第2章                                地下空間における水害対策の実態と問題点 

 

1.地下空間における浸水被害の実態について

 

地下空間の形態は、地下街・地下通路・大規模なデパートの地下売り場・地下駐車場・鉄道地下部及び地下駅・高速道路地下部など、非常に多彩である。これらは、われわれも含めた不特定多数の人々によって、日常的に利用されている身近な空間である。しかし、このようなごく身近なところにある地下空間が、実は大雨時に危険な可能性を有しているという事実は、いままであまり知られてこなかった。

しかし実際には、平成10年には、全国の43施設で浸水被害が発生していることが報告されている(表1:建設省 河川審議会総合政策委員会 危機管理小委員会資料による)。

これをみると、地下空間での被害実態は、地下駐車場と考えられるマンションなどの地下室や、雑居ビルの卸売業・小売業・飲食店・サービス業を中心としたビルの地下階を中心に発生していることが分かる。

このように、地下空間の浸水による被害は、われわれの身近なところでも十分に発生し得るものである。しかし地下空間の浸水対策が、今まで本格的に講じられることのなかったのは、過去の浸水被害は小規模のものばかりで、今回の福岡や新宿のように死亡事故にまで及ぶとは、到底思われていなかったところにあると思われる。


表1 平成10年の水害による地下空間の被害状況(水害統計など調査より)

発生月日

都道府県

市区町村

被害建物

備考

H10.7/27〜7/28

愛知県

名古屋市

マンション

地下室*

H10.7/30

神奈川県

横浜市

マンション

地下室*

雑居ビル

農漁家

マンション

地下室*

雑居ビル

農漁家

H10.8/3

東京都

大田区

マンション

地下室*

H10.8/4

新潟県

新潟市

宿泊所

サービス業等

雑居ビル

駐車場*

ホテル

サービス業等

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

ホテル

サービス業等

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

電気店ビル

卸売・小売業、飲食店

雑居ビル

サービス業等

雑居ビル

サービス業等

雑居ビル

サービス業等

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

ホテル

サービス業等

病院

サービス業等

H10.9/15〜16

東京都

中野区

店舗付集合住宅

卸売・小売業、飲食店、サービス業等

H10.9/22

兵庫県

神戸市

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

H10.9/24〜25

高知県

高知市

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

県庁西庁舎

卸売・小売業、飲食店、

サービス業等

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店、

サービス業等

小売店ビル

卸売・小売業、飲食店、

雑居ビル

地下室*

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店、サービス業等

雑居ビル

サービス業等

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

その他の10の施設

 

H10.10/17〜18

岡山市

津山市

雑居ビル

卸売・小売業、飲食店

雑居ビル

地下室*

合計

 

 

43

 

*  出典:建設省河川審議会総合政策委員会危機管理小委員会:「水災害・土砂災害の危機管理の基本的方向」より抜粋

 

*)建物の地下室のみ、地下の駐車場のみ被害(事務所などに被害がない)と考えられるもの。

 

2.地下空間での水害の特徴

福岡や東京で発生した地下空間での水害では、過去の都市水害にはみられない、新たな形態の問題が浮き彫りにされた。ここでは、福岡での関係者に対するヒアリング結果から、以下の視点で地下空間での水害の特徴について論じることとする。

*  地下の災害環境に対する市民の認識

*  都心の情報過疎地域

*  水が溜まりやすい構造

*  深刻な停電被害

 

2−1 地下の災害環境に対する市民の認識

まず、言うまでもないが、地下空間は地上よりも低い箇所に設置されている。そのため、他の施設よりも浸水しやすく、地上が冠水すると、何の対策も講じていない地下空間には一挙に水が押し寄せてくる。福岡水害では、地下鉄博多駅のコンコースや、地下街に連結するホテルの地下、地下階を有する雑居ビルなどが、流下する雨水によって冠水するという被害が発生した。地上と地下施設を繋ぐ階段などの出入口には、浸水対策として段を設け、入口を高くしている箇所や、土のうを積んでいた箇所もあったが、地上が腰くらいまで冠水したために、そういった箇所を乗り越えて水が流れ込む、という状況であった。

このような状況下での利用者も含めた市民の意識であるが、雨水がごうごうと地下施設に流入するなかで、多少の躊躇はあるものの、地下への階段を降りていく利用者がいたことが報告されている。当時の地下街出入口付近の状況は、雨水が、積み上げた土のうなどを乗り越えて地下へ流れ込むような状況であったにもかかわらずである。このような利用者は、地下空間が浸水して被害を被るという災害意識が低いものと考えられる。また、福岡第二東福ビルの地下階で水死した飲食店の従業員は、ビル管理人が地下への浸水状況を伝えたにも関わらず、別段慌てた様子がなかったという。このことからも、地下空間での水害被害を当時は、考えていなかったようである。

