1.災害時の情報ニーズに関する文献整理
災害時には、どのような情報ニーズ(通信ニーズ)があり、各種のメディア(固定電話網、無線、テレビ・ラジオ、携帯電話等)はそれらをどのように伝えているのか、メディアごとの役割伝分担はどうなっているか、そしてそこにはどのような問題があるのだろうか。これまで起きた大災害をケースに検討を行うことになる。これらの作業を通じて、災害情報の伝達にモバイルコミュニケーションが果たすべき役割が析出されてくるだろう。
1.1 概論
一般に、災害時に必要な情報は、@災害の経過(災害ステージ)、A主体(住民か防災機関か)およびB災害の種類(地震、水害、噴火等)によって異なっている。これまでの文献からそれを見ていこう。
たとえば宮田(1986)は、住民が必要とする情報について、災害の進行過程順に、次のようにまとめている。すなわち、「平常時」には啓蒙情報が、「警戒期」には予報・警報が流され、「発災期」には避難指示情報、行動指示情報、災害因情報、被害情報、救助・救援情報、安否情報、災害対応情報(防災機関の行う)などが流される。そして「復旧期」には災害因情報、被害情報、災害対応情報、復旧情報、長期的復興計画、長期的影響などが流されるという。
一方、廣井(1986)は防災機関を中心として、伝達される災害情報をまとめている。すなわち「警戒期」には、要員招集情報、予知情報(予報・警報など)、防災情報(防災機関の対応状況)、事前避難情報、社会情報(ライフラインの状況など)、問い合わせなどが伝達され、「発災・避難救援期」には、要員招集情報、災害情報(地震情報、津波予報)、被害情報、防災情報、緊急避難情報(避難勧告・避難場所)、救援情報(救援体制、救援要請)、社会情報、問い合わせ、安否情報などが伝達されるという。
また中村(2004)は、災害直後(発災期)に、一般市民に必要とされる災害情報の種類を、災害の種類ごとにつぎのようにまとめている。
災害直後の被災者やその関係者にとっては、まず災害の現状を把握するための情報が必要とされる。すなわち、災害をもたらしているのはどのような自然現象で(災害因)、どのような被害が起きているのか(被害情報)に関する情報である。地震でいえば、震度・震源・マグニチュード等が災害因に関する情報で、死者・けが人の数や、建物やライフライン(交通・電気・ガス・水道・電話)の被害などが被害情報となる。
被災者にとっては、避難のための情報も重要である。それには、各種の警報など今後迫りくる危険に関する情報(危険度/警報情報)と、自治体が発令する避難勧告や、どこにどのように避難したらよいか、といった避難情報が必要である。
また、安全確保のための行動指示情報も必要である。具体的には、地震後は火を消す、津波を避けるために海岸から避難する、避難時には電気のブレーカーを落とすなどの情報である。放送局では「呼びかけ放送」として、これらの情報についてあらかじめ原稿が用意されている。
当座の危険から身を守った後は、生活のための情報が必要になる。その晩を過ごすための避難所の情報や、移動するための交通機関の情報、また病気の被災者のための診療可能な医療施設に関する情報などがある。
また、家族や知人の安否を確認するための情報も必要とされる。これには安否ばかりでなく家族や知人の物的被害や避難先といった「安否関連情報」も含まれる。
表1.1 一般市民に必要な災害情報の種類 (災害直後)
情報の目的 |
情報の種類 |
地震 |
噴火 |
風水害 |
現状把握 |
災害因 |
震度・震源・マグ ニチュード |
噴火の場所/規模各 種観測データ 死 |
台風情報 雨量 風速 河川水位 |
被害情報 |
死者/けが人数 建物/ライフライン |
者/けが人数 建物/ライフライン |
死者/けが人数 建物/ライフライン |
|
避難 |
危険度/警報 |
津波警報 余震情 報 |
火山情報 (緊急/臨時) |
気象警報・注意報 河川洪水警報 |
避難情報 |
避難指示/勧告 避難場所/経路 |
避難指示/勧告 避難場所/経路 |
避難指示/勧告 避難場所/経路 |
|
安全確保 |
行動指示 |
火を消す、海岸か ら避難等 |
火砕流に近づかな い等 |
早めに避難 土砂災害の前兆等 |
生活確保 |
生活情報 |
避難所 物資配給 交通 医療機関 ライフライン復旧 |
避難所 物資配給 交通 ライフライン復旧 |
避難所 物資配給 交通 ライフライン復旧 |
安否確認 |
