携帯メールのコミュニケーション内容と若者の孤独恐怖     中村功
はじめに
 1999年にNTTドコモがiモードサービスを始めて以来、携帯メール(携帯電話・PHS単体による電子メール)は若者を中心に急速に広まり、生活にすっかり定着した。たとえば著者が2002年10月に松山と東京の大学生494人を対象に行った調査(以下「松・東調査」詳しくは中村,2002b参照)では、携帯メールを利用しない学生はわずか2.4%で、ほとんどの学生が利用しているし、一般的にいっても2001年には全国の男女(12-69歳)の37.3%が利用するまでになった(1)。本論では、このように普及した携帯メールの内容や表現の特徴を、各種アンケート調査と著者の収集した実例から明らかにし、その上で、携帯メールの利用と若者の心理(とりわけ孤独を恐れる心理)との関連性を検討する。
1.携帯メールの内容
 携帯メールは比較的新しいメディアだが、それでもいくつかの調査が散発的になされている。その多くは大学生等の若者を対象にしたものだが、各調査は驚くほど一貫した結果を示している。利用の実態については、おおよそ次のようにまとめられる。
 第一に若者の携帯メールの利用はきわめて活発で、携帯電話の音声利用に比べてもさらに利用頻度が高くなっている。たとえば、先の「松・東調査」によれば、利用者は一日あたり携帯メールを平均9.4回利用しているのに対して、携帯電話の音声利用では2.1回にすぎなかった。同様の結果は、田中(2000)、中村(2001)、三宅和子(2001)、三宅喜美代(2002)らの学生調査でも明らかになっている。
 第二に、もっとも主要な携帯メールの相手は、よく会う友人である。たとえば、著者が2002年7月に松山の大学生407人に行った調査(以下「2002松山調査」詳しくは中村,2002b参照)では、よく携帯メールをやりとりする相手として90.7%が普段会う友人をあげ、以下遠方の友人(45.2%)、あまり会わない友人(31.9%)、恋人(31.9%)、別居の家族(16.6%)、同居の家族(12.3%)などとなっていた。同様の結果は、橋元ら(2001)、三宅(2001)、田中(2000)等の調査でもみられた。
 第三に、携帯メールでやりとりする内容としては、約束などの道具的利用とともに、身の回りの話題やそのときの気持ちなど、おしゃべり的な内容が多くなっている。後者はコミュニケーションすることそのものが目的であり、道具的コミュニケーションに対してコンサマトリー(自己充足的)なコミュニケーションと呼ばれる。たとえば田中(2001)が都内の大学生134人を対象に行った調査によると、携帯メールの内容として「その場の出来事や気持ちの伝達」が73.6%と最も多く、ついで「事務連絡」(66.7%)、「とくに用件のないおしゃべり」(65.1%)、「質問」(59.7%)、「相談」(54.3%)、「緊急連絡」(49.6%)、「所在確認」(47.3%)などとなっていた(数字はやりとりする人の割合)。また橋元ら(2001)が、首都圏の15歳から39歳までの515人に行った調査では、携帯メールの内容で最も一般的なのは、68.2%の人が挙げた「そのときあった出来事や気持ちの伝達」であり、ついで「待ち合わせや訪問などの約束や連絡」(60.1%)、「特に用件のないメッセージ」(49.7%)、「相手や自分の居場所の確認」(38.9%)、「待ち合わせや訪問などの急な変更」(38.9%)などとなっていた。待ち合わせに関する用件連絡もよく行われているものの、ここでもおしゃべり的なメッセージ伝達が多かった。同様の結果は「2002松山調査」、田中(2000)、三宅(2001)、辻・三上(2001)等の調査でもみられる。
 ではこうした内容は、具体的にはどのようなものだろうか。著者は「2002松山調査」で、受信したメールを、公開できる範囲で、新しい順に5つ転写してもらう、という方法で、407人の学生から実例を収集した。同種の研究は中村(2001)も行っているが、それを参考
 
    図1  携帯メールの具体例 (括弧内は質問紙調査の項目とその選択率)
T.道具的利用
@約束(待ち合わせの連絡 80.7%)
(1)お昼食べよー!!