表2には、全国の主要地下街での氾濫シミュレーション結果が示してある。ここでは、直轄河川が破堤氾濫を起こした場合の到達時間と最大水深を表している。これをみると、浅草の地下街などは、僅か6分程度で氾濫流が到達する結果となっている。また、八重洲地下街でも16分となっている。利用者は、このような水害に対する認識をもたないまま、地下街を利用しているのが現実である。


表2 氾濫シミュレーション結果一覧(直轄河川)

河川名

地下街名

氾濫流が最も早く地下街の入口に到達するケース

地下街入口で最大の

潜水深となるケース

到達時間(分)

湛水深(m)

到達時間(分)

湛水深(m)

石狩川

大通り地下街

30

0.6

30

0.6

 

札幌駅前通地下街

60

01

60

0.1

 

札幌駅南口広場地下街

30

0.2

30

0.2

荒川

八重洲地下街

16

0.6

20

0.7

 

三原橋地下街

21

0.3

24

0.4

 

須田町地下鉄ストア

14

0.2

18

0.3

 

京急しんちか

28

0.1

31

0.2

 

浅草地下街

1.7

2.1

信濃川

西堀ローザ

60

2.0

60

2.0

庄内川

新幹線地下街エスカ

60

2.3

60

2.3

 

ユニモール 外

120

3.1

10

3.1

淀川

ホワイティうめだ

54

3.3

54

3.3

 

阪急3番街

48

3.5

48

3.5

 

堂島地下センター

104

2.5

104

2.5

 

中之島地下街

167

1.7

167

1.7

 

ディアモール大阪

71

2.9

71

2.9

大和川

なんなんタウン

300

1.2

300

1.2

旭川

岡山一番街外

35

1.7

35

1.7

 

中之町地下商店街

35

1.7

35

1.7

*  出典:河川審議会総合政策委員会危機管理小委員会:「水災害・土砂災害の危機管理の基本的方向」より抜粋

 

2−2. 都心の情報過疎地域

第二に、地下空間を利用していると、地上の災害状況を把握できない、といったことが特徴として挙げられる。これは、地下空間の管理者からいえば、水害に対する初動体制の遅れとなりうる。引いては、利用者に対する避難誘導の遅れの原因ともなる。地下街の構造上、利用者が知りうる地上の災害情報の収集手段は、地下空間管理者からの構内放送のみと考えてよい。すなわち地下街は、都市の中心にありながらも災害に対して脆弱な情報過疎地域である。

 

2−3 水が溜まりやすい構造

第三に、施設構造面でいえば、地下空間が冠水した場合、水圧でドアが開かなくなってしまう可能性がある。これは、新宿の事例であったことだが、低地の住宅が冠水し、住宅の地下室に様子を見に行った居住者の男性が、水没した地下室に閉じ込められて死亡した。地下室には外階段もあったが、外開きのため水圧でドアが開かなかったものとみられている。一般的に膝程度まで浸水した時点で、老人や女性は水に浸かったドアを開けられなくなってしまうらしい。たとえ成人男性であっても容易な作業ではないだろう。

福岡水害の事例では、ホテルの水没した地下へ様子を見に行ったフロント従業員が、地上に戻る途中、閉じてあった防火扉を3人がかりでやっとのことでこじ開けたという証言がある。そのとき、水位は膝上位まであったそうである。

地下街は、排水が容易ではないことから進入した水が一時的に滞留し、その結果、日常では開閉が容易な扉が凶器となる可能性がある。

 

2−4 深刻な停電被害

第四に、ビルは、電源設備を地下に設置しているケースが多い。そのため、電源設備が浸水すると、地下空間全体が停電するだけではなく、連動する他の施設まで影響が及ぶ可能性を有しているのである。

福岡水害後に実施した管理者へのヒアリング結果によると、通常法人などの大口顧客は、スポットネットワークという高圧ケーブルによって他の大口顧客及び変電所と結ばれている。このネットワークでは、受電設備が完全に水没したホテルも含め大口顧客6社が結ばれており、各社にはPASという漏電センサーが設置されている。今回の水害では、この大口顧客6社のうち、ホテル1社の地下に設置された受電設備が完全に水没してしまったため、他の5社も停電してしまったようである。通常1社の停電被害によって他社が影響をうけるようなケースはあまりないのだが、今回の水害では、ホテルの受電設備が完全に水没してしまったため、浸水したホテルの引込み線のみを切断し、停電被害を1社のみで抑えることができない状況にあった。

このように地下空間の構造上、電源設備を地下に設置しているケースは少なくない。そのため、地下空間の浸水被害は、他の大口顧客も巻きこみ広範囲において都市機能を麻痺させる程にまで発展する可能性があることが伺える。

 

 