安否情報 安否関連情報 |
家族/知人の安否 物的被害/避難先 |
家族/知人の安否物 的被害/避難先 |
家族/知人の安否 物的被害/避難先 |
救援 |
救援物資 ボランティア |
必要な物/場所 必要な仕事/方法 |
必要な物/場所 必要な仕事/方法 |
必要な物/場所 必要な仕事/方法 |
中村(2004)
さらに、救援のためには、どこでどのような物資が必要となるのか、といった救援物資に関する情報や、どのようなボランティアがどこで必要か、ボランティアをしたい人や活用したい人はどうすべきかなど、ボランティア関連の情報も必要とされる。
また、発災前後に情報ができることを考えると、重要なものとして次の3つが考えられる。すなわち第一に避難のための情報。発災前の警報や避難勧告がこれにあたる。第二に助ける(助かる)ための情報である。発災直後の被害情報や医療情報がこれにあたる。そして第三に安心するための情報がある。典型的には家族や知人の安否情報がこれにあたる。
表1.2 発災時の情報
発災時に情報ができること |
災害による有効度の違い(避難) |
1.避難する ex.警報、避難勧告 2.助ける ex.被害情報、医療情報 3.安心する ex.安否情報 |
○ 津波、洪水、噴火 △ 土砂災害 × 直下型地震 |
また、避難を例に災害による有効度の違いを考えてみると、津波、洪水、噴火では前兆と被害発生まで一定のタイムラグがあるので情報の有効性が高い。しかし土砂災害でははっきりした前兆をつかむことが難しいので、全三者より有効性を発揮することが難しくなる。さらに阪神や中越といった直下型の地震では、二次災害は別として、情報によって避難することは困難である。
2 過去の災害事例にみる住民の情報ニーズ
次に実際の災害事例から、各災害でどのような情報ニーズがあり、どのような情報伝達の問題があったのかを整理していこう。
全体的に被害状況、今後の見通し、家族知人の安否が住民の情報ニーズの上位に並んでいるのがわかる。また特に水害で、危機意識が住民に伝わらない問題がくりかえし発生している。
このようなことから、一般住民に対して災害時にモバイルメディアが取り組むべき課題として、@安否情報の伝達とA警告的情報の伝達による避難の促進が特に重要であることがわかる。
@地震
災害名 |
|
発生日時 |
1995.1.17 |
死者行方不明 |
6436人 |
情報ニーズ |
<住民アンケート>1.地震の今後の見通し2.家族や知人の安否3.「地震の規模や発生場所4.地震の被害5.電気・ガス・水道などの復旧見通し6.自宅の安全性 |
情報伝達の問題 |
震度6慣れ、被害情報の収集困難から、初動対応の遅れが問題化。 固定電話−激しい輻輳、28万5000回線不通(9万回線は停電による交換機停止)+19万3000加入者ケーブル断の不通 携帯電話−軽い輻輳、百数十のうち37局で停止(ドコモ)主に停電の影響リセットをかけ十数時間で回復。 |
資料 |
東京大学社会情報研究所『1995年阪神・淡路大震災調査報告−1−』1996年ほか |
阪神大震災当日知りたかった情報 (東京大学調査)
災害名 |
1993年 釧路沖地震 |
発生日時 |
1993.1.15 午後8時6分 |
死者行方不明 |
2名 |
情報ニーズ |
地震直後知りたい情報−1.地震の規模や発生場所2.水道ガス電気等の復旧3.の余震の見通し4.津波が来るかどうか5.家族知人の安否 地震の後、電話をかけた相手は「市外の親戚」「市内の親戚」「家族」が上位3位を占めており、家族の安否の確認をする人が多い。また、電話の話題も「自分や家族の安否確認」が75%を占めている。 |
情報伝達の問題 |
大規模な電話の輻輳が生じた。また、テレビの内容は広域的な被害情報を取り扱うことが多く、地元住民が知りたい安否情報などのローカルな情報は伝達できなかった。 |
資料 |
平成5年釧路沖地震における住民の対応と災害の情報伝達(H5・7月) 東京大学社会情報研究所「災害と情報」研究会 |
災害名 |
1993年 |
発生日時 |
1993.7.12 22時17分 |
死者行方不明 |
230名 |
情報ニーズ |
|
情報伝達の問題 |
津波警報の発令は地震後5分。ほぼ同時に津波が押し寄せ、まにあわなかった。 専用線の故障を告げるベルが鳴り続け、110番、119番の緊急通報が不能になった。 同報無線は |
資料 |
1993年 東京大学社会情報研究所「災害と情報」研究会 |
