれない状況にあっては、メディアによるある変化を別の利用法によって相殺しようとする現象がみられます。固定電話の場合でも、トップに直接につながることによる組織的変化を避けるために、電話は秘書に通し、そこで選別する、という慣習ができました。
 第四に匿名的コミュニケーションの展開が考えられます。たとえば1998年には、携帯電話の伝言サービスで知り合った女性に男が睡眠薬を飲ませ死亡させるという事件が起き、携帯伝言による匿名的コミュニケーションが注目されました。しかし大学生調査では携帯伝言サービスの利用経験者はわずか2.5%でした。若者といえども、こうした商業的な匿名的コミュニケーションを実際に行っているのは少数派です。しかしその一方で、でたらめなPHS番号に電話をして、電話相手を捜すという「P友」なる現象もあります。大学生調査によると「移動電話を使って知り合い、電話上だけでやりとりをする友達がいる」という人は利用者の7.2%でした。一般的とまではいえませんが、こちらの方は若干の広がりがあるようです。 つぎに家族の人間関係への影響をみてみましょう。冒頭の例で紹介したように、携帯電話はその直接性によって家族を個別化していくという家族解体説と、携帯電話によるコミュニケーションの常態化によってむしろ家族関係が強化されるという、結束強化説の2つがあります。首都圏調査では「家族のコミュニケーションが増えた」としたのは利用者の約2割(22.6%)逆に「家族が個別化してきたような気がする」としたのは約1割(11.1%)でした。ここでも、影響を感じている人は比較的少数で、正反対の方向性の影響が同時にみられます。影響の具体例について、インタビュー調査からみてみましょう。
 妻と子供がいる20代の会社員は携帯電話が家族とのコミュニケーションを活発にしたと次のように述べています。「夜遅く帰ることが多いので、帰ったら寝ていて、すれ違いということが多かったですけど、携帯電話で一応毎日コミュニケーションがとれるようになりました。妻とのコミュニケーションが増えました。携帯がないときは3日くらい口をきかないこともありましたね。飯食ったか、とか、歯磨いたか的なこともありますね。家に帰るなら早く帰りたいので電話している間もないのですが、携帯なら電車の駅とかでできるので連絡取りやすくなったことがあります。携帯を持つまでは「帰るコール」など全くしたことがなかったです。」ここでは携帯電話の簡便性が「帰るコール」を促していることもうかがえます。ただこの点はその広がりを示すデータがないのではっきりしたことは言えません。ここで注目すべきは、子供が小さい若い夫婦という、コミュニケーションを求める家族状況が背景にある点です。そうした背景が携帯電話の導入で家族の結びつきを強化させることにつながったと考えられます。
 一方家族と同居している20代のOLは、携帯電話によって家族の束縛から自由になったと、次のように述べています。「夜中にいとこの家にちょっと行くというようなことをするようにはなりました。携帯を持って親が安心して出してくれるようになりました。それまでは道中が心配とかいって夜中に車で外出させてくれなかった。携帯で生活がかわったというような気はしないけれど、もしなかったらまた(親の)強いしがらみの中で生きて行かなくちゃいけないな、と思います。」ここにはそもそも娘に対する親の厳格な規制があり、それが年齢とともにゆるみつつある、という背景があります。携帯電話の導入がそうした動きのきっかけとなったのでしょう。このように、反対の影響が見られるのは、導入される人間関係の背景が異なっているのが原因です。
 家族への影響が家族の状況によって異なるというのは外国の例をみるとより明らかです。たとえばスペインは一般に家族単位の行動が盛んな社会です。スペイン国営テレビ(TVE)のニュース番組(2000年1月7日放送)によると、スペインでは99年のクリスマス期間中に約300万台の携帯電話が売れましたが、それは主に親から子供へプレゼントされたものだといいます。その際、料金は親もちで、携帯電話は親が子供をコントロールする手段とされているそうです。家族の結束が強い社会では携帯電話もそれを維持するための手段として使われるのです。
 あるいはラコー(Rakow,1993)は1991年にシカゴ郊外で19人の携帯電話利用女性にインタビューをおこないました。中流家庭では母親が子供の面倒を第一に見なくてはならないというイデオロギーがあり、専業主婦は子供の送り迎えや買い物などでの移動で忙殺されています。そんな中で携帯電話は離れていながらも子供を管理できる手段となり、「リモート・マザリング」とも言うべきものを実行可能にしています。その一方で有職女性にとっては仕事をしながら家事も同時に行える手段となっています。ラコーによれば、このような携帯電話の利用法は女性の従属的地位に原因があり、携帯電話はそうした地位関係を保存することを助けている、といいます。
 以上をまとめると2つのことがいえます。第一に、意識面や行動面に比べると、関係性への影響はそれほど大きくはないということです。変化を認める利用者はだいたい1/3以下でした。人間関係全般としても、携帯電話・PHSでやりとりする相手との親近感が増した、とする人は利用者の35.8%で、携帯電話・PHSでやりとりしない人とのつきあいが少し疎遠になった、とした人は13.4%です。第二に、関係性においては、全く逆方向の影響が同時に起きる、影響の両義性が顕著にみいだされました。