3.地下空間管理者の防災対策状況と課題

冒頭でも述べたが、地下空間における浸水被害という新たな形態の都市水害が注目されはじめ、地下空間の防災対策のあり方について議論されることになった。ここでは、福岡や札幌の地下空間の管理者に対してヒアリングを実施した結果や、先の河川審議会総合政策委員会での調査・分析結果をもとに、防災対策状況の現状と課題についてみてみることとする。

 

3−1.地下空間管理者の情報収集状況

地下空間管理者が、水害時に情報を収集する際に活用する媒体は、表3のとおりである。これによると、地下空間の管理者の大部分は、気象情報や河川情報、及び氾濫情報などを収集する手段を保有しておらず、基本的にテレビやラジオなどのマスコミ頼りであることがわかる。これでは、一般の住民と何ら変わらない。つまり、地下空間の管理者が、河川災害に関する情報を収集する手段は、ほぼないものと考えて良い。地下空間の管理者は、地上の状況を把握したり河川情報を収集するシステムを保有していないのである。

通常、河川の水位状況などは、建設省や都道府県の河川管理者によって監視されているが、これらの情報は、市町村にリアルタイムで提供されていない場合が多い。そのため、市民や地下の管理者に情報が提供されていない現状も、ある程度想像がつくであろう。

ここに、東京都中央区の事例を紹介する。中央区においては、区、警察及び消防署(消防団)が、防災区民組織、自治会など民間協力団体の協力を得るほか、区内の公共施設や民間の施設に設置した防災行政無線(93箇所)及び広報車などにより、地域住民に対して災害に関する情報の伝達や避難勧告などの周知を図る体制となっている。ただし、防災行政無線や広報車による周知は、居住者などの地上部を対象としており、八重洲地下街などの地下街では全く届かない状況となっている。

一方、表4をみると、地下鉄の管理者は、防災無線や気象台からのファックスによって情報をうける体制となっていることが分かる。しかし、福岡水害では、地下鉄博多駅の駅長に対して、御笠川の水が溢れたという情報が全く入っていない。浸水した原因が、御笠川の溢水であるという情報は、比較的情報が入りやすいと思われる市営地下鉄の駅長にさえも入らなかった。

これは、現状の情報伝達ルートに問題があると考えられる。

建設省は平成11年8月30日、「地下空間における緊急的な対策の実施について」の中で、「洪水情報の地下空間管理者への伝達」と記載し、関係者に通達したところである。これによると、河川管理者は、洪水発生の恐れがある際に地下鉄の管理者に対して情報伝達を実施する。地下鉄管理者は、利用者に対して情報伝達を実施する、といったものである。これによって、河川管理者→地下鉄管理者→利用者の伝達ルートはほぼ確立されたといえる。

問題は、地下街などの地下空間管理者に対する情報の伝達ルートである。地下空間などの管理者へは、直接的な伝達ルートが確立されず、結局のところ市町村長へ伝達されたのち、市町村の長から地下空間の管理者へ伝達されることとなっている。この場合、河川管理者→市町村→地下空間の管理者→地下空間の利用者、という伝達ルートとなる。前章で洪水氾濫シミュレーションの例について紹介しているが氾濫流到達時刻が短く事態に急を要する場合に、問題はないのだろうか。災害情報の迅速かつ正確な伝達は、福岡であった情報途絶の問題や、東海村のJCO臨海事故の事故情報の公表に多大な時間を要し、被害が深刻となった問題などを回避するためにも、できるだけ河川管理者→地下空間管理者に伝達されるべきであると考えられる。そのためには、災害情報ができるだけダイレクトに直接伝達されるルートを整備するべきである。

 

表3 地下街管理者の情報収集状況

地下施設名

都道府県

都市名

経営主体

直轄河川名

地下施設経営主体の情報入手状況

備考

気象情報

河川情報

氾濫情報等

オーロラタウン

北海道

札幌市

(株)札幌都市開発公社

石狩川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

ポールタウン

北海道

札幌市

札幌都市地下街開発(株)

石狩川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

札幌駅名店街

北海道

札幌市

札幌駅地下街開発(株)

石狩川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

ステーションデパート

北海道

札幌市

札幌駅地下街開発(株)

石狩川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

エスタ二番街

北海道

札幌市

札幌駅地下街開発(株)

石狩川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

八重洲地下街

東京都

中央区

八重洲地下街(株)

荒川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

三原橋地下街

東京都

中央区

新東京観光(株)

荒川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

神田駅構内売店

東京都

千代田区

帝都高速度交通営団

荒川

営団より連絡

営団より連絡

営団より連絡

緊急時のみ

京急しんちか

東京都

港区

京急新橋地下駐車場

荒川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

浅草地下街

東京都

台東区

浅草地下道(株)

荒川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

西堀ローザ

新潟県

新潟市

新潟地下開発(株)