(2)やっ!元気してますかーい?××は夏休み帰ってくる?そんなときは飲みましょうやぁ。みんな集まれると思う? みんなで飲みたいよねー。
(3)あー今バイト中…行かれん!頼んます。情報ください。
(4)ごめーん。今日ちょっと用事ができて、お昼一緒に食べれんようになった。sorry(>_<)
(5)土曜日のことなんやけど、夕方からじゃないとムリっぽい…。
A用件連絡・依頼(事務的な用件連絡・依頼 59.4%)
(6)明日学校行く?お願いがあるんやけど、時間割とっといて欲しいんやけど…?
(7)おひさ<015>これは昨日の<037>のようですな<009>お返事遅くなってすまぬ<078>今日は4行く気やったけど腹が猛烈に痛いので落ち着いたらと思ってたけど無理っぽい。<129>持ってきてくれたらごめんよ<007>水曜日は?
(8)××ちゃん国際法取ってた時、レポート書いた?
(9)チャリ貸して
U.コンサマトリーな利用
B現況報告(+感情表出)
(現在の居場所や行動について 63.8%)
(10)図書館の外のベンチにおるよ<005>
(11)今ヒマ!?
(12)もうすぐラフォーレ
(13)暇すぎる。。。どっか星でも見にいこっかな〜<016>
(14)寒−い<162><157><162>
(15)最悪!寝坊した〜またまたまた、簿記、無理っぽい〜
(16)プレゼントもらったよ<001>でも鼻炎で苦しい<021>サイアクだよ<007>
(17)今バイト終わったよ。うん大丈夫(^_^)☆元気になった!ありがとーーっ◎
C感情表出(ちょっとした気持ちの伝達 57.5%)
(18)寝たかな。今日もがんばってね。おやすみなさい。
(19)ありがとう<002>頼みます<021>
(20)楽しかったね 肉おいしかったし 花火きれいやったし みんなおもろかかった!!いつまでもみんなと仲良くできたらいいなと思ったよ・また遊びませう.
(21)27日テストなかったね(^o^)<071>私は25日で終わりだから、準備する時間があってよかったぁ<005>
(22)ありがとぉ<011>うちらも出会って一緒にサックス始めてからはや9年目ということよ<015><015>すごいなぁ<029>これからもよろしくね<001>
(23)もう昨日いろんなことがありすぎて腹たって<017>
(24)…くってやろうぢゃねぇか(笑)いまの脳みそとスケジュールじゃ受かる気がせん!やること多すぎる!
D相談(相談 29.4%)
(25)就職活動って精神的につらいもんねぇ<026>オレも決まったけどやっていけるのか不安やもん<029>社会に出るのって大変やもん<007>最初の志とちがってても自分にあっとるかもしれんしね<021>人間なにに可能性があるのかなかなか自分ではわからんよね<068>
E身の回りの話題(身の回りの出来事 56.4%)
(26)今日は勝ったんか〜?
(27)今日は、なんだかいい事ありそうな気がして、街へいったら、ななナナんと、××××王子に出会いました \(^o^) /だから△△は今日一日中ふにゃーっとしてます<001><001>
(28)××君が壊れた
(29)いや、だから期限つきで退院。病院でできることってないし。
(30)なななななんやて〜!?茶髪!?どれくらい!?髪も切ってるの?
