災害と情報 −阪神・淡路大震災から学ぶもの−」中村 功
『松山大学地域研究ジャーナル』第8号1996年
            
1.愛媛の安全性
 1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震は、6300人以上の犠牲者を出す大災害となった。その模様は大々的に報道され、愛媛からも救援の手がさしのべられた。しかし愛媛県民にとっては、阪神淡路大震災は悲しみ援助する対象ではあっても、しょせんは遠い場所の出来事であり、「明日はわが身」であるという自らにとっての危機意識が欠如しているのではないだろうか。たしかに愛媛はふだんから地震の少ないところだが、ほんとうに地震に対して安全な所だと言えるのだろうか。
 図1は、理科年表などから、愛媛県で被害のあった地震を年代順にまとめてみたものだ。
これを見ると愛媛県もかなり頻繁に被害の出るような大地震にみまわれていることがわか
         表1 愛媛県の被害地震一覧 (震度は松山)
 年震度震源域マグニチュード 
1649
1686
  
1707
  
1749
1812
1841
1854

1857
  
1891
1897
1904
1905
1906
1909
1927
1937
1944
1946
1953
1968

1979
1983


  

  






  
4
4 
4 
5,4*2
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
4
安芸・伊予
安芸・伊予
     
宝永地震
     
宇和島
伊予松山
宇和島
安政南海地震
伊予西部
伊予・安芸
     
備後灘
安芸灘
伊予灘
芸予地震
瀬戸内海中部
足摺岬
北丹後地震
瀬戸内海西部
東南海地震
南海地震
瀬戸内海西部
日向灘
愛媛西部沿岸
瀬戸内海西部
国東半島
7.0
7-7.4
   
8.4
   
6・3/4
6.9
6
8.4
7.3-5
7・1/4
   



7・1/4


7.3

7.9


7.5
6.6

 
松山城・宇和島城の石垣や塀が崩れ、民家も破損
広島県中西部を中心に家屋などの被害が多く死者アリ
宮島・萩・松山・三原などで被害
東海・南海同時発生。日本最大の地震の一つ  
全国で死者少なくとも2万
宇和島城破損、その他被害多し
被害多し、土佐・因幡も強く感ず
宇和島城の塀・壁など破損
東海地震の32時間後
大洲・吉田で潰家あり
今治で城内破損 郷町で潰家3 死者1 宇和島・松山
被害。郡中で死者4



広島県で死者11,全壊56,愛媛県で全壊8,半壊58


近畿中心に死者2925

東海中心に死者1223
高知中心に死者1330 内愛媛県で(30)

愛媛・高知で負傷15
宇和島で震度5、負傷者22人

 
                    (『理科年表』・松山地方気象台による)
る。私は地震学の専門家ではないからはっきりしたことは言えないが、素人なりに愛媛で発生する地震をタイプ分けすると、以下のように分けられるのではないだろうか。
 第一に芸予海峡付近を震源とする、いわゆる芸予地震タイプの地震がある。これはマグニチュード7クラスの大地震で、およそ40年から150年に1回の割合で起きている。前回は1905年に起きている。第二に南海道沖の太平洋を震源とする南海地震タイプの地震がある。これは東海地震と同様にマグニチュード8クラスの巨大地震で、およそ100年から150年の周期で発生している。前回は1946年にあり、愛媛県でも30人の死者を出している。芸予、南海ともに松山の震度は最大で5−6程度であろう。そして第三に活断層型の直下型地震が考えられる。これは兵庫県南部地震と同じタイプの地震である。愛媛県では、中央構造線に沿って今までに岡村・伊予・川上・上灘などの活断層が確認されている。そのうち、西条と新居浜の間を走る岡村断層は、1000年から1500年に1度、マグニチュード7から8の地震を引き起こすもので、前回は5世紀ないし6世紀にあったといわれている。
 このようにみると、愛媛は地震に対して決して安全とはいえないことがわかる。地震が少なく、大地震など起きないと対策を怠っていた近畿であのような災害が起きたことを考えると、愛媛も神戸を他山の石としなければならないのである。今回は情報の問題にしぼって、兵庫県南部地震において浮き彫りになった問題点を指摘しておきたい。
 