災害名 |
1982年浦河沖地震 |
発生日時 |
1982.3.21 11時32分 |
死者行方不明 |
0 |
情報ニーズ |
地震発生後、当日の情報として知りたかった上位「余震情報」「被害の程度や状況」「復旧の見通し」「家族や知人の安否」 |
情報伝達の問題 |
地震当日必要な情報は、ラジオ(約6割)、テレビ(約3割)広報車等(約1割)から入手。 |
資料 |
1982年浦河沖地震と住民の対応(1982.11) 東京大学新聞研究所「災害と情報」研究班 |
A水害
災害名 |
2000年 東海豪雨災害 |
発生日時 |
2000.9.11〜12 |
死者行方不明 |
10名 |
情報ニーズ |
情報ニーズが高い項目は 1.自分の住んでいる地域が大丈夫かどうかという災害予測情報 |
情報伝達の問題 |
大雨洪水警報を聞いても「災害が起こるとは思わなかった」という人が80%を越えていた。 避難勧告が出てもあまり危機感を持たず、避難しなかった人が半数以上いた。 避難勧告を連絡する手段がサイレンしかなく、十分な情報伝達が出来なかった。 |
資料 |
2000年東海豪雨災害における災害情報の伝達と住民の対応(2003.3) 廣井脩ほか |
災害名 |
1998年8月那須集中豪雨災害 |
発生日時 |
1998.8.26〜27 |
死者行方不明 |
3人 |
情報ニーズ |
水害について知りたかったことは、1.余笠川・黒川の増水に関する情報 2. 自分が住んでいる地域に起こっている被害予測情報 3. 降雨量や今後の飴の見通しなど詳細な気象情報 となっている。また、これらの情報について多くの人が知ることが出来なかった、と答えている。 |
情報伝達の問題 |
大雨警報・避難勧告の情報が住民に確実に伝達されたのは40%未満。これらの情報を確認した住民も危機意識があまり高くなかった。避難勧告が出たことは、1.消防署員・警察署員・消防団員 2.サイレン 3.広報車 から知った。ただしサイレンの吹鳴が水害の認識とは直接結びつかない人が多かった。 |
資料 |
平成10年8月那須集中豪雨災害における災害情報と住民の避難行動(H12.3)東京大学情報研究所「災害と情報」研究会 |
災害名 |
1982年長崎水害 |
発生日時 |
1982.7.23 |
死者行方不明 |
259名 |
情報ニーズ |
情報ニーズの上位は1.電気・水道・ガスなどの復旧の見通し 2.大雨に関する情報 3.被害の程度や状況 4.家族や知人の安否 テレビ、ラジオが水害時に最も役に立った情報源。 テレビ、ラジオの安否情報は、住民の不安を和らげたと言われる。 |
情報伝達の問題 |
大雨洪水警報が発表されているが、「大雨になるとは思わなかった」と答えた人が71.2%もいた。 |
資料 |
「1982年7月長崎水害」における重民の対応 東京大学新聞研究所「災害と情報」研究班 |
B噴火
災害名 |
1983年三宅島噴火 |
発生日時 |
1983.10.3 |
死者行方不明 |
0 |
情報ニーズ |
|
情報伝達の問題 |
同報無線の効果が発揮された。7割以上の住民が同報無線放送を確認し、これに応じて避難を開始している。 電話回線に大きな障害はなく、輻輳等もなかったが、停電時に降灰により三宅島電報電話局の予備発が故障し、一時電話がかかりにくい状況となった。 |
資料 |
1983年10月三宅島噴火における組織と住民の対応(S60年2月) 東京大学新聞研究所「災害と情報」研究班 |
災害名 |
1991年雲仙普賢岳噴火 |
発生日時 |
1991.6.3 |
死者行方不明 |
43 |
情報ニーズ |
避難のきっかけ1.同報無線・広報車2.市・警察・消防団から言われて3.火砕流を見て 当日の電話をかけた相手1.兄弟姉妹(44.6)2.子供(25.1)3.その他の親族(23.8)4.友人・知人(22.3) |
情報伝達の問題 |
火砕流という言葉の深刻さが伝わらなかった。 携帯電話から119番通報ができない問題が発生。 |
資料 |
「平成3年雲仙岳噴火における災害情報の伝達と住民の対応」東京大学新聞研究所報告書 |
文献
宮田加久子「災害情報の内容特性」東京大学情報研究所編『災害と情報』、東京大学出 版会1986年
中村功「安否伝達と情報化の進展」廣井脩・船津衛編『災害情報の社会心理』北樹出版 pp75-101、2004年
廣井脩「情報伝達体制」東京大学情報研究所編『災害と情報』、東京大学出版会1986年
(中村功)