F一般的話題(マスコミに出ているような一般的話題 11.4%)
(31)今TVでサトラレやってるよ。
(32)今日の亭主改造のリクエストは…ベッカムです<028>…むりだろぅ<019>
Gネット上の話題(ネット上の情報 4.6%)
(33)稲本あげるね!きゃ(≧∀≦)   画像:稲本
Hチェーンメール(チェーンメール 12.3%)
(34)ついに登場<025>DOCOMOの最新裏絵文字だよ<005><071>5人に<033>(転送して)から<068>(見る)と自動で登録されるよ<020>http://www.....※Fwは消してね<005><072>
                             「2002松山調査」より
にしながら内容を整理すると、約束、用件連絡、現状報告、感情表出、相談、身の回りの話題、一般的話題、ネット上の話題、チェーンメールなどに分類できる。これらは「2002松山調査」の質問紙調査の選択肢とほぼ重なっており、その項目と選択率を文例とあわせて図1に整理した。
 具体的に見ると、道具的利用としては、約8割の人がやりとりする「約束」関係が多い。メールと行動とのタイムスパンは、例1にみられるように、短いものが多い。携帯メールではいつでも連絡がつくので会合の約束が急になり、中には例3のように急な誘いに答えられず、もっと早くから情報が欲しかった、ということもある。こうした習慣は、携帯メールなしでは仲間はずれになってしまうという可能性を作り出している。
 コンサマトリーな利用として典型的なのは6割以上の人がやりとりしている現況報告である。その多くは、例14〜17のように、現況とそれに関するちょっとした感情表出がなされるものである。寒いとかヒマなど、その時々のちょっとした感情が、携帯メールを通じて四六時中伝達され、共有されていく。携帯メールは電話や電子メールと異なり、非強制性、即時性、常時性などの性質を兼ね備えているので、こうしたコミュニケーションに適している。そういう意味で、感情表出を伴った現況報告は、携帯メールに最も特徴的な内容といえる。その一方で、例10〜12に見られるように、約束と関連して現状を報告する、道具的要素の強いものも少なくない。一方「感情表出」では、例23、24のように怒りなどをストレートに表現するものもあるが、むしろ例18、19、21などのように感謝、励まし、祝福、謝罪など、面と向かってはなかなかいいにくいちょっとした感情が表現されることが多い。なかでも、例20のような、会合の後をフォローをするような、気遣いのメールが特徴的である。「相談」は収集された実例は少ないが、約3割の人が行っており、その内容は自分の将来や恋愛といった、若者らしいものである。「身の回りの話題」は、コンサマトリーな利用の中では、現況報告とならんでメジャーなものの一つである。そこではパチンコの勝敗から、自らの怪我まであらゆる身の回りの話題が伝達される。「一般的話題」はマイナーな内容だが、おもにテレビ番組に関する話題である。「ネット上の情報」は有名人やキャラクターなどの画面の送受が主なもので、裏情報や、幸福の手紙スタイルの「チェーンメール」も相変わらずやりとりされている。
 メールでの感情伝達は、中村(2001)もいうように、携帯メールが表情や声色が伝わらないキュー・レス(手がかりのない)メディアである事が関係している。手がかりの少ない状態では恥ずかしさが消え、面と向かってはいいにくいような感情を伝えやすいのである。実際、「2002松山調査」では、利用者の36.5%が「携帯メールでは、会ったり電話ではいいにくい、本当の気持ちがいえる気がする」と答えている。また「携帯メールではあまり親しくない人とも気軽にやりとりできる」(30.2%:同調査)というのも同じ作用によるものである。しかしこのキュー・レスという特徴は、同時に、相手の非言語的反応が伝わらず、コミュニケーションの齟齬を起こしやすいという欠点も持つ。実際「携帯メールだと相手の反応が伝わりにくく、気持ちの行き違いになったことがある」という利用者が24.8%(同調査)いた。
2. 携帯メールの表現
 携帯メールには独特の表現上の特徴がある。太田(2001)によると、特定の状況下での使用される特定の言語様式の習慣化のことを社会言語学ではレジスターという。携帯メールにも携帯メールらしい言語的特徴があり、それが習慣化するとレジスターとなる。携帯メールの表現上の特徴については、三宅(2000)、中村(2001)、太田(2001)らも考察しているが、それらと今回収集した文例をもとに整理すると、次のようになる。
