ハザードマップを解剖する
東洋大学 中村功
東京大学 廣井脩
はじめに
火山ハザードマップとは、ある火山で将来起きうる災害の被害想定(危険の種類や範囲)や、防災情報(避難場所や避難経路など)を示した地図のことである。わかりやすいハザードマップを作成し、それを住民や行政が有効に活用すれば、迅速で的確な避難が促進され、噴火災害による被害を低減することができる。
日本ではじめてハザードマップが作られたのは、1983年、
その結果、2003年現在、我が国にある108の活火山のうち、33の火山でハザードマップが作られている。その内訳は「活動的で特に重点的に観測研究を行うべき火山」(全13)のうち12、「活動的火山及び潜在的に爆発活力を有する火山」(全24)のうち18、そしてその他の火山が3である(「」内は文科学省測地学分科会火山部会による分類)。
表1 ハザードマップがある火山
・「活動的で特に重点的観測研究を行うべき火山」 十勝岳、樽前山、有珠山、 霧島山、桜島、 ・「活動的火山及び潜在的に爆発活力を有する火山」 雌阿寒岳、岩木山、秋田焼山、岩手山、秋田駒ヶ岳、蔵王山、鳥海山、吾妻山、安達太良山、磐梯山、 那須岳、新潟焼山、焼岳、御嶽山、九重山、薩摩硫黄島、口永良部島、諏訪之瀬島 ・その他の火山 アトサヌプリ、恵山、中之島 |
しかし、それらは主に自然科学的観点から検討・制作されてきたのが現状である。その結果、自然科学的には正確かも知れないが、一般住民には分かりにくかったり、利用しにくいようなマップも散見される。外国の例だが、1985年のコロンビアのネバド・デル・ルイス山の噴火では、せっかくのハザードマップが活用されず、大きな被害につながったという。そこで、利用者である住民の立場からこれを再検討し、より有効なハザードマップをめざすことが重要になってくる。
2000年から2001年にかけて多発した低周波地震により、富士山においても火山防災対策の重要性が再認識され、2003年度中をめざしてハザードマップの作成が行われている。2003年8月には、
こうした状況の中で、よりよいハザードマップの条件を探るために、我々は次のような作業を行った。第一に、マップ作成が進行中の富士山に焦点をあて、マップ試作版に対する住民評価を明らかにするために、アンケート調査を行った。調査の対象は、
第二に、より詳しい生の意見を集めるために、ハザードマップが作られた地域において、住民グループインタビューを行った。対象は全国のハザードマップの中でもわかりやすいと思われる十勝岳(
そして第三に、住民向けにつくられた全国のハザードマップを収集し、それらを概観するなかで、よいハザードマップの条件を検討した。
1.2003年富士山ハザードマップアンケート調査
1.1 全体的評価とマップ概要
全体的わかりやすさとしては、「まあわかりやすい」という評価が最も多く、
地域別でみると、
図1.1 「防災マップ」全体のわかりやすさ
次に、ハザードマップの各要素について評価してもらった。評価の高い項目としては「図上の色分けや線の意味」、「危険地域の場所」、「火山現象の説明」、「噴火時にとるべき行動」、「火山情報の説明」などの項目で、でいずれも半数以上の人が高い評価をしていた。また、「マップ全体の大きさ」や「地図の数」も「適当」(図表表記は「中」)という人がそれぞれ7割、8割を越えており、評価は低くなかった。(数字はいずれも
実際の図をみると、全体の大きさはA1(A3×4枚分)の表裏印刷で、メインの図中の危険地帯の色分けは、危険な方から赤、ピンク、黄色、青となっている(メイン面)。火山現象の説明は写真入りで13の現象があり、住民のとるべき防災対応も含めて、説明されている(表紙面)。また、住民のとるべき行動は、普段の準備、噴火しそうなとき、避難の場合の注意、降灰時と、ほぼA3大のペースを割いて図入りで説明されている(メイン面)。火山情報については、緊急火山情報(赤)、臨時火山情報(黄)、火山観測情報(緑)と色づけされたスピーカーの絵とともに解説されている。(ここまでは両市共通)。
地図の数は
図1.2 御殿場用ハザードマップの試作品(メイン面)
図1.3 富士吉田用ハザードマップの試作品(メイン面)
図1.4 各地共通の富士山ハザードマップ試作品(表紙面)
1.2 住民評価が低かった項目
