中村功「安否伝達と情報化の進展」  

廣井脩・船津衛編『災害情報の社会心理』北樹出版 pp75-101

 図3−1は阪神大震災時に、神戸市役所に張り出された張り紙で、被災者が自らの安否や連絡先を知り合いに伝えようとしたものである。大地震の後、多くの人が親戚や知人の安否を気遣ったが、電話の不通や避難により、連絡が取れない人が大量に発生した。そこで人々は、張り紙という最も原始的な手段をつかって、なんとか連絡を取り合おうとしたのである。しかし携帯電話やインターネもある時代に、なぜこんなことになったのか。本章では、災害時における安否情報の伝達について、その重要性、これまでの状況、そして情報化時代における課題などについて検討していく。

 

     図3−1 阪神大震災時避難所に張られた張り紙

 

 

1節 安否情報の重要性

災害時に必要な情報とは   

 ところで、一般市民にとって、災害時に必要な情報にはどのようなものがあるだろうか。たとえば宮田(1986)は、報道される災害情報を、災害の進行過程順に、次のようにまとめている。すなわち、「平常時」には啓蒙情報が、「警戒期」には予報・警報が流され、「発災期」には避難指示情報、行動指示情報、災害因情報、被害情報、救助・救援情報、安否情報、災害対応情報(防災機関の行う)などが流される。そして「復旧期」には災害因情報、被害情報、災害対応情報、復旧情報、長期的復興計画、長期的影響などが流されるという(1)。

  表3−1は、筆者が災害直後(発災期)に、一般市民に必要とされる災害情報の種類を、災害の種類ごとにまとめたものである。災害直後の被災者やその関係者にとっては、まず災害の現状を把握するための情報が必要とされる。すなわち、災害をもたらしているのはどのような自然現象で(災害因)、どのような被害が起きているのか(被害情報)に関する情報である。地震でいえば、震度・震源・マグニチュード等が災害因に関する情報で、死者・けが人の数や、建物やライフライン(交通・電気・ガス・水道・電話)の被害などが被害情報となる。

 被災者にとっては、避難のための情報も重要である。それには、各種の警報など今後迫りくる危険に関する情報(危険度/警報情報)と、自治体が発令する避難勧告や、どこにどのように避難したらよいか、といった避難情報が必要である。

 また、安全確保のための行動指示情報も必要である。具体的には、地震後は火を消す、津波を避けるために海岸から避難する、避難時には電気のブレーカーを落とすなどの情報である。放送局では「呼びかけ放送」として、これらの情報についてあらかじめ原稿が用意されている。

 当座の危険から身を守った後は、生活のための情報が必要になる。その晩を過ごすための避難所の情報や、移動するための交通機関の情報、また病気の被災者のための診療可能な医療施設に関する情報などがある。

 また、家族や知人の安否を確認するための情報も必要とされる。これには安否ばかりでなく家族や知人の物的被害や避難先といった「安否関連情報」も含まれる。

          表3−1 一般市民に必要な災害情報の種類 (災害直後)

情報の目的

 情報の種類

   地震

   噴火

  風水害

現状把握

災害因

震度・震源・マグ

ニチュード

噴火の場所/規模各

種観測データ 死

台風情報 雨量

風速 河川水位

被害情報

死者/けが人数

建物/ライフライン

/けが人数

建物/ライフライン

死者/けが人数

建物/ライフライン

避難

危険度/警報

津波警報 余震情

火山情報

(緊急/臨時)

気象警報・注意報

河川洪水警報

避難情報

 避難指示/勧告

 避難場所/経路

避難指示/勧告

避難場所/経路

 避難指示/勧告

 避難場所/経路

安全確保

行動指示

火を消す、海岸か

ら避難等

火砕流に近づかな

い等

早めに避難

土砂災害の前兆等

生活確保

生活情報

避難所 物資配給

交通  医療機関

ライフライン復旧

避難所 物資配給

交通

ライフライン復旧

避難所 物資配給

交通

ライフライン復旧

安否確認

安否情報

安否関連情報

家族/知人の安否

物的被害/避難先

家族/知人の安否物

的被害/避難先

家族/知人の安否

物的被害/避難先

救援

救援物資

ボランティア

必要な物/場所

必要な仕事/方法

必要な物/場所

必要な仕事/方法

必要な物/場所

必要な仕事/方法

 

 さらに、救援のためには、どこでどのような物資が必要となるのか、といった救援物資に関する情報や、どのようなボランティアがどこで必要か、ボランティアをしたい人や活用したい人はどうすべきかなど、ボランティア関連の情報も必要とされる。

 

安否情報の位置づけ

 これら災害情報の中で、被災者にとって最も必要とされる情報とは何だろうか。それは、災害の種類や規模によって異なるし、また真に必要な情報と被災者が必要と感じる情報が異なる場合もある。たとえば津波警報は多数の人命に関わる重要な情報だが、海岸近くにいる人がその重要性を必ずしも認識しているとは限らない。しかし、ここでは被災者の知りたい情報ニーズをもとに、災害情報の重要性について考えてみよう。

 まず取り上げるのは、6000人以上の死者を出した阪神大震災の例である。図3−2に示したのは地震当日、被災者が知りたかった情報であるが、それによると「余震の今後の見通し」(神戸市63.1%、西宮市65.1%)が最も多くなっている(東京大学社会情報研究所,1996)。これは、被災者の間に激しい揺れを体験した恐怖感があり、またその後に余震が頻発したためである。ついで多いのは「家族や知人の安否」をあげた人で、神戸市で47.8%、西宮市で46.8%に達した。この地震は未明に起きたために、多くの人は自宅で被災し


 

 

 図3−2阪神大震災当日の被災者の情報ニーズ  (東京大学社会情報研究所,1996)

        

 

た。もし地震が日中であれば外出している人が多く、この数字はより大きくなったに違いない。そのあとに「地震の規模や発生場所」「地震の被害」といった現状を確認するための情報や「電気・ガス・水道などの復旧見通し」「自宅の安全性」といった今後の生活に関係する情報が続く。阪神大震災の例をみると、安否情報は被災者が切実に知りたい、重要情報の一つであるといえる。