 第一に話し言葉的表現があげられる。具体的には、@文の終わりに用いて疑問・禁止・詠嘆・感動を表す終助詞が多用される(「かなぁ」「ね」「よ」「か」など。例2,10,13,16-18,20-22,24,25,31,34)A方言が使用される(例3-6,10,20,22,24-26,30)B「は」「が」「を」など、助詞が省略される(例1,2,6,7,9,15,17,20,21,23,24,27,33)C語順が転倒する(例24,29,34)D主語が省略される(例3-7,10-20,23-27,29-30,33,34)E俗語的表現がなされる。(例13「いこっかなー」)F1つの文が短く、ときには一発話ごと発信され対話のようになる(例1,9,11,12,14,26,28)Gいいさしで終わる(例5,6,13)H挨拶がなく、突然話がはじまる、などの特徴がある。
 第二に表現の軽佻さがある。そこには勢い、かわいさ、親しさ、おどけた感じなどが含まれ、しばしば実際の会話よりも、過剰に表現されている。具体的表現形式としては、@音調的要素が多用されることがまずあげられる。これには、「−」「〜」などの長音記号、「すごいなぁ」など平仮名、「サイアクだよ」などカタカナ、「。。。」「…」など余韻の表示、「?」「!?」「!!」などの記号がふくまれる。(例1-8,11,13-17,20-22,24-27,30,32-33)これらは例1「食べよー」のように、幼児的雰囲気につながっているものが多い。そのほかA若者言葉(例5「ムリっぽい」例21「壊れた」)B擬音語・擬態語(例33「きゃ」例27「ふにゃーっと」)C英語や古風な表現(例4「sorry」例7「すまぬ」「遊びませう」)の使用、などがある。
 第三に絵文字・顔文字・記号を使ったグラフィカルな表現がある。絵文字とは携帯電話会社がそれぞれ作った全角1文字で表される特殊記号で、他社同士では交換できない(例7,10,13,14,16,19,21-23,25,27,32,34)。よく使われる絵文字としては、<037><101><104>など名詞の代替もあるが、<001><005>007><008><011><015><017><027>など、何らかの感情を表現するものが多くなっている。なかでも<010>や<021>は、音調的要素から離れて、直接気分の良し悪しを表現している点が興味深い。「2002松山調査」によると、絵文字をよく使う利用者は71.4%に達し、若者の間では絵文字使用がごく一般的になっていることがわかる。とくに女性のばあいは80.0%と、一層使用率が高くなっている。一方顔文字とは、「(」や「+」など、各社共通の記号や文字を複数組み合わせて作るもので、他社同士でも伝達できる(例4,17,21,27,33)。これはスマイリーとかエモティコンなどとも呼ばれる。よく使う顔文字はあらかじめ電話機に登録されており、各要素をいちいち打つ必要はない。また記号では、元気を示す「☆」や上機嫌を表す「◎」などが多く、通常文末に配置される(例17)。
 中村(2001)は、絵文字のルーツが1970年代後半から90年頃まで少女の間に流行した丸文字にあるのではないかという。iモード開発者の松永(2000,p153)は、絵文字を売れ行きのよいポケベルにハートマークが表示機能があることから着想し、若手が様々なアイデアを出していったと回想している。この「若手」たちがちょうど子供の頃丸文字を使っていた世代と重なっているのではないだろうか。こうした絵文字・顔文字・記号には、@感情を豊かに表現するA文章を軽く、明るいものにするB相手の気持ちを和ませ、無用な衝突を避けるC文の区切りとするD単なる修飾、などの機能がある。
 第四に画像の添付(例33)リンク(例34)などネットらしい表現がある。ただし「2002松山調査」によると、「ネットから取り込んできた写真や絵をよくやりとりする」利用者は6.3%にすぎず、若者の間でもそれほどメジャーな使用法ではないようだ。また「自分で撮った写真をよくやりとりする」も4.4%と少ない。写真の撮影自体は行われているものの、その送受は、料金がかさむので、あまりやらないのかもしれない。
 こうした携帯メールの表現は、電子メール(特にチャット)と類似しているといわれる。たとえば太田(2001)は両者とも「同期的・即時的」「私事性」というメディア的特性を持つ故に、話し言葉的であるという共通性を持つという。伊藤(1993)はパソコン通信のチャットにおける言語的特徴をまとめているが、たしかに、話し言葉的特徴としてあげられているものの多く(終助詞・俗語形・方言・若者言葉などの多用、文が短い、文の順序が正常でない、いいさしで終わる等)が上に述べた携帯メールと共通性を持っている。また伊藤(1993)がチャットの書き言葉的な特徴として挙げる「同じ文や言葉を何回も繰り返すことが少ない」も携帯メールに当てはまっているようだ。