一方、住民の評価の低かった項目は、「自宅での掲示しやすさ」、「地図上の目印となるもの」、「避難経路」、「地図の複雑さ」などで、いずれも1/4以下の人しか高い評価を与えていなかった。(数字は
このうち、掲示のしやすさはA1版だと大きすぎるということである。地図上の目印としては線路・駅と国道が色付けされて記入されているが、その名称は記入されていない。また地の図は5万分の一図を若干拡大しているが、そこに書かれている文字は小さく、ランドマークとなる地名は記入されていない。避難所は掲示されているが、そこに至る経路は記されていない。地の地図が5万分の一の地形図そのままなので、図は確かに複雑である(メイン図)。
図1.5 ハザードマップ要素の住民評価(
また、両市で差のある項目はつぎのとおりである。
第一に、「ハザードマップ全体の大きさ」については
第二の違いは、「危険地域の場所」や「自宅のおおよその場所」など、地図内容の把握しやすさである。評価の高い人は、
表1.1 ハザードマップ要素の住民評価(御殿場・富士吉田別)
|
|
|
||||
|
高 |
中 |
低 |
高 |
中 |
低 |
#マップ全体の大きさ |
27.3 |
70.1 |
2.5 |
39.1 |
58.7 |
2.2 |
自宅での掲示しやすさ |
18 |
29.3 |
52.7 |
19.9 |
23.5 |
56.5 |
全体的文字の大きさ |
36.1 |
46.5 |
17.5 |
59.8 |
33.5 |
6.6 |
地図の文字 |
21.1 |
48.5 |
30.4 |
28.8 |
53.2 |
18 |
危険地域の場所 |
58.9 |
27.9 |
13.2 |
45.4 |
36.8 |
17.7 |
自宅のおおよその場所 |
43.4 |
31.3 |
25.4 |
36.8 |
40.4 |
22.7 |
避難場所の位置 |
36.3 |
32.7 |
31 |
35.2 |
38.2 |
26.6 |
地図上の目印となるもの |
22.3 |
43.7 |
34.1 |
26.3 |
45.4 |
28.3 |
避難経路 |
14.4 |
32.1 |
53.5 |
25.2 |
37.4 |
37.4 |
地図の複雑さ |
19.4 |
54.6 |
25.9 |
21.9 |
55.1 |
23 |
図上の色分けや線の意味 |
57.7 |
29 |
13.2 |
59.3 |
33 |
7.8 |
図に使われた用語の意味 |
44.5 |
44.8 |
10.7 |
42.4 |
47.1 |
10.5 |
#地図の数 |
13.2 |
83.4 |
3.4 |
26 |
70.1 |
3.9 |
火山現象の説明 |
58.6 |
33.5 |
7.9 |
58.4 |
35.2 |
6.4 |
噴火時にとるべき行動 |
52.1 |
39.2 |
8.7 |
52.6 |
41.3 |
6.1 |
火山情報の説明 |
50.7 |
37.7 |
11.5 |
53.7 |
41 |
5.3 |
ップを見ると、御殿場の場合は、危険場所が単純な同心円上に分布しているのに対して、富士吉田では複雑な形になっている。これは災害の様態の差であって、表記の問題ではないので、しかたがないという議論も可能である。
第三の相違点は「地図の数」についてであり、
1.3 ハザードマップのわかりやすさに影響する要因
では、「防災マップ」全体のわかりやすさには、何が最も影響しているのであろうか。
このことを調べるために、各項目の評価と全体評価の間で相関係数をとってみた(図1.5)。
その結果、いずれの項目とも全体のわかりやすさとは正の相関が見られたが、その中で「マップ全体の大きさ」、「地図の数」との関係性はあまり高くなかった。つまり、マップ全体の大きさや掲載されている地図の数は、ハザードマップのわかりやすさとあまり関係がないということである。
しかし、それ以外の項目とは0.3以上と、一定の関係があった。特に重要なのは、「避難場所の位置」、「地図上の目印となるもの」、「地図の複雑さ」、「噴火時にとるべき行動」、「火山情報の説明」で相関係数が0.4を越えており、全体的なわかり
図1.6各項目の評価と全体的わかりやすさとの相関係数(ただし#は「適当」=高、「大きすぎ」「多すぎる」「小さすぎる」「少なすぎる」=低の2段階の評価として計算) ★は相関係数が0.4以上のものを表す