2.マスコミの問題点
(1)テレビ      
 まず、テレビの問題から考える。そもそも放送局は災害対策基本法で防災機関に位置づけられており、災害時には防災情報を流して被害を軽減させる義務をもっている。テレビは、停電中は見ることができないので、被災地外の人々や深刻な被害を免れた被災地の人々、あるいは防災機関などに、情報を伝達する役割がある。では、今回こうした人々に防災情報を十分に伝達できたのだろうか。例として地震当日の7時45分から18時までのNHKテレビ(ただし松山で受信したもの)を調べた。
 自衛隊など、救助の初動体制の遅れがさかんに指摘されたが、第一に必要なのはこうした救助活動に必要な被害情報である。というのは、当日は行政自身の情報収集システムが機能せず、在京の機関は情報をテレビに依存していたからである。当日の放送は被害情報が主だったので、これについてはよくやった方だといえる。7,8時台はまず交通機関の不通状況、ついで高速道路倒壊の情報が流れた。しかし家屋が倒壊し、多くの人が生き埋めになっているという防災上重要な情報は、明確な形としては、8時57分の芦屋警察の情報(テロップ)まで伝達されなかった。その結果、9時ごろまではそれほど深刻な災害ではない、と考えていた防災担当者も少なくなかったのである。第二に必要なのは、ガスの元栓の閉鎖・電気のブレーカー等の遮断・散乱したガラスへの注意など、二次災害防止の呼びかけである。10時30分にガラスへの注意があり、14時台と15時台に川西市のガス洩れに対する避難勧告が2回放送され、16時38分にマイコンメータの回復の仕方が放送されたものの、こうした情報はあまり流されていない。今回、電気器具からの出火(停電後の通電をきっかけに出火するいわゆる「通電火災」)が多かったことを考えると、電気に関する注意がなかったのは特に問題である。第三に必要なのは、緊急通話確保のための電話自粛の呼びかけである。これについては早い時期からたびたび(計8回)放送されており、評価できる。第四に、緊急輸送確保のために一般人の自動車利用を自粛する呼びかけが必要であった。しかし13時10分と16時32分の二回だけで、十分ではなかった。第五に、被災地外の人に援助物資の用意を促す情報が必要であった。しかし、どこでどのような物資が必要か、という情報は実際に困窮したその日の夜まで流れなかった。第六に、被災地外の人々は被災地の親戚・知人の安否情報を求めていたが、これは当日のテレビでは放送されていない。テレビは、どの地域は無傷だ、というような安心情報も流すべきではなかっただろうか。第七に必要なのは鉄道や道路の不通状況だが、これは被害情報としてよく報道されていた。第八にデマ防止の情報が必要だが、デマに注意するようにという呼びかけが数回なされていた。
 このように見ると、防災に必要な情報は必ずしも十分に伝達されたとはいえないようだ。この時間通してみると、第一に被害情報、第二に解説が重視され、防災情報は3番目の優先順位しか与えられていなかったようだ。災害時には放送局は防災情報をより積極的に流し、「報道機関」というより、もっと「防災機関」としての役割に徹するべきだったのではないだろうか。
(2)ラジオ
 次にラジオの問題点に移る。ラジオは停電時でも使えるために、災害直後の被災者に情報を伝達する役割を持つ。95年8月に神戸市民699人を対象に行った我々の調査では被災者は地震当日、次のような情報を求めていた。もっも多かったのは余震の見通し、(63.1%)で、ついで家族や知人の安否(47.8%)、地震の規模や場所(37.1%)、地震全体の被害(34.0%)水道・ガス・電気・電話の復旧見通し(31.6%)、自宅の安全性(25.3%)、火災の状況(23.6%)、交通状況(21.7%)安全な避難場所(20.2%)となっている。余震や復旧に関する今後の見通しや、身の回りの個別的情報が求められていたようだ。その中にはそもそもラジオが答えられないような情報もあるが、現実としてラジオはどのような情報を流したのであろうか。例として、地元民放ラジオのラジオ関西に聞き取り調査を行った。