 そこで、他の災害でも安否情報の情報ニーズをみると、262人の犠牲者を出した1982年の長崎水害では41.5%、104名の犠牲者を出した1983年の日本海中部地震では40.9%、2

人の犠牲者を出した1993年の釧路沖地震では53.5%、231人の犠牲者を出した1993年の北海道南西沖地震では49.5%の人が、災害直後に知りたかった情報として「家族や知人の安否」を挙げている(ただし北海道南西沖の場合は1週間以内の情報ニーズ。数字は東京大学社会情報研究所1984,1985,1993,1994より)。安否情報のニーズはいずれの災害でも大変高いといえる。

 

安否情報とは

 一口に安否情報といっても、そこには様々なものがある。たとえば廣井(1991,p92)はこれまで行われてきた安否放送の内容を、@個人の安否を放送する「個人情報」A学校・幼稚園など団体単位で行う「集団情報」B相手からの連絡を求める「連絡依頼」C自分の無事を知らせる「無事情報」D連絡依頼に対する「回答」の5つに分類している。あるいは山本(1996,p64)は安否情報のタイプとして@死者についての情報、A無事であることを伝えるための情報、そしてB「○○さん、□□に連絡してください」といった「伝言情報」の3つをあげている。これらを参考に安否情報を一言で定義するならば、「災害の被害を受けている可能性が想定される個人または集団について、無事であるか否(怪我あるいは死亡)かに関する情報」となる。

 しかし、現実にやりとりされる情報をみると、そこには被災者宅の被害や避難・連絡先など、安否に関連した情報が付随していることが多い。たとえば、はじめに見た阪神大震災時の張り紙(図3−1)だが、そこには自らの安否とともに連絡先なども記入されていた。そこで、これらも「安否関連情報」として、「広義の安否情報」の中に含めて考えてよいだろう。

  図3−3は安否情報の種類を表しているが、図のaからfまでは上に定義した安否情報である。すなわち、個人と集団ごとに、死亡負傷に関する情報、無事であることに関する情報、そしてこれらを知らせるように依頼する情報などがこれにあたる。そしてgからjが安否関連情報で、自宅等の物的被害に関する情報と避難連絡先の情報である。

 この中で人々が最も切実に知りたいのはcの個人の無事情報であろう。後述するように、a、b、eなどはこれまでもマスコミやインターネットでよく扱われてきた。しかし肝心のcはなかなか伝達がうまくゆかない。ここに安否情報伝達の難しさがある。

 

                        図3−3安否情報の種類

←               広義の安否情報               →

                安否情報                 → ←   安否関連情報       

 

死亡/負傷情報

 無事情報

 連絡依頼

物的被害情報

  避難先情報

 

 個人

 集団

   

   

   

   

    

    

    

    

     

     

 

安否情報伝達の試み

 災害の歴史をふりかえると安否情報の伝達にさまざまな取り組みがなされており、そこからも安否情報伝達の重要性を知ることができる。たとえば死者・行方不明者あわせて10万人以上を出した関東大震災においては、多くの人が生き別れとなり、どの避難所にも離ればなれになった家族を捜す人々の群が見られたという。そして日比谷公園の塀や上野公園の西郷像は尋ね人の張り紙でいっぱいになり、地震数日後から発行されはじめた新聞には家族からの連絡を尋ねる広告が満載された(廣井,1991,p67)。

 そこで、東京大学の末広厳太郎教授を先頭とする学生ボランティアグループが「東京罹災者情報局」を設立し、離ればなれになった被災者の安否情報を収集し提供したという。彼らは、@消失家屋調査A倒壊家屋調査B死傷者調査C迷子調査D立ち退き先調査をもとに、罹災者名簿をつくり、全国からの郵便による安否の照会要請に答えたのである(廣井1987,pp59-65)。

  一方、放送も昔から安否情報の伝達にたずさわってきた。安否放送は、1959年の伊勢湾台風の時にその原初的形態が見られるが(柳田,1978,p143)、本格的に登場したのは1964年の新潟地震においてである。このときNHK(ラジオ)では地震の10時間後から「尋ね人放送」として安否放送を行った。局社の玄関に受付所を設置し市民からの放送依頼を受け付けたが、申し込みが殺到し、最後には原稿が間に合わず被災者自身がマイクの前に立って安否を呼びかけるほどであったという。このようにして結局NHKは3000件以上の放送を行った。同様の安否放送は、1978年の宮城県沖地震、1982年の長崎水害、1983年の日本海中部地震、1993年北海道南西沖地震などで行われてきた。

 1995年の阪神大震災では、NHKでは、FMラジオで162時間30分、教育テレビで158時間45分、合計すると14日間にのべ320時間におよぶ安否情報が流された。しかしこの時、放送による安否伝達の限界も明らかになった。それは、第1に、放送で送られる情報量には限界があるということである。すなわち、受け付け総数が54,612件だったのに対して、放送できたのは31,896件にとどまった。放送では1件のメッセージ伝達に20秒ほどの時間を要するので、多くの件数を処理しきれなかったのである。第2に、放送された内容のほとんどが「○○市××町の△△△さんの安否を●●市★★町の▲▲▲さんが気づかっています。連絡してあげてください。...」といった、被災者の安否を尋ねる問い合わせだった。件数でいえば、31,896件の総件数のうち、被災者自らが自分の安否を伝えるものはわずか1,027件に過ぎなかった。安否放送では安否そのものは伝達されにくいのである。第3に、安否放送には検索性、一覧性がなく、またこれまでのところ地区別分類などもされていないので、ある人の安否を知るために長時間放送を聞き続けなくてはならない。このような状況を考えると、安否放送では電話の役割は完全には代替できず、安否伝達の補助的存在と位置づけることができるだろう。

 

