9.携帯電話を使った新防災システムについて

中村功

はじめに

 災害時の携帯メディアにはどのような可能性があるのだろうか、本論では、現在どのような仕組みがあり、それにはどのような可能性と問題点があるのかを資料を基に提示する。今回取り上げるのは、@携帯メールを使った119番通報システム、A緊急地震速報の伝達、B携帯メールによる防災情報の配信といった、3つのシステムである。

 

1.障害者向け119番通報システム

普及 

 電話をかけて119番通報をすることが困難な聴覚障害者を対象に、携帯メールを使って119番通報できるシステムがある。現在全国の自治体で導入されており、我々の消防本部へのアンケートでは、2005年現在、15%程度の消防本部で導入されていた。各地の資料をみると、だいたい2001年頃から導入が進んだようである。
携帯メールによる119番通報システム(一部)
導入日時
導入消防本部
2001年4月
2001年4月
2001年7月
2002年4月
2002年7月
2003年8月
2003年10月
2003年10月
宇都宮市消防本部
岩手県両磐地区消防組合
愛知県春日井市消防本部
岐阜市消防本部
福岡市消防局
大垣消防本部
東京消防庁
熊本市消防局
 
消防本部における普及率(本研究の消防本部調査から)
仕組み
 通報は携帯電話から消防本部が設定したメールサーバに対して発信される。サーバーはプロバイダーと契約して設定することが多いが、通信機器メーカーの中には、遅延対策を施した119番通報専用のサーバーを提供しているところもある(東京消防庁などはこれを利用)。

 通報はインターネットを通じて消防本部のパソコンに集約されている。図は福岡市消防局の例である。通報者は「要請内容(火災か救急か)」「内容(状況)」「場所」「名前」等をメールで送信する。このメールを受信すると、消防局では受付した旨を通報者に返信する。通報が自宅以外の場合は、場所の特定のためにさらにメールによるやりとりが行われることになる。


福岡市消防局のシステム

(「日経BPガバナントテクノロジー 電子自治体ポータル」200288日より)

 

 どの自治体でもそうだが、このサービスは申し込みによってはじめて利用可能となる。利用対象者は、聴覚障害者と音声・言語、そしゃく機能障害者など、身体障害者手帳の交付を受けている人である。窓口等で申し込むと、メールで返信が来て利用可能になる。特定のアドレス以外からでも通報を受け付けるので、パソコンからの通報も可能で、住民がアドレスを変えてもそのまま通報可能となる。しかし便利な反面、これだと消防局のアドレスさえわかれば誰でも通報できてしまう。このため、後述のように、消防本部が迷惑メールの被害を受けることになる。

  

携帯ウエッブやGPSを使ったシステム

 他方、携帯メールではなく、携帯ウェッブで119番通報をするシステムもある。横浜市消防本部や松山市消防本部がこれを取り入れており、警察では北海道警なども110番通報に使っている。このシステムは携帯電話会社からインターネットにメールを送り出す処理がいらないので、メールに起こりがちな遅延をある程度避けることができるという。ただ、確認の返信のために消防本部は通報者のアドレスを入手しなければならないが、ウェッブの場合、それを通報者がいちいち入力しなければならないという問題がある。このシステムを導入している所では、同時にメールによる通報も受け付けていることが多い。

 一方、携帯電話のGPS機能を利用して位置情報を獲得し、119番通報を行うウェッブシステムもある。こうした仕組みは、2003年7月に松山市消防局が導入したのがはじめといわれている。しかし松山市のシステムはauのGPSにしか対応しておらず、登録者も15名程度、1年間で1度も利用がないという状態であった。

