移動体通信メディアが若者の人間関係および生活行動に与える影響
近年、日本における携帯電話・ポケットベル・PHSなど移動体通信メディアの発達はめざましいものがある。そのなかでもっとも関心を引く問題は、これらのメディアが生活にどのような影響をもたらすのか、ということであろう。本発表では、1996年に大学生を対象におこなった調査に基づき、ポケットベルやPHSが若者の人間関係と生活行動に与える影響を検討する。
調査は、同じ調査対象者に同一の質問を複数回行うというパネル調査を行った。調査対象者は松山市にある2大学の授業参加学生である。調査日は1996年4月第3週と同年7月第2週。被調査者数は一回目が469人、二回目は480人。そのうち一回目だけの被調査者が109人、二回目だけの被調査者が98人、一回目と二回目共通のパネルサンプルは371人であった。
(1)ポケットベル利用と表層的人間関係
若者のポケットベル利用の特徴に、数字や文字を使った「会話」がある。送られたメッセージは、相手やそのときの都合によって答えられたり、無視されたりする。電話や対面とちがって相手の生活に割り込む気づかいはないし、受ける方も気が楽だ。しかしそのようなコミュニケーションは表層的にみえる。こうしたポケットベル・コミュニケーションは、若者の人間関係の表層性を助長するのではないだろうか。
調査では高橋(1988)、大平(1996)を参考にしながら、表層的人間関係への態度を測定するために六項目の質問を用意した。この結果を整理するために因子分析(主成分解・バリマックス回転)にかけ、第1因子(寄与率23.2%)を構成する3項目(「親友といえども深刻な相談をして気をわずらわせるのは避けた方がいいと思う」「友達に頼ったり、頼られたりするのはわずらわしい」「友達とは自分の気持ちを話し合うよりも、あたりさわりのないおしゃべりや、だまってマンガを読んだりしている方が好き」)を表層的な人間関係をとろうとする態度を測定する尺度に使った。それぞれの項目に「はい」と答えた場合を1、「いいえ」とした場合を0としてたしあげ、0から3の尺度を構成した。0を表層的人間関係をとろうとしない者、1から3をとろうとする者としたとき、調査対象者の33.1%が表層的人間関係をとろうとする者だった。
一方、週に数回以上ポケットベルを利用すると回答した人をポケットベルの常用者とした。ポケットベル常用者は全体の34.8%だった。ポケットベル利用と表層的人間関係をクロス集計したところ、ポケットベル非常用者の38.5%が表層的人間関係をとろうとする人であったのに対し、ポケットベル常用者ではそれより少ない23.5%が表層的人間関係をとろうとする人だったのである。カイ二乗検定の結果でもこの差は1%以下の水準で有意であった。ポケットベル常用者は表層的な人間関係を取ろうとする傾向どころか、逆にそのような人は少なく、「ホット」な人間関係を取ろうとする人が多い傾向があったのである。したがって、この結果からは、ポケットベルの利用が人間関係の表層性を助長するとは考えられない、ということになる。因果関係の前提となる相関関係が否定されてしまったからである。
(2)移動体通信メディアと移動性
次に移動体通信メディアの所有が移動性を増加させるかを調べた。移動性をとらえる指標として、一日あたりの平均在宅時間と、一週間あたりの夜間(夜十時以降)外出回数の二つをとりあげた。一回目の調査におけるPHS所有者の在宅時間は11.5時間、非所有者は12.4時間で、所有者の在宅時間は約1時間短かった。逆に言えばPHS所有者は外出時間がそれだけ長いということで、移動性が高いということになる。PHS所有者が在宅時間が短い傾向は二回目の調査でもあらわれている。また、一週間あたりの夜間外出回数でも、PHS所有者は非所有者よりも多かった。分散分析の結果、その差は両調査とも有意で、夜間の移動性の高さも明らかになった。一方、ポケットベル所有者の場合も、両調査を通じて、非所有者に比べて在宅時間が短く、夜間外出回数が多い傾向が見られた。このように、たしかに、PHSやポケットベルを持つ人は家にあまりおらず、夜間外出回数も多く、移動性が高い傾向が見られた。
次に、パネル調査を用いて因果関係を推定した。PHSで、連続所有者(A)、新規採用者(B)、連続非所有者(C)、解約者(D)の群ごとに在宅時間の平均の変化をみると、各群で変化はなく、在宅時間は群ごとに安定していた。一回目と二回目の平均の差を分散分析で検定したが、AからDのすべての群で有意な差はみられなかった。最も注目されるB群の在宅時間は、一貫して11時間半程度(1回目11.5時間、2回目11.7時間)であった。これはC群より一時間ほど短く、A群と同じレベルであった。ここから、PHS所有によって在宅時間は減少せず(すなわち移動性は高まらず)、もともと在宅時間が短かった人(移動性の高かった人)がPHSを持つようになった傾向がみられた。夜間外出回数についても同様に、群ごとに安定しており、1回目と2回目で平均の有意な差はなかった。B群の1回目の夜間外出頻度は2.44回で、2.52回のA群とほぼ同じレベルであった。しかもこれは1.68回のC群より明らかに多いレベルである。ここから、もともと夜間外出が多い人が新たにPHSを所有するようになったと考えられ、PHS所有が夜間外出を促進したとは考えられない。
一方ポケットベルでも、各群の在宅時間は両調査を通じてほぼ一定であった。分散分析の結果でも、すべての群で1回目と2回目の差は有意ではなかった。PHSの場合と同様に、B群の在宅時間のレベル(11.9時間)は、ポケットベルを持つ以前の一回目から、A群(11.8時間)と同じレベルであり、C群(12.6時間)より少ないレベルであった。従ってポケットベルでも所有によって在宅時間が減り、活動性が高まったとはいえない。それに対して夜間外出回数では、A群およびC群の平均増加回数が0.1回程度とほとんど変化がないのに対して、B群は0.45回の増加で、若干増加幅が広くなっている。分散分析ではこの差は有意ではなかったから、統計的には所有による増加はみとられなかった、とはいえる。ただ、B群の一回目の夜間外出レベルがC群にやや近いレベルであることを考えあわせると、PHSのときほどはっきりとは、所有による影響を否定はできないといえる。
このように、相関関係は認められたものの、パネル調査の結果では、全体としては、移動体通信メディアの所有が若者の移動性を高めた、という因果関係は認められなかった。