 しかしその一方でいくつかの相違点もある。たとえば伊藤がチャットの特徴として挙げる、敬語(おひさですね〜)・代名詞(それをいっちゃだめ...)・合いの手(ふむふむ)・確認のための言葉(ふむ…そだったっけ?)などの多用は、携帯メールには当てはまらない。また秋田の大学生の携帯メールを分析したRinger(2002)は、携帯メールの文が短いという点はパソコンのチャットに似ているが、携帯ではそれより短いと指摘する。そしてその原因は携帯メールでは入力のための時間が長いためであろうと推察している。太田(2001)も両者の相違点として、携帯メールでは入力等の操作性が悪く、また情報量が少ないことを指摘し、その結果としてパソコンではよくなされる引用が携帯メールではほとんどみられないという。今述べた、代名詞・合いの手・確認のための言葉が、携帯メールでは少ない、といった差異も、情報量の差というメディア的原因で説明できそうである。しかし表現上の差異の原因として忘れてはならないのは、利用状況の違いである。たとえばパソコンのチャットは匿名の間柄で行われることが多いのに対して、携帯メールは親密な友達と交換することが多い。そのために携帯メールでは敬語を使うことが少なく、短くぶっきらぼうな感じになる。あるいは携帯メールでは、常に会う(会ったばかりの)人とやりとりするために、挨拶抜きになる、などがそれである。
 一方、若者の携帯メールには敬語も挨拶もないので不作法か、というと、そうではなく、むしろ「気遣いの作法」が注意深くなされている。たとえば「2002松山調査」によると、「携帯メールでは顔が見えないだけに、相手の気持ちを傷つけないような気づかいをしている」と答えた人は43.9%に達している。その具体例としてまず挙げられるのは、携帯メールが来たらすぐに返信するという作法である。「2002松山調査」でも60.2%がこの作法を実施していた。Ringer(2002)もメッセージを受けた人は返信する義務を負い、それが学生にストレスを生じさせることがあるという。携帯メールは発信と同時に相手に届くと考えられているので、すぐに返信しないと、それがメールに対する異議や無視ととらえかねられない。従ってこまめに返信せざるを得ず、これがメール利用頻度を増大される一因ともなっている。ただし中村(2002a)もいうように、仕事で返信がままならない社会人になると、このルールは緩和される。第二に、すでに述べた絵文字などのビジュアルな表現を多用することで、@感情を表現しながら誤解を避けたり、A表現を軽くソフトにすることによって相手を傷つけないようにする作法がある。山根(1986)によると、丸文字の背景には「かわいい」ものを尊重する文化があり、弱さ・幼さ・愛らしさを伴う「かわいさ」の共通世界住むことができれば、相手に自らの自我や存在感を感じさず、相手から拒否される事も無くなるという。携帯メールでも、絵文字を使って「かわいさ」の共通世界に住めば、自我の衝突による傷つきを避けることができるのである。
 
3.携帯メールと孤独恐怖
 携帯メールの内容がおしゃべり的で、気遣いの作法があるところで生まれるのが、24時間化した親密な人間関係である。こうしたメディア上の人間関係と若者の心理については様々な議論がなされてきたが(2)、今回はとくに若者の孤独感との関係をとりあげる。孤独感とは、社会的関係の達成水準と願望水準の差がある時に生ずる不快感であるといわれる(たとえば諸井,2000)。こうした孤独感と携帯メールの関係については、とりあえず次の4つの関係性を想定することができるだろう。@携帯メールのやりとりそのものによって社会関係が達成され、孤独感が減少する。A携帯メールによって対面関係が活発化し、その結果として孤独感が減少する。B携帯メールの存在で願望水準が上がり孤独感が高まる。C携帯メールにより旧来の人間関係が維持されることで、新たな人間関係の構築が阻害され、孤独感が高まる。
 そこで「松・東調査」では「改訂版UCLA孤独尺度」(加藤監訳,1988)を使って孤独感と携帯メール利用の関係を調べた(3)。20項目ある孤独感尺度への回答(「よくある」+「たまにある」と「決してない」+「ほとんどない」)ごとに携帯メール利用頻度(3段階)をみたところ、13項目で孤独感が少ないほうが携帯メールの利用が多い傾向があった(4)。逆に反対の傾向性は1つもなかった。携帯メールを頻繁にする若者の孤独感が少ない傾向は辻・三上(2001)の調査でもみられ、BやCの作用は一般的ではないといえる。