信濃川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

新幹線地下街エスカ

愛知県

名古屋市

(株)エスカ

庄内川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

ユニモール

愛知県

名古屋市

(株)ユニモール

庄内川

TV等 マスコミ インターネット

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

ホワイティうめだ

大阪市

大阪市

大阪地下街(株)

 

淀川

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

 

プチシャンゼリゼ

大阪市

大阪市

大阪地下街(株)

淀川

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

 

堂島地下街(ドーチカ地下街)

大阪市

大阪市

堂島地下街(株)

淀川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

中之島地下街

大阪市

大阪市

(株)朝日ビルディング

淀川

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

なんなんタウン

大阪市

大阪市

大阪地下街(株)

大和川

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

市河川課よりFAX

 

大阪駅ダイヤモンド地下街(ディアモール)

大阪市

大阪市

大阪市街地開発(株)

淀川

大阪市よりFAX

大阪市よりFAX

大阪市よりFAX

主に都市整備局より

岡山一番街

岡山県

岡山市

(株)岡山ステーションセンター

旭川

TV等,県・市・気象台へ問合わせ

TV等 マスコミ

TV等 マスコミ

 

中之町地下商店街

岡山県

岡山市

岡山都市整備(株)

旭川

なし

なし

なし

 

広島紙屋町地下街(建設中)

広島県

広島市

広島地下街開発(株)

太田川

計画中

計画中

計画中

H13.3月完成予定

*  出典:河川審議会総合政策委員会危機管理小委員会:「水災害・土砂災害の危機管理の基本的方向」より抜粋

 


表4 地下鉄管理者の情報収集状況

地下施設名

都道府県

都市名

経営主体

直轄河川名

地下施設経営主体の情報入手状況

備考

気象情報

河川情報

氾濫情報等

札幌市営地下鉄

北海道

札幌市

札幌市交通局

石狩川

札幌管区気象台よりFax受信

防災無線

防災無線

消防局経由(河川関係)

仙台市営地下鉄

宮城県

仙台市

 

仙台市交通局

名取川

仙台管区気象台よりFax受信

TV等

マスコミ

TV等

マスコミ

 

営団地下鉄

東京都

帝都高速交通営団

荒川

気象庁よりFax受信

河川情報センター端末

河川情報センター端末

 

都営地下鉄

東京都

東京都交通局

荒川

気象庁よりFax受信

TV等

マスコミ

TV等

マスコミ

総務局経由(気象情報)

横浜市営地下鉄

神奈川県

横浜市

横浜市交通局

鶴見川

気象協会よりFax受信

TV等

マスコミ

TV等

マスコミ

 

名古屋市営地下鉄

愛知県

名古屋市

名古屋市交通局

庄内川

無線FAX

無線FAX

無線FAX

災対本部設置時のみ

大阪市営地下鉄

大阪市

大阪市

大阪交通局

淀川

大阪管区気象台よりFax受信

市営局より無線FAX

市営局より無線FAX

市民局安全対策課

*  出典:河川審議会総合政策委員会危機管理小委員会:「水災害・土砂災害の危機管理の基本的方向」より抜粋

 

3−2.避難誘導体制

まず、地下空間における防火管理状況について簡単に説明しておく。地下空間の管理者は、消防法で防火管理者と定められているため、消防計画を作成しそのなかで地下空間内での防災体制を明記している。この消防計画の中では、管理者とテナント事業者で構成される自衛消防組織を定めている。自衛消防組織では、主に消火班、通報班、救護班、避難誘導班といった班を構成することによって、災害時の役割を明確化している。

では、その消防計画では、どのような災害を想定し、どのような避難誘導体制で防災活動を行っているのだろうか。表5には、東京消防庁が監修した消防計画作成例を要約したものを示す。

まず、第1章―総則―の第1条『目的』であるが、「火災、地震その他の災害の予防と人命の安全、被害の軽減を図るもの」とある。同様にして、第3章―自衛消防活動対策―の第33条『自衛消防隊の設置』であるが、「火災及び地震等の災害発生時に自衛消防隊を設置」と記載されている。

これらのことから、地下空間の防災体制上では、水害被害が想定されていないことが見てとれる。

さらに第39条『避難誘導』では、「本部の避難誘導班員は、火災発生時に地区隊と協力して出火階及びその上の階を優先して避難誘導にあたる」、「避難誘導にあたっては、携帯拡声器、懐中電灯、警笛、ロープなどを活用して避難者に避難方向や火災の状況を知らせ、混乱の防止に留意し避難させる」ともある。

これらのことから分かるように、消防計画では、水害に関する記載が全くされておらず、災害として想定外であることがわかる。では、消防計画で水害について想定していないことが、水害時の地下空間でどのような危険性が考えられるのか。