 兵庫県須磨区にあるラジオ関西は、地震の揺れで社屋が被害を受け、15分ほど放送が中断したが、午前6時から放送を再開する。当日1時間あたりの放送時間は、おおよそ10分間がニュース、2-30分がラジオ・カーからの中継で、残りが安否情報となっていた。
 放送内容は具体的には次のようなものだった。第一に被害情報がある。ラジオ・カーが7時に出たので、社員の電話レポートと平行して現場中継を行った。ラジオ・カーからの放送は、倒壊家屋の住所や表札、被害を受けた車のナンバーなど、細かい情報が流された。第二に安否情報がある。ふだんはリクエストなどに使う着信専用電話7台を利用して、午前8時から安否情報を受付た。内容は「私は無事です○○さんはご無事でしょうか。×××−××××に電話して下さい」というもので20日の午前3時まで続けた。大変な反響で電話は鳴りっぱなしであったという。第三に二次災害に関する情報がある。ガス洩れ・火事など、リスナーが電話で寄せてきた情報を中心に流した。第四に生活情報がある。17日夜から安否情報化ら生活情報にシフトしだした。これもリスナーからの電話が中心で、「どこに食料があるか教えて欲しい」「芦屋市民病院で手術用の水がない」「人口透析はどこで受けられるか」などの問い合わせが放送された。放送を聞いた別のリスナーが電話で情報を寄せたり、水を運んだりした。第五に行政情報がある。18日朝から市長に救援方針を聞いたり、災対や県警本部に記者を置いて情報を入れた。また避難所まわりをして不足している物資を放送した。しかし通信手段の混乱や、行政自身の情報不足で、十分とはいえなかった。
 こうしたラジオ放送について、とりあえず次のような問題点を指摘しておきたい。第一に二次災害防止の呼びかけ放送の欠如の問題がある。地震直後の火の元や確認やガラスへの注意などの呼びかけはマニュアルにも明記されているが、ラジオ関西では行われなかった。ラジオ関西でも昭和59年に作った災害時のマニュアルがあったが、その存在すら知らない社員も多かった。こうした呼びかけ放送は、在阪各局でもラジオ大阪をのぞいてほとんどなされなかった(1)。第二に安否放送の問題点がある。安否放送はNHKラジオでも大量に放送された。しかし、そのほとんどは安否をたずねるもので、ラジオを聞くことでは知り合いの安否を知りたいという欲求は満たせない。この点、ラジオ関西で被災者の無事情報を放送したことは評価できる。しかし、リスナーからの電話殺到が取材の障害となったり、放送は1回限りで記録性がない、そして大量の安否情報はラジオでは伝えきれない、などの問題点もあった。第三に生活情報の問題がある。被災者むけの情報である生活情報は、今回はたしかにかつてないほど大量に流され、この点は評価でき。しかし情報の信頼性の点(例えば、悪徳業者が「無料で家屋の診断をします」という偽情報を持ち込む、など)や記録性のなさ(「さっき言っていた情報はどうなったのか」という問い合わせが多かった)といった問題点も浮き彫りになった。また情報の伝え方の問題もあった。これはテレビの所で指摘した、報道機関の論理の問題でもある。報道機関として、放送局はできるだけ早く、大量の情報を伝えたい、という心理が働く。その結果、入手した情報が何の脈絡もなくたれ流される放送になってしまった。これでは被災者は自分に関連する情報がいつ放送されるかわからず、ラジオにかかりきりになってしまう。日常の報道の発想を転換して、多少遅くても情報は整理して出す必要がある。ラジオも防災機関として役割をはっきり認識する必要がある。
 
