携帯電話と119番通報
          Cellular Telephone and 119 Call

     
中村 功*
Isao Nakamura
廣井 脩*
Osamu Hiroi
キーワード:災害情報 携帯電話 119番通報 消防組織
1.問題
1995年という年は、携帯電話の歴史の中で2つの点で重要な意味を持っている。第一の点は、携帯電話は災害や事故などいざというときに役に立つはずだ、という非常時の携帯電話に対する期待感が増大したことである。これはいうまでもなく、95年1月17日に発生した阪神淡路大震災の影響である。95年に筆者らが兵庫県南部地域に在住の携帯電話利用者にアンケートしたところ、ふだんの生活で携帯電話が「病気やいざというときの備えとして」大変役に立つ、と答えた人は59.8%、多少役立つ、とした人は25.0%もいた(1)。図1はある雑誌に載った携帯電話利用者のインタビュー
        図1 ある携帯電話利用者のインタビュー記事
   『流行通信アクロス』1995年5月号p32
だが、このように、中には災害時の連絡用に携帯電話を買った人もいる。こうした流
れを受けて、最近では、図2にみられるように、携帯電話会社も災害時に強いことを1つのセールス・ポイントとするようになった。
     図2 災害時の強さをアピールする携帯電話会社の広告
  『朝日新聞』1997年2月3日朝刊
 第二の点は、この年に携帯電話の加入者が爆発的に増加しはじめたことである。93年度末に231万人だった携帯電話の加入者数は、94年度末には433万、95年度末には1024万、そして1996年12月末には1817万人と急増した(図3)。これは一般の固定電話加入数の1/3近くにまで達している。この直接の原因は端末や利用料金の急激な低下や、PHS参入による需要の掘り起こしにあるが、携帯電話はもはや一部の人のメディアではなくなった。そしてその役割は、もやは無視できないほどの社会的重要性を持つようになった。
    図3 携帯話加入者数の変化
 このように非常時に期待され、しかもすっかり一般化した携帯電話である。それが、もしいざというときに、119番をダイヤルしても所轄の消防署につながらないとしたら、これは大問題である。
 著者らがこの問題に初めて遭遇したのは1991年の雲仙普賢岳噴火災害のときであった。火砕流に巻き込まれた被災者を助けようとしたある放送記者が、手持ちの携帯電話から119番に電話したところ、最寄りの公衆電話からかけ直してくれ、と言われたという。そのときに出た相手は、災害現場の島原市から2時間も離れた長崎市の消防本部であった。同様の問題は95年の阪神淡路大震災の時にも発生している。あるテレビ番組(2)では次のような例を紹介していた。淡路島の北淡町に住むある僧侶が、倒壊家屋に押しつぶされた檀家を助けようとして119番通報したところ、神戸市の消防本部にかかってしまった。神戸市消防本部からは北淡町の消防署の代表番号にかけ直すよう指示されたが、教えられた番号に何度かけてもつながらなかった。代表番号は119番とは異なり、専用線ではなく一般回線なので、地震後の電話の輻輳に巻き込まれたために通話ができなかったようだ。
 同様の例は災害時に限らず日常時にもしばしば発生している。ある交通事故の事例では、同様に代表電話番号にかけ直しを指示されたが、番号を覚えるのに手間どってしまった。結局、救急車が出動したのは、はじめに電話をしてから9分も経ってからであった(3)。通常ならば通報から出動までは1分以内のところであった。救命活動や消防活動にとって初めの数分は非常に重要である。従って、この8分の遅れは致命的といえる。
 このように近年、災害や事故の時に活躍が期待されている携帯電話から119番通報がつながらない事例が頻発し、社会問題となっている。
2.原因
 では、一体なぜこのようなことが起こるのであろうか。一般の固定電話のばあいは、家庭ないし公衆電話からの119番通報は、端局と呼ばれる最寄りの電話局を経て、同一市内にある集中局につながる。ここから専用線をへて市内にある各自治体の消防本部につながる仕組みになっている。電話局から直接専用線によって消防本部につながることによって、他回線が混雑していても確実につながるし、また通報者が途中で回線を切ってしまった時でも消防署側からのコールバックすることができる。この部分の設置および、保守管理はすべてNTT側が負担している。