まず、避難誘導員によって誘導された出入口が、水害時には必ずしも安全とは限らない。通常、地下で火災などが発生した場合、自衛消防隊の避難誘導班が地上への誘導を実施することになっている。地下空間内での水害時以外の災害ならば、とりあえずは地上へ避難すれば安全であろう。しかし、水害の場合は異なる。利用者が地上へ避難したとたん、一挙に水が押し寄せてくる可能性もある。そういった意味では、現状の避難誘導ルートの中には、「避難させてはいけない出入口」があるかもしれない。また、避難誘導を実施するものとしては、利用者が地上へ避難したあとに、「どこに逃げればいいのか」といった避難場所に関する情報を伝えることも必要となってくるだろう。

さらに、地下空間での水害の特徴でも少し述べたが、地下へ水がたまってきた場合には、水圧の影響でドアが開かなくなってしまう可能性も考えられる。こういった水害に備えた避難誘導体制を構築するためには、地下空間の管理者や事業者が現状の地下空間の構造や土地の条件を認識した上で、水害時の避難ルートとしてどこが適切なのか、避難した利用者は地上に脱出したあとどこに避難すればいいのか、現状の地下空間の構造上、逃げられなくなってしまう箇所はあるか、などといった避難誘導に関する各種項目の見なおしを図る必要がある。

 

表5 消防計画の作成例からみた想定災害(要約)

項 目

要 約

備 考

第1章 総則 −第1節 目的及びその適用範囲−

 

 

第1条

『目的』

*  防火管理についての必要事項を定めるもの

*  火災、地震その他の災害の予防と人命の安全、被害の軽減を図るもの。

 

第2条

『適用範囲』

*  当社に勤務し、出入するすべてのもの

*  防火管理業務の一部を受託しているもの

 

第28条

『避難経路図』

*  防火管理者は、人命の安全確保のため消防用設備等の設置図及び屋外へ通ずる避難経路を明示した避難経路図を作成し、自衛消防隊員並びに従業員等に徹底周知するものとする。

 

第3章 自衛消防活動対策 −第1節 自衛消防組織−

 

 

第33条

『自衛消防隊の設置』

*  火災及び地震等の災害発生時に自衛消防隊を設置

*  防災センターに自衛消防隊本部を設置する

*  自衛消防隊本部に自衛消防隊長及び自衛消防副隊長を置く

*  本部長は代表取締役、自衛消防隊長には同取締役副社長があたり、自衛消防隊長を補佐する。

 

第39条

『避難誘導』

*  本部隊の避難誘導班員は、火災発生時に地区隊と協力して出火階及びその上の階を優先して避難誘導にあたる。

*  エレベーターによる避難は行わないものとする。

*  屋上への避難は、原則として行わないものとする。

*  避難誘導班員の部署は、非常口、特別避難階段附室前及び行き止まり通路等とする。また、忘れ物等のため、再び入る者のないように万全を期すものとする。

*  避難誘導にあたっては、携帯拡声器、懐中電灯、警笛、ロープ等を活用して避難者に避難方向や火災の状況を知らせ、混乱の防止に留意し避難させる。

*  負傷者及び逃げ遅れ等について情報を得たときは、直ちに本部に連絡する。

*  避難終了後、速やかに人員点呼を行い、逃げ遅れた者の有無を確認し、本部に報告する。地区隊の避難誘導担当は、担当地区の避難者に対し、全項目に従い、誘導にあたるものとする。

 

*  出典:河川審議会総合政策委員会危機管理小委員会:「水災害・土砂災害の危機管理の基本的方向」より抜粋

 

3−3.浸水対策施設・設備の状況

3−3−1.浸水防護対策

地下空間における浸水防護対策は、概ね次の三つの考え方に基づくものが多い。

*  水を地下に入れない。

*  地下に水が入っても利用しているフロアを冠水させない。

*  地下に入った水を伝播させない。

 

「水を地下に入れない方策」は、常設の施設・構造によるものと、緊急時(浸水が発生しそうな時)に機能する施設がある。平成11年6月29日の福岡水害における博多駅地下への浸水は、入口階段からの浸水と、換気口からの浸水があった。これらの浸水被害に備えた一般的な防護策は、表6のとおりである。

 

表6 地下入口及び換気口の浸水対策設備

対策例

設置状況

地下入口における浸水対策例

 

1.入口の嵩上げ

常設

2.防水板・防護壁(転倒式)

常設(緊急時に機能)

3.防水板・防水壁(溝へのはめ込み式)

溝は常設(板は緊急時に設置)

4.防水板・防水壁(移動式)

緊急時に設置

5.土のう

緊急時に設置

換気口における浸水対策

 

1.喚起口の嵩上げ

常設

2.換気口の周囲に壁を設置

常設

3.ビルの側面(地盤より高い位置)に換気口を設置

常設


また、「地下に水が入っても利用しているフロアを冠水させない方策」としては、地下に入った水を貯留する構造(雨水貯留層)がある。他にも、地下街のフロアにマンホール溝のような設備があって、雨水が浸水すると排水槽や湧水槽に流れ落ちる仕組みになっているところもある。