3.通信の問題点
(1)電話の問題  
 電話は原始的なメディアだが、いまだに災害時の情報伝達ニーズの多くの部分をになう重要なメディアである。119番通報をはじめとして救援救助活動に必要であるし、安否情報の伝達にも欠かすことができない。電話をめぐる問題は、第一に激しい揺れによる設備被害の多さがあげられる。NTTによれば、交換機の故障だけで17日には最大28万5千回線が不通になっている。十勝沖地震以来の地震対策もあり、振動による交換機の故障によって電話が不通になることは最近では珍しいことだ。今回は地震の揺れによる障害と、長期停電による補助電源のバッテリー切れによる障害が発生した。交換機はバッテリーによるバックアップにくわえ、発電機によるバックアップもなされているが、今回はこのバックアップ電源も損壊したようである。さらに、約19万3000回線の加入者系ケーブルが切断され不通となった。もっとも、そのうち約9万回線は家屋の全半壊や焼失によるものであった。いずれにせよ、合計で50万回線近くが機械的に使用不能となったのである。兵庫県の電話加入は全体でおよそ150万だから、それは加入者全体の約1/3にも相当する。
 第二にあげられるのが、今までの災害に例をみないほど激しい輻輳(電話が込み合ってつながらないこと)が発生したことである。災害時には各地から安否問い合わせの電話が殺到し、電話が込み合い、通話規制がかかることがよくある。最近では、93年の釧路沖地震のときに、ピーク時の30倍もの通話があり、電話がマヒしたことがある。今回の地震当日には50倍18日には20倍と、それを上回る通話が神戸に殺到し、通話規制は21日まで続いた。神戸市民に対する調査でも電話がつながらなかった様子がわかる。すなわち、自宅から電話した人の中で、全ての相手につながったのは10.1%にすぎず、逆に一つもつながらなかった人が47.3%にも達していた。輻輳の原因としては、@地震そのものが大きかったこと、Aハード面の被害が大きくそれが再呼を誘発したこと、B人口移動の激しい大都市での災害であること、などが考えられる。このように、災害時には輻輳により一般の電話は使えなくなるものとはじめから考えておいた方がよい。
 第三に、今回の震災は公衆電話の重要性をあらためて浮き彫りにしてくれた。公衆電話は災害時優先電話なので家庭の電話よりもかかりやすいし、激しい揺れで家屋が倒れた住民にとっては公衆電話だけが唯一の通信手段となった。住民の話しによると、災害直後はどの公衆電話にも長蛇の列ができたという。このように災害時に重要な公衆電話だが、停電時には電源のバックアップをしていないので10円玉しか使えないという問題がある。今回も地震後広範囲で停電が発生し、カードや100円玉が使えなくなった。また、あまりにも多くの被災者が利用したために10円玉が一杯になってしまって、使用できなくなるケースもあった。電話局側の操作によって、災害時は公衆電話を無料にするなどの抜本的対策が必要である。
 第四に安否確認の重要性がある。今回、安否を確認しようとする大量の人々の行動が電話をマヒさせたり、道路の渋滞を激くした。被災者の気持ちを考えると無理もないことである。もし昼間家族が離れている時間の災害であったら、そのニーズはより激しくなっただろう。今回ラジオでも安否情報が放送されたが、これを機会に安否確認のより有効な方法が真剣に考えられるべきではないだろうか。例えば今回ある企業では安否確認にボイスメールを活用して成果を挙げたようだが(産経新聞2月4日)、ボイスメールやパソコン通信や新聞など、いくつかのメディアを有機的に関連づけた安否確認の方法が考えられるべきであろう。
