兵庫県南部地震時の携帯電話の役割と問題点

Function and Disfunction of Cellular Telephone on the Hyogoken-Nanbu Earthquake
                         中村 功*  廣井脩
            キーワード:災害情報、兵庫県南部地震、通信、携帯電話、利用と満足
 近年日本でも携帯電話は急速な発展をとげ、1995年11月には700万加入を突破した。阪神・淡路大震災時、固定系の電話が輻輳により、使いものにならなかったとき、もう一つの電話ある携帯電話はどのような役割をはたし、またそこにはどのような問題があったのだろうか。NTTドコモに対する聞き取りおよび被災地域の携帯電話加入者に対するアンケートをもとに考える。
1.設備面の状況
 まず設備面の被害だが、NTTドコモ関西では百数十ある被災地域内の基地局のうち37局に障害が発生した。おもな原因は電源の問題で、ほとんどはリセットをかけることで数時間から十数時間のうちに回復した。これは、おそらく地震の揺れで一時的に機能が停止したものだろう。比較的長い時間の障害を受けたのは長田区内の基地局1局だけであった。それでもアナログで翌日、デジタルでは翌々日には復旧している。NTTの固定網では交換器の故障で28万5000回線、加入者系ケーブルの切断で19万3000回線と、最大で被災地域全加入者の1/3近くが設備被害で影響を受け、復旧に1月いっぱいかかったことを考えると、きわめて対象的である。
 移動電話では固定系にある加入者系のケーブルがないので、そのぶん設備的には確かに固定系より強いといえる。だが、移動電話の施設は災害時に絶対に安全か、といえばそうではない。郵政省の資料によれば、現に今回の震災で一時的にせよ、最大時145局の携帯電話の基地局で障害が発生しているのである。その原因は、揺れによる基地局の損傷や中継ケーブルの障害にある。高速道路の落下や新幹線高架部分の落下でNCC系の中継ケーブ ルが切断され、NTT以外の移動電話が障害を受けたといわれている。中継系の光ケーブ ルは、北海道南西沖地震や北海道東方沖地震のときにも切断されており、一般に地震にとくに強いとは言えない。今回、NTTドコモの利用していたケーブルが切れず、被害が軽微だったのは好運に支えられた部分もあったといえる。
2.加入者アンケート
 NTTドコモでは以上のように設備面の被害は比較的軽微たったが、ではまったく問題がなかったのであろうか。今回被災地の携帯電話加入者を対象にアンケート調査を行い、利用者からみた問題点や評価、および震災時の利用状況をさぐった(1)。
調査方法
@調査対象:神戸市・芦屋市・西宮市・宝塚市および淡路島に在住のNTTドコモ関西携帯電話加入者
A標本抽出方法:携帯電話加入者名簿から無作為抽出
B調査方法: 自記式 郵送配布・郵送回収
C調査対象数および標本回収数・率: 調査対象数    1500                  有効標本回収数・率 683(45.5%)
D調査期間 1995年5月13日−5月28日
3.疎通状況
3.1 全体状況
 NTTドコモによると、地震直後は平均で通常時の3倍、最大で約7倍の通話があったという。これはだいたい2回に1回かかる程度の輻輳状況である。NTTでは最高50倍もの通話が殺到したというから、それに比べると軽微な輻輳であったといえる(ただしいずれの場合も被災地への市外通話の倍率)。しかし、利用者に話を聞くと直後は携帯電話
表1 当日の疎通状況
(Tab.1 Connectability on the day)
5.当日携帯電話を持っていなかった 6.4 -
  全体かけた人
1.携帯電話から電話をかけて、すべて相手に通じた7.88.9
2.携帯電話からかけたが、一部しか通じなかった48.055.0
3.携帯電話からかけたが、一つも通じなかった31.536.1
4.携帯電話は持っていたがかけなかった 6.4 -

も全くかからなかったという人も多い。アンケートの結果を見てもやはり通じにくかったようで、当日電話をしてすべて通じた人はわずか8.9%、逆に一つもかからなかったという人は36.1%にまで達した。半分以上を占める一部通じた人も、平均すると13.5回かけてやっと1回通じる程度であった。