やすさと高い関係性があることがわかった。つまり、避難場所の位置、地図上の目印となるもの、地図の複雑さ(複雑でないこと)、噴火時にとるべき行動、および火山情報の説明がわかりやすいと、住民はそのハザードマップをわかりやすいと感じる傾向があるということである。 次に住民の性別や年齢差がわかりやすさに影響しているかをみてみた(図1.6)。全体的わかりやすさとの関係を見ると、男女別では、女性の方がわかりにくいという傾向がごくわずかだが見られる。一方年齢別は、70歳以上の人で「とてもわかりにくい」という人が多いほかは、一貫した傾向は見られなかった。年齢が上がるほどわかりにくいという人が増えると予想していたのに、意外な結果である。
図1.7 全体のわかりやすさと性別・年齢の関係
以上が、内閣府作成のハザードマップの試作版に関する住民の評価であるが、これらをまとめると、次のようになる。
調査結果を見ると、富士山の防災マップ(試作版)について、住民の評価はまずまずであった。特に、「噴火時にとるべき行動」と「火山情報の説明」のわかりやすさが、全体の評価を高めているといえる。また年齢・性別によってわかりやすさに差が出るという傾向は見られなかった。こう見ると、わかりやすさという点では一定の水準をクリアーしているといえる。
しかし、全体的評価で「とてもわかりやすい」という人が少ない点には問題がある。とくに、ハザードマップのわかりやすさに関係の深い「避難場所の位置」、「地図上の目印となるもの」、「地図の複雑さ」については、評価があまりよくない。実際の図を見ても、「地図上の目印となるもの」や「地図の複雑さ」については改良の余地がある、と思われる。
2.グループインタビューの結果
2.1
富士山ハザードマップ試作版で、全体的評価が「とてもわかりやすい」という人が少なかった原因としては、アンケート調査で明らかになったマップ中の各要素もあるが、そのほかにも重要な要素があるのではないだろうか。住民に試作版をみてもらいながら、自由に意見を言ってもらう、グループインタビューから、それを検討していこう。
グループインタビューを行って、最も印象的だったのは、50、60代の人が、「字が多くて見る気がしない」と言っていたことである。会場で「後で感想を聞きますので、まず地図をよく見てください」とお願いしたが、50、60代グループでよく見ていたのは5人中1人に過ぎなかった。ある50代の女性は、「新聞でも見出ししか読まないのに、字は読みたくない。」といっていた。また、ある60代の男性は、「マップは何でもかんでも情報を入れすぎで、欲張っている。ポイントだけでいい。」といっていた。
こころみに御殿場版のマップ(試作版)の字数を数えると、全部でおおよそ6158字(メイン図側2261、表紙側3897)ほどあった。これは400字詰原稿用紙でいうと15枚以上にあたり、ちょっとした論文なみの分量である。(この数字は凡例は含むが、図中の文字はのぞいた数字である)。日本人の平均読書スピードは、毎分400−600字といわれており、字を読むだけで15分はかかる計算になる。これだけの文字を配布されて、読んでおくようにといわれても、読む人は少ないだろう。ちなみに十勝岳
情報量が多すぎるという問題は、字数ばかりではなく、地図もしかりである。図は国土地理院発行の地形図をベースに作られているので、等高線から標高、送電線、樹木の種類まで描かれている。その一方で、生活道路、道路名・駅名が把握できず、見にくいという意見があった。住民が危険ゾーンや避難先を把握するために、必要最低限な情報だけを、適切に表示する必要があるのではないだろうか。住民の話を聞いていると、主に主要生活道路と、小・中学校の位置を手がかりに、空間を把握しているようなので、地の地図としては、これ以外は大胆にカットしてもよいのかもしれない。とくに、重要と思われがちな等高線だが、煩雑なので、ないほうがよい、とする声が多かった。また火山学者には絶対必要と思われる、富士山すら必要ないという住民もいた。御殿場のメイン図は、左半分が山腹の無人地帯であり、住民はふだんそちらには行かないので、生活区域のみを拡大したほうがよい、という意見である。確かに、表紙面には山頂を中心とした広域図があるので、メイン図に山頂は不必要かもしれない。全体によりシンプルな図を望む声が多かったが、ある30代の女性は、「ディズニーランドの案内地図のようなものがよい」と言っていた。防災マップも、わかりやすさを追求すると、そのような地図に近づくのかもしれない。
