はじめに

 携帯電話は近年急速に発展し、加入数が8577万を越えた(2005年1月現在)。これまでメインの通信手段であった固定電話の加入数は約5000万であるから、数の上では携帯電話が固定電話を完全に凌駕したことになる。今や携帯電話は、日本人の7割以上が持ち歩く、ごく当たり前のメディアとなった。

 携帯電話のこうした発展は、その社会存在を考えるとき、大きな質的変化を伴っていることを忘れてはならない。それはこれまで固定電話の付加的な存在だった携帯電話が、「基幹的メディア」あるいは「国民的メディア」になってゆくことを意味している。携帯電話は社会の大多数の人が使い、社会のあらゆる場面で使われ、もはや欠くことのできない、メインの社会インフラとなったのである。

 携帯メディアへの研究アプローチには様々なものがある。新しいメディアとして社会をどう変えていくのかという視点、そこにはどのような悪影響があり、それをどう乗り越えていくのかという視点もある。逆に新たなメディアとして人々はこれにどう向き合い、どのようなメディアとして社会文化的に定着していくのかという視点もあるだろう。またビジネスの面では、どのように顧客のニーズをつかみ、経営的成功をもたらすかという視点もあるだろう。しかし、携帯メディアが空気や水のように、あって当たり前の存在になった現在、儲けや便利さや楽しさとは別の次元も重要になってきているのである。それが社会の基幹インフラとしての次元である。

 ところで、昨今、災害や犯罪が世間をにぎわし、安心や安全の問題が社会で重要視されるようになってきた。インフラとしての携帯電話は、こうした問題にどのような貢献ができるのだろうか。実は携帯電話は普及初期のころから、多くの人々が何かあったときのために、ということで携帯電話に加入していたのである。現在でも、子供や女性が犯罪から身を守るために携帯電話を持ったり、事故や急病に備えて持つ人も少なくない。実際、阪神大震災の時には、がれきの下から携帯電話で救助を求めた人もいたし、現在では110番や119番の多くが携帯電話からの発信となっている。

 こうしたことを背景に、我々のコア研究グループでは携帯メディアをインフラの視点から取り上げ、特に災害時にどのような問題があり、どのような役割を果たせるのかを考えてゆきたい。

 ところで、携帯電話の普及が始まったばかりの、1995年に発生した神大震災の時には、携帯電話の問題は大きな問題とはならなかった。しかしその後、携帯メディアが急速に普及するにつれ、携帯電話・携帯メールの輻輳、携帯電話からの119番通報の不能、クイックキャスト職員参集システムの機能停止など、様々な問題が深刻化する事態をもたらしてきた。また意図せざる結果として、災害時の輻輳に強い公衆電話が減少し、社会の脆弱性を高めることにもなった。基幹的通信インフラとして、携帯メディアは、こうした問題を解決し、災害時に有効に機能することが望まれているのである。

(中村功)


本年度の研究

本年度は具体的には次のような研究課題に取り組んだ。

(T.災害情報論的アプローチ)

 1.災害時の情報ニーズに関する文献整理

 2.2004年度に発生した災害時における情報伝達の問題に関する、

   ヒアリングおよびアンケート調査

  @新潟・福島水害

  A台風23号水害(豊岡市)

  B中越地震

 3.災害医療システムにおける通信の問題に関するヒアリングとアンケート調査

(U.通信インフラの脆弱性に関する社会的アプローチ)

 4.インターネット網の脆弱性についてのヒアリング

(V.情報行動論的アプローチ)

 5.災害伝言システムの活用関する利用者インタビュー

 6.通信メディア利用に関する住民アンケート調査

 7.携帯電話を使った新防災システムについての資料収集

 

 

 

 

 

研究グループ

代表 中村功  東洋大学社会学部教授

   廣井脩  東京大学情報学環教授 

   三上俊治 東洋大学社会学部教授

   田中淳  東洋大学社会学部教授

   中森広道 日本大学文理学部助教授

   福田充  日本大学法学部助教授

   森康俊  関西学院大学社会学部講師

   関谷直也 東京大学情報学環助手