 最も大きな問題点はなんといっても携帯電話が通じにくかったということだ。その原因は、通話相手のNTT固定網側の輻輳が激しかったため、最大95%という規制に巻き込まれてしまったことにある。その仕組みを通話パタンごとにみておこう。第一に被災地の携帯電話から被災地の固定電話にかける場合、通話は基地局から移動網側の交換機、関門交換機を経てNTT固定網にはいる。関門交換機まではNTTドコモのものでありそれほど込 み合ってはいないが、被災地のNTT固定網では各地からかかるおびただしい通話をさば ききれないために輻輳しており、この段階でかかりにくくなる。第二に被災地の携帯電話 から被災地の携帯電話にかける場合、基地局−交換機−基地局と市内のNTTドコモの通信路のみを使って通話が成立する。ここでは、NTT固定網の輻輳の影響は受けない。第三に被災地の携帯電話から被災地外の携帯電話に通話する場合、基地局−交換機−関門交換機(被災地内)−自社線−関門交換機(被災地外)−交換機−基地局と経由する。ここでもNTTドコモ側の施設だけで通話が成立し、固定網の輻輳の影響は受けない。第四に被災地内の携帯電話から被災地外の固定電話に通話する場合、基地局−交換機−自社線−関門交換機(被災地外・ドコモ)−関門交換機(被災地外・NTT)−市外交換機−市内交換機をへて通話が成立する。NTT固定網に入るのは輻輳のない被災地外であるから、この場合もNTT側の輻輳に巻き込まれることはない。
 一方、被災地外からの被災地の携帯電話への通話は前述のように最高で通常ピークの7倍となり、多少かかりにくい程度であったものと見られる。ただ被災地内の固定網からの呼は、固定網側の輻輳に巻き込まれて疎通が困難であったはずだ。かかりやすさを図示すると図1のようになる。
 利用者に対するアンケートの結果は、このように携帯電話同士やNTT側の規制の少ないところへはかかりやすい、という仕組みを裏付けている。以下に自由回答からいくつかの声を抜き出してみた。なお、なかには朝早くはかかりやすかったという声が見られるが、これは、NTT固定網の輻輳がテレビで被害の大きさが明らかになった17日の朝9時以降から本格化したため、と見られる。
(自由回答から)
・携帯同士はいいが、自宅には通じにくかった。 (運輸業・30代)
・回線の混雑でつながらないことが多かった。特に阪神間。遠方にはつながった。                         (卸売り小売業・50代)
・震災時、関西地方は全くかからなかった。逆に地方(松山、広島)などは一回で通話できた。松山にいる家族とも連絡が取れ、携帯電話の便利さがより一層わかった。1/17は一般電話も携帯電話も、関西ではほぼかからなかった。 (電気ガス熱供給水道業・20代)
・一般の電話が不通のなかで、携帯電話での長距離はほぼ100%通じた。この為、地方の親戚、友人との安否の連絡が確保できた。また、携帯から一度地方の友人に連絡し、その友人から阪神間にいる携帯をもつ友人に連絡してもらうことで、近距離の友人の安否の確認も出来た。又は、一度東京の友人に連絡し、その友人から都内にすむ友人に連絡してもらうことで、通信時間の節約もした。いずれにしても、今回の震災で携帯がとてもとても役立った。ただし阪神間は、一般の電話と同じくほとんど通じなかった。知人・近所の人が、地方の親戚との連絡の為にも、私の携帯を何回も貸したほどであった。                           (製造業・30代)
・1月17日地震後すぐ北海道の札幌に電話したが、すぐでしたので娘と話が出来て、大変よかった。時間が経つと通じなかった。(221・不動産業・50代)
・当日の朝、2〜3時間のみ通話可能。はっきりいって、公衆電話の方がいい。       (不動産業・40代)
3.2 地域別状況
 次に地域別の疎通状況を見ると、神戸市内ではとくにかかりにくかったようである。また西宮では、他地域にくらべ若干疎通状況がよかった。質問では、当日いた場所をいくつでも選択してもらっており、当該地域にいた人の疎通状況を表に示した。信頼性とは、当該地域にいた人といなかった人の差をカイ自乗検定で検定した有意水準のことで、神戸や西宮市内にいた人はそうでなかった人とはたしかに疎通状況が異なっていることを示している。
表2 地域別疎通状況
      (Tab.2 Connectability by area)
当日居た場所全て通じた一部通じた1つも通じない信頼性(χ2)
神戸市内6.151.342.6***(>.001)
西宮市内13.855.830.4*(>.05)
芦屋市内8.061.430.7 -
宝塚市内10.564.924.6 -
淡路島8.350.041.6-

 地域別の疎通状況をよりくわしくみると、とくに神戸市内で電源を入れても無音の状態を経験した人が多いことが分かった。これは携帯電話網側でも障害があったことをうかがわせる。その原因は、第一に神戸市長田区での基地局の障害の影響が考えられるが、第二に神戸市内に携帯電話が集中し、携帯電話側でも激しい輻輳が発生した影響が考えられる。
表3「電源を入れても無音で使えなかった」人の割合(***;p<.001,**;p<.01,*;p<.05)