また住民が真っ先に見る部分はメイン図と火山現象の説明であった。たしかにその部分が最も重要な部分であり、それ以外の情報は副次的情報といえる。とくに「豊かな自然との共生」については、防災目的の地図には不必要、との声が多かった。
60代のある男性はあまりの情報量の多さに「これじゃ、実務用じゃなくて学習用。教室で説明しなくてはならない。『火山学習マップ』とタイトルをつけ替えなくては。」と言う。確かにそのような面は否めない。@字は少なく、A図はシンプルに、B不必要な情報は掲載しない、という3つが実用的なマップには必要なようである。
表2.1 富士山グループインタビューでの意見(要約)
・新聞でも見出ししか読まないのに、字は読みたくない。 ・マップは何でもかんでも情報を入れすぎで、欲張っている。ポイントだけでいい。 ・これでは、実務用じゃなくて学習用。教室で説明しなくてはならない。『火山学習マップ』とタイトルをつけ替えなくては。 ・道路が国道しか着色されていない。生活道路や駅名がわからず見にくい ・避難のための情報がない。避難用ではなく危険を知らせる地図になっている。自分がどこに避難すればよいのかわからない。 ・避難用の図と、今回のような危険を示す地図が、分かれていた方がよいのでは。 ・メイン図と火山現象の説明を表裏に分けるのは見にくい。 ・表紙の富士山の写真は地元(御殿場)側から撮影したものにしてほしい。 ・重要施設はマークで示し、ディズニーランドの案内地図のようなものがよい ・火山現象の説明で、「逃げた方がよい」ではなく、より命令調にしたほうがよい。また「巻き込まれると死亡します」など、人ごとのように書かないで欲しい。 ・防災用品と一緒に入れておいて、いざというときに携帯していきたい。 ・自分の住む地区がわかりにくい。印野地区など(市内6地区ある)地区を色分けしてほしい。 ・字でなく、視覚でうったえる方がいい。 ・地図は凡例スタイルではなく、図中に説明を書き入れた方がよい。 ・漠然とした不安だけがあったので、こうしたものが早くできるのを待ち望んでいた。 |
ハザードマップは住民の生命と財産にかかわる情報であるから、できるだけ正確にかつ詳細に作成しなければならない、という作成者の意図はよくわかるが、利用者である地域住民の読解能力と情報処理能力には限界がある。とかく、「正確さ」は「わかりにくさ」に、そして「詳細さ」は「情報過多」に陥りやすい。
すでに見たように、富士山マップ(試作版)は、わかりやすさという面では、ある程度の水準を達成している。しかし災害情報の研究分野では、住民に伝える情報内容は小学校高学年の児童が理解できる程度が望ましいという意見もある。そう考えるとこのマップは情報過多で難解な面がある。よく読めばわかるが、読む気がしない、というのでは高い評価は得られない。火山防災マップに科学的な危険度地図だけではなくて、防災的な意味を持たせるとしたら、科学的な正確さや詳細さを犠牲にしても、住民の理解しやすさを優先するような、図のデフォルメや全体のシンプル化を行う選択肢が十分にあるのではないだろうか。
いくつかの問題点はあるものの、こうしたマップを配布することは、もちろん有意義なことである。実際、インタービューをした住民も、こうしたマップの早期配布を切望していたし、おのおのが火山防災を考える上で、貴重な第一歩となるだろう。今後は、これまでのマップを土台にして、避難用のより実用的なマップに進んでゆけばよいのではないだろうか。
2.2 十勝岳
図2.1
上流の白金温泉地区では次のような声があった。
まずマップの図については、「地図は記載が細かすぎる。等高線などはいらない。道路だけでよい。」「地図には目印になる建物があった方がよい」と、シンプル化とランドマークの明確化が望まれていた。そしてマップは「難しくなればなるほど見ない」という声もあった。一方「一番危険な白金地区の地図が小さい」「白金地区だけがもっと大きくあればよい。他の地区はいらない」といったように、局地的な詳しい図を望む声もあった。地図には避難場所が数字で書かれているだけなので、理解できるかをたずねたところ、「避難場所は番号だけでも地元の人ならわかる」という答えだった。