「地下に入った水を伝播させない方策」としては、地下に入った水を止める防水扉のような施設を設置するものがある。

しかし、これらの浸水対策設備は、全ての地下空間に設置されているというわけではなく、むしろ通常の地下街や雑居ビルの地下階などにはほとんど設置されていないのが現状であろう。

一部の地下鉄や地下街では、過去の水害経験から独自の対策を講じている箇所もある。しかし、ほとんどの地下空間では、依然として水害対策は遅れており、地下への流入を食い止める止水板や土のうといった最低限の浸水設備さえも設置していないケースがほとんどのようである。

九州地方建設局や福岡県が、福岡水害の後に博多駅周辺の地下空間を保有するビルに対して防災対策現況調査を実施した結果を、表7に示す。この調査結果によると、博多駅周辺の109のビルのうち、排水ポンプ(浸水排水用)を設置しているビルが24件、排水ポンプ(浸水排水用以外)を設置しているビルが3件、止水板、土のうを設置できるようにしていたビルが17件、建物の出入り口の高さを高くしていたビルが2件、その他が6件であった。何もしていなかったビルが57件と過半数を占めていた。

天神地区に限って言えば、49のビルのうち、排水ポンプ(浸水排水用)を設置していたビルが2、排水ポンプ(浸水排水用以外)を設置していたビルが1のみで、あとの46のビルは何の浸水対策も講じていなかったのである(河川情報センター提供資料より)

地下空間は、地下で連結しているケースが多く、個別に浸水対策をとればいいというものではない。大規模な地下空間で浸水対策を充実させたとしても、それと連結している個別ビルが何の対策も講じていなければ、結局のところ無意味となってしまう。

したがって、地下鉄・地下街・連結する個別ビルが、お互い連携した総合的な浸水対策が必要であるといえよう。


表7 福岡で水害被害に遭ったビルの浸水対策状況(九州地建・福岡県調べ)

ビルの浸水対策状況

件数

1.排水ポンプ(浸水排水用)を設置

24

2.排水ポンプ(浸水排水用以外)を設置

3.建物の出入り口に止水板、土嚢を設置できるようにしていた

17

4.建物の出入り口の高さを高くしていた

5.その他

6.なにもしていなかった

57

調査件数合計

109

※河川情報センター提供資料より

 

3−3−2.電源設備の浸水対策

地下空間での水害の特徴でも少し述べたが、地下空間を保有する施設の電源設備は、概して地下階に設置されている。その電源設備の浸水対策は、せいぜい漏水センサーが設置されている程度で、「浸水防護対策」とは程遠いものである。このため、一度地下空間が浸水すると、電源設備自体が水没して、即座に電源供給機能が停止してしまうのである。

福岡の水害の教訓を活かし、電源設備の地階設置について、防水対策を徹底するとか重要設備は地下に設置しないなどの取り組みが必要となってくるのではないかと思われる。

 

 

4.地下空間の防災対策のあり方について

では、地下空間の防災対策を考えていく上で、何が必要だろうか。ここでは、危険性の事前の周知、情報伝達体制、避難誘導体制、浸水対策、の4点から、今後の防災対策について検討していきたい。

 

4−1.危険性の事前の周知について

まず、地下空間の利用者に対して、「地下は決して安全な空間ではない」という危険性の事前の周知が必要である。冒頭にも述べたが、地下空間の利用者は、以下のことがらについて、ほとんど何の危機意識ももたずに地下空間を利用しているものと考えられる。

*  地下空間へ水が流入し浸水するという危険性

*  水圧によるドアの開閉障害を起こす可能性

*  大規模河川が破堤した場合、短時間で氾濫流が到達するという意識

地下空間の利用時はもとより、普段から、災害時の被害内容をイメージして、こういった災害が発生した場合、自分はこうする、というような危機意識を持って行動している人は、ほとんどいないであろう。こういった利用者に対して今後は、災害時にはこういう被害が考えられる、といった想定被害に関する話題や災害時の避難方法や避難ルートに関するシミュレーションを、テレビやビデオ、あるいはパンフレット、リーフレット、ポスターなどを通じてわかりやすく情報提供することによって、浸水時に発生する危険な事態の周知、啓発を図っていくことが必要になってくる。

また、過去の地下空間における浸水被害内容、浸水範囲、浸水深、降雨状況、地形などといった、災害環境に関する情報を公表・周知することも必要になってくると考えられる。平成10年の水害被害の実績をみてもわかるように、地下空間の水害被害は決して特別なものではなく、日常的に発生するものであるということを利用者に対して公表していくことが必要であろう。