2節 固定電話と安否情報

災害通信の3つの波

 張り紙や放送に対して、現在では電話等の通信メディアが安否伝達の中心的役割を担っている。災害時の通信の歴史を振り返ってみると、これまで3つの大きな波があった。第1の波は災害通信に電話が投入されたことである。我が国では1950年代に公衆電話が一般化し、まず緊急通報の面で大きな進歩がみられた。そして1960年代には一般の家庭に電話が普及し、これが安否確認の主役となっていく。電話がない時代の安否確認には、実際に訪ねていくか、電報を打つくらいしかなかったので、大きな進歩である。しかしその反面、電話が込み合い、かかりにくくなる輻輳(ふくそう)現象に悩まされることになる。

 第2の波は、通信のモバイル化であった。携帯電話の普及に伴い、人々は固定電話にかわるもう一つの通信手段を手に入れた。携帯電話は輻輳する固定電話とは異なるシステムであることや、いざというときに手元にある携帯電話から救助が呼べる安心感、そして外出や避難中でも直接相手と話せることなどから、災害時の通信手段として期待された。モバイル期の初期にあたる阪神淡路大震災のときには、まだ普及台数も限られていたために、携帯電話の疎通は良好だったし、実際がれきの下からの携帯電話通報で救助された人もいた。一方1990年代末からは携帯メールが普及し、緊急時の通信手段としても期待された。しかしこれらの加入者が増大した2001年に発生した芸予地震では、疎通困難の諸問題が露呈した。

そして第3の波がブロードバンド化である。ブロードバンド化とは、通信がADSL、光ファイバー、ケーブルテレビなど、広帯域の回線を使って行われるようになり、それに伴って様々なサービスが展開していくことである。総務省によると、日本のブロードバンド加入者は2003年9月には1,200万を越え、その後も順調に伸びている。これまでブロードバンドでは主にメールやウェッブといったインターネットが利用されてきたが、そればかりでなくADSLを使ったIP電話が2002年に始まり、こちらも急速に利用者を伸ばしている。これまで第一の波、第二の波は固定電話に携帯電話が付け加わるという形で、基本的には重層的に展開してきたが(4)、IP電話による固定電話の代替も予想され、第三の波はこれまでにない大きなインパクトを与える可能性がある。

 以下ではこの三つの各期ごとに、そこにはどのような問題があり、どう対処されてきたか、を見ていくことにする。

 

固定電話の設備被害

 固定電話では度重なる災害経験から、さまざまな災害対策が施されてきた(表3−2)。たとえば、電源対策。そもそも電話の電源は電話局から配電されているので停電時でも使えるが、電話局では蓄電池、自家発電装置、移動電源車など多重のバックアップを備えている。局舎は耐震・耐火構造をとり、各機器も振動に備えて固定され、水害対策として重要設備は2階以上に置かれている。また1968年の十勝沖地震で北海道が情報孤立した苦い経験から、通信ルートの複数化や処理の分散化も進んでいる。こうした対策のおかげで、ハード面の原因による大規模・長期間の通信ダウンは起きにくくなってきた。

 しかしそれでも大災害時には設備面の被害が出る。たとえば95年の阪神大震災の時には、一時285,000回線が交換機の故障により不通になり、193,000回線が加入者系ケーブルの切断により不通となった。合計で50万回線という数は当時の加入者全体の約1/3にも相当した。また 比較的つながりやすかった公衆電話も停電のため10円玉しか使えなくなり、その結果、電話機に硬貨が満杯になり使えなくなるという事態が発生した。これを教訓にその後、大災害の時には公衆電話を一時的に無料化するという措置がとられるようになった。

 また、災害時の通信途絶にそなえて遠隔地の役場には孤立防止用の無線電話が配備され、被災者用には衛星を使った車載型の特設公衆電話なども用意されている。

 

       表3−2  各災害時における固定電話の問題と対策

災害名

問題

とられた対策

'68年十勝沖地震

北海道の通信孤立(テレビ・電話)

市外回線の2ルート化

'78年宮城沖地震

 

橋梁添架管路の補強

'82年長崎水害

復旧に8日間

長時間停電対策

'84年世田谷ケーブル火災

全国オンラインに影響

難燃ケーブル採用

'93年北海道南西沖地震

復旧12日間 119番不通

可搬型衛星局開発

'95年阪神大震災

輻輳

公衆電話使用不可

災害用伝言ダイヤル

公衆電話無料化

 

固定電話の輻輳

 輻輳現象は安否を心配する人々が被災地向けに一斉に電話をかけるため、設備能力を上回る通話が発生し、これによる設備損傷を防ぐために、通信が規制され、何度かけ直しても、つながりにくくなる現象である。ふだんから設備を増強しておけば問題は解決するが、災害時の通信需要は普段の何十倍にも達するので、それに見合った通信設備を常時備えておくのはあまりに不経済である。従って、通話集中がある限り災害時に輻輳が発生するのは、ある程度やむを得ない面がある。施設面の被害が出にくくなった現代ではこの輻輳現象が、安否情報伝達や救助要請を困難にする主原因となっている。

 輻輳が注目されるようになったのは電話が家庭に普及してからだが、すでに1960年のチリ地震津波では、災害直後の電話輻輳が記録されている(松田,1960)阪神淡路大震災の際も、神戸エリアに対して、一時は普段の50倍もの通話が全国から殺到し、6日間にわたって激しい輻輳が発生した。通信総合研究所の調査(3)で、被災者に発信しようとした通話の一つ一つについて尋ねたところ、つながらなかった割合は、地震当日の午前中で85.9%、午後が83.1%、翌日で80.2%、翌々日が71.7 %と、当日はもとより、翌日になっても、電話の輻輳が激しかったことが分かる。何とか安否を確認したいという人々はこのようにつながらない電話を前にして何度も電話をかけ直した。同調査によると、兵庫県にゆかりのある県外者においては、地震当日に、はじめの電話が通じず、10分以内に何度もかけ直した人が62.3%におよんだ。さらにかけ直しの回数をたずねたところ8回以上かけ直した人が35.4%ともっとも多く、ついで4−5回が30.5%、2−3回が20.5%、6−7回が10.5%となっており、つながらなかった人の再呼が激しかった様子が分かる。これは安否を知りたい欲求がいかに切実であるかを示しているが、この再呼が輻輳に拍車をかけ、さらに電話をつながりにくくするという、悪循環を招いた。