神戸市内西宮市内芦屋市内宝塚市内淡路島全体
20.2 ***7.8 **7.2 *11.611.111.4
3.3 固定電話・公衆電話との比較
 では、住宅の固定電話や公衆電話と比較すると携帯電話はどの程度つながりやすかったのであろうか。われわれは今回の調査とは別に神戸市の住民699人を対象にアンケート調査を行っている。それによると、自宅から電話をした人は33.9%、自宅の電話は通じなかったので公衆電話から電話した人が24.9%、自宅の電話が物理的に使用不能だったので公衆電話から電話した人が7.2%、公衆電話をかけようとしたが壊れていたり混んでいて使えなかった人が9.6%、電話しようとしなかった人が18.9%であった。この中で「自宅から電話した」と答えた人と公衆電話から電話した人に、どのくらい通じたかを聞くと、表4のようであった。「一つも通じなかった」という人に注目すると、固定電話より携帯電話が多少通じやすかったことがわかる。自宅の電話が通じず、公衆電話に流れた人がさらに全体の24.9%もいたことを考えると、たしかに携帯電話は多少かかりやすかったといえる。しかし公衆電話では「一つも通じなかった」人が11.3%しかおらず、携帯電話よりも圧倒的に通じやすかった。
   表4 固定電話との比較
(Tab.4 Comparison of connectability with home and public telephone)
 
携帯電話 固定電話公衆電話
1.電話をかけて、すべて相手に通じた8.910.127.0
2.電話をかけたが、一部しか通じなかった55.040.959.9
3.電話をかけたが、一つも通じなかった36.147.3 11.3
4.通話頻度
 通話頻度は、当日及び2週間後ともに平常時よりも高くなっている。注目すべきは、災害当日で5回以上通話した人が45%もいるのに対して通話が0の人も35.7%もおり、たくさ
表5 通話頻度
  (Tab.5 Frequency of calling ) (%)
    ん通話した人とまったく通話しなかった人に2極分化していることである。かけなかった人の中には、かけても通じなかった人と電話どころではなかった人が含まれる。
5.評価
5.1 評価の2極分化
 地震当日携帯電話がどれだけ役に立ったかを通常時と比較すると、たいへん役だったとする人が増えている一方で、通常時にはほとんどいない「まったく役に立たなかった」とする人が「たいへん役に立った」とする人と同程度おり、評価は2極分化している。自由回答でも回答は2極分化しており、大変役だったと感謝している人もいれば、逆に役に立たずに激怒している人もいる。
表6  携帯電話に対する評価 (%) 右は使っていない人を除いた数字 (Tab.6 Valuation of Cellular telephone)
通常時2週間後当日当日通話回数の分布 (%)
1.1日に5回以上35.347.145.3 1-3 26.425-344.8
2.1日に数回41.938.116.2 4-623.935-743.0
3.1日に1回 4.0 3.5 2.8 7-14 24.6 75- 0.8
4.週に数回 13.7 8.10→35.7 15-24 16.5
5.週に1回 0.9 0.9当日平均7.0回
6.月に数回 3.4 1.2
7.月に1回以下 0.9 1.1
  大変役だったかなり役だった少し役だったあまり役立だたなかった全く役立っていない使っていない
地震以前の通常時27.5/27.841.9/42.425.3/25.6 3.5/3.5 0.6 / 0.6 1.2
地震当日31.1/34.611.7/13.0 7.4/8.3 12.9/14.426.7/29.710.3
地震から2週間後33.7/34.134.3/34.721.1/21.4 7.3/7.3 2.4 /2.4 1.3
(自由回答から)
・災害の時、一番頼りにしていた携帯電話が使用できず、大変失望しました。                 (電気ガス熱供給水道業・50代)
・ぜんぜんつながらない!なんかあった時、くその役にもたたない!!!!!!!! ふだん使えば料金は高いだけ!地震の時は安くてもつながらんかったらいっしょや!                           (建設業・20代)
・自宅有線電話も同じですが、地震後2〜3日は全ての回線(有線2、携帯1)が使えず、NTTに対してして大いに不信感を持った。特に携帯は緊急時にこそ役立つものと思っていたが、完全に裏切られた       (製造業・40代)
・携帯電話って最高!!            (卸売り小売業・30代)