また、わが国の多くの大都市は、河川の洪水位より低い位置にあるケースが多く、当然ながら地下空間は、その都市の中でもさらに低い位置なのだから、水害時に危険であることは自明である。福岡市の博多駅周辺や、大阪市の梅田周辺(「梅田」はもともと「埋田」であったといわれる)などがそうである。特に博多駅付近は、以前低湿地帯であり、低い地形のまま都市化してしまった。そのため、今回の御笠川の溢水により、相当の浸水被害を受けることになった。今回の我々のヒアリング調査の中で、「まさか御笠川の水が博多駅まできているとは思わなかった」という意見が数多く聞かれた。ここから読み取れるように、博多駅周辺が低地であるということは、実は殆どの住民が理解していないのではないか。仮に土地の条件を知っていれば、博多駅周辺は、水害に対して脆弱で危険な災害環境にあることは容易に理解できよう。

こういった地下空間の危険性に関する情報を常時から公表することによって、日常的に利用している地下空間が、水害時には浸水もしくは水没する可能性を有しているという事実や、低地にあることによって水がたまりやすい土地条件にあるということを住民に対して周知する。そうすることによって、利用者は地下空間に対する危機意識が向上し、災害時の対応が迅速かつ円滑に行われたり、水の流れ込む地下空間に入っていくという危険な行動はとらなくなることが期待される。同様にして、浸水予想区域や地下空間での被害実態も公表しながら、利用者の防災意識の高揚につとめていくことが必要であろう。

 

4−2.情報伝達体制について

福岡水害の被害により、地下空間での死者が発生してしまった原因の1つは、御笠川の溢水という情報が死亡した地下階の従業員に伝達されなかったことである。御笠川の溢水情報は、溢れてから2時間程度全く市民に伝達されることがなかったのである。

この水害で、地下空間の管理者に御笠川溢水の情報が伝えられなかったのは、情報の伝達ルートが整備されていなかったことも、当然大きな原因である。先述のとおり、地下街の管理者の情報収集方法は、ほとんどテレビやマスコミを通じた情報収集のみとなっており非常に貧弱である。今後は、災害時の情報の伝達ルートに関して、河川管理者→市町村→地下街管理者→地下街利用者といったルートによって伝達することとしているが、これだけでよいのだろうか。

福岡水害の例でいえば、県の河川管理者から市の河川管理課へは、御笠川溢水に関する情報の伝達がなされたものの、通常と異なり電話確認のみとなっていた。通常はファックスして後に電話確認という手続きをとることとなっている。その結果、御笠川浸水の情報は途中どこかで消えてしまい、末端まで伝達されることがなかったのである。電話確認のみの連絡となってしまった理由は、災害対策の多忙さゆえ、対応に追われ電話連絡にみになってしまったという行政サイドの事情がある。

このように災害対策に追われたことにより、情報途絶となってしまった事例は、過去の災害でも決して少なくない。例えば1991年の雲仙普賢岳噴火のときにも、「山がおかしい」という測候所の情報→県の出先機関→島原市→消防団、という流れの中で、消えてしまうといったこともあった。

災害情報が現場にまで迅速かつ確実に伝達されるには、どうすればいいのか。ここで必要なのは、やはり河川管理者の情報が、できるだけ現場の人間に直接伝達されるような仕組みをつくり、情報途絶の可能性をなくすことが重要であると考える。当然、河川管理者→市町村→地下街管理者→地下街利用者、といった公式のルートは必要であろう。しかし、河川管理者→地下街管理者といった緊急時の伝達ルートを用意するということも必要なのではないだろうか。災害情報を迅速かつ確実に地下街の管理者へ伝達するには、情報伝達ルートができるだけ多様であるほうが望ましいことは自明だからである。

また、地下空間の管理者の大部分は、災害情報の収集に関して、マスメディア頼りとなっているのが現状であるから、これらマスメディアを通じた情報伝達に関しても、特にNHKなどの放送ルートの活用が、今後非常に重要になってくる。今回の福岡水害で、マスメディアが『事件』として放送した御笠川溢水に関する情報が、気象台から送られてくる大雨洪水警報や暴風警報などのように、事件ではなく『河川溢水情報』として視聴者へ伝えられる。こういったマスメディアの活用が有効なのではないか。地下空間の管理者は、大雨が降ったり、台風が近づいているときは、必ずテレビやラジオなどのスイッチを入れておく、といったマスメディアの活用が、単純ながらも、非常に効果的であると考えられる。

上記のような観測体制や伝達体制を補完する意味では、地域の協力が必要な場合もある。御笠川では、溢水の状況を掴んだのは、地元の方であった。この情報が地下街管理者などへ伝わらなかったことも大きな課題であった。観測設備の整備は、費用も時間も要する。このように地元の協力者を河川モニター(仮称)として組織化を図り、河川を面的に監視していくた体制の整備も効果的な対策のひとつと考える。