 第五に今回電話の不通による医療機関の混乱がある。通常では患者の受け入れ体制の確認などに電話が使われるが、それができない。同様のことは釧路沖地震の時も発生しているが、少なくとも緊急病院には地域防災無線など、電話以外の通信手段を配備する必要がある。
 第六に避難所の情報孤立がある。電話が使えないために市役所との連絡ができず、住民への情報伝達や避難所からの情報収集がうまくいかなかった。避難先になる可能性のある小中学校や公民館には防災行政無線ファックスなどの設置が必要であろう。
 以上の状況をまとめると、他の通信手段の欠如(ここには県の防災無線のダウンや同報無線の欠如なども含まれる)や交通渋滞による移動の困難さなどから電話に依存しなければならない状況があった一方、設備被害や輻輳などで今までの災害時にも例のないほど電話がうまく機能しなかったために様々な面で問題が発生したということになる。
(2)携帯電話の問題
 以上のように固定系の電話が、輻輳で使えなくなったき、もう一つの電話である携帯電話はどのような役割をはたし、またそこにはどのような問題があったのか。ここではNTTドコモを例としてとりあげる。NTTドコモに対する聞き取り、および被災地域のNTTドコモ関西の携帯電話加入者(683人)に対するアンケート調査をおこなった。
 まず設備面の被害だが、NTTドコモ関西では百数十ある被災地域内の基地局のうち37局に障害が発生した。おもな原因は電源の問題で、ほとんどはリセットをかけることで数時間から十数時間のうちに回復した。比較的長い時間の障害を受けたのは長田区内の基地局1局だけであった。それでもアナログで翌日、デジタルでは翌々日には復旧している。NTTの固定網では復旧に1月いっぱいかかったことを考えると、携帯電話の設備面の被害はきわめて少なかったといえる。
 一方、輻輳のほうは、地震直後は平均で通常時の3倍、最大で約7倍の通話があったという。これはだいたい2回に1回かかる程度の輻輳状況である。先に述べたようにNTT固定網では最高50倍もの通話が殺到しているので、それに比べると軽微な輻輳であったといえる(ただしいずれの場合も被災地への市外通話の倍率)。しかし、利用者に話を聞くと直後は携帯電話も全くかからなかったという人も多い。アンケートの結果を見てもやはり通じにくかったようで、当日電話をしてすべて通じた人はわずか8.9%、逆に一つもかからなかったという人は36.1%にまで達した。半分以上を占める一部通じた人も、平均すると13.5回かけてやっと1回通じる程度であった。
 携帯電話のつながりやすさを、「一つも通じなかった」という人に注目しながら、他の電話と比較すると、固定電話より携帯電話が、携帯電話より公衆電話が通じやすかったことがわかる(固定電話、公衆電話はさきの神戸市民調査より)。携帯電話は固定電話より多少かかりやすかったといえるが、公衆電話では「一つも通じなかった」人が11.3%しかおらず、携帯電話よりも圧倒的に通じやすかったのである。
          