 では、携帯メールをよくする若者は孤独とは無縁か、というと、そうでもないようだ。たとえばある雑誌では次のようにいう。「いつも、誰かに必要とされたい。一人で過ごす夜中が寂しい。誰かとつながっていたい。アポのない時間を、メールや携帯でつい埋めてしまう。そんな「孤独力」のない若者が、こんなにもいる」(「若者よ孤独力をつけよう」『AERA』2002.7.22,p8-11)この記事によると、最近の若者は孤独に耐える力が弱まっており、そうした人が携帯メールに走っているというのだ。あるいは社会学者の藤竹暁は、携帯型メディアの急激な普及は「現代の、特に若い人たちの寂しさみたいなもの、あるいは孤立、孤立をおそれているのかもしれないが、そんな心理と非常に関係のあるような感じがする。」(藤竹他2001,p14)という。ひょっとしたら孤独を過度に恐れる若者が、人間関係の空白を埋めるため、携帯電話を頻繁に使って活発な対人関係を取り結び、その結果として孤独を回避しているだけなのかもしれない。
 そこで、「松・東調査」では孤独を恐れる傾向を測定し、携帯メールの利用頻度との関係を調べた。孤独恐怖に関する項目を14設定し、「全くそう思わない」から「全くそう思う」までの4点尺度で聞いた。その結果をまず因子分析にかけたところ、4つの因子が抽出された。第一因子は「私は寂しがりな方だ」「1人で夕食を食べるのはたえられない」「いつも誰かとつながっていたい」「週末に何か計画が入っていないと落ち着かない」「メールがあまり来ないと、いらいらしたり、落ち込むことがある」から構成される。これは片時も孤独に耐えられず常につながりを求める「孤独耐性欠如」の因子といえる。第二因子は「私はまわりに合わせる方だ」「まわりのみんなから「いい人」と思われたい」「仲間はずれになるのが怖い」「私は1人では絶対にやっていけない 」からなる。これは友達の輪から疎外されることを恐れる「疎外恐怖」の因子といえる。第三因子は「自分にとって、友達ほど大事なものはない」「友達とはプライベートなことも含め、深く関わり合いたい 」からなり、友人と深くつきあいたいという「深い交際志向」の因子である。第四因子は「少数でも親しい友達がいれば十分だ」「分かりあえない人とは分かりあえないままでいい」「友達の人数は多ければ多いほどよい」など、広く多くの友人がほしいという「広い交際志向」の因子である。一口に孤独を恐れるといっても様々な要素があるのである。
 以上の14項目と携帯メールの利用頻度との関係をみると、7項目で有意差が現れたが、いずれも孤独に対する恐怖感がある人ほど、携帯メールを頻繁に利用している傾向があった(図2)。孤独恐怖の4因子のうち最も関連があるのは「孤独耐性欠如」に属する項目で、合計5項目で有意な関連がみられた。たとえば「一人で夕食を食べるのはたえられない」という人は50.0%が携帯メール利用頻度が高い群だが、そうでない人の場合、携帯メール利用頻度が高い群は30.9%に過ぎない。あるいは「いつも誰かとつながっていたい」とした人の42.0%が携帯メールの頻度が高い群であったのに対し、そうではない人のメール高群は28.4%に過ぎなかった。ついで携帯メール頻度と関連がみられたのは「疎外恐怖」の因子を構成する2項目であった。すなわち「まわりのみんなから「いい人」と思われた
(図中Yは各項目に対する選択肢「全くそう思う」+「ややそう思う」を合わせたカテゴリー。()内の数字はその割合(%)。Nは「全くそう思わない」+「あまりそう思わない」を合わせたカテゴリー。*:p<.05, **:p<.01, ***:p<.001 χ2)
          図2 孤独恐怖と携帯メール利用頻度  (松・東調査)
 
い」とする人は37.5%が携帯メール利用高群であるのに対し、そうでない人の場合は28.9%であった。あるいは「仲間はずれになるのが怖い」という人の37.7%が利用高群であるのに対し、そうでない人の場合は28.0%である。その一方で、「深い交際志向」や「広い交際志向」を構成する各項目は、携帯メール利用頻度と有意な関連はみられなかった。
 さらに諸変数間の関係を調整するために、携帯メール頻度を従属変数に、孤独耐性欠如、疎外恐怖、孤独感及びその他の変数を独立変数として重回帰分析にかけた。ただし独立変数については、カイ二乗検定で携帯メール頻度と有意な関係があった変数(変量は1または2)のみを合計して各尺度を構成した(すなわち孤独耐性欠如5,疎外恐怖2,孤独感13項目)。その結果、孤独耐性欠如の傾向が高いほど、孤独感が低いほど、デート回数が多いほど、友人数が多いほど、携帯メールの利用頻度が高くなることが確認された。疎外恐怖については他変数との関係を調整すると、有意差はなくなってしまった。しかしいずれにせよ、孤独に対する耐性の欠如といった、孤立を恐れる心理が、携帯メールの利用頻度を増大させているのは間違いのないことである。
 