 一方携帯電話の場合は、携帯電話からの通報は電波を通じてまず最寄りの基地局で受信される。基地局は数キロごとに張り巡らされているアンテナであるが、通報はここから専用線を伝わって、自動車電話交換機に入る。自動車電話交換機はほぼ各県に1つの割合で設置されており、通常は県庁所在地にしかない。ここから先は県や事業者によって異なるが、典型的な場合では専用線によって最寄り(すなわち県庁所在地)の市の消防本部につながる。このばあい、県庁所在地以外の市町村からの通報もすべて県庁所在地の消防本部にかかってしまうことになる。すなわち、上で述べた例のように島原市からの通報が長崎市消防本部にかかってしまうのである(図4)。それを受けた消防局は、
          図4 119番へのつながりかた
地理の不案内などから管轄外からの通報には迅速な対応ができない。そこで結局、固定電話から地元の消防本部へ119番をかけ直すか、携帯電話から一般回線で地元署の代表番号にかけ直すよう指示されるのである。
 こうした問題の背景には第一に消防の組織上の問題がある。消防は自治体消防で、基本的には各市町村を単位とする組織である。119番通報を受けつける消防本部は全国に約900にも達する。一方警察は県単位の組織であるためにこのような問題は生じない。県に一つの自動車電話交換機と県警本部の110番受付台とを専用線で結べば、そこからは全県に対して警察無線などで指令を伝える仕組みができているからである。しかしこのようなシステムの場合、逆に一般回線からの通報を県に一つの県警本部に集めるときに同様の問題が起きうる。警察の場合は県内各市から専用線を引いているが、市内はNTTが負担するが、市域を出てから県警本部までは警察側の負担となっている。
 第二の問題点は、携帯電話の交換機が一県に一つしかなく、外部との接続が都道府県に1カ所でしかできないことである。逆にいえば、携帯電話は多くの部分を独自の通信網で行っているのである。基地局と自動車電話交換機との間はNTTの専用線、自動車電話交換機の相互間は自前の光ファイバーやマイクロ回線で結ばれている。このシステムは携帯電話会社にとってはNTT網に依存しない点で経営的メリットはあるが、県内に分散する消防署への接続を困難にしている。
 ちなみに、これに対してPHSの通信網は多くの部分をNTTに依存している。基地局が大量に必要で、都市中心部だけを通信エリアとして考えていたので、はじめから独自網を発達させることが困難であったのだろう。事業者によってシステムは異なるが、NTTパーソナルやDDIポケットでは、PHSの通報は基地局を経て最寄りのNTT電話局に接続され、そこからNTT固定網に入る。従って、こうしたPHSからの119番通報は、固定電話からの通報と同様に、地元自治体の消防本部に接続される。
3.現状
 しかし、上記のように県庁所在地の消防本部(代表消防本部)につながるのは、まだよい方である。接続状況は各社、各県によって異なり、119番をプッシュしても全くどこにもつながらない場合も少なくない。現在、全国にはNTTドコモ系、セルラー系、IDO(日本移動通信)系、デジタルホン系、ツーカーセルラー系、そしてデジタルツーカー系の6系列の携帯電話会社が存在するが、表1は、系列ごとに各県の1997年2月現在の119番接続状況を示したものである。
 サービス開始が最も早かったNTTドコモ系列の場合、千葉県、東京都、神奈川県、富山県では全県からの119番通報が県庁所在地の消防本部(代表消防本部)に接続され、その後、発信地の地元の所轄消防本部に連絡される広域体制が取られている。ここでは119番通報がまがりなりにも地元の消防署に連絡される体制が実現している(詳細は後述)。また、宮城県をはじめとする29県では、図4で説明したように、全県か
表1 携帯電話各社の119番接続状況