         表2 携帯電話のかかりやすさ
  携帯電話 固定電話 公衆電話
1.電話をかけて、すべて相手に通じた 2.電話をかけたが、一部しか通じなかった 3.電話をかけたが、一つも通じなかった   8.9   55.0   36.1  10.1  40.9  47.3 27.0 59.9 11.3



 
 
 携帯電話の輻輳がそれほどでもなかったのに、これだけつながりにくかったのは、通話
 
         表3 相手別のかかりやすさ
被災地の携帯電話からのかかりやすさ 被災地の携帯電話へのかかりやすさ
 相手 被災地内の携帯電話  ○発信元
 
被災地内の携帯電話  ○
被災地外の携帯電話  ○ 被災地外の携帯電話  △
被災地外の固定電話  ○ 被災地外の固定電話  △
被災地内の固定電話  × 被災地内の固定電話  ×




 
 
相手が被災地内のNTT固定網にあると固定網の輻輳に巻き込まれてしまうからである。逆にいうと被災地内の固定網の輻輳をはずして、たとえば被災地外や携帯電話が相手であれば、比較的かかりやすかったのである。実際、調査の自由回答でも、阪神間以外へはよく通じたとする人が多かった。
 地震当日携帯電話がどれだけ役に立ったかをたずねると、たいへん役だったとする人が34.6%いる一方で、「まったく役に立たなかった」とする人も「たいへん役に立った」とする人と同程度(29.7%)おり、評価は2極分化している。これは疎通状況の良かった人は評価が高く、逆に悪かった人は低いためである。
 今回最も大きな問題は輻輳による通話不能だったが、そのほかにもいくつかの問題点がある。例えばバッテリーの問題がある。携帯電話は充電式なので停電時でも利用できるが、充電は家庭の一般電源によるので、停電が長引くと電気がなくなり使えなくなる。「当日困ったこと」として、充電ができなくなり使えなくなった、と答えたのは11.1%だった。しかし自由回答を見ると、充電不能で困った人はもっと多かったようである。というのは、11.1%とは当日放電しきった人数で、翌日以降使えなくなった人もいること、放電を恐れて利用をセーブした人がいること、あるいは避難所で充電させてもらえず苦労した人もいる。また充電機が持ち出せず困った人もいた。NTTドコモでも地震三日目から乾電池ケース(7500個)や乾電池(9万本)を配布したが、それでも問題は解決しなかった。
 あるいは災害時優先電話の問題もある。防災機関など重要加入電話については、NTTドコモは携帯電話についても災害時優先電話を指定して、輻輳時もかかりやすいようにしている。しかし相手がNTTの固定網になると、NTT網に入った時点で優先の扱いが消えてしまう、という問題がある。事業者をまたがった通信で、他社に入ると優先扱いが消えてしまうという問題は、実は1993年の釧路沖地震のときにも発生し、その問題性を著者らは指摘してきたところである。その状況は今もかわっていないのである。そこで今回アンケートで直接尋ねたところ、7.3%もの人が優先電話だがかかりにくかったとしている。しかしこの数字はあまり信用できない。そもそもこれほど災害時優先電話はないし、所有者の職種も建設業や運輸業といった防災機関以外がほとんどであったからだ。おそらく災害時優先電話を、「自分にとっては災害時のための電話」と意味を取り違えていたものと思われる。
 また119番の問題もある。自由回答でも119番につながらなくて困ったという批判がかなりみられた。つながらない原因は3つ考えられる。第一に輻輳でつながらなかったこと、第二に119番の交換台が受付能力を越える通報で話中だったこと、第三に地域外の携帯電話からの通報は受け付けないというシステム上の問題によるもの。ここで問題になるのは第三の原因である。携帯電話は通常、各県に1つの固定網とのアクセスポイントをもっている。しかしその一方で、消防は各市町村ごとに組織されており、119番の受付台も市町村ごとにある。そのまま接続すると他地域の通報がアクセスポイントのある自治体の消防にかかってしまうので、119番は携帯電話ではかけられないことになる。それでも、NTTドコモでは現在全国の2/3の都道府県に代表消防台を設置し、そこから一部の自治体消防と専用線を結び、一部で通報可能となっている。今回の被災地域では、神戸市だけは通報可能であった。しかしアンケートでは、全体の2.3%の人が「119番に電話したが公衆電話からかけ直してくれと言われた」としており、119番が消防に接続できない問題性があらためてうきぼりになった。
(3)防災機関における通信の問題
@L−ADESSの問題
  防災機関における通信の問題としては、第一に、気象庁の情報システムである「L−ADESS(地方中枢気象資料自動編集中継装置)」が故障した問題があげられる。地震が発生したのは午前5時46分だが、NHKが確認情報として神戸の震度6を放送したのは6時15分すぎであった(2)。震度6の情報は各防災機関が緊急体制に入るうえで重要な情報だが、この震度6の発表の遅れの原因となったのがL−ADESSの故障である。現在、気象庁では震度を含む各地の観測情報を収集したり、逆に警報などを伝達するのにコンピュータをNTTの専用回線で結んだL−ADESSというシステムを使っている。しかし、これまでもこのシステムは大地震の時にしばしばダウンしている。たとえば北海道北海道南西沖地震地震のときには、NTTの専用回線の切断でダウンし、津波警報の伝達に支障をきたしている。