 

輻輳対策−優先電話と災害用伝言ダイヤル

 従来から行われていた輻輳対策としては、重要通話の確保を目的とした「災害時優先電話」「公衆電話の優先扱い」「緊急電話の優先扱い」などがある。いずれも発信したときに通信規制を受けず、優先的に疎通させる仕組みである。「災害時優先電話」は防災機関の電話の一部が指定されており、公衆電話もこれに類似の措置がとられている。また「緊急電話の優先扱い」は、一般の電話からでも119番や110番といった緊急電話をかけた場合は発信規制を受けない仕組みである。だが、こうした優先措置も通話があまりに込み合っている場合には、すでに行われている通話を切断してまで疎通できる力はなく、実際には通じにくいことも多い。

 一方、輻輳時の安否情報伝達手段として開発されたのが、NTTの「災害用伝言ダイヤル」サービスである。これは被災地内加入者の電話番号を手がかりに、留守番電話のような仕組みで安否を伝える、一種のボイスメールである。災害が発生すると、まず被災地からの録音と被災地内外からの再生が可能になる。利用者は「171」をダイヤルし、音声ガイドに従って、本人の電話番号入力したうえで安否を伝えるメッセージを録音したり、あるいは安否を知りたい人の電話番号を入力して録音されたメッセージを聞く。伝言蓄積装置は全国50カ所に分散して設置してある。これは、被災地から外への通話は比較的かかりやすく、また被災地外からの利用は直接全国の伝言蓄積装置にかかるため、伝言のやりとりにおいて輻輳を避けることができるからである。また1、2時間後からは被災地外の人が、安否を気遣うメッセージを録音することもできるようになる。このサービスは、受話器を取り上げても無音状態となるほどの激しい輻輳下では使えないが、システム的には一定の有効性を持つものと考えられる。

  阪神大震災の後、1998年3月からこのサービスが開始されたが、これまでもっとも多くの利用件数があったのは約20万件の利用を記録した鳥取県西部地震で、ついで8万6,000件の芸予地震である(表3−3)。

       

             表3−3 災害用伝言ダイヤル運用状況 (NTT資料より作成)

  災害名

    運用期間

総利用件数

 登録

再生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栃木・福島豪雨

岩手山雫石地震

高知水害

長崎豪雨

東海村原子力事故

岩手軽米RT冠水

有珠山噴火

三宅島噴火

東海豪雨

鳥取県西部地震

芸予地震

宮城県沖地震

宮城県北部地震

北海道十勝沖地震

98年8月27日〜  12日間

98年9月3日〜   5日間

98年9月25日〜 9日間

99年7月23日〜 4日間

99年10月1日〜 4日間

99年10月29日〜 5日間

00年3月29日〜 134日間

00年6月26日〜 223日間

00年9月12日〜 34日間

00年10月6日〜  34日間

01年3月24日〜 8日間

03年5月26日〜 17日間

03年7月26日〜 33日間

03年9月26日〜 22日間

  61,000

  8,000

  22,000

   385

  6,360

  1,110

  16,541

  5,534

  43,501

 199,437

  86,981

   65,700

   40,000

   37,700

 24,700

 5,000

 10,021

  159

 1,888

  600

 5,800

 1,648

 27,646

130,790

 33,915

 19,600

  9,800

  9,300

 36,300

 3,000

 12,755

  226

 4,472

  510

 10,741

 3,886

 15,855

 68,647

 53,066

 46,100

 30,200

 28,400

 

 しかし、これまでの利用状況を見る限り、このシステムが十分に活用されているとはいえない。たとえば、東京大学社会情報研究所が各災害後に被災者に行った調査では、災害用伝言ダイヤルを利用した人は、芸予地震で1.2%、宮城県沖地震で2.1%、宮城県北部地震では1.1%に過ぎなかった。利用が少ない原因としては、サービスの知名度の低さ、利用方法が分からないこと、そして直接話したいという欲求などが考えられる。たとえば芸予地震の際、利用しなかった人にその理由をたずねたところ、「災害用伝言ダイヤルの存在を知らなかったから」とした人が70.2%、「使い方がよくわからなかったから」が14.8%、「伝言ではなく直接話したかったから」とした人が15.0%いた(廣井他,2002)。2年半後の宮城県北部地震時の同研究所調査では、「聞いたこともなかった」とする人は被災者の45.7%と、知名度は若干上がったが、「聞いたことはあるが使い方までは知らなかった」という人が44.9%いた。このように、ハード的には優れたシステムでも、なかなか人々に利用されないことがある。啓蒙活動を行い、そのサービスの存在と利用法について、知識を普及させることが、まずは重要である。

 

3節 モバイル時代の安否情報

携帯電話・携帯メールの輻輳

 携帯電話は、阪神大震災が発生した1995年以降、爆発的に普及し、現在では日本人の約6割が所有するまでに急速に発展した。はじめは音声の伝達のみだったが、1999年にNTTドコモが「iモード」のサービスを開始して以来、携帯電話を使ったメールやインターネット接続による情報サービスが急速に広まった。

 携帯電話があまり普及していなかった阪神大震災時の疎通状況をみると、携帯電話は固定電話よりも若干つながりやすくなっていた(表3−3)。すなわち「電話をかけたが1つも通じなかった」人を見ると、固定電話が47.1%、携帯電話36.1%、公衆電話11.3%であった。

 

             表3−3  阪神大震災当日の疎通状況       (中村・廣井,1996)

 

携帯電話

固定電話

公衆電話

 

1.電話をかけて、すべて相手に通じた

2.電話をかけたが、一部しか通じなかった

3.電話をかけたが、一つも通じなかった

   8.9

  55.0

  36.1

 10.1

 40.9

 47.3

 27.0

 59.9

 11.3

 

 しかし、携帯電話が普及した芸予地震以降、携帯電話(音声)の優位性は逆転してしまう。すなわち、芸予地震直後に固定電話、携帯電話、携帯メールなどを利用した人疎通状況をたずねたところ、発信しようとしてすべて通じたのは、固定電話で5.4%、携帯電話の音声利用で4.5%、携帯メールで14.8%であった(図3−4)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