らの通報が県庁所在他の代表消防本部に接続されるが、市外からの通報に対しては原則として転送はせず、固定電話からかけ直すように指示する体制となっている。なお、北海道については道内5都市からの通報が接続されることをもって道全域カバーとみなしている。石川、京都、大坂、兵庫の4府県では、県庁所在都市の市内(およびその周辺)に設置された基地局で受信された通報のみが県庁所在地の消防本部に接続され、それ以外の市外からの通報は全く接続されない。これは、かつては全県の通報を代表消防に接続したものの、全県の通報を処理する負担が大きいために管轄外からの通報をカットするようにしたケースが多い。阪神淡路大震災の被災地である兵庫県では、アナロク方式のみで、神戸市内からの通報が神戸市消防本部に接続される。西宮市や芦屋市などからの119番通報はどこにも接続されず無音状態である。先に紹介した淡路島北淡町の例は、電波が海を越えて神戸市内の基地局で受信され、神戸市消防本部に接続されたと考えられる。一方、青森、秋田、岩手、宮城、福島、埼玉、福井、三重、滋賀、奈良、和歌山など全国11の県では、119をダイヤルしても全くつながらない状況になっている。
 セルラー系の各社は、北海道、東北、北陸、そして滋賀以西の西日本をサービスエリアとしているが、1997年2月現在ではすべての県で全く未接続の状態である。119番をかけても全くどこにもつながらない。
IDO系の各社はセルラー系の営業区域外の関東と東海地域でサービスを行っているが、千葉県、東京都、神奈川県ではNTTドコモの場合と同様な広域連絡体制が整っている。また長野県、愛知県では県の代表消防に接続される。しかしその他の8県では119番通報はどの消防本部にもつながらない。
 開業が比較的新しいデジタルホン系とツーカーセルラー系はともに関東、東海、近畿をサービスエリアとしているが、119番への接続状況は全く同じである。すなわち千葉県および東京都では広域通報体制があり、愛知県では名古屋市周辺のみが接続される。しかしその他の16府県では全く接続されない。
 デジタル系、ツーカー系の営業区域外である北海道、東北、北陸および中国以西の西日本をサービスエリアとするデジタルツーカー系の各社は、現在あらゆる地域で119番通報が全く接続されない状況にある。
 このように見ると、地域的には東京、千葉、神奈川といった南関東と名古屋周辺が、そして会社的にはNTTドコモが、接続状況が比較的良好である。しかしこれ以外の場合は、携帯電話からの119番通報がほとんどつながらない状態であるといえる。災害や事故などいざというときに役に立つと期待されている携帯電話が、このような状態にあるのは、大きな問題である。
4.利用者への広報
 このようにあまりつながらず、かつ複雑な119番への接続状況を、一般の利用者たちはどの程度知らされているのだろうか。実際の119番通報の際は、通常の場合でも人々は混乱気味になる。それが何の知識もないままに、何度かけてもかからなかったり、全くかけ離れた場所にある消防本部につながったりすれば、いよいよ混乱してしまうだろう。また、地元の消防署の代表番号にかけ直せと言われても、そういうことになっているという知識がなければ、戸惑うばかりである。実際、横浜市消防局の話では、なぜ横浜にかかったのか理解できずに怒り出す市外からの通報者も多いという。
 そこで、契約の後に携帯電話と一緒に渡される利用案内において、119番通報がどのように記述されているのかを見てみよう。ここでは例として関東地方を営業エリアとする4社を取り上げる。なお、各社とも利用案内の他には119に関する特別なパンフレットはなく、販売用カタログも利用案内とほぼ同様なので、利用案内書が119番に関して与えられる知識のすべてと考えてよい。
 図5の左上はNTTドコモのもので、利用できる各種のサービスの場所に掲載されている。表1で示した利用可能な地域より控えめな数の地域が細かい文字で掲載され、当該地域で119番が利用可能であることがわかる。また最後に利用の際は現在位置を確認する旨の注意書きがある。図5の左下はIDOのもので、緊急連絡先について110番と並んで記載されており、119番が無料であることがわかる。ここにもかける際に現在位置を確認するよう注意がある。利用可能地域については注の形で小さく書いてある。図5の右上はツーカーセネラーのもので、ほぼNTTドコモと同様の内容である。図5右下のデジタルホンの案内書にも、利用できるテレホンサービスの中に119番の記述がみられる。ただ、利用可能地域については次頁に小さく記載されており、使えない地域が多いことがたいへんわかりにくい記述となっている。
