まとめ

 本研究では、災害時の情報伝達の現状と問題点を探る中で、特にモバイルメディアが果たすべき役割、問題点、そして可能性について考えてきた。その結果、次のようなことがわかった。

「1.災害時の情報ニーズに関する文献整理」では、そもそも発災前後に情報に何ができるかを検討した。その結果、重要なものとして次の3つが考えられた。すなわち第一に避難のための情報。発災前の警報や避難勧告がこれにあたる。第二に助ける(助かる)ための情報である。発災直後の被害情報や医療情報がこれにあたる。そして第三に安心するための情報がある。典型的には家族や知人の安否情報がこれにあたる。それぞれについてモバイルメディアがどう貢献できるかを考えることが重要である。

 次に2004年度に起きた2つの水害と1つの地震について、情報伝達の問題を考えた。

「2.新潟・福島水害と情報伝達の問題」では、情報メディアの欠如から、水害前の避難勧告が住民に伝達されず、避難が遅れたことが明らかになった。ここでは特に利用者の意志に関わりなく情報が強制的に伝わる、プッシュ型の情報伝達手段の重要性が指摘された。また高齢者の犠牲者が多く、災害時要援護者への情報伝達や救出方法についての課題も明らかになった。

 「3.2004年台風23号による水害と情報伝達の問題」では、新潟水害に比べると、同報無線が整備されていたおかげで、避難勧告や避難指示が6割以上の住民に伝達された。その結果、当日の避難率も3割と新潟水害より高かったが、危機感を感じず逃げ遅れた人も多かった。住民にどのように危機意識を持ってもらうかが次の課題で、危険情報を受け取っても「たいしたことはない」と考えてしまう「正常化の偏見」などの心理メカニズムが指摘された。また水害時には多くの固定電話が水没したために、携帯電話の役割がより重要であった。また多くの被災者が、避難勧告等を市役所から携帯メールに強制的に送信するシステムへの期待を持っていた。

 「4.中越地震と情報伝達の問題」では、阪神大震災以来の大災害における災害情報の諸問題を考えた。われわれの調査によれば、固定電話や携帯電話が激しく輻輳し、安否情報の伝達に支障が出ていた。また停電のためパソコンのインターネットも使えなくなった。しかしそうした中で、携帯メールは最もつながりやすく、災害時に有効であることがわかった。またパケット別制御の効果も確認された。一方、災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板は、知名度の低さから被災地での利用が低調だった。当日のテレビ放送の内容を分析したところ、NHKテレビ(東京)では一度もこれらのサービスについて言及されていなかった。

 「5.災害医療システムにおける通信の役割」では、全国の消防本部へのアンケート調査などを通じて、災害時の緊急搬送における通信の問題を検討した。その結果、患者搬送先の決定に必要な連絡が携帯電話に大きく依存している実態が明らかになった。その一方でインターネットを使った広域災害救急医療情報システムは導入されていない消防本部が多く、導入されていてもほとんど本格的な稼働がなされていなかった。さらに災害時のヘリコプター搬送についても、通信上多くの問題があることがわかった。これらはモバイルメディアが社会の全領域に浸透し、基幹メディアになっていることのあらわれである。だがこのままでは、災害時に輻輳が発生したとき、大きな問題が発生することになるだろう。

 「6.インターネット網の脆弱性」では、NTTコミュニケーションズの回線障害を例インターネット網の脆弱性について検討した。その結果、インターネット網には、1.電源設備の脆弱性、2.回線・設備の集中、3.事故対応の難しさ、などの問題があることが明らかになった。

 「7.災害用伝言サービスの活用」では、中越地震時の災害用伝言サービス利用者に対するインタビューを中心に、災害伝言サービスの現状と課題について考察した。その結果、安否の問い合わせが多かったこと、被災者に利用のきっかけがなかったこと、システム的には機能していたこと、携帯電話を駆使できる若い人にとっては使い勝手には問題はなかったこと、などが明らかになった。一方、つながりやすいはずの携帯メールも、つながりにくくなった、との証言もあった。

 「8.携帯メディア利用調査」では、各種携帯サービスの利用能力(リテラシー)、利用意向、利用上の問題点等を明らかにするために関東地方に住む12才から79才の住民800人を対象に住民アンケート調査を行った。その結果、携帯電話またはPHSの利用率72.6%、携帯メールの利用率は57.2%、携帯ウェブの利用率37.7%であった。 携帯電話の操作能力についてたずねたところ、音楽のダウンロード、携帯ウェブで情報を見るなど、携帯ウェブの利用で低めになっているが、メールの受発信、アドレス帳の登録、写真撮影などは「できる」とする利用者が多かった。

 一方、伝言ダイヤルを知っている人は50.7%、iモード災害用伝言板は31.9%と知っている人が多いが、その使い方はわからない人が多かった。だがこうしたサービスの利用意向は高かった。使わないだろう、と言う人にその理由を聞いたところ、「思いつかないだろうから」「相手が使いそうにないから」「つながらないだろうから」「安否を伝える余裕がないだろうから」などが多かった。家族や親戚と171災害用伝言ダイヤルのことを話し合った人は11.1%と、いることはいるがまだ少数だった。

 「9.携帯電話を使った新防災システムについて」では、災害時の携帯メディアの可能性について、 @携帯メールを使った119番通報システム、A緊急地震速報の伝達、B携帯メールによる防災情報の配信、の3システムについて検討した。

 以上の検討を通じて、災害時のモバイルメディア運用の実態が明らかになった。その結果、現在災害時にモバイルメディアが大変重要な責任を担うメディアになったこと、しかし輻輳を中心とする問題があること、その一方で様々なハード面の工夫がされ、成果を上げつつあること、しかしその一方でそれらの利用面の問題があること、そしてさらに新たなハード上の試みもされていること、等がわかったのである。

(中村功)