    図3−4 芸予地震直後の疎通状況     (廣井・中村他,2002)

 携帯電話の方が固定電話よりつながりにくくなる原因は、携帯電話の利用率の高さにある。すなわち、この地震直後、固定電話をかけようとした人が66.9%だったのに対し、携帯電話から電話をかけようとした人は75.9%に達した。携帯電話は外出中でもかけられるし、手近にあるために固定電話より利用率が高いのであろう。ちなみに同調査では携帯メールやパソコンのインターネットの利用率はそれぞれ19.8%、6.5%と低くなっている(利用率はいずれも利用者ベース、廣井・中村他,2002)。地震で気が動転しているときには、メールを作成し送信する手間を省こうとする心理が働くのかもしれない。

 

携帯メール

 一方、携帯メールはパケット通信という新方式をとるため、輻輳時にもつながりやすいと考えられていた。しかし芸予地震時の疎通具合を見ると、46.3%の人が「全く通じなかった」と答えており、携帯電話(音声)や固定電話よりは若干つながりやすい程度であった(図3−5)。ある携帯電話会社では、芸予地震時、メール交換機の余裕はあったものの、音声通話の輻輳を抑えるために携帯電話端末のキー操作をロックする信号を発したために、メールも利用不能になったという。それでも携帯メールが若干通じやすいのは、@携帯メールでは、着側が込み合っていて着信規制がかかっていても、発信された情報は一旦コンピュータに蓄積されるので、発信できること(蓄積された情報は相手側の回線が空きしだい送られる。)。A一度つながると、その端末のために5分間は回線を確保してくれるので、一旦つながれば、2回目以降はスムーズにつながること、などのためである。

 このように、携帯メールが災害直後に通じにくく、安否連絡に十分な役割を果たせない状況は、2003年の宮城県沖地震や、宮城県北部の地震でも繰り返された。

 携帯電話では、災害時優先電話はあるものの、公衆電話や「災害用伝言ダイヤル」のように一般加入者が利用できる輻輳対策がこれまでなかった。しかしある携帯電話会社では2004年から次のような対策を講ずることになった。その第1は携帯ウェッブの「災害用伝板」サービスである。被災地の利用者が携帯ウェッブの画面から安否を登録することで、知り合いがそのメッセージを確認することができる。第二は携帯メールの通信規制を音声とは独立させて行うことで、携帯メールの疎通を改善する試みである。第三は、携帯電話輻輳中に、NTTの「災害用伝言ダイヤル」や携帯ウェッブ版の災害用伝言板サービスの利用を呼びかける、音声ガイダンスを流すことである。携帯電話は固定電話に比べるとまだ新しいメディアだが、災害経験を積み重ねて、次第に対策がとられるようになってきた。今後は、こうした対策がどこまで有効なのか、人々がそれを十分に使いこなすことができるのか、ということが課題となる。

 

ポケベル「職員参集システム」の問題

 安否情報とは直接関係ないが、芸予地震時に問題となったものに、ポケベル(クイックキャスト)を使った職員参集システムがある。ポケベルによる情報伝達は、加入者の減少や、構造上の特徴から、災害時にも輻輳を起こさないので、災害時の職員招集に適したメディアであり、愛媛県では、県庁と今治市消防本部でこのシステムが導入されていた。しかし今回、両者ともこのシステムがまったく機能せず、後者では消防団員の参集に支障が出た。

 原因はいずれも一般電話回線の輻輳である。県庁では呼び出し装置から一般の電話回線を通じてポケベル会社につながる仕組みで、電話の輻輳にまきこまれた。一方今治市消防本部では災害優先電話を経由してポケベル会社に発信する仕組みであった。したがって災害輻輳時にも優先してつながるはずであっが、当日はポケベル交換機のある松山方面への呼が極端に多く、市外回線が全くふさがった状態で、優先電話もつながらなかったのである。

 対策はポケベルを発信する際に、衛星携帯電話を使ったバックアップを装備することである。実際、東京都小平市では、固定電話回線のバックアップとして、衛星携帯電話を確保しているし、今治市でも芸予地震を教訓に、2002年度から導入した。これは、衛星携帯電話をリースし、消防局の衛星携帯電話−(衛星)−衛星携帯地上局−(ISDN)−東京のポケベル・サーバ−−(フレームリレー)−四国のポケベル会社と経由して、ポケベルを発信する仕組みである。衛星携帯電話のリース料は安価なので、導入も容易である。

 

4節 ブロードバンド時代の安否情報

1.ハード面の課題

 固定電話や携帯電話が使えないとき、安否連絡に期待されるのが、インターネットの利用である。しかし、ハード面から見た場合、その基礎は必ずしも盤石とはいえないようである。たとえば図3−5は芸予地震の際のインターネットの疎通状況を示している。疎通は固定電話・携帯電話・携帯メールなどよりはよいものの、問題なく利用できたのは利用しようとした人の1/3にすぎず、まったくつながらなかったという人も2割ほどいた。その主な原因は、ダイヤルアップやISDNによる接続が、電話の輻輳に巻き込まれたためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 図3−5 芸予地震時のパソコン経由のインターネット疎通状況(廣井・中村他,2002)

                      

 しかし、その後、接続にADSLや光ファイバー等のブロードバンドが利用されるようになって、災害時の疎通状況はよくなってきた。たとえば2003年の宮城県沖を震源とする

地震が発生したときの疎通状況を見ると、相変わらず携帯電話、携帯メール、固定電話の疎通が悪い中でパソコンのメールやインターネットは疎通状況が大変よくなっている(図3−6)。別の調査(サーベイリサーチ実施)から使用回線別の疎通度を見ると、光ファイバーではすべてが問題なく、ついで「その他」とADSLの疎通がよい。ADSLは電話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図3−6 2003年宮城県沖地震時の疎通状況 (田中・中村他,2004)

  