(4)社会規範の形成
 さて、移動電話の利用が広まると、それに対応して様々な社会規範が生まれます。たとえば移動電話では直接相手につながることから、固定電話の時のような相手を確認する挨拶が不要になります。実際、学生調査によると、約半数(47.4%)の人が、移動電話にかけたときには挨拶抜きで、いきなり本題にはいることが多い、と答えています。「もしもし、今どこ?」「もうすぐ着く」などという会話はその典型です。ここでは挨拶がないばかりでなく、不特定の相手を想定した丁寧表現も消えていきます。携帯電話は明治以来培われてきた電話での話し方に変化をもたらしているようです。
 また電話番号を教える時の規範の変化もあります。移動電話では直接かかってくる煩わしさを防ぐために、固定電話より番号を広く公開しない傾向があります。首都圏調査では、番号はごく親しい人にしか教えていない、という人が73.5%いました。またアメリカなどでは携帯電話の通話料金は受信側が払わなくてはならないために、やはりごく一部の人にしか教えないそうです(Katz,1999)。しかしその一方で、すでに述べたように、携帯電話の番号を気軽に教える風潮もあります。これはは問題が起きたとき移動電話なら気軽に解約できるためと考えられます。ここでも影響の両義牲がみられます。
 携帯電話に関する規範でもっとも問題となっているのが、公共の場における利用制限です。1999年に我々が調査したところによると(中村ほか1999)、この時点でもかなりマナーを守る行動が浸透しているようです。たとえば、劇場や映画館にいるときに通常モードにしている人はわずか2.7%で、59.6%はスイッチを切り、36.6%はバイブレーションモードにしています。そのほか病院や会議中などでも電源を切る人がそれぞれ75.0%と45.8%など、マナー行動が浸透しています(表8-3)。また公共交通機関の中でも28.8%が電源を切り、54.5%がバイブレーションにしています。
    表8−3 携帯マナー行動の実施率   (中村他1999より)
  電源切る バイブレーションモード 通常モード
劇場・映画館・コンサートホール
病院
会議室・教室
電車・バス
勤務中
レストラン・喫茶店
 59.6     36.6     2.7
 75.0     20.2     4.1
 45.8     45.6     6.5
 23.8     54.5     21.2
 29.6     30.3     38.2
 10.4     42.3     46.7






 
 
 こうしたマナー行動浸透の原因には、施設運営側の働きかけがあります。たとえばJR東日本では1992年から新幹線・特急列車で、デッキでの使用を呼びかけたのに始まり、96年には普通列車内でも「周りのみなさまのご迷惑とならないように協力を」となり、97年からは「他のお客様の迷惑となるのでご遠慮ください」と強化され、2000年には込み合った車内でスイッチを切るキャンペーンが行われました。さらに法による規制もあります。道路交通法が改正されて、99年11月から自動車運転中の携帯電話の使用が禁止されました。
4.携帯メールについて
 これまで移動電話による声のコミュニケーションについてもっぱら考えてきましたが、近年さかんになってきたのが「携帯電話」やPHSを使ったメールのやりとりです。これには携帯電話同士でしかやりとりができない「文字メッセージ」(Pメールやショートメール)と、インターネットを通して幅広く通信ができる「携帯Eメール」(Sky Walkerやiモードメール)の2種類があります。前者は少ない文字数しか送れませんが、サービス開始が1995年と早く、97年以降若い人を中心にブームになりました。後者は97年からサービスが開始され、より長い文を送受信できます。携帯電話会社がプロバイダーの役割を果たし、携帯電話機だけで簡単にEメールができます。ここでは両者を総称して「携帯メール」と呼びます(ただしパソコンや携帯情報端末に携帯電話を接続して行う、モバイルコンピューティングは含みません)。
 現在、若者を中心としてこの携帯メール利用者が急増しています。野村総合研究所の調査(第6回情報通信利用者動向の調査)によれば、携帯電話利用者のうちで「ショートメッセージサービス」を利用しているのは、1999年10月現在23.6%で、特に10代は71.3%と高率になっています。また著者の行った学生調査(前出)でも、大学生の大部分(85.6%)が携帯メールを利用していました。
 若者の携帯メール利用の第一の特徴は、その利用頻度が極めて高いことです。利用頻度は音声による携帯電話利用よりも高いほどです。たとえば、1日に5回以上利用するヘビーユーザーは、音声利用では22.3%なのに対し、携帯メールでは37.7%にも達しています(学生調査 図8-2)。
       図8−2 移動電話の利用頻度  (学生調査)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 携帯メール利用の第二の特徴は、やりとりされる内容です。携帯電話で話される内容についてはすでに述べたように、待ち合わせの連絡などの道具的利用が目立ちました。それに対して、携帯メールでは、今どこにいて何をしているかといった現況報告(70.9%)や身の回りの情報(66.8%)あるいはちょとした気持ち(60.1%)といったコンサマトリー(自己充足的)な内容が多くなっています。携帯メールでは相手に話すことを強要しないために、どうでもよい内容を送りやすくなる点が音声の電話とは異なります。携帯メールは利用年齢層が若いこと、遊びの要素があること、などから、かつてのポケベル通信と似た雰囲気があります。しかしポケットベル通信ですら、多くの若者が行っていたのは「折り返し電話をしてもらうため」(64.9%)や「待ち合わせの時間や場所の連絡」(51.9%)といった道具的利用で、「ちょっとした気持ちを伝えるため」に利用している人は1/3(35.9%)程度でした(中村1997)。