    表1 携帯メールの利用頻度(1〜3)と心理傾向・行動特性との関係
                            標準偏回帰係数
 孤独耐性欠如(5「小」〜10「大」)            .156 **
 疎外恐怖(2「小」〜4「大」)              .028
 孤独感(13「小」〜26「大」)              -.152**
 友人との交遊頻度 (1「週0回」〜5「週11回−」)     .062
 デート回数(1「毎週」〜5「しない」)         -.326***
 友人数                        .119**
 性別(1「男」〜2「女」)                .063
                   *** p<.001 ** p<.01 * p<.05の有意水準
 
 孤独を恐れて携帯メールを頻繁にする若者たち。こうした傾向は、孤独の中で自分を見つめ直したり、自我を成長させる機会を奪い、かえって若者に悪い影響を与えるのではないか、という心配がある。たとえば、家裁調査官の藤田(2000)は、携帯電話を持つといつでも連絡がとれるので、簡単に寂しさを紛らわすことができる。そのため、孤独の中で自分自身に向き合い、悩みながら成長する機会が失われるのではないか、と危惧している。例えば、携帯電話が親と連絡を取りながら友達の家を泊まり歩く気軽な「プチ家出」を可能としたために、家出に伴う子供の孤独や不安や親の心配といった心的エネルギーの消費がなくなり、親子の真剣な対峙や心的葛藤の克服などによる、関係性の好転の機会が乏しくなるのではないかという。
 もちろん孤独感とは不快感情なので、それを回避する気持ちそのものは、異常ではない。しかし、常時だれかとつながっていることを確認していなければ不安だとなると、それは行き過ぎといえる。携帯メールでは、欲するときにいつでも手軽に人間関係をとりむすべ、その常時性と手軽さは携帯電話よりさらに進んでいる。現代では24時間営業のコンビニのおかげで、かつてほど強烈な空腹感やのどの渇きを経験することがなくなった。今や携帯メールは、孤独という心の渇きを手軽にいやしてくれる、コンビニ的存在となっているのではないだろうか。その結果、深刻な孤独感はかつてほど体験されなくなってきているのかもしれない。確かに便利な時代だが、そこには上記のような新たな問題が内包されている可能性がある。
 
(1)モバイルコミュニケーション研究会(2002)が2001年に全国の12-69歳の男女を対象に行った調査では全体の37.3%が利用していた。
(2)たとえば携帯メディアが若者の人間関係を希薄化させたり、より選択的にするのではないかという議論があったが、研究の結果、危惧されるような影響はあまりない、ということに落ち着きつつあるようだ(たとえば中村(1997)橋元(1998)辻・三上(2001)松田(2000)松田(2001)モバイルコミュニケーション研究会(2002))。
(3)ただしUCLAの尺度は孤独感そのものよりも、達成された社会関係を測定する項目が多いようだ。
(4)カイ二乗検定で、携帯メール頻度と負の関係性が認められた項目は次の通りである。「私は他の人たちから孤立している***」「私は本当に引っ込み思案なのでみじめである**」「私は疎外されている*」「私には知人が居るが、気心の知れた人はいない***」「私の興味や考えは、私の周囲とは違う***」「私には頼れる人たちがいる*」「私には話し合える人たちがいる*」「私には親密感のもてる人たちがいる*」「私は自分の周囲の人たちと調子よくいっている*」「私はいま、誰とも親しくしていない*」「私は人とのつきあいがない**」「私は外出好きの人間である**」「私は周囲の人たちと共通点が多い**」ただし下線は逆転項目。(*:p<.05, **:p<.01, ***:p<.001:χ2)詳しくは中村(2002b)参照。
 
文献
藤田博泰 2000「携帯電話と親子の絆−「プチ家出」を通じて」『月刊生徒指導』2000年9月号pp24-27
藤竹暁,水越伸,松田美佐,川浦康至 2001「座談会 携帯電話と社会生活」『現代のエスプリ405 携帯電話と社会生活』pp5-33
橋元良明 1998「パーソナル・メディアとコミュニケーション行動」竹内郁郎,児島和人,橋元良明編・著『メディアコミュニケーション論』北樹出版,pp117-138.
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山根一眞 1986『変態少女文字の研究』講談社