・今まではあまり必要とは思ってませんでしたので、使用もあまりしませんでした。(通話料が高いと思ってますので) 今回の震災では、自宅及び会社でも、電話が使用不能で、私の携帯電話のみが使用でき、とても心強く思いました。                          (サービス業・50代) 
・当日私の家は全壊、家の中に4名が入ったままの状態であり、一人の力では助けだすことが無理、生存者の確認をし、110番へ救助の依頼をしたところ、1回目(6:00)は香川県警が出た。わたしたちのエリアは兵庫県警であるが、電波上そこにつながったものと考えられます。2回目(7:00)には徳島県警が出られた。そこで第1回目のことを言ったのですが、もう一度同じことを報告し、さらに兵庫県警へ連絡を入れるといわれ、とりあえず電話を切って救出の応援がくるのを待った。その頃やっと近くの方々が救助にきてくれた。この時に(警察?)だれかわからないが、110番通報で現場にこられたようですが、それがどこからの方かわかりません。この時に本当に携帯電話に助けていただいたと感じました。        (サービス業・40代)
5.2 評価と疎通状況の関係
 表7のように疎通状況の良かった人は評価が高く、逆に悪かった人は低くなっており、評価と疎通状況は密接な関係がある。上に述べたように地震当日の通話頻度は通常より頻繁でかつ2極分化していることとあわせて考えると次のように考えられる。すなわち、 (1)震災時は通常時よりも高い通信ニーズが発生する
(2)相手や時刻により輻輳の程度が異なり疎通状況に差がある
(3)つながった人は普段より多く通話するがつながらない人は通話できない
(4)つながった人は極めて高い評価・つながらない人は極めて低い評価へと2分する
ということになる。
表7 評価と疎通状況の関係 (%)
(Tab.7 Relation of valuation and connectability)
大変役だったかなり役だった多少役だったあまり役立たなかった全く役立たなかった
全て通じた 64.6 22.9 0 6.3 6.3
一部通じた 48.5 17.9 12.4 15.8 5.5
全く通じない 5.9 3.2 2.7 11.7 88.3
6.その他の問題点
 今回最も大きな問題は輻輳による通話不能だったが、そのほかにもいくつかの問題点がある。
6.1 バッテリーの問題
 携帯電話は充電式なので停電時でも利用できるが、充電は家庭の一般電源によるので、停電が長引くと電気がなくなり使えなくなる。当日困ったこととして、充電ができなくなり使えなくなったと答えたのは11.1%だった。しかし自由回答を見ると、充電不能で困った人はもっと多かったようである。というのは、11.1%とは当日放電しきった人数で、翌日以
表8 当日困ったこと (%)
  (Tab.8 Troubles on the day)
携帯電話の電源を入れても無音で使えなかった。 14.2
発信しても、込み合っている旨のアナウンスや話中音の時が多く、通じにくかった 70.5
停電で携帯電話のバッテリーが充電できず使えなくなった 11.1
地震で携帯電話の端末が壊れて使えなかった 0.2
家がめちゃくちゃになり携帯電話が行方不明になって使えなかった 1.9
持っている携帯電話は災害時優先電話だが、かかりにくかった 7.3
119番に電話したら「公衆電話からかけ直してくれ」といわれた 2.3
その他(具体的に:                     )16.7
降使えなくなった人もいること、放電を恐れて利用をセーブした人がいること、あるいは避難所で充電させてもらえず苦労した人もいる。また充電機が持ち出せず困った人もいた。NTTドコモでも地震三日目から乾電池ケース(7500個)や乾電池(9万本)を配布したが、それでも問題が解決したわけではなかった。
(自由回答から)
・停電のため(約10日間)、充電することが出来ず大変困りました。                              (製造業・30代)
・停電で充電できないため、バッテリー残量が気になり、使用を制限した。                                 (公務・30代)
・避難所の電源が使用に使えず、子供の友人宅へバッテリーの充電を依頼せねばならず、不便であった。        (製造業・40代)
6.2 災害時優先電話の問題
 防災機関など重要加入電話については、NTTドコモは携帯電話についても災害時優先電話を指定して、輻輳時もかかりやすいようにしている。しかし相手がNTTの固定網になると、NTT網に入った時点で優先の扱いが消えてしまう、という問題がある。事業者をまたがった通信で、他社に入ると優先扱いが消えてしまうという問題は、実は1993年の釧路沖地震のときにも発生し、その問題性を著者らは指摘してきたところである。その状況は今もかわっていないのである。そこで今回アンケートで直接尋ねたところ、7.3%もの人が優先電話だがかかりにくかったとしている。しかしこの数字はあまり信用できない。そもそもこれほど災害時優先電話はないし、所有者の職種も建設業や運輸業といった防災機関以外がほとんどであった。おそらく災害時優先電話を、「自分に取っては災害時のための電話」と意味を取り違えていたものと思われる。