 以上4社の記述は互いによく似ている。確かにこれらの記述には間違いはないが、利用できるサービスを記した場所に、このような形で記述されていては、たいていの場所で119番が利用できる、と勘違いする利用者もいるのではないだろうか。むしろ利用できない場所が多く、近くに固定電話があれば、そちらを利用した方が確実であることを特記すべきであろう。また、県庁所在地の市外か電話した場合は、県庁所在地の消防本部にかかってしまうことも記載されていない。このようにみると、119番通報に関する携帯電話会社の利用者への広報は、決して十分なものではない、と言えるだろう。
      図5 利用案内にみる119番通報   (左上;ドコモ、右上;ツーカー           左下;IDO、右下;デジタル)
5.解決阻害要因
 携帯電話から119番通報ができない問題は、なにも最近になって発生したわけではない。すでに電電公社の時代から各消防機関による接続の要請がたびたびなされており、関係者の間に認識はあった。それが今日まで解決されないのにはいくつかの理由がある。
 第一に専用線の料金負担の問題がある。携帯電話からの通報が消防署にかかるためには、まず各県庁所在地の自動車電話交換機から市内の代表消防本部まで専用線を引く必要がある。NTTの固定網の場合は各消防署までの専用線をNTTが負担してきた経緯もあって、この部分も今のところ通信事業者側の負担で設置、維持するようになっている。通常はNTTの専用線を借りるので、設置時の負担金や工事費のほか、月々の回線使用料も負担しなければならない。事業者が負担する金額は、設置時の費用が50万円程度で、月々の回線使用料は数万円程度である。問題はそこから先である。固定電話網と同じ機能を確保するためには、県庁所在地からさらに各市町村の消防本部まで専用線を引かなくてはならない。各自治体の消防本部は全国で約900と数が多いことと、距離が長いことで、この費用は相当なものになる。たとえば愛知県を例にとると、名古屋市と63キロ離れた豊橋市を専用線2回線で結ぶ場合、加入時に46万8千円、回線使用料は毎月17万8千円程度になる(NTTドコモ東海、NTT東海支社資料)。消防側としては、これまでの固定電話では、電話局側の負担で消防署まで専用線が引かれてきたのだから、携帯電話の場合も通信事業者側の負担で専用線を引くべきだ、と考えている。一方通信事業者側は、費用は固定網の時よりもかなり多いし、もう公共事業体ではなく民間事業者なのだから、これ以上の負担はできない、と考えている。
第二に、代表消防本部の負担の問題がある。県下の各消防本部への専用線が引かれない現状においては、代表消防本部は携帯電話との接続に消極的になりがちだ。というのは、代表消防本部とはいえ、あくまで1都市の消防本部に過ぎない。そこへ県下全域の119番通報が入るのである。しかも携帯電話からの通報は処理に手間どるため、負担が過重になってしまうのである。例えば携帯電話との接続をすでに行っている名古屋市消防局の場合、95年度の119番通報は全体で13万3391件あり、そのうち携帯電話からの通報は7649件、5.7%であった。携帯電話からの通報のうち名古屋市外からの通報が4508件と58.9%を占めていた(中部管区行政監察局資料より)。名古屋市消防局では、96年度は携帯電話からの通報が1万件を突破し、市外からの通報も7000件に上ると予想している(4)。これは30万都市の1年間の全通報件数にほぼ匹敵するほどの量である。代表消防本部の負担増の原因の第二には、市外の携帯電話からの通報には迅速な対応がとれないことがある。情報化の進展から、現在多くの都市で119番の受付や指令業務のコンピュータ化が進んでいる。所轄管内の地図やビルの配置や消火栓などの位置をすべてデータ・ベース化し、通報があると、すぐに通報場所付近のデータが表示されるようになっている。しかし、移動電話からの通報ではこのようなシステムが働かず、位置の確認に手間どるし、また市外からの通報ではそもそもデータベースのデータがない。市外の携帯電話からの通報に対しては、住宅地図を見ながらの原始的な対応に戻ってしまう。しかも地名には似たようなものが多く、職員も地理に不案内なので大幅に時間がかかるのである。だから遠回りなようでも、地元消防署にかけ直した方がまだ早い、ということになる。