その他の記述については、「解説的なことが多すぎる」「火山現象の説明は必要ないのでは。避難とつながらないのではどの現象も同じ。なぜ発生するのかは我々には関係ない。」といった解説の簡略化を求める声が多かった。さらに「重要なことが一目でわかるようなポスター的なものがよい」「どんな危険があり、どうなったら、どうすればよいかの記述が必要」というように、行動指示を簡潔に示した方がよい、という意見もあった。
マップの活用については、「食堂に貼ってある」「事務所・休憩所に貼ってある」「客室のインフォメーションに一部をコピーして入れてある」とかなり活用しているようであった。また観光協会では「マップを記念にほしいという観光客がいる」という。ハザードマップを土産物として販売する事を考えてもよいかもしれない。また緊急避難先として作られた「十勝岳火山砂防情報センター」には修学旅行などの観光客が訪れるという。もしかしたら、平時は、噴火防災対策が、1つの観光資源となりうるのかもしれない
次に富士山のハザードマップ(試作版)と見比べてもらうと、「美瑛にウラに記載のないのはよい」「富士山は字の大きさが小さすぎる、複雑」と美瑛のマップを評価する声が挙がり、最後には全員が「全体として美瑛の図はわかりやすい。」といっていた。
他方、下流の三沢地区では次のような意見があった。
まず図についてだが、「地図はぱっと見てこちゃこちゃしている。字の小さいところがある。」「等高線はない方がよい」と簡略化を望む人がいる一方、「マップはわかりやすい。避難場所は番号だが、避難訓練を毎年行っているので、番号でもわかる。」と評価する声もあった。また「地図中の主要建物(小学校など)は大きな字で書いてほしい。」「道路ははっきり書いてほしい」とランドマークの明確化を求める声もあった。避難については、「避難は車で行うことになっている。避難訓練も車でおこなう。昭和63年の噴火時には車に位牌など避難道具を積み込み避難準備をした。」「子供に服を着せて車に押し込んだ。」という。そうした中で「避難路が描かれていない。もっとも現場には看板はあるが。」と避難路の記入を求める声があった。融雪火山泥流は積雪期に起こるが、すべての道が除雪されているわけではない。そこで、「除雪していない(通行止めの)道路もかかれているとよい。」と言う人もいた。ただ、町では噴火の危険が迫ると避難道路に重機を出して、緊急に開通させるそうなので、これについては問題ないのかもしれない。また図を見ながら、火山情報(緊急・臨時の区別)について尋ねたが、あまりぴんときていないようであった。よりわかりやすい記述が必要かもしれない。
次に活用だが、5人中3人は配布されたマップを紛失しおり、1人はインタビューのために、奥から出してきた。ペンション経営の1人だけが、フロントに掲示していた。一般の住宅ではマップはほとんど貼られていないようである。その理由としてある主婦は、「インテリア的に地図を室内に貼るというのは抵抗がある」という。また「貼れる大きさはカレンダー大が限度」「私はA3程度」という声もあった。やはりA1版は、住宅に貼るには、大きすぎるのであろう。また「地図が折って配布されるので貼らずにしまわれるのでは。丸めて配布されれば貼るしかないのでは。折ると貼ったときにもでこぼこして、きたない。」と配布方法の工夫を促す声もあった。配られたマップの保存も、1つの問題である。
3.全国のハザードマップ
防災に役立つハザードマップは、住民が利用しやすく、容易に理解でき、かつ避難のための実用的な情報が簡潔に記されていなくてはならない。そこには具体的にどのような工夫が必要なのだろうか。そこで次に、こうした防災的観点から、すでにあるハザードマップを分析し、ハザードマップ改善の手がかりを抽出してゆく。
われわれは2003年に、火山を擁する全国の自治体に依頼し、住民向けのハザードマップを収集した。(すでに宮坂(http://staff.aist.go.jp/m.miyasaka/)は火山ハザードマップのデータベースを作っているが、多くの場合で図が無く、また見やすさを知るには原図が必要なので、新たに原図を収集した。) その結果、別表のように25種類のマップを収集することができた(富士山の試作版は含まず)。