 また携帯による常態性から、その時々の常態や気持ちを瞬時に伝え、体験を共有する感覚が得られる点がパソコンの電子メールとも異なる点です。携帯メールは常時気持ちを通じあわせるという、他のメディアにはない特徴を持っているのです。このようにみると、吉井らの言った「フルタイム・インティメイト・コミュニティー」は携帯電話の音声よりも、むしろ携帯メールによって実現されつつある、といえるのではないでしょうか。
5.まとめ 
 本章では移動電話の影響について、その広がりを検討した上で、人間関係や日常生活における影響をデータを元にみてきました。その結果、とくに意識面、行動面、規範面で様々な影響が確認されました。すなわち意識面では直接意識、連帯意識、連絡可能の安心感などが形成されていました。あるいは行動面では行動の効率化、小さな用件でも連絡するようになった、時計を持たなくなったなどの影響が顕著でした。また規範面では移動電話の利用について場所をふまえた行動が当たり前になってきています。その一方で新しい友人関係や家族関係など、関係性における影響は、他の面と比べるとはっきりしたものではありませんでした。意識や行動の面に比べると関係性の面はなかなか変化しにくい領域なのかもしれません。しかし小さな用件でも連絡するようになったり、発信番号を確認して電話に出る行為が広がるなど、今後、人間関係に影響を及ぼす可能性があります。また携帯メールの世界では、「フルタイム・インティメイト・コミュニティー」に親和的なコミュニケーションがなされており、今後の動きが注目されます。
 これまで検討してきた諸影響から、以下の4つのパターンが析出できます。第一は「組み込まれた強化装置」のパターンです。これは元々ある傾向に携帯電話が組み込まれることで、その傾向を強化・増幅するパターンです。携帯で親の監視が緩くなったOLの例や、ラコーのいう女性の低い地位が存続する問題などがこれにあたります。第二は第一のメカニズムの延長上で起こるのですが、同時に反対方向の影響が出る、「影響の両義性」のパターンです。影響が既存の傾向を強化する形で現れるとすれば、基礎となる傾向が逆であれば当然逆の影響が出るわけです。携帯電話が家族関係を結束する方向で影響することもあれば、逆にバラバラにする方向で影響することもある、というのがこの例です。第三は変化が社会的に望まれない場合、それを相殺する別の変化が起きる「影響の相殺」のパターンです。たとえば、職場へのプライベート領域の侵入作用を相殺するために、職場で利用禁止の規範ができたりするのがこれです。両義性と似ていますが両義性が両方の作用が存在するのに対して、こちらは同一作用をうち消す点が異なります。そして第四は「機能的代替」です。これは、携帯を持つようになって腕時計を持たなくなったり、携帯電話を使うので固定電話を使わなくなる、といったことです。
 このように携帯電話の影響は考えてみると、それほど単純なものでありません。しかしそこがまた、この研究テーマのおもしろいところでもあります。ここではそれが使われる生活状況への着目と、実証的データに基づいた慎重な検討が必要になってくるからです。
文献
Katz,James E. 1999 Connections:Social and
Cultural Studies of the Telephone in Ameriー can Life, Transaction Publishers.
松田美佐・富田英典・藤本憲一・羽渕一代・岡田朋之 1998「移動体メディアの普及と変容」『東京大 学社会情報研究所紀要』56号
中島一朗・姫野桂一・吉井博明 1999「移動電話の
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中村功 1997「生活状況と通信メディアの利用」 水野博介・中村功・是永論・清原慶子『情報生活と メディア』北樹出版
中村功・三上俊治・吉井博明 1999『電子ネットワ ーク時代における情報通信マナーに関する調査 研究』 財団法人マルチメディア振興センター
大平健 1995 『やさしさの精神病理』岩波新書
橋元良明 1998 「パーソナルメディアとコミュニ ケーション行動」竹内郁郎・児島和人・橋元良明 編『メディア・コミュニケーション論』北樹出 版
橋元良明・石井健一・中村功・是永論・辻大介・森康 俊 2000 「携帯電話を中心とする通信メディア 利用に関する調査研究」『東京大学社会情報研 究所調査研究紀要』14号 83-192.
Rakow,Lana F. and Navarro,Vija, 1993 'Remote Mothering and the Parallel Shift:Woman Meet the Cellular Telephone',Critical Studies in Mass Communication,10. 114-157.