現状の地下空間は、とかく情報過疎になりがちである。ただでさえ地上の様子がわからないうえ、加えて情報収集の手段も少ない。これまでに述べたのいずれのかたちであれ、情報伝達体制を早急に検討すべきであると考える。

 

4−3.避難誘導体制について

これまでの調査結果から、地下空間における浸水被害に備えた避難誘導体制の構築に向けて、以下の項目について検討が必要であると考えられる。

*  水害に備えた避難訓練の実施

*  避難経路の検討及び通常点検の実施(ドア開閉被害の可能性防止)

*  避難場所の設定

まず、水害に備えた避難訓練の実施であるが、地下街ではおおむね年に2回程度の避難訓練を実施している。しかし、これらの避難訓練は先述のとおり火災や地震、及びガス事故などを想定している訓練であり、水害対応のものではない。地下空間の自衛消防隊を編成する地下街管理者及び事業者は、過去に被災経験がなく、災害に対する危機意識は非常に低かった。特に水害については、消防計画で想定外であることからも、あまり深刻に捉えられていないようであった。

地下空間における災害のうち、水害に対する危機意識が他の災害と比較して低い大きな理由は、消防計画で水害を想定外の災害としていることが原因の1つと考えられる。特に地下空間のテナント事業者のなかには、「はじめて地下での水害が可能性としてあり得ることと認識した」という回答もあったほどである。

今後は消防計画で水害を想定し、自衛消防隊は通常から避難誘導訓練を実施しておくことが重要であるといえよう。

次に、避難経路の検討及び通常点検の実施(ドア開閉被害の可能性防止)であるが、消防計画で記されている避難経路は、「地下空間の利用者を迅速に地上へ避難させるための経路」であるといえる。しかし、地下街への浸水は、基本的に地下空間の出入口と重なってしまうため、避難経路から雨水が激しく流入し、避難できなくなる可能性も考えられる。このため、平常時から、雨水が流入してくる出入口などを考慮した上で、水害に備えた避難経路を設定する必要がある。そのためには、ハザードマップなどの情報提供も参考し、避難経路を設定することが必要となる。

最後に、避難場所の設定である。地下空間の自衛消防隊が、利用者を地上へ避難誘導した時点で、地下空間での人的被害は防止できる。しかし、地上へ避難した後、利用者は流水を逃れるためにどこへ逃げればいいのか、という問題が必ず発生する。避難誘導は、どうやって逃げるか、という避難経路に関する問題と、どこへ逃げるか、という避難場所に関する問題をクリアして、はじめて避難誘導といえるのではないか。そのためには、周辺の構造物などの立地状況を把握して、どこに逃げればいいのか、という避難場所に関する問題も検討し、水害時の避難誘導計画として検討しておく必要があるといえよう。

 

4−4.浸水対策について

これまでの調査結果から、地下空間における浸水被害に備えた浸水対策の構築に向けて、以下の項目についての検討が必要である。

*  浸水防止施設設置の促進

*  電源設備の浸水対策

まず、浸水防止施設設置の促進を実施していくことが重要である。平成11年の福岡における地下空間での水害被害を受けて、九州地建と福岡県が、博多駅周辺の地下空間を保有しているビルに対する調査を実施した結果によると、調査を実施したビルのうち、半数以上のビルが浸水対策を何も実施していないという状況であったのは前述のとおりである。全国規模でみると、毎年大雨による浸水被害を受けているビルの数は、決して少なくないのである。特に都市のビルは、土地の高度利用化に伴って地下に商業施設などの集客施設が集まっているケースが多い。そのため、これらのビルに対する浸水の被害軽減、もしくは浸水を遅らせるような施設整備は、実施していかなければならないであろう。

また、都市の地下空間でいえば、ビル間が地下で繋がっているケースが非常に多い。そのため、自分の管理するビルで浸水対策を講じても、浸水対策を講じていない別のビルから浸水してしまうケースも考えられる。実際に福岡の浸水被害では、地下鉄博多駅と地下で連結した周辺のホテルなどから、大量の雨水が流れ込んでいるのである。地下空間の浸水被害は、別の管理者が保有しているビルからも被害を受けることを念頭において、周辺のビルが有機的に連携した総合的な浸水対策を実施していかなくてはならない。

最後に、電源設備の浸水対策である。地下施設を保有しているビルは、電源設備を地下に設置しているケースが多いため、浸水被害に弱いという弱点を持っている。そのうえ、電源設備に対する浸水対策はほとんど実施されていないため、浸水とほぼ同時に電源施設が冠水してしまう。電源設備が地下に設置してあると、停電被害を受ける他、冠水した後の復旧にも多大な時間を要することとなる。

地下空間から地上へ安全かつ迅速に避難するためには、電源設備の耐水化のための設備対策は極めて重要な課題であるといえよう。