回線と同じメタリックケーブルを使うものの、周波数が異なるので、電話の交換機を経由しないし、その後の中継網も電話とは完全に異なる回線を使っているため疎通がよいのである。光ファイバーや、「その他」(ケーブルテレビ回線とおもわれる)LANなどは電話とは別回線なので、輻輳に巻き込まれることはない。一方ISDNやダイヤルアップ接続は、電話輻輳の影響をうけ、全くつながらなかった人が相当数出ている(図3−7)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 図3−7 2003年宮城県沖地震時の回線別疎通状況(サーベイリサーチ、2003)

 

 このように宮城県沖の地震では疎通のよかったブロードバンドのインターネットだが、そこには問題はないのだろうか。これまで新通信メディアが陥った問題点とブロードバンドに特有の問題について、いくつかのポイントが考えられる。

 第1の課題は、輻輳である。基本的にブロードバンドは固定電話とは完全に別系統のネットワークを持っているので、固定電話の輻輳の影響はない。ただしIP電話の場合は、電話をかける相手が固定電話や携帯電話の場合、当然その輻輳に巻き込まれてしまう。またあるプロバイダーでは、宮城県沖地震の際、IP電話網から一般の電話に接続する際の回線が込み合い輻輳したことがあった。他方、ブロードバンド網内の輻輳はどうか。阪神大震災の時はNTTや気象庁のホームページにアクセスが集中してつながりにくくなった。これにはミラーサーバー設置などの対策があるが、同一ウエッブサイトへのアクセス集中による問題は今後もありうるだろう。一方メールだが、そもそもメールセンターは全国一元管理をしている場合が多いので、一部地域で災害が起きても対処能力は高い。またメールサーバーの能力はスパムメールなどに備えるために相当の余裕があるという。一方大量の利用者が発生したときに利用者の認証に時間がかかり、パソコン側のタイムアウトが起きる可能性は考えられる。また通信量の問題だが、メールやウエッブ検索などは1人平均すると10kbps程度がせいぜいで、動画伝送を前提にしたネットワークでは問題にならないと考えられる。他方、IP電話内だが、IP電話同士の通話が急増した場合でも、ソフトスイッチなどのIP電話の技術特性から、これまでの電話よりも交換時の輻輳が起きにくいと考えられる。ただまだ実際そのような経験をしていないので、輻輳の有無は慎重に点検する必要がある。

 つぎに問題となりやすいのがネットワークの冗長性である。ここで冗長性とはバックアップ回線や複数ルートがありトラブルに強いかどうか、ということである。インターネットは「ネット」というくらいで、回線が網目状につながっており、冗長性に優れていると考えられやすいが、現実は必ずしもそうではない。ダイアルアップ接続等に使われる従来のインターネットバックボーンは比較的に網目状をとってきているが、ブロードバンド用となると、全国各地から東京に集中するスター状の回線構成をとることが多い。これはコストの安さ、ネットワークの管理のしやすさ(ブロードバンドでは通信品質の管理が難しい)、そして画像を送る際に中心があった方がやりやすいこと、などが原因している。したがって現状では東京が大災害を受けるとブロードバンドは全国的に大きな被害を受ける可能性がある。

 第3の問題は電源対策である。ブロードバンドでとくに問題となるのは家庭における停電である。デスクトップパソコンは停電すると使えなくなるし、ノートパソコンもバッテリーではせいぜい数時間しか駆動しない。また一般にモデムには補助電源がなく停電時には使えない。したがって停電時には固定電話は使えるが、IP電話は使えなくなる。停電はブロードバンドにおける最大の弱点といえるかもしれない。

 第4の問題は設備の耐震性である。たとえば阪神大震災の例では、三宮にあった関西ネットワーク相互接続協会の神戸NOCは被災のため機能を失った。また学術情報ネットワークSINETでは、兵庫県の中核的役割を担っていた神戸大学が地震センサーによる電力停止で翌日まで機能を停止し、さらに大阪大学との高速デジタル回線が切断されたためやはり翌日まで利用できなかった(樽磨ほか1996)。芸予地震の時にも、サーバーが棚から落下したり(松山大学、愛媛大学)、地震の震動そのものにより、一時的にサーバーの機能が停止している(ケーブルテレビ)。これらの問題としては、設備の固定や振動に対する緩衝剤が不十分といったことや(とくに作動中のハードディスクが振動に弱いといわれている)、24時間監視体制にない施設が多いため対処が遅れること、などがあげられる。

 第5に、障害の予見および発見・修復の難しさがある。これはブロードバンドが多くの事業者にまたがって行われていることによる。これまでも新電電を経由すると災害時優先機能がなくなるとか、ポケベルによる職員参集システムが固定電話の問題でうまくいかないなど、複数事業者をまたがる事による問題があった。しかしブロードバンド事業はソフト・ハードともに数限りない業者が参加しており、どこで問題が発生しているか分からない状態になりやすい。たとえばADSLの場合を考えると利用者はNTT、ADSL接続業者、プロバイダーなどと契約する。しかしADSL業者は設備としてはNTT加入回線等を通じてサービスを行い、プロバイダーはインターネットバックボーンを運営する業者や、インターネットバックボーン間を接続するインターネット・エクスチェンジ業者などを利用しながら通信を行っている。さらに各業者は、専用線業者からの回線借用あるいはリセール(又貸し)により運営している。固定電話のように設備とサービス業者が一体ではなく、設備も他社請けに他社請けを重ねるという状態である。

 第6に、多くの場合、IP電話だけでは119番や110番通報への通報ができない点がある(ただし、同時に固定電話に加入していれば固定電話経由でかかる)。119番や110番は発信者の住む地域を管轄する消防や警察に接続されるが、IP電話ではどこから発信されたかを把握することが難しいためである。

 

2.ソフト面の課題

 他方ソフト面では、インターネットに流通する内容の問題がある。インターネットにおける安否情報の伝達パターンには大きく言って3種類ある。第1はホームページによる一方向の情報公開で、阪神大震災の時は、たとえばNTTのホームページでは、各機関が収集した死亡者・行方不明者・負傷者などの情報が流された。しかし、これらはいずれもマスコミに発表されていた情報で、海外からの閲覧のほかは、現実にはあまり役に立たなかったようだ。