6.3 119番の問題
 自由回答でも119番につながらなくて困ったという批判がかなりみられた。つながらない原因は3つ考えられる。第1に輻輳でつながらなかったこと、第2に119番の交換台が受付能力を越える通報で話中だったこと、第3に地域の携帯電話からの通報は受け付けないというシステム上の問題によるもの。ここで問題になるのは第3の原因である。携帯電話は通常、各県に1つの固定網とのアクセスポイントをもっている。しかしその一方で、消防は各市町村ごとに組織されており、119番の受付台も市町村ごとにある。そのまま接続すると他地域の通報がアクセスポイントのある自治体の消防にかかってしまうので、119番は携帯電話ではかけられないことになる。それでも、NTTドコモでは現在全国の2/3の都道府県に代表消防台を設置しそこから一部の自治体消防と専用線を結び、一部で通報可能となっている。今回の被災地域では、神戸市だけは通報可能であった。しかしアンケートでは、2.3%の人が119番に電話したが公衆電話からかけ直してくれと言われており、119番が消防に接続できない問題性があらためて浮き彫りになった。
(自由回答から)
・119番がつながらなかった。(保険業・50代)
・私は、家も無事で携帯電話も持っていたので、特に連絡、情報等に困りませんでしたが、ただ119番がつながらないのはとても不便でした。  (公務・20代)
・近所にけが人がでて、すぐに119に連絡が取れた。   (建設業・40代)
7.災害時の利用
 今回の災害時には人々は携帯電話をどのように利用し、どのように役立った(役立てようとした)のであろうか。平常時との利用の変化を探った。
7.1 相手・内容
 第一に通話相手の変化がある。当日を中心として災害時には親戚との通話が急増して いる。これは固定電話でもこれまでの災害の度に現れる変化である。第二に内容では、 当日は自分や家族の安否を伝える通話が圧倒的に多い。通信事業者はよく「見舞い呼の殺到による輻輳」などという表現を使うが、「見舞い呼」のメインは「親戚との安否確認の通話」であるといえる。したがって輻輳を軽減する手段の一つとして、「親戚との安否確認」をマスコミやボイスメールなどによってスムーズに行い、「見舞い呼」そのものを減 少させることが考えられる。
  表9 通話相手の変化 (%)
   (Tab.9 Change of destination)      
 
  通常時 当日2週間後
1.親戚 5.9 53.1 22.5
2.家族 47.7 41.4 43.2
3.友人・知人 43.5 53.6 44.9
4.仕事関係の人(自社の) 63.1 53.1 58.1
5.仕事関係の人(取引先等自社外の 59.9 32.6 51.2
6.119番・110番 0.6 2.4 0.3  
7.市役所等公共機関 3.2 3.6 5.0
8.その他(具体的に:       2.3 1.9 1.6

表10 当日の通話内容 (%)
  (Tab.10 Contents of calling on the day)
 
1.自分や家族の安否 83.3
2.家や自動車などの被害状況 43.8
3.必要な指示・依頼 46.0
4.近況報告 32.4
5.避難の相談 9.5
6.地震の体験談 16.7
7.余震に関する情報 14.3
8.生活に必要な物資について 28.3
9.けが・火事・ガス洩れ等に関する救援要請 5.5
10.その他(具体的に:         ) 6.9

7.2 機能
 携帯電話にはどのような機能があり、それは平常時と災害時ではどのように変化するのか。因子分析の手法を使って平常時の災害時携帯電話から得られる満足の因子を析出し、それを比較した。なお方法はマスコミュニケーションの「利用と満足」研究を、電話研究に応用したものである。もちろん竹内(1976)もいうように、たとえば本人には気晴らしの満足と自覚されても実際には逃避による逆機能であったりして、知覚された満足は必ずしも機能とはいえない。しかし知覚された満足は携帯電話がどのような役割をはたしたかを推定する手がかりとはなりうる。通常時の固定電話の機能(利用と満足)については川浦(1989)、中村(1992)、Dimmick(1994)らの研究があるが、災害時のしかも携帯電話についてはまだ研究されていない。