マップは火山周辺の自治体によって作られるが、ほとんどの場合、1つの火山が複数の自治体にまたがるので、火山防災協議会などの協議会を設けて、共通のマップを作っている。その結果、1つの火山で1つのマップが作成されることが多い。しかし中には十勝岳のように、各町が独自のマップを作成したり、富士山のように、1つの協議会が方面別に複数作ることで、1火山に複数のマップが存在することもある。
3.1 利用しやすさ
マップの使いやすさに影響する要素として、まず考えなくてはならないのは、全体の大きさである。字を大きくするなどマップの見やすさを考えると、全体のサイズがどうしても大きくなってしまうが、そうなると見るのも大変だし、貼る場所にも困ってしまう。全国のマップを概観すると最もポピュラーなサイズは59.4cm×84.1cmのいわゆるA1サイズである。
図3.1 A3サイズの有珠山のハザードマップ(表面)
第二に情報量を確保するために表裏印刷されているマップが多いが、貼ることを考えると裏はない方がよい。もちろん裏には緊急性がない内容を選んで載せるといった工夫も見られるが、メイン図と現象説明が表裏に分かれてしまっている富士山のような場合は、配られた当初に見る際にも、図の理解が妨げられることがある。
もし、どうしてもA3片面に収まらないような内容を伝達したい場合には、思い切って冊子形式にしてもよいのではないだろうか。
3.2 理解しやすさ
ではどのような地図が望ましいのであろうか。小山(2001)によると、ハザードマップのタイプには表3.1のようなものがあり、中でも3)、特に複数の典型的ケースからの想定図が望ましいとされる。
表3.1 ハザードマップのタイプ
1)最大実績想定型(噴火史上に起きた各現象の最大実績を想定し,危険区域を求める) 4)現行噴火対応型(すでに噴火開始している場合,その時点までに生じた,あるいは生じつつある噴火 を想定し,危険区域を求める。 |
(小山真人,月刊地球2001年11月号)
これまでの議論からも明らかなように、住民の立場からすると、シンプルで要点を絞った図が最も望ましい。そうなると実績図はどうしても煩雑になるし、複数の現象別想定図もどれに注目すべきかをはっきりさせないと、とまどいを与える事になるだろう。多くの場合1つの地図に、様々な火山現象による危険が書き込まれているが、書き込まれる現象が多すぎるとわかりにくくなってしまう。たとえば焼岳のように、火砕流と火災サージを区別して表示するマップもあるが、住民にとってはどちらも危険なことには変わりないので、区別する必要はないのではないだろうか。また火砕流・噴石・溶岩といった噴火当初に危険な現象と、土石流など、噴火後の降雨時に危険な現象が同一地図にあることが多いが、このあたりは図を分けた方が実用的かも知れない。
危険を知らせるには凡例など図の説明が必要だが、記述はシンプルにし、できれば図中に説明を書き込むことで、凡例をなくす方が望ましい。実際、
次に地の地図がわかりやすく、空間理解がしやすいことも重要である。これは言いかえると、自宅の位置や危険場所の認識しやすさのことである。ほとんどのマップの原図は、国土地理院発行の地形図をベースにしている。地形図には2万5千分の1、5万分の1、20万分の1といったシリーズがあるが、その中では5万分の1図ベースが比較的見やすい。2万5千図でもよいが等高線・土地利用区分など、情報が細かすぎる。20万分の1は原図に緑の濃淡があり、縮尺も大きすぎて自宅の位置確認が難しい。後で危険度等の色分けを施さねばならないので、地の図は無着色がよい。また浅間山のような衛星図は非常にわかりにくい。原図は拡大したほうが見やすく、縮小するとベースの縮尺が大きくても字が小さくなり見にくい。美瑛などは5万分の1図を拡大しているので見やすい。しかし、そもそも国土地理院の地形図には、不必要な情報が多すぎるので、原図もロードマップのようにシンプルに加工し直す必要がある。メンタルマップの認識上、道路・鉄道といったラインだけでなく地名・建物といった点的ランドマークが豊富なほうがよい。特に読図の苦手な人は方向性ではなく、目印で場所を認識するので、そうした人への配慮が必要である。吾妻山、草津白根山などのマップでは、施設名や地名の表示がわかりやすい。また危険区域の着色が濃すぎず、地の文字がはっきり読める方がよい。樽前山、有珠山、浅間山、焼岳、御岳産などは危険区域の色が濃かったり、網掛け表示がしてあり、地の地図が見にくい。