 第2は被災者やそれに関連する個人による情報登録・検索システムで、主に被災者が無事であるか否かの情報が流通している。その代表としては、インターネット技術の研究組織であるWIDEや通信総合研究所が開発・運営しているIAA(I am alive)システム(http://www.iaa.wide.ad.jp/)が挙げられる。これはインターネットを通じてサーバにアクセスした人々が、自分や他人の生存者情報(氏名・年齢等の個人に関する情報と、無事・負傷・死亡などの状況、その他)を登録すると、情報がデータベース化され、他人がそれをインターネットを通じて検索できるというものである。阪神大震災をきっかけに開発されたこのシステムは有珠山噴火、三宅島噴火、米国同時多発テロなどの際に実際に運用されている。このシステムは避難所のパソコンなどからも利用でき、自分のパソコンが使えない状況やメールアドレスを持たない人でも伝達ができる利点がある。インターネットが使える状況では一定の有効性が期待できるシステムだが、災害用伝言ダイヤルと同様に、安否の送信側と受信側の両者が、日常時には使われないこのシステムを知り、利用しなくてはならないという問題点がある。

 類似のシステムとしては、大学などの組織が集団成員の安否を確認するためのシステムもある。この場合、組織側は常にスタンバイ状態で、個人が入力さえすれば機能するので、完全な個人間の場合より有利である。中には携帯メールを組み込んだシステムもある(湯瀬他,2001)。

 第3はメールによる個別の情報交換で、被災者の状態や安否の問いかけから、安否関連情報まであらゆる安否情報が流通する。これは、電話利用と類似の多対多の伝達形態で、インターネット利用者ならすぐに思いつく、原始的な方法である。広範囲の安否情報を伝えられる、問い合わせなども可能である等の利点があるが、相手もパソコンを立ち上げる必要がある、普段利用しない人には伝えられない、自分のパソコンがないとやりにくい(相手のアドレスがわからない、ログインパスワードを覚えていない等)という欠点もある。

 

5節 安否情報の課題

1.繰り返されるパターンと構造的要因

 災害時には様々な情報が必要とされるが、その中でも安否情報は、ニーズの大きい情報である。安否情報でも特に必要とされるのは特定個人の安全についての情報である。これまでその部分は電話に頼るしかなかったが、回線の輻輳によってうまく伝達できない状況が繰り返されてきた。

 情報化社会になって新しいメディアが次々と出てきたが、それで問題が解決したわけではなかった。携帯電話や携帯メールは疎通状況が悪いし、災害用伝言ダイヤルは知名度が低く、十分に利用されてはいない。ブロードバンドを使ったインターネットやIP電話は、輻輳を回避できる可能性があるが、新たな課題もある。

 表3−4は各メディアで、どのようなパターンで問題が発生してきたかを一覧表にしたものである。ここで注目されるのは、インターネットといった新しいメディアでも、電源、ネットワークの冗長性、振動、利用者の理解、組織間の齟齬などの点で、かつてと同じパターンから問題が発生しうるという点である。

 

    表3−4 メディア別問題発生パターン可能性の整理 

分類

   メディア

    問題発生パターン

 

 

電源

ネットワークの冗長性

振動

輻輳

利用者の理解

組織間齟齬

緊急通報への対応

固定

電話

固定電話

 

 

 

災害伝言ダイヤル

 

 

 

 

 

 

災害時優先電話      

 

 

 

 

a

 

携帯

電話

携帯電話          

 

 

 

 

b

b

携帯メール

 

 

 

 

 

 

インターネット

インターネット(メール・web)

 

 

 

IP電話

 

安否データベース(IAA)

 

 

行政

職員参集システム

 

 

 

 

 

 

防災無線衛星系       

c

 

 

 

 

 

 

a.93年釧路沖地震時に、市外回線を新電電会社を利用したために優先措置が解除されてしまった例がある。

b.1998年頃まで、携帯電話から119番通報ができなかった例がある。各携帯電話会社、専用線会社、自治体消防組織の間でシステムや経費分担について交渉が行われた。

c.阪神大震災時、兵庫県の衛星防災無線が、電源のトラブルで機能しなかった例がある。

 

 情報化が進み、技術も進歩しているのに、なぜ同じパターンが繰り返されるのか。それは単に技術の問題に還元されない、構造的要因があるからではないだろうか。その第1にあげられるのは、新メディアでは災害経験や時間が不足していることである。固定電話も長い歴史の中で度重なる災害を経験して対策が進んできた。携帯電話でもしだいに固定電話なみの対策がとられるようになってきた。インターネットについても、比較的歴史のあるダイヤルアップ用のバックボーンは多ルート化しているのに対して、新しいブロードバンド用ではそうではない。新メディアを立ち上げる際にはまず基本サービスの構築が先行し、その後災害対策が充実するという流れがあるようだ。第2に考えられるのはコスト競争である。かつての独占時代とは異なり、新メディアではライバルとのコスト競争が激しい。新メディアではコストのかかる対策は後回しになりがちである。第3に組織間コミュニケーションの不全がある。その結果、組織が異なると知識の伝承や技術的すりあわせがうまくゆかなくなりがちだ。これまでも通信会社・メーカー・ユーザの間、あるいは接続する通信業者間での行き違いが問題につながってきた。さらに、たとえば電話とインターネットの間で教訓が受け継がれにくい点などを考えると、技術の専門分化がそれに輪をかけているのかもしれない。解決のためには、関係者間のミーティング、行政による調整やルールづくり、技術の標準化、コンサルティングなど、さまざまな形の組織間の橋渡しが重要となるだろう。第4にあげられるのが通信業界の「アンバンドリング(=分離)」である。これは自由競争を促進するために設備と運営、ハードとソフトなど様々な要素を分離していこうという流れである。固定電話時代は電電公社(NTT)がこれらを一元的に管理していたが、現在では業務がさまざまな業者・業界に分離されたために、第3の問題を深刻なものとしている。そして第5に、工学的に優れたシステムでも使いこなされない、という問題の背景にある、利用者の社会的・心理的要因がある。これには、利用者への啓蒙や広報といったことも重要だが、それ以前の段階で、利用者本位のシステムづくりをすることも重要である。