 そこで、これを進化させたのが、愛媛県のNPO法人(日本レスキュー支援協会)が開発した「ガチャ・ピー」というシステムである。これは、通報時に直径3センチほどの円盤状の機器(ガチャ・ピー)を携帯電話の電源差込口に差し込む。すると自動的に消防局のウエッブページに接続し、火事か救急かなどの画面が映し出される。利用者はそこから、外出中か否か、通報内容は何か等を選択することで、119番通報ができる。この仕組みは携帯電話各社に対応しており、NPOが情報処理を担当する。「ガチャ・ピー」には利用者の自宅や個人情報が登録されているので、自宅であれば、その場所が即座に消防局で映し出される。またGPS対応携帯電話なら外出時でも位置情報を獲得して送ることができる。GPSがついていない携帯の場合には、自宅から使用する。器具を差し込み、火事か救急かを選ぶと自動的に通報される。自宅の場所等の本人のデータは、データベースにあらかじめ登録してあるので、通報者のデータがすぐに消防局の画面に表示される。そのほか視覚障害者向けには、器具を携帯電話に差し込むだけで自動的に緊急通報が行われるバージョンもある。このシステムは、2004年の7月から新居浜市消防本部で、2004年9月から松山市消防局で運用が始まっている。

 

 ガチャ・ピー利用の流れ (GPS付き携帯電話からの場合)

(日本レスキュー支援協会ホームページより)

 

ガチャ・ピーの本体

 

運用上の問題

  携帯メールによる119番通報システムを導入している消防本部に、問題はあるかをたずねたところ、43.2%が問題がある、と答えている。

 最大の問題は、メールが遅延することである。一刻を争う119番通報が遅延するのは、極めて深刻である。重要通信がメールに依存する時には、遅延の問題が避けて通れない。何らかの解決策が望まれる所である。

 また外出先の場合は通報場所がわからないという問題も深刻である。携帯メールはコミュニケーションが一方通行になりがちで、消防が必要な情報を問い合わせるとき即時的でない問題がある。「ガチャ・ピー」のようなGPS携帯を使ったシステムもあるが、まだ主流ではない。

 第三に迷惑メールの問題がある。出会い系などの迷惑メールは無差別に送られるので、消防本部にも大量に送られている。その対応に消防本部が追われているのである。

 

携帯メールによる119番通報システムに問題はあるか(37本部中)

 

携帯メールによる119番通報システムにおける具体的問題(消防アンケートより)

要請者が外出先の場合、位置の特定が困難

メールの受信にタイムラグが生じる

場所の特定がしにくい

作動が遅い

こちらからの返信に応答が無い場合、必要最低限の情報が得られない

専用の回線を利用していないため遅れる場合がある

迷惑メールが多い

迷惑メール

遅延

救急現場を特定しにくい

出会い系サイト(Hメール)が非常に多い

災害弱者(聴覚・言語障害者)として登録した者にメールアドレスを開示しているが登録者がまだない

管轄外にいても通報されてしまう

メールのデータ送信で遅延する場合が考えられる

緊急でない迷惑メール(未承諾広告)が届く事

 

 第四に実際の利用があまり多くないという問題もある。例えば20014月から受け付けている宇都宮市では、サービス開始から1年以上経った現在も通報は1件もないという。これには、そもそも障害者からの119番通報が少ないという背景もある。聴覚障害者にはこれまでファックスによる119番通報システムがあった。たとえば福岡市の場合、有資格者3600人のうち3000人が対応するファックスを持っているが、通報は年に数件程度だという。(「日経BPガバナントテクノロジー 電子自治体ポータル」200288)


 

2.緊急地震速報の伝達

 

仕組み

 緊急地震速報とは、震源に近い観測点で得られた地震波を使って、震源や地震の規模、各地での主要動(大きな揺れ=S波)の到達時刻や震度を推定し、主要動が到達する前に知らせる情報である。原理としては、震源近くに配置された地震計による早期感知と、P波とS波の到達時間差の両方を使っている。情報が発表されてから主要動が到達するまでの時間は、長いところでも十数秒から数十秒程度となっている。例えば東海地震の場合、観測点で地震を検知してから7秒後に緊急地震速報が発令されると、静岡市には発令からその10秒後、東京には30秒後くらいに主要動がやってくるとみられる。気象庁は2004年2月25日から試験運用を行っている。

 ここで問題となるのは、発令された速報をいかに早く伝え、どう活用するか、ということになる。東海地震の例では、静岡市まで発令から主要動まで10秒しかないのであるから、通信のタイムラグは致命傷となる。気象庁では、タイムラグの危険性を避けるために、専用回線と通信衛星によって情報を提供している。