 そして第三に問題解決のシステムがうまく機能していないことがあげられる。第一にこの問題が複数の監督官庁にまたがって発生しているために、行政による調整がうまく機能していない。すなわち、携帯電話会社は郵政省の管轄で、消防は自治省消防庁の管轄であり、これが統合的な対応を困難にしている。第二に解決のためのインセンティブが働きにくい事があげられる。119番通報のもととなったのは大正6年に発足した火災報知電話の制度であるが、この発足に際しても同様に監督官庁(内務省と逓信省)の違いががあった。このときは、東京消防本部が頻発する大火の対策として電話による通報システムの必要を感じ、逓信省にかけあったという経緯がある(5)。現在、消防側は各自治体の消防署まで専用線を引くように要望はしているが、それ以上の対応は鈍く、後ろ向きの対応が目立つ。それは固定電話による優れたシステムがすでにあり、現状で代表消防本部に接続しても消防や救命上、今まで以上の成果が望みにくいためではないだろうか。
6.解決へむけて
では、問題の解決のためにはどのような方策が考えられるのであろうか。現在の時点で、携帯電話からの119番通報が所轄の消防本部に伝わる、広域的な体制が整っているのは東京、千葉、神奈川、富山の4都県である。そこで、これらの地域がどのようにこの問題に対処しているのか、各消防本部にたずねた。
 東京都の場合は、もともと他の道府県と異なった消防組織になっている。すなわち東京消防庁は東京23区のほかに、稲城市と東久留米市を除く多摩地区の市町村の消防業務も行っている。ここでは119番の受付や指令業務は東京消防庁という1つの組織が一括して行っているために、他の地域のような問題は起きない。一方、管轄外の稲城市と東久留米市の携帯電話からの119番通報も東京消防庁に入るが、この場合は専用線を通じて各市の消防本部へと転送される。この専用線は携帯電話の通報のために特別に設置したものではなく、隣接市町村との相互支援協定によって以前からあったものである。その費用は双方の消防局が分担して負担している。東京都の例をそのまま他地域に適用しようとすれば、各県一つの消防組織に再編成しなければならない。これは現実的ではないので、東京の例は特殊事例と考えるべきであろう。
 千葉県の場合は、県内全域における携帯電話からの119番通報が一旦すべて千葉市消防局に接続される。東京都と同様に営業中の携帯電話会社4社すべてが接続されるが、各携帯電話会社と消防局の間はそれぞれ2回線ずつの専用線で結ばれている。千葉市消防局では、通報者の電話番号、氏名、現在地、通報内容などを聞きとり、市外からの通報であれば一般電話回線を利用して各消防本部に転送している。この際、通報者と各市を直接接続するときと、内容だけを伝える場合がある。転送は指令台に配置された各市のボタンを押すだけのワンタッチ操作で行われが、間に千葉市消防局の交換機が余計に入っているために、通報者と所轄消防署が直接やりとりする際には、音が聞き取りにくい場合があるという。
 神奈川県の場合、97年2月現在、NTTドコモとIDOの2社が横浜市消防局と接続されており、119番通報は横浜市を通じて各自治体消防に転送されている。横浜市へは川崎、横須賀、小田原など県内の10市町から専用線が引かれ、それらの自治体消防へは氏名、電話番号、現在位置を横浜市で聞いた上で接続し直している。この専用線の費用は横浜市ではなく、各自治体のほうで負担をしている。一方、専用線が引かれていない他の16市へは、電話機のワンタッチ・ダイヤル機能を使ったかけ直しをして、一般回線経由で再接続している。このシステムは平成7年から運用されたが、携帯電話の増加に伴って携帯電話からの通報も急増している。1995年には通報件数は約7千であったが、96年には1万3千へと倍増し、97年は1月だけで2300件もの通報件数になっている。これらの通報は通報者の位置がわからないので処理が手間どることもあって、横浜市の負担が過重になってきている。
図6 神奈川県の119番システム     97年4月から