 具体的方法としてはまず、Dimmick(1994)やRoos(1993)らの研究を参考にしながら、携帯電話から得られるであろう満足を15項目設定した。それぞれについて「大変役に立った」から「全く役立たなかった」まで4つの選択肢を用意し、それぞれに1から4までの得点を与え、それに対してバリマックス回転を用いた因子分析を行った。
 その結果、携帯電話から得られる満足には、通常時・災害時もほぼ同様に@仕事A私的用事B外部とのアクセシビリティ確保C自己充足的利用の4因子が析出された。これまでの研究では、固定電話の因子は@道具性A自己充足性B安心の3つが析出されてきたが、今回もそれと似ている。というのは、今までの研究では家庭の電話利用を念頭に置いていてたため、仕事に関しては質問項目が少なかったからである。注目されるのは、固定電話では安心の因子が携帯電話ではアクセシビリティーの因子にかわっていることである。これはいつでも連絡がつくというアクセシビリティー確保の機能が、携帯電話では拡大されていると理解できる。
 因子ごとに得られた満足の得点を合算し平均を出したところ、第一に全体に災害時は通常時より満足が低かった。これは、災害時は疎通が制限されたためと考えられる。第二に、通常時、災害時ともに携帯性の因子の満足が最も高かった。ここから、疎通状況が悪かったために十分とは言えないが、携帯性という携帯電話特有の機能が災害時にも一応は発揮された、と結論できるだろう。
 なお、構造的変化としては「通常の電話のかわりとして」が災害時には自己充足の因子からアクセシビリティーの因子に移動すること、「あいさつや近況報告のため」が、自己     
満足の構造(災害2週間後)
(1)仕事因子 1.仕事上の注文の受発注のため 2.仕事上の指示や問い合わせのため  3.仕事のスケジュール調整のため 4.仕事上の緊急連絡手段確保のため
(2)私的用事因子 5.私的なことに関する指示や問い合わせのため 6.私的なことに関  するスケジュール調整のため 7.あいさつや近況報告のため
(3)アクセシビリティー確保因子 8.病気や事故などいざという時の備えとして  9.工事現場など電話が無い所での連絡に 10.移動しやすくなるために  11.他人がいつでも連絡がとれるため 12.通常の電話のかわりとして
(4)自己充足的利用因子 13.プライバシーを守るため 14.一種のステータス・シンボ  ルとして 15.おしゃべりのために
充足から私的用事の因子に移動したことがある。「通常の電話のかわりとして」がアクセシビリティーに移動したのは、通常時は若者などが遊び用として使っている人が「通常電話のかわりとして」役立ったと答えたのに対して、災害時では避難先に移動してもいつでも連絡がとれるという人が同じ項目に回答したためと考えられる。一方、「挨拶や近況報告」が自己充足から私的用事に移動したのは、災害時には近況報告が被災や避難状況の報告となり、避難や援助物資の調達といった私的用事に密接に関わるためと考えられる。
表11  因子別満足(大変役だった+多少役だった人の%)平均値
(Tab.11 Gratification of using cellular phone)
通常時  災害2週間後
仕事 79.7 58.9
私的用事 70.8 54.2
アクセシビリティー 86.2 70.8
自己充足 28.5 16.9

8.今後の課題
 最後に、以上の研究からわかった今後の課題を簡単にまとめておこう。  第一にハード面の対策がある。とくに今回の調査でも問題となったのはバッテリー問題である。連続使用時間の長期化、乾電池ケースの配布などこれまでの努力を押し進めるほかに、回答者からは停電時でも充電できる充電ステーションの設置や、営業時間に店頭に来られない人のために充電機や乾電池ケースを通信販売する、などのアイデアも出された。
 第二に制度面の対策がある。今回も、約2%の利用者が119番に電話したが接続を断られた現象があり、119番との接続問題は早急に解決されるべき問題であることが確認された。あるいは、災害時優先電話が他社間でも無効にならない対策も必要であろう。
 そして第三にソフト面の対策がある。これは、具体的に言えば、利用者へのPRの問題である。災害時の携帯電話の評価は2極分化しているが、つながらなかった人の不満は非常に大きかった。その一方で、今回の災害を期に災害用に携帯電話に加入する人もいる。事業者は加入者に対して災害時にはつながりにくいことがある点を率直に認めると同時に、通話相手によってはつながり易さに差ができるという点を、積極的にPRするべきである。これは利用者にとって役立つ情報であると同時に、利用者の不満を軽減することにもつながる。とくに災害時は被災地から被災地外に連絡を取り、そこから各所に中継して安否を伝えるという方式の有効性が今回の調査でも明らかにされた。加入時のパンフレットや月々の請求書等を利用した、息の長いPR活動が工夫されるべきではないだろうか。