 

東海地震の場合の余裕時間

(気象庁資料)

厳しい条件

 もしこの速報が携帯メールなどで携帯電話に直接入ってくれば、役に立つはずである。しかしそれには様々な問題がある。その第一が輻輳と遅延の問題である。通常時から遅延が発生する携帯メールでは、数秒単位の即時性はとても保証されない。加えて多くの人に同時に送るとなると当然輻輳してしまう。第二の問題は情報では震源、規模、各地の予想震度、到達時刻などが発表されるが、その人の居る場所でいつどの程度の揺れになるかは、別に計算しなくてはならない。その上で必要な人に送るという作業が必要になる。情報内容を把握したうえで、知らせるべき人に知らせなくてはならないのである。

 

 

携帯電話を使った試み

 緊急地震速報を携帯電話に伝達する試みとして地上波デジタル放送と携帯電話を連動させる試みが行われている。これは2004年2月から三重県で、KDDIと三重テレビ放送が実用実験をしているものである。気象庁から出された緊急地震速報を放送局が専用線で受信すると、ウェザーニュース社の自動起動システムを通じてKDDIの端末制御サーバーに情報が入り、Cメールを介してデジタル放送受信機能を起動させる。一方放送局からは地上波デジタル放送1セグ放送)を通じて予想震度などが伝達される仕組みである。また同時に、1セグ放送と連携した通信コンテンツとして、各地の詳細な震度予測などの情報が配信される。

 予想震度など主要な情報はテレビ局で県単位の情報として加工し、放送波で一斉に流すので、その点は即時性の確保、内容の点などで優れている。しかし問題は自動起動にCメールを使っている点であろう。ここには常に輻輳または遅延の危険が内在しているように思われる。

 したがって、本来は、アナログ放送で現在行われている「緊急警報放送」のように、地上波デジタルの放送波を使って、受信機能を起動させるべきである。地上波デジタル放送は、巨額の投資を国民に強いるわりには、はっきりしたメリットが少ないといわれる。そうしたことを考えると、その防災面への活用は必須である。緊急地震速報を地上デジタル放送波を使って携帯電話に送るための、制度面、システム面のとり組みが望まれるところである。

 しかし、さらなる難問としては、かりに速報システムができたとして、それを人々がどう活用していくか、ということがある。とりあえずは機械の制御など、自動的に作動するところから活用されそうだが、大揺れの10秒程度前に速報が流れたとき、一般の人々はそれを認知し、行動に移せるのだろうか。また、そもそも、とっさにどのような行動をとればよいのか。考えなければならない問題は多いといえる。

 

 


 

3.携帯メールによる防災情報の配信

広がる導入

 携帯メールを使い警報や避難勧告などの防災情報を配信するシステムが、各地の自治体で始まっている。横浜市が2000年4月にサービスを開始したのが全国で最初のものとされている。その後、とくに2002年以降、各地の自治体で次々と導入されるようになった。

 配信の内容は防災情報を中心としているものから、火災発生状況、防犯状況など日常的利用を中心としたものなど、自治体によって様々である。

 たとえば福岡市や西枇杷島町などでは、直近に大きな水害を経験したのをきっかけに、整備が進められ、主に水害を対象にしている。また兵庫県でも津波情報や風水害時に避難勧告を伝達するシステムを計画中である。一方つくば市などでは火災情報を中心にしたシステムが駆動中である。火災の発生を知らせて、消防団招集のきっかけにしようとしているのである。

 また田老町(岩手県)では津波情報の配信の他に、密漁情報を配信する試みがなされている。センサーやGPSを使って密漁船の進入をとらえ、取り締まりのために地元漁業関係者に配信しようというのだ。また、2005年4月から始まる敦賀市のサービスでは、原子力災害を念頭においている。

 

自治体等による防災情報携帯メール配信サービスの導入状況

<主な自治体の導入時期>

2000年4月  横浜市

2001年6月  春日井市愛知県) 火災

2002年5月  塩尻市 火災・災害・事故

2002年6月  福岡市

2002年    横須賀市

2003年4月  稲城市 火災 警報 避難勧告 犯罪

2003年9月  つくば市

2003年11月 小松市 火災・災害

2003年9月  三重県

2004年    笠岡市

2005年4月  敦賀市 原子力防災情報 

<その他導入自治体>

北海道防災情報(北海道)