 

2.利用者の心理・行動

 最後に情報化時代の安否情報伝達について重要な点をまとめておこう。第1に、利用されるメディアは災害時に確実に機能しなくてはならない。これには、上に述べた構造上の要因に注意し、同じパターンの繰り返しを避けることが重要である。とくに成熟していない新メディアへの依存は、確実性の面で危険が伴う。第2に、工学的に優れたシステムでも、それが一般の人々によって使いこなされなくては意味がない。安否情報は被災地にいた人間の数だけあり、これを知りたい人はその何倍もいる。こうした大量の情報を短時間に入出力するにはどうしても一般の人自身が、そのシステムを使いこなす必要がある。第3に、安否情報の内容としては、個人の安全を伝えるものでなくてはならない。マスコミはメディアの安定性と、使いこなしの条件は満たしているが、この種の情報伝達が苦手である。第4に被災者があえて安否を伝えようとしなくても、知りたい者が行動を起こすことによって、被災者の安否にアクセスできる手段は優れている。電話や携帯電話、携帯メールはこの点が優れている。これらがハード的につながりにくいにもかかわらず、使われ続けるのは第二から第四の条件を満たしているからである。これら三点は利用者の心理や行動に関わる条件である。安否情報の伝達においては、工学的頑健性ばかりでなく、こうした利用者の観点も重要であることを忘れてはならない。

 情報化の進展に伴って、今後さまざまなシステムが現れてくるだろうが、いずれにせよ、こうした条件を満たすような、技術的改良・社会的調整・そして利用者とのコミュニケーションが必要とされているのである。

 

(1)一方、廣井(1986)は防災機関を中心として、伝達される災害情報をまとめている。すなわち「警戒期」には、要員招集情報、予知情報(予報・警報など)、防災情報(防災機関の対応状況)、事前避難情報、社会情報(ライフラインの状況など)、問い合わせなどが伝達され、「発災・避難救援期」には、要員招集情報、災害情報(地震情報、津波予報)、被害情報、防災情報、緊急避難情報(避難勧告・避難場所)、救援情報(救援体制、救援要請)、社会情報、問い合わせ、安否情報などが伝達されるという。

(2)ただし、携帯電話普及の影響でつながりやすい公衆電話が減少しているという、代替現象も発生している。公衆電話の設置数は1984年度の93万台をピークに2002年度には58万台に減少した。

(3)この調査のうち被災地内調査は、神戸市東灘区、芦屋市の一般住宅および仮設住宅の住人1014人を対象にし、留め置き調査で行った。被災地外調査は被災地と関係のある兵庫県外在住者(日本全国)を有意抽出した。すなわち兵庫県人会、御影高等学校、葺合高等学校、兵庫高等学校の卒業者名簿から県外在住者を選び、郵送調査を行った。こちらの回答者数は1380人である。本調査は通信総合研究所の委託により三菱総合研究所が行ったが、筆者もプレ調査や調査票づくりの段階でこの調査に参加している。詳細は中村他(1997)参照

 

 

文献

廣井脩「情報伝達体制」東京大学情報研究所編『災害と情報』、東京大学出版会1986年

廣井脩他『都市災害の情報問題 その1』東京大学新聞研究所報告書、1987年

廣井脩『災害情報論』恒星社厚生閣、1991年

廣井脩「災害放送の歴史的展開」『放送学研究』46号、1996年

廣井脩、田中淳、中村功、中森広道、宇田川真之、関谷直也「2001年芸予地震における住民の対応と災害情報の伝達」『東京大学社会情報研究所 調査研究紀要』18号、195-2782002

廣井脩、中村功、中森広道、中村信郎「2003年7月宮城県北部を震源とする地震」における住民の対応と災害情報の伝達」『東京大学社会情報研究所 調査研究紀要』19号、2004

松田孝造「チリ地震津波三陸沿岸を襲う」『電信電話業務研究』124,1960年5月p88

宮田加久子「災害情報の内容特性」東京大学情報研究所編『災害と情報』、東京大学出  版会1986年

中村功「2001年芸予地震における情報通信の問題点」『松山大学論集』13巻2号、2001  年

中村功・廣井脩「兵庫県南部地震時の携帯電話の役割と問題点」『1995年阪神・淡路大震 災調査報告−1−』東京大学社会情報研究所 1996年

中村功・廣井脩「災害時の安否情報とメディアミックス」『東京大学社会情報研究所調査 紀要』10号、1997

中村功「災害とブロードバンド−その可能性と問題点」『日本災害情報学会第五回研究発表大会予稿集』2003年 

サーベイリサーチセンター『5月26日「宮城県沖の地震」に関するアンケート調査調査     報告書』2003年6月

樽磨和幸、蛯名邦禎、大月一弘、田中克己「神戸大学からの報告」『電子情報通信学会誌』1996 年1月15-19

田中淳、中村功、宇田川真之、関谷直也、馬越直子、廣井脩20035月宮城県沖地震調査報告」『東京大学社会情報研究所 調査研究紀要』19号、2004

東京大学社会情報研究所『1982年長崎水害における住民の対応』1984年

東京大学社会情報研究所『1983年5月日本海中部地震における災害情報の伝達と住民の 対応』1985年

東京大学社会情報研究所『平成5年釧路沖地震における住民の対応と災害情報の伝達』1993 年

東京大学社会情報研究所『1993年北海道南西沖地震における住民の対応と災害情報の伝 達』1994年

東京大学社会情報研究所『1995年阪神・淡路大震災調査報告−1−』1996年

東京大学社会情報研究所「2000年東海豪雨水害における住民の対応と災害情報の伝達」『災害の研究』日本損害補償率算定協会2002

山本康正「災害時の取材・放送活動」『放送学研究』46号、1996年

柳田邦男『災害情報を考える』日本放送出版協会、 1978年

湯瀬裕昭、五十川直也「携帯電話を利用した安否情報確認システムの実用化」『日本災害情報学会 第三回研究発表大会予稿集』2001