第四に、これはハード面・制度面・ソフト面にわたる課題だが、ボイスメールの活用による災害時の通信ニーズ代替の可能性がある。先に明らかになったように、災害当日に急増するのは親族らとの安否確認の情報ニーズだが、安否をコンピュータに音声として蓄積し、そのデータを被災地外のセンターに分散させることによって通信の集中を避け、スムーズに安否確認を行おうとするものだ。このシステムがボイスメールで、イメージとしては、公衆的な留守番電話のサービスである。今回の震災でも固定電話を使ったシステムが小規模ながら運用され、一定の成果を挙げている。
 携帯電話やPHSといった移動体通信ではすでにボイスメール・システムが広く利用されている。携帯電話では会議中や電源を切っているときや圏外に居て連絡がつかないことが多いので、ネットワーク側で留守番電話のサービス(すなわちボイスメール)が用意され、二,三割の加入者がこれに加入しているという。これから普及するであろうPHSの場合はサービスエリアが狭いためこのサービスはより普及するだろう。NTT固定網でも今回の災害を教訓にこうしたシステムの確立にとりくみはじめた。安否情報の伝達には新聞、放送、パソコン通信など様々なメディアが考えられるが、どれも一長一短がある。そうした中で、他メディアと協力しながら、ボイスメールが安否情報伝達の一翼を担えるよう期待したい。
参考
因子負荷行列 (平常時)(2週間後)
因子パターン
平均 T U V W 共通性
2.仕事上の指示や問い合わせのため 3.43 .899 -.043 -.053 .089 .821
4.仕事上の緊急連絡手段確保のため 3.62 .834 -.062 -.044 .005 .701
3.仕事のスケジュール調整のため 3.03 .832 .058 .203 .087 .744
1.仕事上の注文の受発注のため 2.76 .718 .169 -.039 .087 .554
14.一種のステータス・シンボルとして 1.66 .017 .788 .091 .077 .635
15.おしゃべりのために 1.45 -.083 .776 .109 -.037 .622
13.プライバシーを守るため 2.01 -.039 .712 .120 .210 .567
12.通常の電話のかわりとして 2.68 .161 .631 .105 .191 .472
7.あいさつや近況報告のため 1.89 .120 .630 .381 .129 .573
5.私的なことに関する指示や問い合わせのため 2.99 .003 .211 .889 .113 .848
6.私的なことに関するスケジュール調整のため 2.79 .017 .269 .880 .112 .860
10.移動しやすくなるために    3.49 .034 .114 .050 .772 .612
11.他人がいつでも連絡がとれるため     3.33 .068 .291 .064 .720 .612
9.工事現場など電話が無い所での連絡に 3.45 .403 -.017 .072 .510 .428
8.病気や事故などいざという時の備えとして 3.38 .007 .077 .372 .459 .355
  固有値 2.930 2.782 1.953 1.739 9.403
寄与率(%) 19.5 18.5 13.0 11.6 62.7
因子負荷行列(地震2週間後) 因子パターン
平均 T U V  W 共通性

2.仕事上の指示や問い合わせのため 3.02 .910 .098 .032 .061 .842
3.仕事のスケジュール調整のため 2.86 .848 .167 .036 .248 .809
4.仕事上の緊急連絡手段確保のため 3.20 .822 .201 -.032 .100 .726
1.仕事上の注文の受発注のため 2.46 .783 .150 .154 -.019 .659
10.移動しやすくなるために 3.21 .143 .825 .070 .113 .718
11.他人がいつでも連絡がとれるため  3.17 .134 .762 .120 .233 .667
9.工事現場など電話が無い所での連絡に 3.03 .430 .587 .147 -.053 .554
8.病気や事故などいざという時の備えとして 2.78 .114 .510 .226 .282 .403
12.通常の電話のかわりとして 2.68 .143 .510 .262 .324 .453
14.一種のステータス・シンボルとして 1.51 .090 .122 .860 .089 .770