 気象庁では、今回の故障をNTTの専用回線の切断によるものだと発表しているが、私が神戸海洋気象台で聞き取りをしてみると以下のような事情であった。
 ADESSに利用するコンピュータ本体はバンドにより固定されていたが、モニターはビスでとめてあったために、地震の揺れで床に転がり、送受信内容を見ることができなくなった。地震計は6を表示していたので、職員は震度は送信されているものと思いこんでいた。そのうち(5時50分)に衛星ひまわりを使った通信システムから津波情報が入電し、それを関係各所に伝達する作業を行った。なぜなら職員は津波情報の伝達が最優先であると認識していたからである。その作業が一段落したところで、神戸震度6が発表されていないことに気がついた。そこで(6時3分に)VHF無線で大阪管区に震度6が伝わっているかを確認し、その際に震度6を伝達した。(かっこ内の時刻は『読売新聞』95.2.11による)
 聞き取りによると、ADESSは地震後数分間「停電」でダウンした。そのときにはモニターは見られなかったが、後で本体に蓄積されていたデータを見ると、停電回復後は大阪管区からの情報が入電していたことを確認した、という。もしこれが事実なら、気象庁の発表とは異なり、回線自体は切断されていなかったことになる。瞬断の後は正常になったアデスで神戸の震度も送られたはずだが、大阪に情報が入っていないのは神戸海洋気象台ではなぜなのか分からない、という。アデスでは直近の過去30秒間で観測された最も強い震度を送るようになっているが、地震の瞬間に停電で切れたのですぐ後で回復しても震度6は送られなかったのかも知れない。
 もちろん、L−ADESSが故障した場合は無線などで震度を伝達しなければならないのだが、伝達が遅れた職員の行動を非難することはできない。第一に、震度伝達よりも津波警報伝達が優先するという職員の判断は、基本的には、まちがっていない。津波警報の重要性は、北海道南西沖地震や日本海中部地震の教訓でもあった。第二に、地震直後にNHK神戸放送局から震度の問い合わせがあり、海洋気象台はそこで震度6を電話で伝達していた。ADESS情報を優先する、というマニュアルからNHKはこの情報を活かせなかったが、神戸海洋気象台が震度は伝わっているはずだと考えるのも、もっともなことである。
 問題なのはむしろ情報を受けとる側の意識である。ふだんは正確な高度情報システムであるADESSの情報をあたまから信じきってしまう意識はなかっただろうか。高度な情報システムへの心理的依存と、それにともなう思考停止が、「まわりの状況からして神戸も揺れているはず→本来入るはずの神戸の震度情報がない→もしかしたら機械が壊れるほどの大被害かもしれない」という推論を阻害してしまったのではないだろうか。
A防災行政無線の問題
 まず注目を集めたのは兵庫県の衛星通信ネットワークの故障である。平成5年に約80億円をかけて作られたこのシステムは、県庁を中心に県の出先機関、各市町村、放送局などを通信衛星(スーパーバード)を経由して結ぶもので、災害時には絶大な効果を発揮するはずであった。ところが、県庁舎の送水パイプがはずれて自家発電用エンジンの冷却水がなくなるという初歩的なトラブルで、17日の7時50分から12時5分まで県庁の機能が停止してしまった。県の消防交通安全課に聞き取りを行ったところ、当日、市町村同士はこのシステムをよく使っていたようだが、県はほとんど使わなかった。その原因は県の行政機能そのものが停止してしまったからだという。職員が少ないこと、パソコンや文書ファイルが倒れ部屋が混乱していること、問い合わせ電話が殺到していること、そして衛星用の電話帳が見つかなかったことなどから、そもそも衛星ネットワークを使う状況になかったという。
 そうはいっても防災無線は使えるにこしたことはない。今回の教訓はどんなに高度な情報システムでもそれを支えるシステム(今回の場合は水道システム)がトータルで動かないと意味がないということだ。通信システムの場合はとくに電源の途絶でダウンすることが多い。たとえば1993年の釧路沖地震のときも電源の途絶(このときは職員が自家発電エンジンを起動させることを忘れていた)で防災無線が機能しなかったことがある。自家発電エンジンの自動起動化や空冷化そして日頃の訓練などの対策が必要であろう。
 第二の問題は住民向けの防災無線設備の不備である。これは町の中にスピーカーを設置したり、各戸にラジオ型の受信機を設置して市役所からの無線電波を通じて情報を伝達するもので「同報無線」と呼ばれるものだ。東日本の自治体ではほとんどの自治体で設置している同報無線だが、西日本は防災意識が低く、設置がおくれている。(ちなみに松山市でも設置されていない)今回の被災地も例外ではなく、設置されていたのは尼崎市だけであった。18日に東灘区でLPガスが漏れて住民8万人に避難勧告が出されたが、こうした場合に特に効果をあげるはずであった。勧告を受けた住民の話では、市からは何の連絡もなく人づてに勧告を聞いてようやく避難した人も多かったという。
 