 そうしたこともあって、97年4月からこのシステムは図6のように修正されることになっている。これまで横浜市1つで全県からの携帯電話通報を受けていたが、新たに川崎市も受けることになる。その際、両市の分担は地域別ではなく、通信事業者ごとに分けられる。すなわち横浜市はこれまでのNTTドコモと新たに接続する東京デジタルホンを受け持ち、これらの事業者については全県からの通報を受ける。一方川崎市は、これまで横浜市が受けてきたIDOと新たに接続するツーカーセルラーを担当し、やはり全県からの通報を受ける。川崎市と横浜市の間は専用線4回線によって結ばれる。川崎市で受けた通報は、すでに横浜市と専用線で結ばれている各市に対しては、この4回線を通して直接転送される。一方、専用線で結ばれていない各市に対しては従来と同様に一般電話回線を使って転送する。神奈川県の例を見ると、急増する携帯電話を前に、全県の携帯電話からの通報を1カ所で処理することが困難になり、分散処理の傾向がみられる。
 富山県ではNTTドコモだけが富山市消防本部と専用線で接続されている。受けた通報は千葉県と同様に一般電話回線を使って県内の各市へ転送される。平成8年では固定電話からの富山市内の通報が6251件であったのに対し、携帯電話からの通報は1016件であった。現在一社だけの接続でも固定電話の通報の1/6を占めており、3社全部と接続すると、このシステムでの対応は次第に困難になるのではないだろうか。
 以上を見ると、東京都の場合を除くと、いずれの県もその対応は暫定的なものといえるだろう。急増する通報にこのままでは対処困難になること、災害時などでは輻輳のため一般回線を利用した転送が困難になること、そして一般回線による転送ではコールバック機能が使えないことなどがその理由である。こうした問題の根本的な解決のためには、県庁所在地にある自動車電話交換機と各市町村の消防機関が何らかの形で専用線で結ばれる必要がある。
 ところで行政の側では、例えば中部管区行政監察局の資料によれば、自動車交換機と各消防機関を結ぶ方法として、2つの方式を検討しているようである。その第一はブロック方式と呼ばれるものである。これは、まず自動車交換機から県内の数カ所の拠点都市の消防機関に専用線で接続し、そこからさらに周辺の各消防機関に119番通報を転送する方式である(図7(ア))。この方式では、拠点都市から各自治体までの専用回線が同時に引かれればよいが、それが遅れると県庁所在地の消防の負担や問題点が各ブロック都市に分散されるだけになるおそれもある。
 第二の方式は一括方式と呼ばれるものである(図7(イ))。これは現在神奈川県の一部で行なわれている方式だが、各県一つの代表消防機関が一括して県下の通報を受け、そこから県下の各自治体まで専用線を引き転送するものだ。この方式では、県庁所在地と県下すべての自治体に専用線を引く必要があり費用が多額となること、また代表消防機関が県下すべての地理に精通していなければならないために代表消防機関の負担が大きいこと、などの問題点がある。
 どちらの方式がよいか、ということだが、神奈川県の例が参考になる。ここではこれまで横浜市が一括して行ってきた処理を川崎と分担するように移行しつつある。すなわ
図7  ブロック方式と一括方式 中部管区行政監察局資料
ち発信地の位置同定システムと連動して自動的に各市に通報を振り分けるような機能がないまま一括方式を行ったので、代表消防本部の負担が過大になってしまったのである。そこで神奈川県では、携帯電話会社ごとに分担するという変則的な形を取ってはいるが、一種のブロック方式に移行しようとしているのである。神奈川県の動きを見る限り、一括方式よりブロック方式の方が優れているように思える。また災害時の事を考えても処理はできるだけ分散化しておく方が望ましい。一カ所に処理を集中した場合、全県から殺到する通報を裁きにくくなるし、被災によってシステムダウンが起こった場合、影響が全体に及んでしまうからである。