15.おしゃべりのために 1.43 .003 .107 .845 .148 .748
13.プライバシーを守るため 1.84 .037 .268 .686 .218 .591
5.私的なことに関する指示や問い合わせのため 2.80 .039 .220 .114 .889 .853
6.私的なことに関するスケジュール調整のため 2.60 .127 .215 .168 .868 .845
7.あいさつや近況報告のため 2.18 .164 .141 .422 .545 .521
固有値 3.144 2.448 2.331 2.247 10.16
寄与率 (%) 21.0 16.3 15.5 15.0 67.7

(1)この調査はNTT移動通信網株式会社との共同調査の形で行われた。
文献
 川浦康至(1989)「電話行動に関する心理学的研究」『昭和63年度情報通信学会年報』, pp81-91.
 John W. Dimmick,Jaspreet Sikand,Scott J. Patterson,(1994)The Gratifications ofthe Household Telephone:Sociability,Instrumentality,and Reassurance, Communication Reserch,Vol.21 No.5,October 1994,643-663.
 中村功(1992)「電話の日常化と現代の人間関係」『情報通信学会誌』35号,pp78-91.  Roos,J.P.(1993),300000 yuppies ? Mobile telephones in Finland,
Telecommunications Policy,Vol.17,Iss.6,pp446-458.
 竹内郁郎(1976)「利用と満足研究」の現状『現代社会学』3巻1号,講談社,pp86-113
Function and Disfunction of  Cellular Telephone  on the Hyogoken−Nanbu Earthquake
                                                               Isao Nakamura*
                Osamu Hiroi
[SUMMARY]
In order to study the function and disfunction of cellular telephone on the Hyougoken-Nanbu Earthquake,we made survey to 683 NTT cellular telephone subscrivers in south Hyogo prefcture.Main issues we have analyzed are as follows;(1)connectability of cellular phone on the day,(2)frequency of calling, (3)valuation of cellular phone and (4)other troubles on cellular phone. The results are as follows;(a)the situation of connection of cellular phone, espcially to disaster area, was bad because of heavy conjestion of NTT local service.(b)the most connectable telephone on the day was public telephone ,the second was cellular telephone,and the third was home telephone.(c)the valuation was divided into two,acording to the connectability.and(d)other problems (impossibility of charge,disconnection to 119 line,invalidation of priority line) occured in the disaster.
[Key Words]
disaster information (災害情報); Hyogoken-nanbu Earthquake(兵庫県南部地震) telecommunication (通信); cellular telephone(携帯電話); use and gratification (利用と満足)