3.3 避難に対する実用性
適切な避難のためには、いつ(避難のタイミング)、どのように(注意事項)、どこに(避難所)避難したらよいかが分からなくてはならない。まず避難のタイミングである。たとえば気象庁が出す緊急火山情報などは、事態の逼迫性を知るよい指標となるはずである。マップを見ると、そのほとんどで火山情報の種類は解説されている。しかしそれが行動指示と連動しているケースは少ない。それでも焼岳、御嶽山、那須岳などでは、「緊急火山情報」=「要避難」、「臨時火山情報」=「要注意」、「火山観測情報」=「随時」など、行動指針とセットになっており、実用性がある(例は那須岳)。
また美瑛や草津白根山では火山泥流の、そして那須岳では溶岩流の予想到達時間があり、こうした情報も避難のタイミングやスピードを考える際に重要である。一方、樽前山、有珠山、恵山、吾妻山、那須岳、霧島山などでは、噴火の前兆現象が書かれている。これも単なる知識の羅列ではなく、ポイントを絞り、避難との関連性をつけることが重要である。たとえば有珠山では、「地震多発は必ず噴火につながると考えて、早めに避難することが大切です」となっている。
注意事項としては住民の心得として、どのマップにも類似の項目が並んでいる。典型的な例として、たとえばアトサヌプリでは、「噴火に備えて」と題して、非常持ち出し品を用意する、避難収容施設を確認する、町内の協力・連絡体制を確認する、等が挙げられている。また「噴火が始まったら」と題して、あわてず落ち着いて行動する、火山情報に注意する、戸締まり・火の元・電気などを確認する、テレビ・ラジオ・役場の防災無線や広報などで正しい情報を収集する、デマに惑わされない、役場の指示に従って避難するなどが載っている。そのほか、災害用伝言ダイヤルの利用(岩手山)、高齢者等の災害弱者や観光客の避難を助ける(吾妻山、浅間山他)、避難勧告・避難指示に従う(雌阿寒岳、霧島山他)、谷底や川沿いは泥流の危険がある(美瑛、恵山他)などもポピュラーな項目である。
これらも必要性が高いものにポイントを絞って伝える必要があるのではないだろうか。たとえば「役場の指示に従うこと」と言っても、従わない人はマップの注意にも従わないだろうし、「あわてるな」といっても、あわてている人はマップの記述など思い出さないのではないだろうか。また、「デマに注意」といっても、デマだと知って惑わされる人はいない。「不確かな予知情報はみだりに人に伝えない」というほうが、まだ実際的である。
その一方で、「親戚や知人などに避難する旨を連絡しておく、子供や高齢者などは避難に時間がかかるので早めに避難させる、夜間の避難は大変危険なのでできるだけ余裕をもって避難する」(
また、非常持ち出し品のリストや、避難時の服装も多くのマップで載っている。たとえば持ち出し品としては「携帯電話・ラジオ、貴重品・現金、ヘルメット・マスクなど、常備薬・応急医療品、非常食・飲料水、懐中電灯・雨具など、防寒用衣料・下着、乳幼児用品・介護用品」(恵山)などは典型的なものである。また詳しいものには「着替え(長そで上着、Tシャツ、ズボン、下着、くつ下など)、ヘルメット、(防災ずきん)、手ぶくろ・軍手、ゴーグル、マスク、かさ・カッパ、リュックサック、毛布・タオル、非常食(水3リットル以上、乾パン、もち、缶詰、レトルト食品、アメ、チョコなど)、常備くすり・救急箱、現金・小銭、預金通帳・印鑑、健康保険証、携帯電話、ラジオ(予備電池)、懐中電灯(予備電池)ろうそく・ライター、赤ちゃんいる場合(ほ乳ビン、ミルク、おむつ)、お年寄りがいる場合(お年寄り用常備薬など)」(鳥海山)といったものもあり、絵入りで説明されている事も多い。さながら山にでも登るようなサバイバルな装備だが、噴火避難の際に本当にこれらが必要なのだろうか。噴火の場合は地震と異なり、停電や断水はまれで、山からすこし離れれば日常的な生活が行われているのである。噴火避難時に本当に必要なものを、ポイントを絞って提示する必要がある。
たとえば有珠山では、「学校や病院・福祉施設では教材やカルテなどの持ち出しを考えておく」「農作物や家畜・ペットのことを考えておく」など避難生活の長期化を考えており、実際的である。そのほか、位牌や思い出の写真など、家の焼失を考えた持ち出し品の提示も必要なのではないだろうか。