 しかし、いずれの方式をとるにせよ最も大きな問題は、専用線の費用を誰が負担するのか、ということである。筆者としては、これまで全く負担をしてこなかった消防側がある程度の負担をしなければならないと考えている。その理由は第一に、消防救命活動は基本的には公共サービスであり、119番通報もその一環としてとらえられること。第二に携帯電話サービスはもはや一部の人のものではないので、携帯電話からの通報に対する負担を税金でまかなうことは公共の利益に反しないこと。第三に、119番の通報は電話を借りたり、通りがかりの人が善意でやることも多い。その場合、利益の受益者負担の形で携帯電話利用者に119番接続の負担させることはおかしい(通信事業者への負担は結局、料金を通じて利用者の負担ということになる)。第四に同じような公共サービスの110番の場合は、固定電話の専用線費用の市外部分を警察側が出している、などの理由があげられる。
 しかし消防側の負担にも問題がある。回線料は県庁所在地から離れた自治体ほど大きくなるが、そのような自治体ほど人口が少なく、財政基盤が弱いからである。逆に財政規模が大きい県庁所在地の自治体は負担がほとんどない。これは、人口比によるプール制や補助金制度などをうまく利用して、調整していかなくてはならないだろう。 
 もちろん、携帯電話事業者には、公共サービスに携わる企業としての社会的責任もある。したがって、市内回線部分や、また場合によっては、ブロック方式の拠点都市までの接続など、こちらもある程度の負担は必要となってくるだろう。
図8  郵政省のコメント
 郵政省は96年8月に図8のようなコメントを発表しており、問題の重要性を認識し、解決に動いているようだ。しかし表1にあげた97年2月の状況は、半年前と全く進歩が見られない。この問題は人命に関わる問題であるだけに、一刻も早い解決が望まれる。
 また同時に今後、衛星電話、ケーブルテレビ電話など、新たな通信サービスで同様の問題は発生しうる。したがって、場合によっては法律などによって、基本的なルールをはっきりさせておく必要があるだろう。 

(1)中村功、廣井脩「兵庫県南部地震時の携帯電話の役割と問題点」『1995年阪神・淡路大震災調査報告−1−』東京大学社会情報研究所、1996年、pp121-144.
(2)NHK『名古屋発ナビゲーション’96』1996年9月8日、および『クローズアップ現代』1996年10月7日より
(3)同上
(4)同上
(5)日本電信電話公社編『東京の電話』上、1958年、p362
Cellular Telephone and 119 call
[Summary]
Since 1995, cellular telephones have quickly diffused, and it is expected they would be effective in an emergency. But in many cases, we can't call 119(or 911 in western countries) from the cellular telephone. This is because;(1)the fire departments are organized in each city, and (2)there is only one ex- change site in a prefecture. On the other hand,the information about 119 ser- vice by cellular companies is not good enough. The solution of this problem isnot easy because;(1)both the fire departments and the telephone companies wantto avoid the charge of the exclusive line,(2) the 119 call from cellularphoneis not easy to deal with,and (3)the solution system does not work effectively.But this problem needs an early solution because it affects a person's life.
  [Key Words]
disaster information ; cellular telephone ;
119 (911) service ; fire organezation