福島町(北海道)

八雲町(北海道)

大野村(岩手県)

会津若松市(福島県)

松本市(長野県)

岡谷市長野県

大町市長野県

蒲郡市(愛知県)

鶴来町石川県

富田林市大阪府

宝塚市兵庫県

 

鳴門市徳島県

志免町福岡県

芦刈町(佐賀県)

玄海町(佐賀県)

那覇市(沖縄県)

その他

<自治体の防災情報以外のメール配信>

2005年1月 愛知県警 事件・事故情報の配信

国土交通省河川情報 京浜河川事務所

アクサ・ダイレクト(損保会社) 「防災めるくる」

 

 

西枇杷島町「災害情報配信サービス」の内容

1.避難勧告準備情報

2.避難勧告及びポンプ停止

3.避難指示

 

福岡市の「防災メール」の内容

1.気象警報(暴風雪・大雨・洪水・暴風・大雪の各気象警報)
2.雨量が基準値を超えた場合(前1時間雨量30ミリを超えた場合)
3.河川水位が危険水位を超えた場合
4.避難勧告
5.天気予報(毎週金曜日に週末の天気を配信)システムの正常作動を確認するため

 

水害地域で高い利用意向

 我々は被災地における住民調査で、こうした仕組みの利用意向をたずねている。200410月の水害で被害を受けた豊岡市(兵庫県)では、調査住民全体の51.9%と半数以上の人がそうしたサービスを利用したいと答えている。水害では川の水位や避難勧告といった行政からの情報が、避難に重要なため、こうしたサービスへのニーズも高いのであろう。

 

メールによる防災情報配信サービスへの利用意向

(豊岡市−水害)               (十日町市−中越地震)

 

 

一方、中越地震の被災地である十日町市で同様の調査をしたところ、全体の44.5%が「わからない」とし、33.8%の人が利用してみたいと答えている。水害時に襲われた豊岡市に比べて希望者はやや少なくなっている。ただし、十日町では普段から携帯メールを利用する人が全体の39%なので、携帯メールを使っている人は、ほとんどの人がこうしたサービスがあれば利用したいと考えているとはいえる。

 

課題

 自治体の携帯メールへの防災情報配信サービスは、同報無線の整備に比べると導入コストが著しく安いので、急速に広まりつつある。また町村合併に際して、一部の地域(もとの市町村)にしか同報無線がない場合、その他の地区との格差をなくすために、こうしたシステムを導入する例もある(つくば市)。しかし安価なシステムには問題もある。

 その第一は情報の遅延の問題である。とくに一度送信に失敗すると、次のメール(または通話)が来るまで再送信しない事業者の場合、センター問い合わせをしないと、大幅な遅延が発征してしまう。これでは津波警報や避難勧告の伝達を、メール配信に頼るわけにはいかない。

 第二の問題としては、利用者の少なさと、利用者の偏りがある。これらのサービスはいずれも住民が自分のメールアドレスを登録することによって利用できるようになるが、たとえば18万の人口を擁する、つくば市などでも、登録者は2000人に達していないという。あるいは福岡市ではメール配信サービスのアドレス登録者のうち、87%が携帯電話の登録であるが、登録者の年齢構成を見ると30歳代以下が60%を占め、40代が26%、50代が12%、60代以上が2%と高齢者の登録が極めて少なくなっている。(泉・原田2004より)防災情報をより必要としている高齢者の利用が少ないのはとくに問題といえる。

 しかし泉・原田(2004)によると、利用者の中には、2003年7月19日の福岡水害時、深夜に何度もメールが配信され、起きて内容を確認した後、自動車を安全な場所に避難させることができた、という例もあり、うまく使えば有効な手段となるようである。

 

 

泉正彦、原田恒夫「福岡での河川氾濫と防災気象情報の利活用」『日本災害情報学会第6回研究発表大会予稿集』2004年、pp207−214

(中村功)