一方、車での避難の可否は、グループインタビューでも住民の知りたい情報としてあがっていたが、ほとんどのマップで欠如していた。今回収集したマップでは桜島のものに「避難は徒歩で、車は使わない」とあった。また宮坂のデータベース(http://staff.aist.go.jp/m.miyasaka/)によると、駒ヶ岳や島原のマップでも、車避難はひかえるようにと記載されているようである。その一方、有珠山のマップには「避難が遅くなると車が渋滞する」とあり、車での避難を前提としている。また聞き取りに行った美瑛でも、車避難を前提として、車での避難訓練をしていた。自治体自身が「決めかねている」あるいは「黙認している」という面もあるのだろうが、なんとかマップに記載することはできないだろうか。地震や風水害とは異なり、噴火では、@避難するべき距離が長いこと、A避難が長期化し一度避難したらなかなか自宅に戻れないこと(荷物が多くなりがち)、B噴石には車の屋根が一定の有効性を持つこと、そしてC一般に火口付近の危険地帯には人口が少なく渋滞が少ないこと、などの特徴がある。こうしたことから、著者としては、郊外ではできるだけ車避難を可とする方向で検討すべきではないかと考えている。
第三に避難の目的地である避難場所についてである。ほとんどのマップでは避難所一覧が掲載されているが、どの地区の住民がどこに避難すべきかや、使用すべき避難路については記述のないマップが多い。噴火の状況によって避難場所が異なることもあり、はっきりできないのかも知れないが、すくなくとも避難の方向性くらいは明示しておくべきだろう。
以上、必要な実用的情報を述べたが、実用的なマップは同時にシンプルでなくてはならない。従ってマップに載せる情報は、必要を基準に厳選しなくてはならない。しかしこれまで作られたマップを見ると、必要性が低い情報が多く載っている。たとえば、グループインタビューでも出た「山の恵み」はまさにそれである。そこには、火山は様々な観光資源や、おいしい水を作り出してくれる、といったことが書かれているが、避難には不必要な情報である。そのほか必要性の乏しい情報に、山の写真やマップの製作目的、想定条件などもある。さらに観測態勢や火山情報伝達の流れ、協議会の活動などは、行政職員は知っておいたほうがよい情報かもしれないが、住民にとっては不必要である。噴火の歴史については微妙なところだが、噴火の歴史がマップに反映されているわけだから、詳しく述べる必要はないのではないだろうか。「防災マップ」の目的は、教育ではなく、あくまでも「防災」であることを忘れてはならない。
3.4 ハザードマップの進化
様々なマップをみると、製作された年代によってかなりの違いが見られる。すなわち、危険度地図を中心にした堅い内容のものから、防災情報を強化した、住民向けのものへと進化してきたようである(表3.1)。かつては「危険区域予測図」などの名称も使われていたが、最近では「火山防災マップ」に統一されている。すでに述べたように、国土庁の指針が1992(平成4)に作られて以降ハザードマップ作りが進んだが、より多く作られたのは有珠山噴火(2000〜01年)以降である。とくに有珠山以降の新しいものでは、見やすさが改善されたり、防災情報が充実するなど、それ以前とは大きな相違が見られる。
しかし現在一般的な「火山防災マップ」の内容は、危険度予測図に様々な防災情報を付け加えたものにすぎないようにみえる。その結果、情報の網羅性・学習性には富むが、避難のための実用性には問題が残っている。もちろんこうした「防災マップ」も自治体職員や住民の啓蒙用としては有用である。しかし次の段階としては、避難に的を絞った、より実用性の高いマップの製作が必要なのではないだろうか。
表3.1 ハザードマップの進化
名称 |
@危険区域予測図 |
A火山防災マップ |
B防災緊急避難図 |
内容 |
科学的危険度地図 |
危険度地図+防災情報 |
避難を中心にした地図 |
特徴 |
科学的正確性 |
情報の網羅性・学習性 |
シンプルさ・実用性 |
主な対象 |
科学者+行政(防災部局) |
自治体職員+住民 |
住民 |
例 |
|
富士山 その他 |
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図3.2 伊豆大島のハザードマップ