4.災害に対するノウハウ
 以上のように、兵庫県南部地震において様々な情報の問題点が明らかになったが、それでは具体的にはどのようなことをしたらよいのであろうか。最後に若干の災害対策のノウハウを紹介することで論を終わりたい。
(1)分散管理の有効性
  まず企業や自治体などの組織の危機管理はどうしたらよいであろうか。結論から述べると、災害時には分散管理が大事だということだ。これはアメリカのFEMAなどといった災害対策庁的なものを作って集中管理するよりも、まず地元自治体の強化が先決だ、という議論にもつながる。その理由は、第一にどのような高度な情報システムを作っても災害時にはなかなか情報伝達がうまくゆかないので中央管理は難しいということだ。まず電話は必ず輻輳する。また衛星を使った高度な情報システムも完璧ではない。しかも今回の兵庫県庁のように地元組織が機能しなければ中央に情報を伝達する余地はない。第二に、現地の状況は外部のものがいきなり来ても容易にはわからない。たとえばヘリコプターで眺める場合、現地に相当くわしくなければ、どこでどうなっているのか判断できないといわれる。第三に、急を要する援助はまず現地で対処しなくてはならない。例えば今回の死者のほとんどは家屋倒壊による圧死(すなわち窒息死)だが、これには1時間も2時間も救援を待ってはいられない。
 分散管理の有用性は実際の災害を体験したところでは認識されている。例えば、釧路沖地震のとき、情報の混乱から十分な活動ができなかった釧路市消防本部では、これまで本部で一元的に指令を出していた方式を改め、市内4カ所に司令台を分散して処理することにした。電話の不通や殺到する出動要請といった情報の混乱を、より現場に近いところで処理することで乗り切ろうとする発想である。同様の発想は企業にもみられる。今回の震災で迅速な対応がとった日本IBMでは、「現場を知らない中央が権限を持つのは危険です。判断を仰ごうと責任者を探すだけで、大変な時間のロスになる」(北城社長談『日本経済新聞』95.1.27)として有事は現場に任せることにしているという。
 こうした分散管理を実現するためには日頃からマニュアルなどによる共通の認識の育成と有事を想定した訓練が必要であろう。
(2)具体的技術
  最後に、細かいことであるが、自治体の対応を想定して、災害時の情報管理の具体的技術を列挙しておこう。@広報担当者を置くこと。殺到する問い合わせにかかりきりになると本来の業務ができなくなる。A新たな情報の有無にかかわらず定時に記者会見を開くことも効率化に有効である。またB番号を公表しない隠し電話を設けることも殺到する問い合わせ対策として重要である。そのほか、C情報の整理・分析役は整理・分析に徹し、情報の収集はしない、D情報収集のメモフォーマットを作り収集した情報は壁などに張って整理する、E対策本部設置の訓練をしておく、F災害時非常電話の確認・孤立防止無線電話など既存のメディアの利用法を確認しておく、G災害用の情報システムは電源がネックとなるので、バッテリー、発電機をチェックしておく、なども重要である。予算のいらない、すぐにでもできることだけでもこれだけある。さらに、多少の予算をともなうことではあるが、H重要通信の無線化・バックアップの用意、I防災行政無線(同報無線)・地域防災無線の導入なども早急に行う必要がある。
 
(1)ラジオ大阪では次のような典型的な呼びかけ放送がなされた。「ただいま地震が起きています。ラジオをお聞きのみなさん、すぐに火を消して下さい。ガスの元栓を締めてください。ドアを開けはなってください。外に出ないで丈夫なもののそばに身を寄せてください。車を運転している方は高速道路でもどこでも道路の左側によせてエンジンを切ってください。」ちなみにラジオ関西の第一声は「こちらはAM神戸558です。ただいまの地震でオン・エアがしにくい状態になっています。地震については、情報が入りしだいお伝えします。」であった。朝日放送は「地震がありました、火を消してください。落ちついて行動してください」であった。
(2)ただし、神戸震度6の情報はNHK大阪放送局では神戸放送局からの情報を5時50分に流している。53分には東京発の全国中継になるが、東京では6時すぎに画面に示さないままで一度震度6を報じた後、6時3分にこれを間違いとして取り消している。